協力する種 その2

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

訳者たちによる解説 その2

ボウルズとギンタスによる「協力する種」.訳者竹澤の解説は本書の概要を紹介する部分に進む.まず構成,本書の中心になる理論フレームとキーになる概念についての注意書きだ.

本書の主張 (解説:竹澤正哲)

<本書の構成>
竹澤による本書の主張の概要は以下の通り.

  • まずヒトの協力に関する事実を吟味し,至近要因として「強い互恵性という社会的選好」に着目する.(第1章〜第3章)
  • この社会的選好がいかに進化したかを理論モデルを用いて検討する(第4章〜)
  • この理論モデルの最も重要なものがマルチレベル淘汰であり,さらにその他の理論モデルやシミュレーションを用いて,利他性,制度,罰,規範の内面化,利他的規範,社会的感情を説明していく.


<本書で用いられる理論フレームについて>
本書は第4章及び第5章でいろいろな進化モデルについての概説がある.竹澤は特にその部分を読むための注意書きを置いている.確かにここで注意とされていることを見落として本書を読み進めると,ある程度進化生物学に親しんでいる読者ほど,ところどころで頭をかきむしらざるを得なくなるだろう.

  • まず本書を読み進めるためには「血縁度」については,(よくある「子供との血縁度が1/2」などの同祖的な定義にとらわれずに)同じ遺伝子を持つ個体同士がランダムに出会うより高い頻度で相互作用する状態(正の同類性)を表すものだという現代生物学の理解を持つことが必要だ.
  • 次に本書では血縁淘汰という用語が通常とは異なる形で使われている.著者たちは「血縁淘汰」と「血縁に基づく淘汰」と区別し,後者については特に「血縁者に対して選択的に協力する」というメカニズムを指している.また一部には用語の混乱もある.
  • マルチレベル淘汰*1は集団の中に複数のグループがある場合にその中である形質が増加するための条件を記述する.そしてそれはプライス方程式から導かれており,正の同類性が条件のキーになる.さらに著者たちはマルチレベル淘汰について「強いマルチレベル淘汰」と「弱いマルチレベル淘汰」の2つの状況を区別している.ここにも注意が必要だ.
  • 血縁淘汰とマルチレベル淘汰は同じ正の同類性に基づくものであり,同じくプライス方程式から導出できる.この2つは数学的には等価であるといっていい.しかし著者たちは,ヒトの協力の進化の理解のためのキーとして前者を斥け後者を採り上げる.これは本書をめぐる最大の争点となる.


本書では第6章で進化環境について触れているが,竹澤はそこを飛ばし,第7章以降でキーになる概念を個別に解説する.


<制度>

  • 本書において「制度」はグループ内の個体間の利得差を減少させる仕組み全般を指している.
  • この「制度」がどのように現れたかについて,本書では制度と利他性の共進化として説明される(第7〜8章)
  • 特にグループ間の戦争については,その原因のひとつである「偏狭さ」が「利他性」とともに共進化すること,そしてグループ間の戦争が「利他性」進化への大きな要因であることが主張される.

<強い互恵性と社会的感情>

  • 罰の進化については連携罰という仕掛けによって説明されている.
  • 「恥」という感情は「罰」の効果を上げると議論され,それがマルチレベル淘汰で進化しただろうと主張される.

<遺伝子の文化の共進化>
第10章では遺伝子と文化の共進化が扱われる.竹澤は遺伝子と文化の共進化について,概念説明,カヴァリ=スフォルツァとフェルドマン,ボイドとリチャーソン,青木と続く学説史の解説を行い,本書でもこの過程がモデル化されていること,その結論自体は当たり前に見えるかもしれないが,緻密なモデルが研究の基礎として重要であることなどを解説している.


本書の概要についての竹澤の解説は簡潔で,これから読む読者にいい見取り図を与えるものだろう.血縁淘汰についての本書の扱いなど理論的な中身についてここでは書かれていないが,それは次の大槻の解説に譲るという趣旨なのだろう.だから理論的な部分に関心を持つ読者は次の大槻の解説を刮目して読む必要がある.

*1:Multi-level Selection:本書では「複数レベル淘汰」の訳語が使われている.本ブログではこれまで通り「マルチレベル淘汰」と表記する.