Enlightenment Now その62

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

 

第21章 理性 その4

ピンカーは一見啓蒙運動の理性の理念に疑問を抱かせるかのような「ヒトはかつて考えられていたほど合理的ではない」という知見についてどう考えるべきかを解説してきた.そこではヒトが社会的動物であり,その中での有利性を得るために理性が抑制されることがあることが指摘されている.では,それを理解した上でそこからどう抜け出せばいいのだろうか.
 

  • 実践的合理性の厳密なテストになるのは予測だ.科学は仮説の検証を行うことによって進んだし,われわれは日常的にもそれを良く理解している.(「to eat crow(過ちを認める)」「to have egg on your face(面目を失う)」「Put your money where your mouth is(言うだけじゃなくて行動して見せろ)」「The proof of the pudding is in the eating(論より証拠)」などの言い回しが紹介されている)不幸なことにこのコモンセンス的な認識論的標準はインテリや批評家の間ではほとんど適用されない.彼等はアカウンタビリティ無しででたらめな意見をまき散らす.
  • イデオロギーを含む知的システムの評価のために予測の成否のトラックレコードが公表されるべきだ.イデオロギーの違いの一部は価値に依存しているが,多くは(平和や経済成長などの合意できる目的のための)手段の問題だ.理性的な社会は,自らが全知だとうぬぼれる論者のレトリックではなく,世界がどう反応したかによって政策を決めるべきなのだ.
  • 不幸なことに論説委員や専門家たちもカハンの被験者と同じだ.彼等の名声は(誰もトラックレコードを記録しないので)予測の正確性とは一致しない.彼等の名声は娯楽を与え,相手を嘲り,ショックを与える能力,信頼や恐怖を与える能力,同盟を活気づけてその徳目を宣伝する能力に依存している.

 

  • 心理学者フィリップ・テトロックは何が「正確な予測」と「外れっぱなしだが誰も疑わない予言」とを分けるのかを調べた.何百人ものアナリストやコラムニストや学者に対して未来に生じうる出来事の生起予測をアンケートしたのだ.ここで問題になるのが専門家たちは予測が外れたと判定されないために比類なき言辞的能力持っていることだ.彼等は狡猾な助動詞(could, might)形容語句(fair chance, serious possibility )時を表す修飾語(very soon, in the not-too-distant future)を使い回すのだ.そこでテトロックは数多くの将来の出来事を明確に記述し,はっきりした期限付きで質問した.

 

超予測力 不確実な時代の先を読む10カ条 (早川書房)

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  • 28,000の予測を得て20年後の結果はどうだったか.専門家はうまく予測できただろうか.結果は,平均してチンパンジーと変わりない(つまりチャンスレベル)というものだった.テトロックは2011年から2015年にかけてさらに数千人に対して追試を行った.やはり結果はランダム回答と異ならなかった.専門家たちは豊富に情報へのアクセスができる,しかしそれは結果に反映されないのだ.
  • これはどのように説明できるだろうか.最も成績が悪い専門家には共通点があった.彼等は右派か左派にはかかわらず,強烈な自信を持って(複雑な現象を単純な因果で説明する)ビッグアイデアを抱きしめていたのだ.大衆の人気を集めるまさにその特徴が彼等の成績を最悪なものにしていた.彼等が有名であるほど,予測が専門分野に近いほど,予測は不正確になった.

 

  • これは「専門家」が無価値でありエリートを信じてはいけないということを意味しない.我々は「専門家」のコンセプトを改める必要があるのだ.
  • 成功する予測はまさに「オタクの逆襲」だ.スーパー予測者には知性が必要だが,とりわけ高知能であることは要しない.彼等は数字に強く,大まかな推量が得意だ.開放的で,認知的な物事が好きで,複雑さや不確かさを受け入れる.直感を信じず,第一印象に捕らわれない.仮説が成り立つかどうかについて謙虚で,常に何か見逃していないか自問自答している.
  • スーパー予測者についてさらに重要なのは,彼等の推論モードだ.彼等はベイジアンだ.物事の生起確率については,ベースレートからスタートし,様々な証拠に応じて確率を上下させる.新しい証拠に貪欲で,単一証拠への過剰反応や過小反応を嫌う.(実例が解説されている)
  • スーパー予測者にはさらに2つの特徴がある.彼等は大衆の智恵を信じている.そして人類の歴史について(運命や必然性を信じず)偶然性を信じているのだ.
  • 私にとってテトロックの知見は,歴史,政治,認識論,知的人生についての理解に革命をもたらすものだ.それはオタクが確率をいじくり回す方が,学識ある賢人やアイデアに触発された物語より遙かに信頼できるということを意味するのだ.それは歴史の真実をも垣間見せる.物事は大法則によってではなく,小さな力が押したり引いたりして確率を上下させることによって決まっていく.多くのインテリや政治イデオローグはこの考え方に慣れていない.しかし我々はこれに慣れていくべきなのだ.

この「オタクの逆襲」についてはネイト・シルバーの「シグナル&ノイズ」で非常に説得的に描写されているところだ.実務的に何かを予測する際にはこのアプローチが知られている限り最も有効だということだろう.

シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」

シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」

私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20140127/1390820283