協力する種 その27

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)


著者たちの分析スタンスについて,制度と遺伝子の共進化のモデルを用いることが宣言された.ここからはモデルの詳細の説明になる.

第7章 制度と協力の共進化 その2

7.1 淘汰による絶滅


まずは第4章で説明したマルチレベル淘汰の枠組みを復習する.

  • 簡単な小グループに分かれた集団において,小グループ内でA(利他)タイプ個体はコストcを払って同グループ内の自分以外のランダムな個体にbを与える.という相互作用を行い.Nタイプ個体は単に受け取るだけという状況を想定する.
  • Aタイプの頻度をp,適応度をw,グループの添え字をj,その中の個体の添え字をiと置く.そしてベースラインの適応度をβ0,wijに与えるグループのpiの効果をβg,自分のタイプpijの効果をβi,そしてβGgiと置く.
  • すると相互作用の性質からβi=-c,βg=b,βG=b-cとなる.
  • プライス方程式から得られたマルチレベル淘汰の基本方程式は以下の通りになる.


ここから利他的な性質が進化する条件式は,△pが正になればいいから以下のようになる.


そして著者たちは以下のようにコメントする.

  • この式は,利他戦略Aの頻度のグループ間の分散が大きいほどA同士で相互作用が生じやすくなり(つまり分散が正の同調性の指標となり),進化しやすいことを示している.
  • しかしグループサイズに密度依存的制約があればAの多いグループ内ではよりA同士のリソース競争が厳しくなりうる.ここからはこの前提で分析を行う(第4章の議論と異なる分析となる)
  • するとAが広がるためには,Aの多いグループが協力行動により近隣のグループを打ち負かして領域を得ることが重要になる.これは敗退グループの絶滅と勝利グループによる領域の占有を考え,βGの項をグループ間闘争頻度,闘争で勝利したときの適応度効果,Aによる勝利貢献効果の積とすることにより分析できる.
  • 闘争頻度をκ,勝利確率をλと置く.ここでAの頻度が勝利確率に与える影響のパラメータとしてλAを考える.(このパラメータについてはグラフで説明があるが,式で表すとλAはAの頻度がqであるグループが半数がAであるグループと対戦したときの勝利確率を(1+λAq)/2とするものになる.)


これは戦争により負けたグループは皆殺しになり,勝ったグループが人口倍増してその領域を占領するという前提を置くということになる.様々な狩猟採集民族の戦争の記述などを見ると実際には皆殺しということはまず無く少なくとも女性は連れ去られて戦士の妻とされることが多いことから考えると,かなり極端な前提だろう.
それよりもさらにナイーブなのは単純に利他行動者が多いと勝利確率が上がると考えていることだ.著者たちはその他のパラメータについてはいろいろ狩猟採集社会のデータを入れ込もうとするが,このλAについては「実証的に推定できないので,1/2と1の2つの値を試す」とのみ書いている.しかし戦争は本当に利他主義者の頻度によって単純に決まるのだろうか.少なくとも歴史時代以降の戦争史を読むと戦争の勝ち負けは,技術,軍事的戦略,残酷な規律による組織化された軍隊の存在などよって決まっているように思われる.狩猟採集時代においても,宗教的洗脳や権力操作による規律,軍事的な戦略が重要であっただろう.この部分の吟味が甘いのは彼等の議論の致命的な欠点のように感じられる.

7.2 繁殖均等化

まず著者たちは前節の議論を続けて,グループ内の個人の視点から説明している.あるグループ内の利己主義者NがAに戦略変更した場合に利得がどのように変わるか(βi)を, グループに与える効果(βG)から波及する形で解説する.

しかし訳者の大槻のコラムによると,密度依存制限があるこの前提では,戦争以外の理由ではグループ間の適応度は変わらない.つまりグループ適応度はb, cに依存せずに,単にκ, λのみによって決まることになる.だからβg=2κλ+c, βi=-c, βG=2κλになる.

だから上記の式は間違いで,以下の通りになる.


この誤りは引き続く数式に影響を与え続けるが議論の本筋には大きな影響は与えないとされている.さらに大槻のコラムでは著者たちが利他性の定義を数式に落とすときにも間違っていることが示されている.これも本筋には影響を与えないとはいえ,彼等が数理的には結構スロッピーであることがここでも暴露されていることになる.


次に著者たちは,「繁殖均等化」がある場合に,利他性の進化にどう影響するかを数理的に解説している.

  • 我々は,制度の前提として,(他メンバーが従っているときには)これに従うことが各メンバーの利益にかなうと置いている.
  • 繁殖均等化は,各人の利得にτrを掛けたものを各自が供出し,それを全員で等しく分けるという形で示すことができる.

ここも著者たちは先ほどの間違いを引きずって繁殖均等化がある場合のβiについて誤った式を載せている.これも本筋には影響を与えないが,正しい式は大槻によると以下の通りだ.


続いてこのような繁殖均等化があると利他性の進化に必要な正の同調性の条件が緩和されることをグラフで示し,集団間の遺伝的分化指標であるFSTを用いた進化条件式を示している.

第4章における進化条件式


これを変形すると以下になる


著者たちの繁殖均等化がある場合の条件式.(これも著者たちは前掲の誤りを引きずっていてnが大きいときの近似式としているが,大槻によると,これは近似式でなく正しい式になる)




グラフは以下の通りとなる.


なお著者たちは制度の前提としてこれが安定均衡戦略で,他メンバーが従っているときにそのメンバー自身の最適反応であるとしているが,この繁殖均等化が何故そうであるのかは説明していない.おそらくこの外側で罰システムがあってそうなっているという趣旨だろうと思われる.そうであれば,繁殖均等化は罰の制度とセットではじめて意味を持つことになるだろう.

ともあれ著者たちは7.1節と7.2節でマルチレベル淘汰の基本モデルに.密度依存効果(そしてグループ間淘汰が戦争によってのみ決まるという前提)と繁殖均等化による利他性進化条件の緩和を追加したことになる.