協力する種 その31

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)


著者たちは通常のマルチレベル淘汰モデルに,集団間の戦争で負けた方が絶滅するという前提を置き,最適反応系としての繁殖均等化が成立する中で文化と遺伝子の共進化モデルを採用して,ヒトの利他性進化を説明しようとする.(前回述べたように著者たちの議論にはこのほかにもいろいろ問題があると感じる)
ここではこのモデルの前提についての検討がなされる.まずなぜ初期人類には戦争があったのか,そしてなぜ繁殖均等化が最適反応系になるのか,あるいはどのようなメカニズムでゲームの最適反応系になっているのかが問われなければならない.著者たちはそれは内集団ひいきと外集団への敵対心,そして罰システムの成立で説明しようとする.第8章ではまず内集団ひいきと外集団への敵対心が扱われる.

第8章 偏狭さ,利他性,戦争 その1


著者たちの議論はこのようになっている.

  • 内集団ひいきが進化する仕組みは明らかにされている.それは一般交換の促進,類似した規範を持つもの同士の相互作用の方が高利得を得られること,行動の効率的な連携が可能になることなどによるとされている.自分たちも集団成員間のコミュニケーションの促進により高社会的規範の行使が促進されることという要因を付け加えている.(外集団への敵対心の進化については,その進化的な説明はあまりなされてこなかった.)
  • 内集団ひいきの存在の証拠は,パプアニューギニアの2つの言語集団メンバーで行われた第三者罰ゲームによってよく示されている.プレーヤーは内集団により多く配分し,外集団成員に対してより厳しく罰する.これは驚くべき結果ではない.祖先集団は集団内部で助け合い,集団間で争っていたからだ.
  • 集団間攻撃と内集団ひいき(合わせて偏狭さと呼ぶ)は,行為者にコストをかけるという意味で利他行動と似ている.(戦闘の死亡リスク,つきあう相手を狭めることによるデメリットを指している)
  • 偏狭さや利他性が単独で進化したとは思えない.なぜなら寛容な利他主義者は他集団と争わないし,偏狭なだけでは戦争に勝てないからだ.だからこの2つの性質は共進化したに違いない.
  • 偏狭さと利他性が共進化するには次の条件が満たされる必要がある.(1)利他者のほとんどが偏狭者で,偏狭者のほとんどが利他主義者である(2)偏狭な利他者の大部分が他の偏狭な利他者と同じ集団に属している(3)集団間の資源競争が激しく,偏狭な利他者が多いほど戦争において有利だった.


まず内集団ひいきと外集団への敵対心が実際に観測されることには疑いがない.ボウルズとギンタスはこれらはいずれも行為者にコストをかけるので,単独で進化するのは難しく,その進化には特別な考察が必要だとしている.しかし冒頭では内集団ひいきの進化についていくつかの説明があり,それはそうした方が有利だからという単純な説明になっていて,一見矛盾しているように思えるし,そもそもコストがあってもそれを上回るメリットが(個体利益的に)あればいいだけだから,ここの記述はよくわからない.寛容な利他主義者はとくに戦争において有利にならなくてもそれ以外のメリットがあればいいのではないだろうか.


ともあれ,著者たちはここから偏狭さと利他性の共進化をより深く掘り下る.

8.1 偏狭な利他性と戦争


著者たちは偏狭さ(好戦性)と利他主義(勇敢さ)の共進化についてのマルチレベル淘汰モデル*1を組み立てる.その前提はこういうものになる.

