日本生物地理学会2017 その2 


大会2日目 4月9日


本郷で開催された日本生物地理学会.
2日目は通常学会.昨日よりやや雨脚が強く,一日降り続いた.場所は前日と同じ東京大学農学部弥生キャンパス内のフードサイエンス棟「中島記念ホール」.この中島記念ホールというのはキユーピーマヨネーズとアヲハタジャムの創業者中島董一郎の息子である中島雄一からの遺贈資金を元に整備されたホールであるようだ.
一般発表は昼食を挟んで11時から15時まで.


一般発表

ニホンザル(Macaca fuscata)における寄生蠕虫層の概要,特に最近の東日本における調査から判明した地理的分布に関して 浅川満彦

ニホンザルの福島集団,下北集団,房総集団の寄生虫を調べた結果のリポート.(最近は農業被害が増えており,保護管理計画に基づいて有害捕獲されるサルが増えている.それらのサルを調べたもの.)
様々な寄生虫に感染しており,何らかの寄生虫への感染率はほぼ100%.地域的にも大きな差はない.ただし先行研究の西日本のものと比べると,一部構成要素に差がある.
また医療実験用に輸入されるカニクイザル(東南アジアで捕獲され,上海で飼育されてから日本に持ち込まれ検疫を受ける.検疫中に死亡した個体などをサンプルとした調査)の調査結果も報告される.やはり腸結節虫,条虫,フィラリアによく感染している.このサンプル自体は医療用なのでこれが野外に漏れ出るリスクは小さいが,医療用以外にもいろいろ輸入されている現状から考えて今後はモニタリングが必要だろうと締めくくっていた.

共生細菌ウォルバキアはどこまで巧妙に宿主を操るのか?キタキチョウで明らかになった新知見を中心に 陰山大輔

キタキチョウと共生関係にあるウォルバキアによるホストの性比歪曲操作についての報告.まず簡単に節足動物と腸内微生物の共生関係について解説を行う.
ちょっと面白いコメントはホロゲノムについて:必須共生微生物のことを考えると,ホストのゲノムだけではその生物の生理作用をすべて記述できないということになる.だから共生微生物のゲノムも含めて解析すべきだという主張が生まれる.それは「ホロゲノム」と呼ばれ,現在様々に論争中だそうだ.

ここから本題.
細胞質により垂直感染する微生物はホストと利害が相反とすることがある.その一つが性決定にかかるもので,(ホロゲノム的には)一種の利己的遺伝要素になる.
具体的には細胞質遺伝する微生物はホストのメスに潜り込めないと次の世代に継承できない.だからそのホスト生物の性比をメスに傾けるように淘汰圧がかかる.

実際に大きくメスに傾いたチョウなどの例がよく知られていた.サモアのあるチョウでは1905年にメス比が99%だった.ながらくなぜそうなのかわからなかったが,これはウォルバキア感染によるものだとわかってきた.なお2000年の観察でもメス比が99%だったが,2006年には50%になった.ホスト側に抵抗形質が進化したためだ.過去も何度もこういうアームレースで性比が変動したのかもしれない.

ウォルバキアの性比操作にはいくつかメカニズムが知られている.一つは細胞質不和合によるもの(感染オスと非感染メスの子供が産まれなくなるもの),もう一つが性比を歪曲するもので,これまでオス殺し,メス化,単為生殖化の3つが知られていた.今回4つ目のメカニズム(マイオティックドライブ)が確認できたので報告したいというもの.

種子島のキタキチョウはFem系統のウォルバキアで子孫の性比がメスに傾く.これをよく調べると,本来性決定は性染色体によっており,メスがZW,オスがZZなのだが,この場合メスがZO (性染色体をZ一本しか持たない)であり,ZZのオスと交配すると,ほとんどの子がZOのメスになる.これを様々な段階で抗生物質処理によりウォルバキアを死滅させる実験を行って調べる.すると卵にはZ染色体が入り込まず,さらにできあがったZO個体は本来間性化するものがウォルバキアによってメス化されていることがわかった.この卵の減数分裂時の歪みがマイオティックドライブになっている.(なおこれが,卵細胞への分離時に生じているのか,いったん卵細胞になってから選択的に殺しているのかはわかっていない)

共生細菌ウォルバキアが与える宿主ミトコンドリアへの進化的影響について キチョウ姉妹種の例を中心に 宮田真衣

引き続きキタキチョウとウォルバキア.
まず生物地理としてキタキチョウとウォルバキアの感染分布が示される.キタキチョウの日本の本州から先島諸島までの分布の中で,北東北はウォルバキア非感染,本州から九州と一部沖縄まではCI系統のウォルバキアのみに感染.それ以西はCI系統とFem系統のウォルバキアに感染している.

このCI, Femの二重感染個体はメス化による性比歪曲を行う.この場合このような細胞質遺伝するウォルバキアと同じく細胞質遺伝するミトコンドリアは運命共同体になる.たまたま両ウォルバキアと共存していたミトコンドリア系統が(いわば連鎖遺伝子のように)大きくドライブされることが期待される.
実際に先行研究では同所的にCI系統のウォルバキアに感染しているキタキチョウのミトコンドリアとミナミキチョウのミトコンドリアの方が,非感染のキタキチョウのミトコンドリアより近縁だったということが報告されている.これは両キチョウはミナミメスとキタオスの交配のみ不妊にならないので,そういう方向の戻し交配が繰り返され,遺伝子浸透が生じ,核遺伝子は限りなくキタに近づき,ウォルバキアはミナミのままということが生じたからだと説明されている.

