Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その13

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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英語の過去形には2つのカテゴリーがある.ではこれは話者の心理にだけあるのか,それとも世界に実在するものなのか.ピンカーはここで英語の歴史を語り始める.この過去形の2つのカテゴリーは歴史的なプロセスが作りだしたものであり,単にある世代の話者の心理が作り出せるものではないというのだ.

規則クラスと不規則クラスの特徴はどこから来るのか

  • 規則クラスの特徴は規則的なルールから来る.どんな話者の視点から見ても,その言語の他の話者が理解し会話で用いるルールという意味での「その世界の中」というクラスが存在する.これはどんなコミュニケーションシステムにもあるパリティ要求から来る.言語は話者があるルールを共有していないと機能できないのだ,だからある話し手に過去形ルールがあるなら,それは聞き手にもあって理解するのに用いるということが推定される.同様に聞き手に理解するためのルールがあるならそれは話し手にもあって会話生成に用いると推定される.
  • だから「世界の中でどのようなものがルールにより生成されたクラスとしてピックアップされるのか」という疑問への回答は「他話者の心にあるルールの複製により生成されるエンティティのクラス」だということになる.
  • 不規則型については問題はより複雑だ.もちろん不規則型も話者間で共有されているからこそ有用性を持つ.しかし(ルールが単純で完全な)規則型の場合と異なり,不規則型クラスの構成は非論理的で,そもそも他話者がどのようにしてそれを会得しているのかを問題にせざるを得ないのだ.
  • 前節では話者の記憶(結局それが次世代話者へのインプットとなる)をめぐる動詞の生存競争についてダーウィン的なメタファーを用いた.各世代が前世代の記憶をできるだけ正確に再構成するとしても,変化は生じる.変化は(新しい不規則型が既存の不規則サブクラスに誘引されるような)収斂的なものも(全く別の方向に浮動する)分岐的なものもあるだろう.
  • 特定のアトラクターに向かう収斂的な進化は,規則系動詞が,その語幹が既存の不規則型の語幹に類似していることにより誘引されて生じることがあるだろう(現在sneakはsnuckに向けて誘引されつつある)
  • このように時たま生じる忘却とアナロジーの固定が,ちょうど感染プロセスのように言語コミュニティに生じ,世代を通じて累積されるなら,ファミリー類似構造を持つ動詞のクラスができあがるだろう.実際にquit-quit, kneel-kneltはかなり新しく不規則動詞に加わった.そしてそれはおそらくhitとfeelへの類似に誘引された結果だろう.これは方言におけるより速い変化にも見られる.
  • 英語の歴史においては分岐的な変化がより強いトレンドだ.古英語においては7つの(語幹の母音変化による)「強い」過去形と,3つの(dを含む接尾辞が付加される)「弱い」過去形があった.
  • 現代英語の規則過去形は「弱い」過去形から進化した.古英語の「強い」過去形は起源をプロトドイツ語に,そしてさらにプロトインドヨーロッパ語までさかのぼることができる.
  • 多くの学者はプロトインドヨーロッパ語の「強い」過去形は「規則型」だったと考えている.語幹の中の母音に続くセグメントの数とタイプが音韻変化を決めていたのだ.
  • 古英語の頃にはこのパターンは複雑化していたが,なお広く使われ,(現代英語に多数見られるような)例外は少ないものだった.つまり現代英語では規則化しているが,その音韻パターンが不規則動詞に類似している動詞の多くは,当時不規則型だったのだ.(deem/ dempt, lean/ leant, chide/ chid, seem/ sempt, believe/ beleft, greet/ gret, heat/ het, bite/ bote, slide/ slode, abide/ abode, fare/ fore, help/ holpなど)さらにそのクラス内には適度の創造性があった.
  • 中英語の頃に,過去形サブクラスの創造性と規則性は大きく減衰した.原因はラテン語とフランス語から膨大な語彙が流入し,条件依存的でない単純な過去形生成操作が必要になったことと,母音発音の大シフトが生じて既存過去形の母音変換規則が不明瞭になったことだ.一方で,弱い接尾辞付加の過去形は名詞を語源とする動詞(これは強い過去形動詞の音韻パターンとは異なっていた)について古英語の頃から使われていた.だから外来語彙にこのやり方を拡張するのは自然だったのだ.
  • 要するに,プロトインドヨーロッパ語以来,英語の歴史においては,強い過去形変換は音韻規則によるものからリストを個別に学習するものへという明確な傾向が存在するのだ.
  • このことは興味深い帰結をもたらした.元々リストは(規則から作られたものとして)均質なものだったはずだ.しかしその後様々なプロセスによりこのクラスの均質性は破壊された.その例をいくつかあげてみよう.


(1)音韻変化

  • blow, grow, throw, know, draw, fly, slay(過去形は母音をewに変換):これらはknow以外は複数連続子音を持つ.knowが例外なのは,それは元々複数子音で発音されていたからだ.kが発音されなくなっても過去形は残ったのだ.


(2)形態カテゴリーの崩壊

  • 古英語においては過去形は人称と単複によって区別されていた.例えばsingの過去形は以下のように活用した.
  単数 複数
第1人称 sang sung
第2人称 sung sung
第3人称 sang sung

単複の区別がなくなったときにそれぞれの動詞はその過去形にどれを使うかを決めなくてはならなくなった.それはちょうど椅子とりゲームと同じだ.このため動詞によりばらばらな選択がなされた.だからsing/ sang/ sung とsling/ slung/ slung が並んでいるし,それはfreeze/ froze と cleave/ cleft についても同じことだ.


(3)摩耗

  • 初期には「〜d/ 〜tという過去形変換」クラスは以下のようなメンバーを持っていた:bend, lend, send, spend, blend, wend, rend, shend, build, geld, gild, gird.このクラスは母音-子音-dという構造を持っている.
  • しかし現代アメリカ英語においてはgeld, gird, gild, wend, rend, shendは忘却されてしまった.残った動詞は5つで,うち4つはendで終わるが,最後の1つはildで終わる例外的なものになってしまっている.


結論

  • 私たちは以下のように結論づける.
  • 元々規則から産まれた均質的なアイテムを持つクラスが,規則が力を失ったのち,互いに関連のない多くの影響が累積するような様々な分岐的進化の後にファミリー類似的な構造を獲得するに至った.
  • このようなパターンの上に,時に類似性による収斂進化がスーパーインポーズされる.
  • この結果単一世代の学習者は,収斂進化と分岐進化の歴史の結果としてのファミリー類似構造に直面する,そしてこのような構造は学習者の心理の曽田側に独立に実在するのだ.


ここで語られる英語の歴史を振り返る部分は単純に楽しい.論文を書いているピンカー自身も蘊蓄を語れて大変楽しんでいるのではないかと思わせる.
また文化進化のひとつとしての言語内容の進化過程の実例としても大変興味深い.カヴァリ=スフォルツァとフェルドマン,ボイドとリチャーソンはいろいろ文化進化についてモデル化しているが,このようなファミリー類似カテゴリーと古典的カテゴリーの要素が作るダイナミズムについては考察していないのではないだろうか.本論文は20年も前のものだが,なお新しいと言うことだろう.