協力する種 その29

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)


著者たちはマルチレベル淘汰の基本モデルに,密度依存効果(そしてグループ間淘汰が戦争によってのみ決まるという前提)と繁殖均等化による利他性進化条件の緩和を追加したモデルを提示し,さらにパラメータについて大胆に推定値を入れ込んで進化条件を提示した.ここからこの条件の妥当性をより具体的に議論する.

第7章 制度と協力の共進化 その4

7.5 オーストラリアの研究室


著者たちは前節では大胆にκの推定値を0.28としたが,ここではオーストラリアのリサーチを元にもう少し詳しく解説がある.


まず最初に,ここでb=0, τr=0とした場合の進化条件としてのcの臨界値をc*とし,それを以下の通り表記している.


しかし大槻の解説によると,著者たちの密度依存前提のもとではそもそもbは進化条件と無関係になり,さらにこの式は間違いで,正しくは以下のようになるはずだ.(ただnがある程度大きくなればこの差は無視できるので議論の大筋には影響しない)


ここからオーストラリアのリサーチを用いた考察についての解説になる.

  • オーストラリアのアーネムランドには農耕牧畜民とほとんど接触がない狩猟採集民が存在しており,人類学者や遺伝学者によってリサーチされている.
  • ここでは近接して居住する3つの狩猟採集民のグループの戦争時の死亡率,同地域の7つのグループの遺伝的分化度の推定値を用いる.
  • これによると(好戦性の異なる)3グループの死亡率から見たκの推定値はそれぞれ0.42,0.20,0.08になり,7グループのうち最低の遺伝的分化度からFST=0.04をもちいることとする.
  • 以下を前提とする:各世代は確率κで戦争に巻き込まれ,利他的戦士は敗戦時には100%,勝利時にも20%の確率で死亡する.利己的戦士は敗戦時にはやはり100%死亡するが,勝利時には死亡しない.この死亡率の差をcとして表すと,κ=0.28であれば,κ×戦勝確率0.5×死亡率の差0.2=0.028程度になる.c=0.03であれば150世代で頻度0.9から0.1まで低下するのでこれはかなり大きな値である.
  • (好戦性の異なる)3グループのそれぞれのc*はλAが0.5のときに0.033,0.016,0.008,λAが1であればそれぞれ0.066,0.032,0.015となる.


ボウルズとギンタスはこれを持って好戦的なグループはもとより平和的なグループであってもλAが1であれば(b=0.05に対して)かなり大きめのcの値が進化条件になれるとコメントしている.


彼等の前提は,負ければ全滅という部族間競争において,勝つ場合の利他主義者と利己主義者の戦死確率が20%異なるという形の利他主義者の存在が戦争勝利確率に大きく効いてくるというものになる.私としては前回も述べたがλAの値に関して全く納得感がないという感想になる.
またもうひとつ気になるのは,戦士は全滅するとして,女子供についてはどう考えているのか記述がないところだ.狩猟採集社会の戦争の実態から見ると女性は連れ去られて勝利部族戦士の妻にされることが多い.であればこのモデルは大きな修正が必要になるだろう.そして著者たちが主張する利他性には大きな性差が観察されることが予想されるということになる.