「One Wild Bird at a Time」

One Wild Bird at a Time: Portraits of Individual Lives (English Edition)

One Wild Bird at a Time: Portraits of Individual Lives (English Edition)


本書は生態学者ベルンド・ハインリッチによる様々な北米の鳥についてのバードウォッチング日記ともいえる本だ.特に中心テーマはなく,いろいろな鳥の様子が描かれる内容だが,観察振りのぶっ飛び方がいかにもハインリッチというすさまじいものだし,一流の学者による鋭い見解が随所にちりばめられていて,読んでいて大変に楽しい.

で,このハインリッチのぶっ飛び方は冒頭のキハシボソキツツキ(northern yellow-shafted flicker)の観察から顕著だ.このキツツキがハインリッチのメーン州にあるログハウス風の自宅の壁をつつき始めると,外壁と内壁の間に巣作りしてもらうために嬉々として内壁をぶち抜いて,巣を設置するための底面をこしらえ,さらに観察用のガラス窓をはめ込むのだ.そして寝室からキツツキの子育てを観察する.餌の種類(アリの蛹や幼虫が主体)や給餌の優先順位などその観察の詳細がまた楽しい.ここから様々な鳥の観察が紹介される.興味深かったところをいくつか紹介しよう.

  • アメリカガラス(common American crow)は,ハインリッチが何冊も本を書いているワタリガラスとは随分行動傾向が異なる.例えばカラスの中で,ワタリガラスだけが月夜に空中で踊るそうだ.これに対してアメリカガラスは必ずしも血縁ではない数羽の緊密に協力的なグループを形成する.ハインリッチはこれは採餌の際のグループ間競争への適応ではないかと考察している.
  • シルスイキツツキ(yellow-bellied sapsucker)のドラム音のクオリティはメスに対する性淘汰シグナルであるらしい.であればそれは巣穴がメスにとって希少な資源だということになるのか,メスは自分で巣穴をうがたないのか.ハインリッチはこの疑問を解くために何週間もキツツキを追いかける.そして樹に穴をうがつハードワークはほとんどオスが行っており,メスはドラム音だけでなく,巣場所や穴のクオリティもオスの選別基準にしていることを確かめる.このキツツキにとっては親の給餌時期の負荷が大きく,メスにとってエネルギーコストをかけずに適切な巣を持つことが適応度上重要であることが背景にあるらしい.
  • メイン州には2種のモズモドキが繁殖する.アカメモズモドキ(red-eyed vireo)は5月から8月まで落葉樹に営巣し繁殖する.フタスジモズモドキ(blue-headed vireo)は4月には渡ってきて針葉樹に営巣する(つまりより厳しい環境で営巣を余儀なくされている).このフタスジモズモドキは環境の厳しさを感知すると,既に産んだ卵の一部を巣外に放棄する形で一種のバースコントロールを行っているらしい.
  • アメリカのムネアカゴジュウカラ(red-breasted nuthatch)はユーラシアのゴジュウカラと異なり,樹木に穴をうがって営巣する.この重労働はメスが行う.
  • エリマキライチョウ(ruffed grouse)は厳冬期に雪の中に穴を掘って夜を過ごす.日中に木の芽を食べてそれを消化するために潜っていると思われる.対捕食者戦略として入り口から潜伏場所までの方向や距離は様々になっており,さらにデコイの穴を複数持つ.また穴から出るときには勢いよく飛び出る.
  • ハゴロモガラス(red-winged blackbird)はオライアンズやサーシィによってモノグラフが編まれており,世界で最もよくリサーチされた鳥だ.リサーチではオスは繁殖期にはナワバリをめぐって激しく争い,メスは良いナワバリのオスを選ぶとされている.しかしオスは繁殖期以外のシーズンでは有名な真っ赤なバッジを隠して仲良しの群れを作るし,繁殖期においても典型的とされるより協力的な態度も良く見せる.ハインリッチは,オス同士が見知っていて互恵的な協力関係もあるのだろうと推測している.
  • キビタイシメ(evening grosbeak)は繁殖期にクチバシの色をアイボリーグレーからピスタチオグリーンに変える.(これが性淘汰シグナルなのかどうかはわかっていない)
  • アメリカヤマシギ(American woodcock)は時に,地上で観察者に対し,身体を揺らして注目を集めるようなディスプレーを行う.営巣前でも行うのでシギ類がよく見せる偽傷行動ではない.この鳥は狩猟対象鳥獣なので,その行動習性はよくリサーチされているが,この揺らし行動が何のためのなのかについて説得力ある仮説はこれまで提示されていない.ハインリッチはこれは捕食者に,「お前がいることは既に知っている」というシグナルを出しているのではないかと考えている.


