Enlightenment Now その56

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

第20章 進歩の将来 その1

 
ピンカーの「進歩」の解説である本書第2部もいよいよ最終章になった.これまでは現在までの進歩を語ってきた.ここでピンカーはまとめをおき,さらに将来を展望している.
 

  • 啓蒙運動が18世紀後半に始まって以来,平均寿命は30歳台から70歳台に延びた.貧困も減少した.戦争は減り,ジェノサイドや殺人も減った.世界はより安全に,より自由になった.より民主的になり差別も減った.識字率は向上し人々はより利口になった.人々は余暇を楽しみ,幸福になった.
  • 大気汚染や森林破壊などのグローバルな課題も解決に向けての動きがある.温暖化と核廃絶問題の解決はなお途上だが,それは解決可能なのだ.啓蒙運動はなお効果を発揮しているのだ. 

 

  • しかし同時になお世界全体では7億人が貧困の中で暮らしている.戦争も根絶されてはいないし,専制独裁政も残存している.先進国でも女性抑圧やヘイトクライムがなくなったわけではない.温暖化は進行中で全世界の保有核兵器はなお膨大だ.

 

  • つまりここまでの進歩があったからといってユートピアが達成されているわけではないということだ.我々はなお進歩が継続するように努力しなければならない.では進歩が継続できるという希望はどのぐらい理にかなったものなのだろうか.

 

  • まず継続可能を支持する議論から見ていこう.
  • 啓蒙運動と科学革命は知識を人々の状況を改善するために使ってきた.そしてここまで200年以上効果を持ち続けた.それは70以上の(短期的には上下があるがトレンドとしては)右肩上がりのグラフで見た通りだ.様々な点での改善は互いに支え合っている.ゲノム,ニューロ,AI,物質物理,データサイエンスなどのテクノロジーの進展は進歩を加速させる要因だ.モラルの進展も同じだ.そして200年以上続いたものはなお継続するだろうというのは分のある賭けだ.

 
基本的に進歩は継続可能だというのがピンカーの立場だ.ここからピンカーの議論は懸念材料にはどのようなものがあるのか,それを克服できるのかというものになる.ピンカーの議論する最初の懸念材料は「経済」問題になる.
 

  • 21世紀に生じた懸念材料はあるだろうか.1つの候補は経済だ.産業革命以降200年以上経済成長は続いてきた.1960年代の悲観主義者はリソースの枯渇や汚染から成長は維持できないと訴えた.21世紀の悲観主義者は成長自体が低下すると主張する.1970年代にそれまで2%ほどあったアメリカの成長率が0.6%程度に低下した.これは潜在成長率の低下で新しい基準だというのだ.彼等は人口動態や発明の枯渇や文化の変容を原因に挙げる.
  • ではこれは進歩の終わりを意味するのか.それはありそうにない.まず低いとはいっても成長は続いている.そしてこれは先進国だけの問題であり,途上国のキャッチアップは続いているのだ.そしてテクノロジー主導の生産性向上が生じつつある兆しが見える.テクノロジーウォッチャーは,みな自信をもって我々は新たな豊穣の時代に入りつつあると主張している.
  • どのような進展が期待できるのか.まずエネルギー面では第4世代型原子力発電,カーボンナノチューブ太陽発電,液体金属バッテリー,スマートグリッド,ゼロエミッションガスプラントなどがある.生産面ではナノテクノロジー,3Dプリンターが利用できる.ナノフィルターによる浄水,遺伝子編集による農作物,ドローン,ロボットの利用も視野に入りつつある.医療面では医療チップ,AI診断,幹細胞技術,RNA干渉が利用される様になるだろう.教育もネット利用で大きく変わるだろう.情報をキーにした第2次産業革命,イノベーションプロセスのイノベーション,新しいルネサンスがまさに起こりつつあるのだ.
  • この第二次産業革命は経済を停滞から蹴り出してくれるだろうか.経済成長は技術だけでなく国家財政や人的キャピタルの状況にも依存するので確実なことはわからない.またGDPのような統計は新しい情報時代の豊穣さを測るのに不向きな部分がある.新しいモノやサービスには,デザインに莫大なコストがかかるが,一旦できあがると非常に安価にコピーできるようなものが増えている.フリーエコノミーも拡大している.また環境や安全や人権的価値はより非市場的に消費されるようになり,GDPでは捉えにくくなる.そのような新しい経済の拡大は伝統的な商品にかかる成長率をスローダウンさせているだろう.これを自然に解釈すれば,これは進歩が加速しているから生じている現象で進歩の停滞ではないということになる.

 
ここでピンカーが議論しているのは,経済の潜在成長力の問題だ.第二次世界大戦後先進国の成長率は高かったが,80年代以降下がってきている.これは構造的な問題であり,進歩を阻害するものではないのかという議論ということだろう.潜在成長率がどのように定まるのかについては明確な理論はないようだ.それは結局テクノロジーや制度で決まっていくのだろう.そしてピンカーの議論はテクノロジーの視点からは将来は有望だというものだ.(おそらく日本にもこれは当てはまる.ただ日本のデフレから抜け出せない苦境は制度的要因と不適切なマクロ経済政策(緊縮的財政政策)も加わって生じているということだろう.)
そしてグローバル経済も不適切な政策(まさにトランプが推し進めているような保護主義的な政策を含む)が採られれば成長は阻害されるだろう.この政治的反動が次に議論されることになる.