協力する種 その26

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)


本書は第5章までで,ヒトの利他性の進化について,(血縁淘汰の定義をねじ曲げ,互恵性については究極因と至近因を誤解した上で)これまでに提唱されている血縁淘汰,直接互恵性,間接互恵性では説明できないと批判し,(実は血縁淘汰と数理的に同じ理論である)マルチレベル淘汰の枠組みで説明したいと主張してきた.そして第6章では,先史時代のデータではそのマルチレベル淘汰に基づいても,利他性の進化条件的にはなかなか厳しいと認めた.ではどうするのだろうか.それは1つは戦争という極端な状況を考えることであり,もう一つは「遺伝子と文化の共進化」という枠組みを利用することだ.第7章ではこのうち後者が扱われる.

第7章 制度と協力の共進化 その1


まず著者たちは,人間社会のこれまでの歴史を振り返ると,統治形態,市場,一夫一妻制,私有財産制,超自然的存在の崇拝,社会順位,非血縁者との生活必需品の共有などという社会的仕組みが成功してきたのはグループ間競争の結果として説明できるだろうと始めている.そしてこのようなグループ間競争の結果選ばれやすい制度の持つ特徴を「進化的普遍性」と呼ぶというタルコット・パーソンの議論,市場と私的所有権について文化的グループ淘汰の結果と考えたフリードリヒ・ハイエクの議論を引用している.


挙げられている制度の特徴には,戦争に役立つもの,文化的な伝染力が高いもの,たまたま広がったもの,ヒトの本性の普遍性から説明できるものが混在しておりすっきりしないが,言わんとするところはわかる.文化は世代を越えて伝達されるのだからそこに進化は生じうる.


ここから著者たちは以下のように議論を進める.

  • 制度は,グループの全員が従う共通の慣習であり,みながそれに従うのはそれが互いに最適反応になっているからだと考えられる.(これは後の罰の議論につながる)
  • 文化伝達には,利得とは無関係に「ありふれた行動を模倣する」という「同調文化伝達」要素がある.ここではこれは「みなが行っている行動は互いの最適反応であるから模倣する」という単純化を行う.この結果グループ内ではみなが同じ行動をするので制度はグループレベルの性質として扱うことが可能になる.そして制度の進化についてグループ間淘汰で説明する
  • その上で新しい特徴を持つマルチレベル淘汰過程を考える.それは個人の遺伝的特徴とグループの制度特徴が共進化するモデルである.これは「遺伝子と分化の共進化」の中の1つの枠組みであり,「制度が文化的に伝達されるニッチの役割を持ち,そこで遺伝子が淘汰を受ける」ということになる.以下,このような制度ニッチによって利他的傾向を持つ遺伝子の拡散が説明できることを示す.


よくある文化と遺伝子の共進化モデルは,文化について集団間だけでなく集団内にも多様性があり,集団内での淘汰も考えるモデルだ.(だから集団内での垂直伝達,水平伝達,学習,模倣が問題になる)しかしボウルズとギンタスは,そこは無視して,最適戦略でグループ内は均一化するはずだから後はグループ間淘汰だけ考えればいいとする.かなり強引な単純化というべきだろう.ここからの彼等の説明は実際にどういう制度を念頭においているかに進む.

  • このような制度によるニッチ構築の1つは「繁殖均等化」である.これは利他行動のコストを被る個人にとって有利に働く.


ここで著者たちは「繁殖均等化」の議論を補強するために,スティーヴン・フランクの粘菌の論文やメイナード=スミスとサトマーリによる「主要な移行」を引用している.これらは協力の進化については,個体が運命共同体を形成することにより高次の淘汰単位として機能することを解説しているもので,基本的には包括適応度的な視点から議論を行っているものだ.
ここで著者たちは,運命共同体の形成について,包括適応度的に(拡張された)血縁度が上昇するという形式の説明ではなく,何らかの強制により繁殖均等化が可能になる(それにより個体のコストが抑制される)という視点からこれを捉えているということになる.
そしてボームによる先史時代のアルファオスを抑えるための平等主義の起源についての議論をこの視点から解釈する.しかしここはボームによるグズグズのナイーブグループ淘汰的な解釈をそのまま用いており,不満が残る.また著者たちはゲーム理論の専門家でありながら,この平等主義がESSあるいはナッシュ均衡になっているかどうかについて吟味を行わない*1.同じグループ淘汰陣営の論客に対して甘くなっているようでもあり,あわせて残念なところだ.いずれにせよ著者たちはここから以下のように議論を進める.

  • 食物分配のような均等化の制度を持つグループは利他性などの集団を利する個人的行動(利他罰を含む)の拡大に寄与し,他のグループとの競争において有利になるだろう.
  • これについてここからモデル化を行う.これは「寛容な個人」の進化モデルではなく,「利己的なグループ」の進化モデルである.
  • その際に問題となるのは(1)「内集団への寛容さと外集団への敵対心」が連動しうるか,(2)グループ間の相互協力をモデルに取り込めるか(3)グループ間競争の頻度,強度自体を進化的に説明できるか,になる


そして自分たちの議論の特徴を以下のように整理している.

  • まず文化的に伝達される制度を考え,制度と遺伝子の共進化モデルを用いる.
  • 絶滅を取り入れたグループ間淘汰を考える
  • 基本的な枠組みはマルチレベル淘汰であるが,その中で「血縁に基づく淘汰」がはタラ乳母面も考察する.
  • パラメータの数値的な妥当性について実証的なデータから考察する.


これまで散々血縁淘汰を否定しておいて,いきなり「血縁に基づく淘汰も取り入れる」などという表現が出てきてちょっとびっくりするところだ.本来はマルチレベル淘汰でも近親者への利他的な行動は扱える.なぜそうしないのかは理解に苦しむところだ.あるいは扱いが難しいのかもしれない.であればそもそも1970年代に拡張された包括適応度理論に従っていれば,このような回りくどい考察は全く不要だっただろう.


ここから著者たちのモデルについて詳しく記述が始まる.



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*1:私の理解では下位者同盟によるアルファオスの抑制戦略はアルファオスによる上位者同盟戦略に対して安定均衡解にはなり得ないと思う