Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その4

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles


ピンカーは内容物所格と容器所格の転換について内容物所格が容器所格に転換される場合には,動詞の意味も物体の動きから容器の状態変化にフォーカスが変わり少し変換されること,それが文法的な目的語の交替に現れることを説明してきた.しかしこれだけでは謎は解明されない.ピンカーの説明は続く.

3 項構造変換の理論 その2

  • しかし動詞が可換かどうかを正確に予測するには大きな問題が残っている.そしてそれを解決するにはもう一つ前提を置かなければならない.
  • 問題というのは,確かに動詞がルールの意味論的変換に適合可能な意味を持っていることは,その動詞が可換であることの必要条件ではあるが,十分条件にはなっていないということだ.いくつかの(内容物所格項構造を持つ)動詞は状態変化に対応できる意味を持つが,容器所格項構造に転換できないのだ.
  • 例えばsplashとsplatterは容器所格項構造をとれるが,dripとdribbleはとれない.しかし「paintは壁一面をペンキで覆われた状態にするという意味を持ちうるが,dripは床一面をペンキで覆われた状態にするという意味を持つことはできない」と主張する理由は見当たらない.同様なことはbrush, smearとpour, spillの間にも言える.
  • この問題を解決するには「ある種の動詞はその意味論的表現に容器の状態変化を含むが,認知的に似た意味を持つある種の動詞にはそれを含まない」と認めることが必要になる.
  • これを認めるということは,より細かな基準により定義される意味論的形態論的に類似した動詞からなるサブクラスが存在し,話し手は転換しようとする前にこのサブクラスの定義を知っているということになる.
  • 例えば,連続的接触と動きに関し,動作主が内容物を容器に向けて押して動かす動詞は所格転換が可能だ(brush, daub, rub, slather, smear, smudge, spread, streak).動作主が力を伝え,物質が特定方向の放物線上に動かされる動詞(inject, spatter, splash, splatter, spray, squirt, sprinkle),また容器からあふれ出させるほどいっぱいにする動詞(cram, crowd, jam, stuff, wad)も転換可能だ.
  • これに対して同じくより細かい定義による別のサブクラスの動詞は所格転換できない.例えば,もし特定方向への動きが動作主によって引き起こされるものでなく,重力による場合には,その動詞(dribble, drip, drizzle, dump, ladle, pour, shake, slosh, spill)は所格転換できない.また動作主が糊やホッチキスなど何らかの媒介物を使って物体を何らかの表面に接触させる動詞(pin, fasten, tape, attach, nail, glue, paste, stick)は所格転換できない(*He stapled the board with posters.とは言えない).
  • このような動きを作る動詞から状態変化の動詞への転換に関する一般的なルールは,1つの幅広いルール(a broad-range rule)と考えることができる.しかしながら話者が動詞を1つの項構造から別の項構造に転換しようとするときにこの幅広いルールを直接適用するわけではない.この幅広いルールはいくつかの狭いルール(narrow-range rules)により構成されているのだ.
  • そして1つの狭いルールは1つの狭いサブクラスの動詞に適用される.所格転換に関する狭いルールの1つを例示すると以下のようになる.
  • 「ある物質に力を加えることにより,その物質をある表面の方向の放物線上に動くようにさせる」という意味を持つ動詞は,「ある物質に力を加えてある表面の方向の放物線上に動かすことにより,その表面をその物質で覆われた状態にする」という意味を持つ動詞に転換できる.
  • このような狭いルールのみが動詞のある項構造から別の項構造への転換に際して自動的に適用されるのだ.
  • なぜあるサブクラスの動詞が転換可能で別のサブクラスの動詞が転換不可能かというのは,気まぐれに決まっているわけではない.
  • 文法的目的語の意味論は,その目的語エンティティが動詞に特定されたアクションによって本質的あるいは直接的に影響されることを一般的に要求する.この「直接的効果」は動詞の使役自他交替(causative alternation)にかかる研究によってよく知られている.
  • Bill caused the glass to break. というときには,ビルは(そのグラスを持っていた)メアリをにらみつけることによって,グラスの破壊を引き起こしてもいい.しかしBill broke the glass. というときにはビルは直接そのグラスに物理的な力を加えていなければならないのだ.一般化すると,「直接的な行いや直接表面に接触するような意味を持つ動詞のサブクラスはより自他交替が可能になりやすい」ということになる.そしてbrush, splash, stuff においては,pour, fasten よりも表面に対して直接的なアクションの意味があるのだ.


以上がピンカーによる理論の説明になる.最後の使役自他交替に関しては日本語では「壊れる→壊す」というように動詞の形態変化を伴う場合が多い.同形のものもあるが非常に少ないようだ.*1

開く,閉じる(扉が〜/扉を〜)
増す(速度が〜/速度を〜)
運ぶ(話が〜/話を〜)(荷物などの場合には「*荷物が運ぶ」とは言わず,自他交替しない)

これらを見ると特に「直接的な行いや直接的な接触」が同形の自他交替可能性のキーになっているようにも思えない.基本は形態変化し,例外的に同形のものもあるということなのだろうか.

形態変化を伴うが語幹が自他交替する日本語動詞には以下のように多数あるようだ.(自動詞/他動詞/自動詞の使役形で示す.下段は自他交替しないと思われる動詞群)

壊れる 壊す 壊れさせる
伸びる 伸ばす 伸びさせる
倒れる 倒す 倒れさせる
破れる 破る 破れさせる
消える 消す 消えさせる
直る 直す 直らせる
回る 回す 回らせる
縮まる/縮む 縮める 縮まらせる/縮ませる
傾く 傾ける 傾かせる
立つ 立てる 立たせる

====

膨らむ - 膨らませる
光る - 光らせる
動く - 動かす
転ぶ - 転ばす/転ばせる
走る - 走らす/走らせる
震える - 震えさせる

この自他交替可能な動詞と不可能な動詞の間に直接的な行いや接触があるかどうかの違いはあるだろうか.「動かす」や「転ばす」はかなり直接的な行動によって可能だが「*うごす」「*うごける」とか「*ころす」「*ころべる」のような他動詞形は作らないようだ.
もっとも自他交替可能な動詞であれば,他動詞形の方が使役形より直接的な行為や直接接触を確かに含意するように感じられる.日本語の自他交替についても直接的な行為や接触の意味との何らかの関連効果があると言うことなのだろう.

*1:「〇〇する」という「名詞+する」のような合成形ではいろいろあるようだ