このほか,育て上げたホシムクドリの雑食振り・音声シグナル・社会性の考察,アメリカフクロウ(barred owl)との観察し,観察される奇妙な関係,ハネビロノスリ(broad-winged hawk)の巣に敷かれるシダのライニングの謎(いくつか仮説は提示されるが解決されていない),アオカケス(blue jay)のしわがれ声のコミュニケーション(音声タイプによって異なる反応が観察される),アメリカコガラ(chickadee)がユキヒメドリ・モズモドキ・ジョウビタキゴジュウカラなどを呼び寄せて作る混群*1の観察(これは詳細が大変楽しい),積もった雪に次々に突進して潜っていくベニヒワの行動の謎*2,オオヒタキモドキ(great crested flycatcher)のつがいヘルパーの謎*3,ツキヒメハエトリ(eastern phoebe)の求愛ソング*4などのエピソードが次から次へと書き留められている.


随所にハインリッチの情熱と深い洞察が差し込まれ,さらに自らの手になるスケッチが添付され,とにかく楽しい観察日記だ.私はアメリカのいくつかの都市公園で何回か鳥を見ただけだが,それでも大変楽しめた.北米の鳥相に知識がある読者には特にお勧めだ.



これは私がシカゴで見たハゴロモガラス.繁殖シーズンにナワバリを主張しているので,肩の赤のパッチが鮮やかだ.


関連書籍

ハインリッチは,このような観察日記的な本を,いろいろなテーマに沿って多数出している.一部しか訳されていないのが少し残念だ.なお「Mind of the Raven」についての私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100626,「Nesting Season」についてはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20120819にある.


In a Patch of Fireweed: A Biologist's Life in the Field

In a Patch of Fireweed: A Biologist's Life in the Field

One Man's Owl

One Man's Owl

Ravens in Winter (English Edition)

Ravens in Winter (English Edition)

A Year In The Maine Woods

A Year In The Maine Woods

The Trees in My Forest

The Trees in My Forest

The Geese of Beaver Bog

The Geese of Beaver Bog

Mind of the Raven: Investigations and Adventures with Wolf-Birds

Mind of the Raven: Investigations and Adventures with Wolf-Birds

Winter World: The Ingenuity of Animal Survival

Winter World: The Ingenuity of Animal Survival

Summer World: A Season of Bounty

Summer World: A Season of Bounty

The Nesting Season

The Nesting Season




このうちいくつかには邦訳がある.

「In a Patch of Fireweed」の邦訳.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20081120

ヤナギランの花咲く野辺で―昆虫学者のフィールドノート (自然誌選書)

ヤナギランの花咲く野辺で―昆虫学者のフィールドノート (自然誌選書)


「The Trees in My Forest」の邦訳.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100506

森は知っている

森は知っている


「Ravens in Winter」の邦訳.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090310

ワタリガラスの謎

ワタリガラスの謎


「One Man's Owl」の邦訳.

ブボがいた夏―アメリカワシミミズクと私 (ナチュラル・ヒストリー選書)

ブボがいた夏―アメリカワシミミズクと私 (ナチュラル・ヒストリー選書)

*1:ユーラシアのカラたちの混群と基本的には同じ現象だろう.バードウォッチャーにはなじみ深いところだ

*2:解決はされていないが,ハインリッチは北極圏において何らかの適応的な価値があるのではないかと推測している

*3:そのペアは元々その巣に産卵営巣していたが,別のペアにその上にライニングを敷いて産卵されてしまったために,その巣のヒナに対して給餌行動を起こしてしまうようだった

*4:彼等はスズメ亜目ではなくタイランチョウ亜目に属し,真のソングバードとは認められていないが,一日中求愛のさえずりを行う.ハインリッチが観察したオスは何ヶ月も孤独にさえずり続けたが,とうとうメスを射止めることができなかった