Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その6

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所格転換と同じく与格転換も2つのルールは必要条件に過ぎない.ピンカーのパラレルな説明は続く.

4 与格転換への理論拡張 その2

  • さらに,やはり所格転換と同じで,この理論だけではすべての現象を説明できない.所有の変化は与格転換の必要条件だが,十分条件ではないのだ.所有の変化を簡単に意味することができる動詞でも転換できないものがあるのだ.
  • giveとpassは転換可能だが,類似の意味を持つdonateとtransferは転換を許さない.同様な例は(tell, wright)と(shout, whisper, say),(throw, flip, kick, bring, take)と(pull, carry, lift),(make, build)と(create, design),(buy, get)と(choose, select)の間にもある.
  • この問題の解決も同じだ.話者は広いルールを直接適用していないが,狭いルールを身につけている.そしてこの狭いルールが特定の動詞群のみを所有の変化を可能にする意味を持ちうると決めているのだ.
  • 以下の意味を持つ動詞のサブクラスは転換可能だ.
  • 与える:give, pass, send, hand
  • 将来的な所有:offer, promise, bequeath, leave, refer
  • 自律的な動きを生じさせる:throw, toss, flip, kick, shoot
  • 付随動作の方向を示す:take, bring
  • コミュニケーションの内容/メッセージのタイプ:tell, show, ask, teach, write
  • 創造:bake, make, build, cook, sew, knit
  • 獲得:get, buy, find, steal, order, win
  • 上記に類似していても以下のような意味を持つ動詞は転換を許容しない
  • 付随動作の様相を示す:carry, pull, push, lift
  • 条件を満たしている/受けるに値する:credit, reward, entrust, honor, supply, furnish
  • しゃべり方の様相:shout, scream, murmur, whisper, yell
  • 選択:choose, pick, select, favor, indicate, prefer, designate
  • 与格の場合,狭いサブクラスの定義にかかる基準はもうひとつある.
  • 英語ネイティブな動詞(ラテン語などから派生したものではない英語に元々ある動詞で,通常単音節で構成される)はより転換しやすい:ネイティブとラテン語派生の動詞の対比は以下のようになる.

give vs. *donate
tell vs. *inform
throw vs. *propel
make vs. *create
get vs. *obtain

  • この2番目の基準は実験によって示されている.架空の動詞を作って二重目的語構文を作れるかどうか調べると,被験者は(大人も子供も)単音節動詞でより二重目的語構文を使用するのだ.


このピンカーの理論拡張編は所格転換と与格転換のパラレル性が見事に示されていて印象的だ.とはいえなぜ英語ネイティブ動詞とラテン語由来動詞で与格転換に関するサブクラスが変わってくるのだろうか.ピンカーはここでは解説してくれない.もともとの英語にあった特徴のはずはないから,何らかの歴史的なバイアスが固定化したということだろうか.日本語だと漢語や欧州諸語由来の「○○する」という動詞の方がより所格転換しやすいが,それとパラレルな現象なのだろうか.いろいろ興味が尽きないところだ.

またピンカーはこの論文においては動能交替や受動態について詳しく解説していないが,そこにもパラレルがあるようだ.
動能交替でいうと,「He cut the bread」だとパンは切断されるが,「He cut at the bread」では切断されていなくてもいいということになる.なお二重目的語構文と同じく,日本語には動能交替もないようだ(類似のものはあるのかもしれないが,私には思いつかない).「武蔵は小次郎を切った/武蔵は小次郎に切りつけた」のように異なる動詞を使って表すのが基本なのだろう.このあたりも英語の目的語の重みが関連するのだろうか.ここも興味深い.