Enlightenment Now その58

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

第20章 進歩の将来 その3

 
ピンカーはトランプ現象の背景を見てきた.では今後どうなるのだろうか.ここはおそらくピンカーが最も訴えたかったことの1つであり,真剣に議論されている.
 

  • これまで何十年も世界を牽引してきたリベラルでコスモポリタンな啓蒙主義ヒューマニズムと権威主義的反動ポピュリズムの間の緊張はどうなっていくのだろう.
  • これまでリベラリズムを推し進めてきた人の流動性,コネクティヴィティ,教育,都市化の流れは反転しそうにない.性や人種の平等への動きも止まりそうにはない.確かにこれらは推測にすぎない.しかし1つ確かなことがある.ポピュリズムは老齢者の動きなのだ.

(ここでトランプ支持,ブレクジット支持,ヨーロッパのポピュリスト支持の年齢別の比率が示されている.いずれも50歳以上で高く,それより若いと急速に支持が減っていく形になっている.ソースは出口調査にかかるニューヨークタイムズの記事)

  • 第15章で扱ったリベラル傾向のコホート効果からみるとこのトランプやブレクジット支持の年齢効果に驚きはない.このグラフはこれらのベビーブーマーやそれ以前の人々が今後ポピュリズムを墓場に一緒に持って行ってくれるかもしれないことを示している.もちろん「君が25歳でポピュリストでないのならハートが無く,45歳でポピュリストなら脳が無いのだ」*1ということである可能性はあるが,政治的方向性についてのこのようなライフサイクル効果は見いだされていない.人々は歳を取っても開放的価値を持ち続けるのだ.ギタとゲルマンのリサーチではアメリカ人には「歳を取るほど共和党大統領候補に投票する傾向」がないことがわかっている.今日ポピュリストに反対している若者が,今後ポピュリスト支持になることは考えにくいのだ.
  • どのようにして啓蒙運動へのポピュリストの脅威という主張に反論すればいいだろうか.経済的不安定は問題ではない.だから製鉄会社の作業員のレイオフ問題に対処し,彼らを慰めようとするのは(それ自体に価値はあるにしても)いい戦略ではないだろう.文化的な反動が問題なのだから,不必要な二極化レトリックやアイディンティティポリティックスを避けるのが賢明だろう.メディアにも役割があるだろう.長期的には都市化や人口動態が一部の問題をある程度解決するだろう.
  • しかし最大の謎は.ポピュリストの政策により不利益を受けるはずの人々の実に衝撃的な割合が選挙を棄権することだ.若いイギリス人,アフリカ系アメリカ人,ラティーノたちはなぜ棄権するのだろう.この謎は我々を本書のテーマ「今こそ啓蒙運動」に引き戻す.
  • ポピュリストが「西洋諸国は不公正で機能不全であり,劇薬しかこれを改善できない」と決めつけることについて,私はメディアとインテリは共犯関係にあると思う.ある左翼は「私はアメリカがクリントンの元で自動運転されるよりトランプの元で業火に包まれて崩壊するのを見る方を望む,それなら少なくとも劇的な変化が期待できるから」とまでコメントしているのだ.主流のメディアもアメリカを人種差別と不平等とテロと社会的病理と機能不全の巣窟といって憚らない.
  • このようなディストピアレトリックの問題点は,人々がそれを額面通りに信じてデマゴーグのアピールに魅力を感じてしまうことにある.「(ポピュリストの極端な考えを信じたとして)何か失うものがあるというのか」と考えてしまうのだ.しかし,もしメディアとインテリが統計と歴史に基礎をおいているなら,この問いかけにも答えることができる.
  • 民主制は貴重な獲得物なのだ.それはいつも問題含みだが,大火を引き起こして灰の中から何かが現れるのを期待するより遙かにまともに問題を解決できる.

 

  • 現代を擁護するためのチャレンジは楽観主義がナイーブに見えるということだ.公正,平等,自由についての完璧な理想は危険な妄想だ.人々はクローンの集合体ではない,だからある人の満足は別の人の不満を呼ぶ.そして自由であることには破滅する自由も含まれているのだ.リベラルな民主制は進歩を起こせる,しかしそれはぐちゃぐちゃの妥協や継続的な改革を通じてのみ得られるのだ.
  • ある点についての進歩は予測できなかった別の問題を提起し,その解決はまた別の問題を提起する.それが進歩というもののありようだ.我々を前に進めてくれるのは創意,同情,良き制度だ.後に引き戻すのはヒトの本性の暗い部分と熱力学の第二法則だ.
  • 啓蒙運動と科学革命以来,我々は毎年破壊するより少しだけ多く創造してきた.そのわずか数%の違いが積み重なって文明と呼ばれるものが構築されてきたのだ.進歩が自動的に進んできたように思えるのは振り返ってみたときだけだ.
  • 我々はこのような短期的な停滞や後退を挟みつつ長期的に進むアジェンダについて適切な名前を持っていない.楽観主義というのは適切ではない.なぜなら物事が常にうまくいくと考えるのは常に悪くなると考えるのと同じぐらい間違っているからだ.ケリーは「プロトピア:protopia」と呼ぼうと提唱している.あるいは「悲観的希望」「楽観現実主義」「ラディカル累積主義」という提案もある.私の好みはハンス・ロスリングによる「あなたは楽観主義者ですか」という問いに対する回答だ.彼はこう言った.「私は楽観主義者ではない.私は非常に真剣な可能性主義者だ:I am not an optimist. I’m a very serious possibilist.」と.

 
進歩は自動的に得られたものではない.それは先人たちの努力とぐちゃぐちゃの歴史的道のりの上にあり,大切に守りさらに継続していくべき獲得物なのだ.だから冷静に真実と理性をもって粘り強く進歩を擁護していかなければならないというのがピンカーの本書のメッセージだ.まことにその通りだと思う.

*1:これはピンカーが巷で流布しているミームを修正したもの,この「ポピュリスト」という部分には,様々なミームの変種において,リベラル,社会主義者,共産主義者,左翼,共和党支持者,民主党支持者,革命家などが現れるのだそうだ.そして誰が最初に言ったかについても諸説ある.有名どころではユーゴー,ディズレーリ,バーナード・ショー,クレマンソー,チャーチル,ボブ・ディランが登場するそうだ.ピンカーはオリジナルについておそらく19世紀の法律家アンセルメ・バトビーではないかとしている.