「野外鳥類学を楽しむ」

野外鳥類学を楽しむ

野外鳥類学を楽しむ


本書は日本を代表する鳥類学研究者,上田恵介が長年研究者を育ててきた立教大学を定年退官する記念に教え子たちが寄稿して完成させたアンソロジーだ.基本的にはそれぞれの弟子たちの研究内容を紹介するものだが,上田研究室の思い出などエッセイ風の記述も多く,肩の凝らない楽しい記念出版に仕上がっている.

21人の寄稿を読むと上田研究室の自由で暖かい様子が浮かび上がる.(それが最もよく現れているのはこのカバー絵だろう.また大半の教え子が「自由放任主義」と形容しているのも楽しい)また上田さんのほのぼのとしたエピソードもてんこ盛りで弟子たちに慕われていることがよくわかる.巣探しの名人ぶりも何度も描写されているし,クリスマス用のとっておきのワインを弟子たちが勝手に飲んでしまった顛末もほほえましい.若手研究者の様々なフィールドの苦労話もこれでもかこれでもか*1と語られていて読んでいて面白い.


生物学的な内容に関しては,托卵研究の舞台裏が描かれているのと,日本のバードウォッチャーにはなじみ深い鳥たちが次々に登場するところ(鳥類学の本を読んでいるとやはり欧州,北米,熱帯の鳥が中心になるのでここはなかなかうれしい部分だ)が,私的には興味深かった.特に面白く感じたところを順不同で紹介しよう.

  • ルリビタキのオスには羽色二型があり,羽衣遅延成熟を示す(若オスはメスに似たくすんだ褐色で,成熟すると美しい濃い青色を発現させる.バードウォッチャーにはおなじみのところだ).褐色の若オスでもメスとつがってふつうに繁殖できる.これはオス同士の順位闘争のシグナル(地位伝達信号)になっている.(メスの選り好み形質になっているようにも思われるが,その部分についてはコメントはない.)
  • キビタキにも同様にオスの羽衣遅延成熟がみられる.このキビタキのオスは,黒,褐色,白,黄色の4色を持つ.そして褐色の部分の占める広さはオス間の地位伝達シグナルとして機能し,肩の白斑の大きさはメスの成熟オスへの選り好み形質として,喉の橙の鮮やかさはメスの若オスへの選り好み形質として機能している.(オス間闘争地位バッジとメスの選り好みが別の色彩によっているというのは驚きだ.どのような進化要因が別々の指標に導くのだろうか.さらにメスが成熟オスと若オスで選り好み形質を変化させているのも驚きだ.著者は成熟オスの白斑は長寿(遺伝的質)を示すシグナルで,若オスの橙色は免疫機能を表す正直なシグナルで運んでくる餌の多さを示していると解説している.赤や黄色がカロチノイドによるもので免疫に関係する正直なシグナルになりうるのはよく知られているが,しかし白斑の長寿シグナルはどのように正直さが保たれるのだろうか.身近に観察できる鳥でもあるこのキビタキの例は非常に興味深い.)
  • コヨシキリのオスはナワバリ防衛のためのさえずりに様々な他種の鳥のさえずりの真似を多く用いる.一旦つがいになりメイトガード時期になるとさえずらずにメスにつきまとう.メイトガード時期が終了するとまたさえずり始めるオスが多いが,一部のオスはさえずらない.つがい外交尾を目指す戦略かと考えて検証したところ否定された(この問題は解決されていない).
  • オナガはかつてツミの営巣地のそばでよく繁殖していた.これはツミの存在によってハシブトガラスによるヒナの補食を避ける効果が大きいためだ.しかし90年代以降ハシブトガラスが増えてツミの防衛効果が減少し(ハシブトガラスの高密度繁殖によってツミが入り込めなくなる場合,若いカラス集団に対して防衛が不可能になる場合などがある)この現象はあまりみられなくなった.オナガの営巣地選択は様々な条件に敏感に反応するようだ.最近はツミに復活の兆しもあり,動向が注目される.(これは個人的にも興味深い.我が家のそばの都市公園でもツミが毎年営巣しており,確かにオナガも群れている.しかしツミはオナガを襲うこともあるのでいろいろなトレードオフがあると思われるところだ.)
  • オオセッカはきわめて限られた営巣地でしか繁殖が観察されない.これは同種誘因効果が大きいことが一つの要因らしい.(ここではさえずり音再生により既往繁殖地域の周辺部分の局地繁殖地の再形成実験に成功している.個人的には同種誘因自体の究極因にも興味があるが,ここでは取り扱われていない)
  • コガラは餌を見つけたとき(混群を形成した方が有利な場合であれば)ディーディーと鳴いて同種および他種の鳥を呼び集める.
  • シジュウカラは捕食者別の警戒音を持つ.ヘビに対してはジャージャーと鳴き,それを聞くとヒナは巣から飛び出す.カラスに対してはチカチカ,ジクジクの2種類の音で鳴く.チカチカを聞くとヒナはうずくまる.ジクジクはつがい相手を呼ぶ声だと考えられる.(これはオクスフォード近郊のワイタムでシジュウカラを延々と調査している英国のグループも見つけていなかったようなので驚きだ.あるいは地域的な差(文化差?)があるのだろうか.)
  • ヤブサメには繁殖つがいのナワバリ内をうろつく「おじゃま虫」オス個体が存在する.つがいとの血縁関係はなく,ヘルパーではなく,つがい外交尾をねらっている個体らしい.(ただつがいペアはこの個体に対して特に排除しようとしないということなので謎は残るように思う)


このほか有名なジュウイチとテリカッコウの托卵話(これはリサーチの裏話がいろいろと楽しい)がしっかり収録され,鳥類の行動生態に興味のある人いはとても充実した一冊になっている.さらに上にあげた鳥のほか,メボソムシクイ,ゴイサギ,スズメ,カワセミ,ヤマセミイカルチドリコチドリイソシギ,モズ,アリスイ,オオルリなどのバードウォッチャーにおなじみの鳥も多数登場する.日本でバードウォッチングをする人には特におすすめの一冊だ.


関連書籍

デイビスカッコウ本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20150405

Cuckoo: Cheating by Nature

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同邦訳.私の訳書情報はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160415

カッコウの托卵: 進化論的だましのテクニック

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鳥の行動生態学.田中啓太による托卵の総説があり,上田も寄稿している.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160526

鳥の行動生態学

鳥の行動生態学


山階芳麿賞記念シンポジウム

上田の退官記念についてはこのような催しもあった.私のブログ記事はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20161104

*1:山麓で調査中ヴィデオテープの替えを忘れ急峻な山道を必死に往復すると今度はバッテリーを忘れていたなどという顛末から,巣箱実験とテンとの戦いの様相,42ha内の繁殖地の定着オスを全て個体識別した話がさらっと書かれてあったり,いずれも圧巻だ.