  • グループ内淘汰では「寛容な非利他主義者>偏狭な利他主義者」という淘汰圧を持ち,グループ間淘汰では逆になる(好戦的で勇敢な戦士の方が戦争に勝ちやすいという前提).
  • 第7章の密度依存淘汰的状況と同様に,集団の生産性の差による淘汰圧は考慮しない(集団の個体数増加による領土拡張は生じない).
  • 利他主義(A)者は戦争の勝利貢献で直接的利益(b/n)を得るが,コストcの方が一ケタ大きい.利益は集団に平等に分配されるので,集団内では非利他主義者(N)の方がcだけ利得が大きい.
  • 個人は外集団成員と協力的相互作用して平和的利益を得るか,敵対的に相互作用するかのどちらかを行う.戦争に至らない場合には寛大な個人(T)は外集団の寛大な個人との相互作用で利益(相手集団のサイズ,その寛容個人の比率によって決まる)を得る.偏狭な個人(P)はそのような利益を得られない.
  • 相対する集団のどちらかで偏狭な個人の比率が十分に高くなると集団間は敵対的になり,戦争が生じうる.戦争は集団間の戦士(偏狭な利他主義者)比率に差(△ij)があると生じやすくなる(勝てると思うと戦争を仕掛ける).勝利確率も△ijに依存する.負けた集団の一部(これも△ijに比例する)が死亡し,勝った集団からランダムに選ばれた個人のクローンに置き換わる.
  • 集団内ではランダムにペアを組んで繁殖する(正の同類性配偶で利他性と偏狭さの共進化が生じやすくならないように配慮した).子孫のタイプは両親のタイプの完全な組換えによって決まる.子孫の期待人数は親の利得に比例する(遺伝的淘汰とも文化伝達とも解釈できる).
  • 突然変異(変異確率μ),移住(移住確率m)も生じる.
8.2 偏狭な利他性と戦争の発生


ここでは前節のモデルをシミュレーションした結果が説明されている.

  • シミュレーションの短期的な結果は初期条件に左右されるが,長期間にわたってシミュレーションを行うとある状態が別の状態より持続しやすいことがわかる.
  • 多くの偏狭な個人と利他主義者が存在する状態,あるいは多くの寛容な個人と非利他主義者が存在する状態がよく生じている.
  • これは,偏狭な個人が多いと戦争が生じやすくなりグループ間淘汰が強く働いて利他主義が進化しやすくなるのに対して,寛容な個人が多いと戦争が生じにくくグループ間淘汰が弱まり利他主義が進化しにくくなるからだと解釈できる.
  • なお双方集団が偏狭な利他主義者ばかりになると集団間戦力差がなくなるためにそこでグループ間淘汰が弱まる.このため偏狭な利他主義者の比率は1には近づかない.(シミュレーションの結果は寛容な非利他主義者の比率も1に近づかないように見えるが,なぜそうなるかについては解説されていない)
  • ダイナミクスを分析すると,高偏狭高利他主義の点と高寛容高非利他主義の点が漸近安定,中偏狭中利他主義の点が鞍点(不安定臨界点)になる.
  • 利他主義が安定になるためのパラメータ値を吟味すると第6章で調べた戦争の激しさの推定値を下回っている.
  • 両漸近安定点間の推移が生じたシミュレーションを調べると安定点間の推移と同時に戦争の激しさが変化していることがわかる.
  • 偏狭な利他主義者と戦争の頻度は,集団サイズと移住率に対して負の相関を持つ.後者の2つの値が上昇すると集団間差異が減りグループ間淘汰が弱まるためだと解釈できる.その他グループ間淘汰の強弱を決めるパタメータを吟味すると,いずれも偏狭な利他主義者と戦争の頻度に対して予想通りの相関を示す.


シミュレーションの結果はおおむね納得できるものだ.(なぜ寛容な非利他主義者の比率が1になる安定点が存在しないのかはよくわからないが)とはいえ結局このシミュレーションの意義は前提の適正性に依存しているということだろう.
まず内集団ひいきと外集団への敵対心(偏狭さ)について,これが本当にコストがかかる性質なのかが相当に疑問だ.単純に祖先環境ではその方が有利だったからという個体淘汰的な観点で説明できないようには思えない.
利他性については,繰り返しになるが,戦争の帰趨が利他主義のみで決まるとは思えないし,そのような100人前後のグループの抗争時にグループのために命を差し出す利他性がヒトに広く見られるようには思えない.そもそも著者たちは「偏狭さ」「利他主義」というかなり広い性質が進化し,それが広範囲にいろいろな行動に影響を与えるように扱っているが,進化する心理モジュールはもっと狭い特定的なものだろう.だから,利他性,そしてそれと偏狭さとの共進化についての私の感想は「So, What?」を越えるものではない.

*1:別途集団遺伝学モデルによっても同じような結果になったとしている