Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その17

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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ピンカーの概念カテゴリーについての論文も最終部分に入った.ここまで古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーがどのような機能を持ち,世界にはそれぞれのカテゴリーで処理すべきクラスターが実在することを説明してきた.最後にこの相互作用が解説され,結論が提示される.

古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーの相互作用

  • 「鳥」や「おばあさん」のような多くの単語の指示対象は.古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーの両方の特徴を持っている.この2つはどのように相容れているのだろうか.
  • 私たちはヒトは2つのパラレルなメンタルシステムを持っていると主張する.1つは類似しているオブジェクトのセットの相関構造を記録するもので,もう一つは理想化された法則のシステムをセットアップするものだ.
  • 一般的にはファミリー類似カテゴリーの方が観察者にとってよりアクセスしやすいと考えられる.世界にあるほとんどのオブジェクトは,その創造や存在維持に関する様々な歴史的な過程の影響を受けて,その背後にある法則が見えにくくなるような散らばりを作っている.幸運な場合には,観察者はその散らばりの影から法則の姿を覗き見ることが可能であり,それは理想化されたシステムに組み込まれるように試みられ,そのようなシステムの要素は独立した類似性の観察から得られたファミリー類似クラスターと部分的に重なり,言語は双方に同じ単語のラベルを与えることができる.これが,「ペンギンは完璧に典型的な鳥である:A penguin is a perfectly good bird. 」という表現がある見方では真になり,別の見方では偽になる理由だ.そしてまた「奇数」は0か1かのカテゴリーであるはずなのに,13は23より良い奇数の例だと多くの人が考える理由でもある.
  • 観察したオブジェクトの類似クラスターからカテゴリーを導き,法則の結果である理想化されたオブジェクトの定式システムを構築し,その相互をリンクするというヒトの傾向は,概念の研究に現れる多くの明らかな矛盾の源泉であり,それはしばしば概念システム自体の内側にある.例えば,これと全く同じ二元性が,論理的な合憲解釈と前例主義として法律システムの中にも見いだせる.法律問題の多くは,前例を持ち出し,より類似したケースほど適用力が高いと主張することによって解決される.しかし一旦問題の合憲性が焦点になると,極めて限定的な原則のセットだけが問題になり,前例は無視されるのだ.


この法律問題の説明は判例法主義の英米法系の世界での話になる.もともとは判例法から出発したが後の法学家たちが法原則を抽出し法典編纂を経たローマ法体系ではより古典的カテゴリー処理の色合いが強くなるが,やはり二面性はあるということになるだろう.

結論

  • 全く異なるドメインに属するように思われる2つの現象の間に多くのパラレルが見られることは驚くべきことだと考えられるかもしれない.私たちは過去形と概念カテゴリーがすべての観点において同じだと主張しているわけではない.またこれらが単一の認知システムから形成されたと主張しているわけでもない.
  • しかし2つの現象の間のこれほど広い類似性は,その背後に共通の原則があることを示している.
  • 英語の過去形には機能的に同じ2つの類型があり,一見しただけでは,それは単に頻度と統一性の差に過ぎないように見える.しかしより詳しく調べると,これらは古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーに対応する全く異なった2つのシステムに由来することがわかる.さらに,この2つのシステムは,それぞれ全く異なる心理的能力,発達過程,実世界との関連,計算アーキテクチャーとリンクしている.古典的カテゴリーは,定式化されたルールにより決められ,理想化された法則システムにおける推論を可能にする.ファミリー類似カテゴリーは,類似する記憶された類例のセット間にある相関によって決められ,観測された歴史的創造物の推論を可能にするのだ.


なかなか面白い論文だった.まず概念カテゴリーに2種類があり,それが認知科学,哲学の論争になっていることを紹介する.そして英語の過去形にはまさにこの2つが併存しているのだ.そして規則過去形と不規則過去形は機能的には全く同じ機能を持つが,それを扱う心的過程が異なっている.では何故この2つの心的過程がヒトに備わっているのだろうか,それは推論を容易にするという機能から考えると,理想化された世界での推論,ヒト同士の社会的関係を律するためのシステムには前者が,もともとは法則的に生みだされた秩序が歴史的偶然,分岐,収斂を経てクラスター状になった状態を扱うには後者が適しているからという進化心理的な説明が可能になる.そして丁寧に説明される文法オタク的な記述が大変楽しい.被引用が少なくてもピンカーが興味深いと感じていることもよくわかる内容だった.