「進化心理学を学びたいあなたへ」 その5

 

第2章 心と社会を進化から考える その1

 
第2章からは各論になる.最初は社会性に関するリサーチテーマが扱われる.

 

2.1 人は社会の中で進化した ユージン・バーンスタイン

バーンスタインは最も初期から適応主義を社会心理学に適用した研究者の1人であり,最近のポーランドの共産主義から資本主義への激動を背景にした一連の研究で有名なのだそうだ.ここでは自らの研究歴を具体的に語ってくれている.

  • 最初に心理学にかかわり始めた頃(1950年代),心理学者たちが「極めて高い代謝コストを持つ大きな脳がなぜ進化したのか」について無関心であることが不思議だった.このコストの高さが並外れて有能な機能があることを示しているのは明白ではないか.
  • そして進化生物学者たちはこの問題に興味を持っていることを知る.その当時生物学者たちは,大きな脳は生存と繁殖に重要な生態学的かつ技術的な問題(捕食回避,採餌,道具使用など)に対処するために必要な認知能力を高めるために進化したのだろうという合意に達していた.私はそれはできすぎな答えのように思えたが,どこがおかしいのかを指摘できるわけではなかった.
  • その後,ミシガン大学で同僚になった生物学者リチャード・アレクサンダーがこれに反対していることを知る.彼は,他の生物も似たような生態的問題を解決していることを指摘し,ヒトの大きな脳は祖先環境において最も予測困難で,解決のために複雑で可塑的な推論能力を必要とする問題,つまり我々の非常に強い社会性に対処するために進化したのだと主張した.
  • 要するに我々の大きな脳は,自然を征服するためではなく,集団生活上の問題解決のための目的志向型の情報処理や意思決定戦略の実行機能のために形作られているのだ.集団生活の基本的な問題は,他者の意図が善意なのか悪意なのかを知ることであり,それは「心の理論」あるいはマインドリーディング能力の進化を促進したと考えられる.
  • ハミルトンの包括適応度理論には,それが進化の重要な問題を解いただけでなく,心理学的に興味深くかつ検証可能な仮説を提供してくれると感じて興味を引かれた.そして利他的行動の意思決定と相手の血縁度をはじめとする様々な属性の関連を調べることになった.(包括適応度理論の基本とその心理学的な含意が簡単に解説されている)
  • 私は利他行動の意思決定が,相手の血縁度と期待繁殖価に影響を与える年齢,健康状態,裕福さなどに対してどのように反応するかの仮説を組み立て,それを検証することができた.(仮説の具体的な内容が詳しく解説されている*1
  • 非血縁者への利他行動や協力についての(互恵性の)モデルは,協力が進化するには相手から裏切られないようにする認知的戦略が必要なことを示している.この点では林と山岸(1998)の囚人ジレンマゲームトーナメントのリサーチが興味深い.林たちはゲームの振る舞いと相手の選び方の2つの戦略の組合せを評価したのだ.このリサーチでは相手をうまく見極める戦略と無条件協力の組合せが勝ち残った.これは信頼性検出という認知能力の進化を強く支持するものだ.私はこの結果に触発されて信頼性検出能力のリサーチを進め,情報の受け手は一つ一つのメッセージをある種のマインドリーディングによって精査することを見いだした.情報の受け手は情報提供者の意図を理解するために,発言内容とそれに対抗するシナリオを対置させ,その中でどれが妥当かを比較しているのだ.これらの知見は「社会脳仮説」と整合的だった.
  • その後ポーランドの共同研究者と一緒に最適採餌理論の応用として,ポーランドの共産主義から資本主義の移行という急激かつ劇的な社会変化に人々がどう対処するかを研究した.
  • 消費財,家,自動車の購入,テレビのチャンネルなどの選択について,探索コストと結果の価値のトレードオフを調べると,共産主義下では探索コストが大きかったのでそれを避けて多くの選択肢を十分によいものとして受け入れていたが,資本主義の移行により探索コストが劇的に下がり,多くの人が徹底的に探索して最上の選択肢を選ぶようになっていた.そしてそのような戦略をとる人の方が生活満足度が高かった.ただし仕事の選択だけは例外になった.あまり最上の仕事を探そうとせずに目の前にある仕事に飛びつく方がうまく仕事を得ていた.そしてこの傾向は特に女性で顕著だった.これは資本主義への移行時の混乱の結果,仕事だけは供給が減少し,失業者が増加したことによる.そして女性には特に探索コストが高かったためだ.
  • 私にとって進化理論は社会心理学の研究を進める上で知的に刺激的で実りのある指針であり続けた.そして遙かに重要なことは,進化理論こそが,現在の社会心理学に見られるひどくまとまりのない後付けの理論や完全に分離している研究課題を統合するのに役立つだろうということだ.


社会心理学者としてハミルトン革命を受け入れて新しい領域を切り開いていった歴史が迫力を持って語られている.ただポーランドの研究は進化理論というよりむしろ単純な合理的経済的意思決定問題に過ぎないようにも思われる*2.要するに資本主義になってモノがあふれ仕事が減った.モノ市場は完全均衡に近いが仕事は不完全均衡になった.このためモノを買う時には古典的経済学がまさに当てはまりじっくり選んでいいものを買えばいいし,仕事に関しては失業が生じたので,まず目の前にある仕事を逃さないことが重要になったのだろう.
 

