Enlightenment Now その20

第9章 不平等 その2


格差を論じるにあたってピンカーはまずそれ自体が人類のウェルビーイングの問題ではないし,それは不公平や貧困と混同すべきではないと前置きした.その上で格差は歴史上どのように変化してきたかが扱われる.

  • 経済的不平等に関して語られる最も単純な説明は「それは現代とともに現れた」というものだ.それは「原初の誰も何も持っていない平等社会から富の蓄積とともに格差が生じた」という見解になる,しかしこの物語は正しくない.
  • 狩猟採集民社会は一見高度な平等主義社会のように見える.それはマルクスエンゲルスに「原始共産制」の理論を思いつかせた.しかしこれはミスリーディングなイメージだ.まず現在観察できる狩猟採集民は辺境に追いやられた特殊なサンプルであり,だから定住も富の蓄積もできないのだ.しかし北西太平洋岸の定住狩猟採集民は世襲貴族と奴隷とポトラッチを持つ全くの不平等社会だった.そして確かに狩猟採集民は獲得が運任せの肉は皆で分けるが,量が努力に比例する採集した食物はそうではない.最新のリサーチでは狩猟採集民のジニ係数の推定値は0.33であり,2012年の米国のそれとほぼ同じだ.
  • では富が蓄積され始めるとどうなるのか.富の総量の増大とともに貧富の差という絶対的な不平等が拡大するのは数学的な必然だ.そして再配分権力がない世界では,運や技術や努力が偏った配分を生みだす.
  • ジニ係数の低下などの相対的な不平等の拡大は数学的な必然ではないが,当初は非常に生じやすいだろう.経済学者のサイモン・クズネッツはこう論じた.「農村の貧困からより良い仕事に一部がシフトすれば相対的不平等は拡大する.しかし人口の多数が現代経済へシフトすると不平等は縮小し始めるだろう.」この仮想のU字曲線はクズネッツカーブと呼ばれる.
  • 前章で国別のクズネッツカーブの存在についてのヒントが得られている.産業革命とともに欧州諸国は大脱走を成し遂げたが,その他の国はおいていかれた.その後富の創造のノウハウが広まり,その他の国も大収斂に向かってキャッチアップし始めたのだ.前章では全世界の所得分布が,アジア諸国GDPの上昇とともに,左よりのカタツムリから,フタコブラクダ,そしてヒトコブラクダへの移り変わっており,貧困の絶対数も減っていることを見た.
  • これらのゲインが本当に不平等を減らしていることを確かめるために,全世界ジニ係数を計算してみよう.(ここで国を個人としてジニ係数を計算したグラフが示されている.人口で調整する前の数字は1820年の0.15から1960年代の0.55に上昇している.これが皆貧しかったところから欧州の大脱走による格差の上昇を示している.この数字は2000年までほぼ横這いだ.しかし人口調整したあとの数字を見ると1940年に0.65程度あったものが1980年頃から徐々に下がり,2000年を過ぎてから急速に下がって2013年で0.45になっている:データはOECDのClio Infra Project,人口調整後のデータはミラノヴィッチ2012ほか)
  • この全世界ジニ係数は一国の中の不平等を捨象してしまっている.真のグローバルジニ係数を計算するのは難しいが,いくつかの推測はある.(ここでグローバルジニ係数の推測値の推移グラフが示されている.通貨換算が異なる2つのカーブがあるが,あわせて1800年から1975年までは緩やかに上昇,そこから下がり始め2000年以降急速に下がり始めていることが読み取れる:データはミラノヴィッチ2016)
  • この2つのグラフからわかることは,西側諸国の格差拡大不安症候群にもかかわらず,全世界での不平等は縮小しつつあるということだ.そして真に重要なのはそれが貧困の減少によって成し遂げられつつあることだ.


確かにグローバルに見た先進国と途上国の間の格差は1980年頃までは拡大していたが,それ以降特に21世紀に入ってから急速に縮まり始めているのだ.中国の経済成長は大きなファクターだが,それだけではなく全世界的な傾向だということになる.