Enlightenment Now その41

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

第16章 知識 その1

 
次にピンカーが取り上げるテーマは教育だ.知識の向上は啓蒙運動がまさに目指しているところの1つになる.
 

  • ヒトであることの意味と人類の知識ベースの爆発的な増加は切り離せない.知識は積み重ねることができ,より深まっていく,脳の大きな生物にとって長い歴史は福音になるのだ.
  • 知識の伝承が「語り伝え」を超えたのは古い.最古の正式な学校は1000年以上前にさかのぼれる.様々な実務や宗教の学校が存在した.しかし啓蒙運動はそれを一気に深いものにし,今日の「義務教育」と人権の1つとして「教育を受ける権利」の概念が形成された.
  • 教育による知識は健康と長寿を可能にし,識字能力と計算能力は現代の富の創造(経済成長)の基礎になっている.そして教育の普及が国富の爆発的な増加に先立っていることはこの間に因果関係があることを示唆している*1
  • さらに教育はその国をより民主的で平和的にするようだ.これは経済と共にすべて相関するので因果の方向性を見極めるのは難しい.
  • しかしいくつかの因果パスが啓蒙運動の価値を示している.教育を受けたことによる不可逆の変化はたくさんある.一旦迷信から解放されれば後戻りすることはまず無い.文化や価値観の多様性を知り,暴力によらずに紛争を解決できることを知ると態度は変わってくるのだ.
  • 教育の与える効果を調べたリサーチは,教育を受けると人は本当に啓発されることを示している.教育を受けた人はより人種・性・同性愛差別的ではなくなり,より排他主義的でも権威主義的でもなくなる.想像力,自律,言論の自由に価値をおくようになる.より投票し,ボランティアに参加し,政治的な見解を述べるようになる.そして自分たちと同じ市民を信頼するようになる.これは社会資本と呼ばれるものの基礎だ.
  • つまり,教育こそ人類の進歩の旗艦なのだ.啓蒙運動のあといくつかの国が先導して道を進み始める.そして残りの国々もそれについて行くのだ.グラフを見ると17世紀以前には識字能力はエリートの特権だったことがわかる.しかし今では世界人口の83%が読み書きできるようになっている.識字率の低い国(貧困,戦争地域と重なっている)も若い世代では識字率が高く,世界の識字率はさらに向上すると見込める.

 
(ここで1475年から2010年までの国別(英国,ドイツ,イタリア,オランダ,米国,チリ,メキシコ)の識字率の推移のグラフがある.ソースはOur World in Data)
Our World in Dataサイトでデータを取ってみた.いくつか国を入れ替えて日本も加えてみたが,残念ながら元データがないらしく日本の推移は表示されない.寺子屋の数から推計した数字だと江戸時代後期のの男性の識字率が40%程度,女性で15%程度ではなかったかという推計値があるようだ.また明治初期には政府による自署率の調査があり,(例外的な件を除くと)大体男性で50%~60%,女性で30%程度ということらしい.ここから教育の普及により1925年頃には男性の識字率ほぼ100%,1935年頃に女性の識字率ほぼ100%を達成できたようだ.このグラフから行くとイタリアと似た形になると思われる.

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  • 初等教育の普及にもおなじみのグラフの形が現れる.1820年では世界の初等教育普及率は20%を下回っていた.現在ではほぼ80%に上昇している.

(ここで1820年から2010までの初等教育の普及率の地域別の推移グラフが掲載されている.ソースはOur World in Data)
地域別ではなく国別に取るとこういうグラフになる.今度は日本のデータもきちんと入っている.初等教育の普及についてはアメリカが世界をリードしていて,次に英国とフランスが続く.日本はほぼ英国と同じ形になっていて(ドイツやイタリアより早くほぼ100%の水準に達している),明治維新の直後に政府がここに力を入れたことがわかる.

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  • 知識獲得には天井はない.人類の知識は無限に拡大するだけではなく,(テクノロジーの推進によって)経済に与える知識のプレミアムも上昇し続けている.
  • 初等教育の普及が100%の天井で頭打ちになった後も教育年数は伸び続ける.1920年にアメリカで高校に進学するのは28%だった.2011年には70%が大学まで進む.国別で見ても教育年数はそれぞれ延びている.今世紀末には世界人口の90%が中等教育以上を受けるようになるだろうと予測されている.そして教育を受けた人は子どもの数を抑制することが知られており,これが今世紀後半に世界人口がピークを打って減少し始めるという予測の基礎になっている.

(ここで1870年から2010までの国別の教育年数の推移グラフが示されている)
ここでも元サイトでいくつか国を入れ替えてグラフを取ってみた.アメリカが突出して長く,日本と西欧はほぼ同じ程度であることがわかる.最近では韓国の伸びが印象的だ.
 

  • ここまで学校教育を見てきたが,現在教育のオンライン化が進んでいるのでさらに国別・国内での人種やエスニシティ別の格差要因は縮小するだろう.
  • そのような格差の究極とも言える女性差別(女児を学校に行かせない)も減少している.

 
(ここで1750年から2004年の女性の識字率の対男性比率のグラフが載せられている.ただしデータは限られていて,1750年から1900年までの英国(1900年直前に100%に達している),1975年以降の世界,パキスタン,アフガニスタンのグラフだけになっている.この3つは急速に上昇している.ソースはClark 2007,Human Progress(https://www.humanprogress.org))
 

  • 女性が教育を受けると彼女たちはより健康になり,健康な子どもを少なく産み,より生産的になる.そして彼女たちの国もそうなるのだ.世界全体で1975年には男子の2/3の女子しか教育を受けられなかったが,今日これはほぼ100%になっている.
  • パキスタンとアフガニスタンには背景事情がある(パキスタンでは50%から80%,アフガニスタンでも25%から50%に上昇している.).アフガニスタンのこの数字は世界最低だ.これは1996年から2001年までタリバンが国を統治していたことによる.(タリバンのむごい所業がいくつか説明されている)しかしこのような地域にも進歩は見えている.グローバルな潮流はこの地域にも及んでいるのだ.

*1:スペインの例外についてはその教育が宗教的道徳的だったことが問題だったのではないかとしている