2.2 家族関係の進化心理学:出生順と立場争い フランク・サロウェイ


フランク・サロウェイは私の認識では科学史家でジャーナリスト,生まれ順と学者としての革新性に関連があるのではないかということを逸話たっぷりの「Born to Rebel」という本を書いて主張し,大いに注目を浴びた人だが,特に進化心理学者であるというわけではないと思っていた.本書の紹介では1982年に科学史で博士号をとった後に心理学専攻のポスドクなども勤め,様々な大学や研究機関で教育や研究にあたっているマルチなタレントを持つ学者で,主な研究トピックは生まれ順とパーソナリティのほかにフロイトの精神分析の起源と有用性,鳥類とゾウガメの習性の進化があるそうだ.

  • 私は遠回りして進化心理学に引き込まれた.その遠回りとはダーウィンが進化を受け入れる知的筋道を理解しようとしたことだ.学部生時代にビーグル号の南アメリカの足跡をたどったり,ドキュメンタリー映画を作っていたりした.そしてダーウィンがガラパゴスで突然進化を理解したわけではないことを知った.彼は持ち帰ったダーウィンフィンチの標本についてのジョン・グールドの意見(それらは形態の多様さに反して極めて近縁な1亜科に属する)を聞き,進化を確信するようになったのだ.しかし同じ事実を知った多くの科学者はグールドを含め進化を受け入れなかった.なぜダーウィンは革新的なアイデアを確信し,他の学者はそうできなかったのか.このことは私を性格と認知スタイルの個人差の研究に向かわせた.
  • その後20年にわたる壮大な個人史研究を通じて,私は兄弟姉妹はダーウィンフィンチと似ているのではないかということに気づいた.彼等は直接的競合を避けるためにニッチを多様化する傾向を持つのではないか.そしてこの考え方は行動遺伝学で示され始めた知見(性格の分散の40%が遺伝によって説明され,それ以外では非共有環境に由来する分散が大きい)と整合的だった.出生順は兄弟姉妹が家庭環境を違った形で体験する潜在的要因の1つなのだ.(出生順によりどのように親からの関与が異なり,どのような性格が有利になると考えられるのかについて,親の投資と兄弟間のコンフリクトにかかる進化理論と関連させながら,具体的に解説がある)
  • 出生順による性格の違いは,概して効果が大きくない.おおむね相関係数 r は0.10より少し小さい.(性差の r は0.15程度)しかしこれを些細なものと無視すべきではない.0.07の相関というのは例えば第1子と第2子でリベラル派に投票する確率が0.25倍異なることを意味する.しかしこれを検証するには大きなサンプルサイズが必要になる.(80%の確率で有意な結果を得るには1560人必要)ほとんどのリサーチのサンプルサイズはこれほど大きくないので,メタ分析が重要になる.
  • 兄弟姉妹の違いは出生順以外の要因(親からの投資の格差,愛着のパターン,親の死亡,離婚,ジェンダー,年齢差など)からも生じる.この中には他の兄弟姉妹との異質化という要因も知られている.これに関しては年の近い兄弟姉妹と性格興味が異なるように発達する傾向が知られている.
  • ダーウィンは自然淘汰が個体差にかかると考えていたので,この兄弟姉妹の個人差の知見を知れば興味を持っただろう.ダーウィン自身は6人兄弟の5番目の生まれであり,(その出生順から予測される傾向と整合的に)急進的な科学イノベーションを広めようとした異端児だった.出生順以外の要因も組み込んだ多変量モデルによるとダーウィンが進化論のような急進的な理論を支持する確率は94%になる.
  • 進化心理学はDescentやExpressionにおいて鮮やかに展開されたダーウィンの大胆な主張の遺産を受け継いでいる.

 
出生順とパーソナリティの関係については,その後ビッグ5との関連を含め様々なリサーチがなされているがあまり明解な関係は見いだされていないというのが私の理解だったが,サロウェイによるそこについてのコメント(効果量は小さいが,十分意味のあるものだ.しかし検証には大きなサンプルサイズが必要なので通常のリサーチでは効果が有意でないという結論になってしまう)も味わい深い.いずれにせよいかにもありそうに感じられがちで興味深いテーマであることは間違いないだろう.本章ではサロウェイが自説を丁寧に説明していてなかなか面白い読み物になっている.なおここで出てくる多変量モデルはサロウェイが自著の中で使ったもののようで,同じモデルでウォレスは96%になるそうだ.

 
サロウェイの「Born to Rebel」1996年出版.多くの科学者の面白い逸話がふんだんに盛り込まれていて,あちらではかなり話題になった本だ.当時グールドがこの本の主張を適応主義への反論になると(ねじれた誤解をして)持ち上げていたことを思い出す.私の知る限り邦訳はないようだ.

Born to Rebel: Birth Order, Family Dynamics, and Creative Lives

Born to Rebel: Birth Order, Family Dynamics, and Creative Lives

*1:その中には6人のいとこより3人の兄弟姉妹を優先するなどの結果もあったそうだ

*2:あるいはそのような条件付き戦略の進化を説明しているという趣旨なのかも知れないが,そうだとするとやや説明不足気味だ