Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その6

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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ピンカーは,ここまで英語の不規則動詞のサブクラスにはメンバー性について必要条件や十分条件がないことを見てきた.次に吟味するのはプロトタイプ的であるかどうかだ.

不規則サブクラスの特性 その2

(3)プロトタイプ性
  • バイビーとモダーは多くのサブクラスはプロトタイプで特徴付けられると指摘した(Bybee and Moder 1983).このプロトタイプは基本的に音韻特徴で示され,ファミリー類似的構造を形作る.

ここでピンカーはその一例を示している.

  • 「ing→ung」サブクラスは以下のプロトタイプ構造を持つ.

 S+C+C+i+[軟口蓋鼻音] (Cは子音が入りうるスロットを示している)

これには(sink, stink, sling, sting, string, swing, slink)が該当することになる.

  • さらに興味深いのは,このプロトタイプ構造に似た新規の動詞の過去形を人々に尋ねると,「I」→「Λ」に変えた不規則型を答えることがあることだ.さらにその頻度は類似性と相関する.彼等は「spling, strink」のような形を示されるとより「splung, strunk」と答えやすく,「strick, skrim」のような形では不規則型を答える頻度をやや減らし,さらに「spriv」「krin」「trib」という形に対して不規則型を答える頻度をそれぞれ低減させていく.
(4)段階的な当てはまりあるいはメンバーシップ
  • ほとんどのサブクラスの中では,明らかに不規則型が受けいれられているものと,使用頻度が低く受け入れられにくいもの(使われた場合には通常ではない感じや気取った感じがある)がある.

ピンカーはここで受け入れられやすい「良い例」と受け入れられにくい「良くない例」とを対比して例示している.このあたりは英語母語話者でないのでわかりにくいが,こういう感じがあるのだろう.

Good Examples Poor Examples
hit, split spit, forbid
bled, fed pled, sped
burnt, bent learnt, lent, rent
dealt, felt, meant knelt, dreamt
froze, spoke wove, hove
got, forgot begot, trod
wrote, drove, rode dove, strove, smote, strode
(5)不明確なケース
  • あるサブクラスの中において,いくつかの動詞が,人々の不規則型への許容判断があまりにも弱いために,そのサブクラスに属しているかどうかが不明確になる場合がある.
  • そういう動詞は,慣用句や定型表現のみに表れたり,特別な場合のみに用いられたりする.

ピンカーは例として熟語「forgo the pleasure of 〜:〜を差し控える,我慢する」を挙げている.「forgo」は明らかに「for」と「go」の合成動詞なので,「forgoed」は許容されにくい.しかしだからといって「Last night I forwent the pleasure of grading student papers.」は非文法的とは言えないまでも,非常に奇妙な表現になるのだそうだ.辞書を見ると過去形としては「forwent」過去分詞は「forgone」とされているが,普通は使われないのだろう.同じ問題は「rend:(家族や社会などを)引き裂く」「sit well with 〜:〜にとって納得できる」「become+(person):(服などがその人に)ふさわしい」にもあるそうだ.

また別のケースとしては,文法的な現象がある動詞の過去形を非常に稀なものにしてしまうことがあるとしている.ピンカーがあげる例は他動詞の「stand:〜を耐える」だ.この動詞はよく使われるが,通常「耐えられない」の意味で助動詞を伴い「She can’t stand him.」のような表現がほとんどになる.だからこの意味で「?I don’t know how she stood him.」と使うと非常に違和感のある表現になるそうだ.

このあたりも母語話者でないのでなかなかわかりにくいところだ.いずれにせよ不規則動詞なのかそうでないのかは0か1で決まるようなものではなく,明確なものから不明確なものまで連続的な構造を持っていることがわかる.

そしてピンカーは英語の不規則動詞について次のような結論を導く.

不規則動詞のサブクラスについての結論

  • 英語の不規則動詞のサブクラスは,独自の非定義的な特徴,ファミリー類似構想,プロトタイプ,メンバー性についての段階制,不明確なケースという様々な特徴を持っている.これらは全て「ファミリー類似カテゴリー」の特徴であることから,不規則動詞サブクラスは「ファミリー類似カテゴリー」であると結論できる.
  • これは実は驚くべき結論だ.言語規則は伝統的に0か1かのカテゴリーのパラダイムケースであり,古典的カテゴリーに対応すると考えられてきた.だから文法的な操作にかかる事実がファミリー類似構造を持つというのは,一部の理論家にとっては広範囲にわたる意味を持つ.たとえばルメルハートとマククレランドにとっては,この事実は,言語を研究するための,法則を用いない全く新しいアプローチに関する彼等の議論の一部になっている.レイコフにとっては,この事実はヒトの認知一般に関する革新的な新しい方法を求める根拠になっているのだ.


ルメルハートとマククレランドのアプローチとは,言語獲得のすべてをコネクショニズムによる連想学習によって説明できるとするもののことを指しているのだろう.そしてレイコフの方法とは「すべてはメタファーだ」という彼の議論のことを指しているのだろうと思われる