Enlightenment Now その64

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

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第21章 理性 その6

 
ピンカーは理性の最大の敵は政治的部族主義だとする.ではどうすればいいのか. 
 

  • 理性を通貨として議論を行うことは理性そのものの中核性を明確にすることから始まる.多くの批評家はここで混乱している.認知や感情のバイアスの発見は「ヒトが不合理である」ことを意味しない.何かが非合理であることを知るには合理的なベンチマークが必要であり,そもそもヒトが非合理なら,認知の非合理性自体を発見できないはずなのだ.ヒトは確かにバイアスやエラーに弱い.しかし常にそれに惑わされるわけではない.ヒトの脳は合理的に考察することができるのだ.
  • 同じ理由で論説委員たちは「自分たちはポスト真実の時代に生きている」などという言辞をもてあそぶべきではない.陰謀論やプロバガンダ,そして扇動される群衆というのは昔からある現象であり,アイデアには正しいものと間違ったものがあるという信念も同じぐらい古くからある.真実を馬鹿にするトランプ支持者の大騒ぎと同時に様々なファクトチェックの動きもあり,アメリカ人の10人のうち8人はファクトチェックを支持している.
  • 長期的には理性は信念の共同体の悲劇を乗り越え,真実を世に広めることができるだろう.実際に現在,狼人間やユニコーンや魔女の実在を信じている人は極めて稀だ.非理性的な道徳も同じように乗り越えられるだろう.私が子どもだった頃,あるバージニアの判事は「神が人種を作ったのだから,それを混ぜ合わせるのを認めるべきではない」という理由で人種間の結婚を否定したが,今日どんな保守派でも同じようには主張しないだろう.また1969年に(当時の著名な左派論客の)スーザン・ソンタグはキューバのカストロ政権の数千人の同性愛者の強制労働キャンプ送りを「退廃的文化からのリハビリ」として擁護したが,今日ではどんなリベラルもこれを是認しないだろう.

 
まずはヒトが理性的に議論することは可能だし,議論の前提でもあることをもう一度確認し,そしてメディアの姿勢を問う.彼等はポスト真実などという御託に酔いしれるべきではなく,きちんとファクトチェックすべきなのだ.これはまさに日本でも当てはまるだろう.そしてここでこれまでの進歩を振り返る.確かにいまではユニコーンや魔女を信じる人はほとんどいなくなった.ピンカーはさらに具体的な戦術にも踏み込む.
 

  • 理性的議論の水準を上げるためには何ができるだろうか.
  • 真実と論理による説得という最も直接的な戦略が常に無効であるわけではないだろう.もちろんヒトは目の前の証拠にもかかわらず誤った信念にしがみつくことがある.最初に自らの立場を崩しかねない事実を突きつけられたとき,(アイデンティティ保護認知,動機づけられた推論,認知的不協和の回避などの理論にあるように)突きつけられた人はしばしば従前の信念に沿ってコミットする.しかしその人の心の別の部分は常に真実に向き合っている.そして信念に反する証拠が積み上がってくるとどこかでその信念は崩壊するはずだ.(これはaffective tipping pointと呼ばれる)第10章で見たように温暖化についてはこれが生じつつある.
  • 社会全体で回っている理性の輪の回転速度は非常に遅いが,これを速めるという方法もある.これを行うのに良い場所はもちろん教育とメディアだ.理性のファンたちは大学に「クリティカルシンキング」や「ディバイアシング」のカリキュラムを設置するように働きかけてきた.そのようなプログラムの導入直後には大した効果はないように見えた.しかし実はこれらのプログラムはそれを教える側になぜプログラムに効果があったりなかったりするのかの理解を深める効果があったのだ.どんなカリキュラムもレクチャーとテキストブックだけではうまく働かない.それは議論し問題解決に使って身につくのだ.
  • 心理学者たちは効果的なディバイアシングのプログラムを開発した.学習者は広い文脈の中から問題を特定し,名前を付け,誤謬を正すように教示される.そして抽象的な数学的な表現を具体例に当てはめるように促されるのだ.これはうまく働くが,まだ主流に取り入れられてはいない.

 
まずは真実と向き合う,そして「クリティカルシンキング」や「ディバイアシング」という手法も有効だということだ.しかしこれだけでは解決しない.部族主義を振り払うには議論のルールも重要だとピンカーは指摘する.

 

  • クリティカルシンキングとディバイアシングの効果的なトレーニングは有効だが,(自部族の栄光を強調する)アイディンティティ保護的認知バイアスの矯正には力不足かもしれない.これもまた信念共同体の悲劇であり,政治の世界では特に有毒で,これまで科学者がみすごしていたものだ.世界をより理性的にするのは単に理性を使うトレーニングの問題だけではないということだ.
  • それは議論のルールの問題に関わるのだ.適切なルールの元ではこの信念共同体の悲劇を避けられることを示した実験がある.昔から知られているルールには「立場を変えて議論する」「小さなグループでコンセンサスを得られるまで議論する」などがある.近年科学者が見つけたルールは「対抗的コラボレーション」と呼ばれるもので,宿敵同士に問題の基礎にある事象について実証的に調べたうえで解決させるというものだ.
  • 意見を明確化させることを義務づけるだけでも自信過剰傾向を弱めることができる.私たちはしばしば自分の理解の深さについて自信過剰になっている.これは説明深度の幻想と呼ばれる.おそらく最も重要なのは,「人々がその意見の結果を実際に自分で受け取るときには,そのバイアスは弱まる」という知見だ.

 
いかにも頭を冷やすには良さそうだ.この辺の根拠には書籍や論文がいくつか引用されている.

The Skills of Argument

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The Knowledge Illusion: Why We Never Think Alone (English Edition)

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同訳書.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2018/10/02/191132

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