今回はCI系統のみに感染しているキタキチョウと,CI系統,Fem系統両方に感染しているキタキチョウに注目し,ミトコンドリア系統樹と,核ゲノム系統樹を作って比較した.その結果ミトコンドリア系統樹は重複感染群とCIのみ感染群にきれいに分かれたが,核ゲノムはごちゃごちゃと混ざっていた.これはそれぞれのウォルバキア群が独立にキタキチョウに感染し,重複感染以降メスの垂直系列による運命共同体となったが,核ゲノムはオスによって混ぜ合わされたと説明できる.


このキチョウとウォルバキアの2つの発表はなかなか面白かった.


関連書籍

ウォルバキアなどの細胞質共生体による性比歪曲についての本.

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

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ウエストによる性比についての総説本.第10章で細胞質遺伝子が扱われている,私のノートはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20150311以降



Host Manipulation by Parasites

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パラサイトによるホスト操作についてのアンソロジー.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140914



せめぎ合う遺伝子 -利己的な遺伝因子の生物学-

せめぎ合う遺伝子 -利己的な遺伝因子の生物学-

トリヴァースとバートによる素晴らしい本.私の原書の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20061127



Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

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同原書

日本の太平洋島嶼におけるアオリイカ小型種の遺伝的分化 安里聖貴

アオリイカはかつて区別されていなかったが,石垣でとれるアオリイカに3色があり,それぞれアカイカ,シロイカ,クァイカと呼ばれていた.そして実はこれが3つの隠蔽種だったことが明らかになった.現在ロートの色素細胞や産卵時の基質選択行動に差があることが知られている.
アオリイカは先島諸島から沖縄,大東島,小笠原と分布している.シロイカについては地域間に分化がない,アカイカには地理的な変異があることが知られているが,クァイカについては知見がなかったので今回DNAを調べた.

調べてみると,先島,沖縄,大東はほぼ同じだったが,小笠原はやや離れている.また個体群拡大年代を推定すると,古い方から沖縄(15000〜2000年),大東(12000〜2000年),小笠原(5400〜800年),先島(2000〜260年)の順であることがわかった.海流によりまず沖縄・大東で拡大し,その後小笠原に広がり,最後に海流と逆方向の先島に広がったと推定できる.

オオヤマレンゲの系統分化と浸透性交雑,遺伝的隔離 菊地賢

マグノリアの仲間は日本に6種ある.コブシ,ホオノキが有名だが,オオヤマレンゲのその一つになる.
日本では西日本に分布し,1000メートル以上の高山でみられる.明るい場所で下向きに花を付ける結構珍しい植物になる.そして日本だけでなく,なぜか中国の奥地に小さな分布域があり,また朝鮮半島にはオオバオオヤマレンゲという近縁亜種が分布する.オオバオオヤマレンゲは雄しべが赤くなり100メートルぐらいの山にも分布するところがオオヤマレンゲと異なる.

オオヤマレンゲとオオバオオヤマレンゲの関係を知るべく核マイクロサテライト,葉緑体,核遺伝子の3つの分子解析を行った.
驚いたことにマイクロサテライトと葉緑体の分析では日本の九州・一部中国四国のオオヤマレンゲと朝鮮のオオバオオヤマレンゲの方が近畿以東のオオヤマレンゲより近縁という結果になった.核遺伝子は亜種区分と一致した.
これは過去遺伝子浸透が生じ,中立遺伝子座ではそのまま保たれたが,核遺伝子の部分では淘汰により排除されたのではないかと考えられる.

次に分布データと現在の気候データ,過去(ウルム氷期)の気候データから過去の分布を推定するというモデルを使って過去のオオヤマレンゲとオオバオオヤマレンゲの分布域を推定してみた.結果はやや微妙だが,干上がった海峡の部分で過去隣接分布の可能性があり,交雑が生じていてもおかしくないと思われる.


なかなか興味深いデータと分布群だ.解釈はやや強引だが,なかなか解析方法含め面白い.

西多摩地域におけるカンオアイ類の分布と地形・地質の生い立ち 小泉武栄

カンアオイは林床の地味な植物で,成長速度が遅く,分布速度も極端に遅い(1年10センチ)とされている.
しかしこの推定は花から種子が垂直に落ち,ごくまれにアリが運ぶという推定に基づいている.しかしカンアオイが生えている場所を考えると洪水や表層土砂の崩落でもう少しダイナミックに動くのではないかと思われる.実際に微地形とともに調べると,花をつけるような大きな個体は(あまり崩落の起きない)尾根にあり,土砂が流れて堆積しそうなところには幼体の群生がみられる.また移植のために掘り起こした個体の根を調べると,いったん埋もれて方向を変えて伸びようとしたあとが多数発見できる.

もっと大規模には,河川争奪のような中規模の攪乱によっても分布が変動すると思われる.実際に多摩地区では相模川と多摩川の河川争奪の歴史からカンアオイとタマノカンアオイの分布が説明できる.


以上で一般発表は終了.この後言語進化と言語地理のシンポジウムとなる.
これは昼食にいただいた言問通りと本郷通りの交差点にある「志那そば丸高」の志那そば.