Enlightenment Now その75

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

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第23章 ヒューマニズム その5

 
ピンカーによるヒューマニズムの擁護.有神論的道徳からの批判への反論は,まず有神論的道徳には致命的な欠陥があることを指摘した.次に「有神論的道徳(つまり神が何かを命じていること)を(エリートインテリである)自分自身は信じないが,大衆には良いことだ」という鼻持ちならない「信仰の信仰」主義者が取り上げられる.ピンカーによるとこの上から目線のインテリどもは科学を否定する第2文化と重なるのだという.
 

  • 今日大半の洗練された人々は「天国や地獄,聖書の文字通りの真実性,物理的法則に縛られない神」などを信じていると告白したりしない.にもかかわらず多くのインテリはハリス,ドーキンス,デネット,ヒッチンズたちの「新無神論」に対して激しい怒りをぶつける.彼等の反応は「信仰の信仰」主義(自分自身は神を信じないが,大衆が神を信じるのはよいことだという信念を指す)と呼ばれる.この反応は第2文化の科学への反発とオーバーラップしている.それはおそらく「分析的実証的方法論に対しての(伝統的)解釈学への同情」が共有されているから,そして「結局実存の問題については科学と世俗的哲学が正しい」ということを認めるのがいやだからだろう.そして(無神論はどのような道徳とも結びつきうるが)ハリスたち新無神論者はヒューマニストを自認しており,彼等は新無神論者の世界観を叩けばヒューマニズムを叩けると考えてしまうということもあるだろう.
  • 「信仰の信仰」主義者たちによると「新無神論者は執拗で攻撃的で,原理主義者たちを同じく忌々しい」のだそうだ.彼等の主張をまとめると「普通の人々に対して宗教的信仰が誤りとだと指摘すべきではない,なぜなら健全な社会には利己性やムダな消費を抑制するために宗教が必要だから」「宗教組織はそのニーズに対してチャリティの推進,コミュニティの創設,社会的責任の教示,通過儀礼,(科学では不可能な)実存的疑問へのガイダンスを提供している」「ほとんどの人は教義を文字通りではなく寓話的に捉えており,その中から人生の意味や智恵を見いだしている」ということになる.

 

  • これらついて順番に考えてみよう.
  • 「信仰の信仰」主義の疑わしさは超自然的信念の起源に関する心理学的リサーチから得られる.リサーチはヒトにある過剰にデザインやエージェンシーを見つけようとする傾向,信念共同体内部の団結心により超自然的信念が生まれやすいことを示している.最も自然な解釈はこれらは(超自然信仰が心理的要素から説明できることから神の非存在を暗示するものだと捉え)宗教心を掘り崩すものだということになる.
  • そうではなくこれらのリサーチの結果を「ヒトには食糧と同じように宗教が必要であり,宗教のない世界を夢見るのはムダだ」と解釈する宗教擁護派もいる.しかしこの解釈は疑わしい.すべてのヒトの本性の特徴が常に完全に満たされなければならない渇望であるわけではない.確かにヒトは超自然的信仰につながる認知的錯覚に陥りやすいし,コミュニティに属している必要がある.そして歴史を通じて,そのような錯覚を強め,ニーズを満たそうとする組織が形成されてきた.しかしだからといって常にヒトには完全なパッケージが必要だということにはならない.それは性的欲望があるからといってプレイボーイクラブが必要であるわけではないのと同じだ.社会がより教育され世俗的になるにつれて伝統的宗教組織のコンポーネントは分解可能になっていくのだ.芸術,儀式,イコン,温かいコミュニティは,超自然信仰や鉄器時代の道徳を伴わないよりリベラルな宗教によっても可能だ.
  • つまり宗教は無条件に従うべきであったり賞賛されたりすべきものではなく,エウテュプロン的議論に従って吟味すべきということだ.もしある活動に正当化できる理由があるならそれは推奨されるべきだが,それが宗教的だからという理由だけで無条件に推奨すべきではないのだ.これまでの宗教活動の中で評価できるものとしては,教育,医療,チャリティ,カウンセリング,紛争解決などがある.宗教組織において評価できるものにはコミュニティの団結心,相互扶助,芸術,儀式,建築物などがある.これらが宗教組織のヒューマニズム的団体性から来るのであれば,これらは有神論的信念なしでも享受できるはずであるし,実際にそうだ.(関連リサーチの説明がある)
  • 宗教的組織のよい点がヒューマニズム的目的を追求しているときに得られるのなら,そのような目的に反する宗教活動は批判からプロテクトされる理由がないことになる.例えば宗教的理由に基づく病気の子どもの治療の拒否,学校の科学教育への攻撃,幹細胞リサーチの抑圧,避妊やHPVワクチンなどの公衆衛生政策の妨害などだ.「信仰の信仰」主義者は福音派教会が社会をよい方向に導く助けになるのではないかと幾たびか期待したがそのたびに裏切られてきた.(教会が温暖化対策などについて結局共和党右派にしたがってしまった実例がいくつか紹介されている)

 

  • では彼等が主張する「実存にかかる大問題についての智恵」はどうか.宗教擁護派は宗教のみが人の心の深い部分(人生,死,愛,孤独,名誉,正義,希望など)を語ることができると主張する.これはデネットが「深さらしさ:deepity」と命名したものだ.それは一見深遠そうだが,それが何を意味するかよく考えれば全くのナンセンスという意味だ.
  • そもそも意味の根源を問う場合に宗教に対する代替選択肢は科学ではない.それはすべての人類の知恵,理性,そしてヒューマニズムの価値だ.人類の知恵の中で宗教はごく一部を占めるに過ぎない,それはギリシア以来の哲学,多くの作家,詩人,芸術家の作品を含む世俗的なコンテンツが大半を占めているのだ.そして意味についての宗教的な貢献は深遠ではなくごく浅薄なものだ.例えば「正義」には「不敬者への罰」が含まれ,「愛」には「夫に従うべき妻の義務」が含まれている.不滅の魂を前提とした概念は非常に疑わしい上に危険だ.そして宇宙的正義や形而上学的希望が実在しない以上,その追求は意味があるどころか,全くの無意味だ.

 

  • より抽象的な「霊性:spirituality」はどうか.それが自分の実在への感謝,宇宙の美しさや大きさに対する畏敬の念,人類の理解に対する謙虚さを意味するなら,それは人生を価値あるものにするかもしれない.しかししばしば霊性はそれ以上のことを意味している.宇宙が何かしらパーソナルである,すべてのことには理由がある,そして意味は人生において突然見いだされるはずだという確信が含意されているのだ.(それをコミカルに示す喜劇の一部が紹介されている)
  • 偶然の出来事に宇宙的な意味を見いだそうとするのは馬鹿げたことだ.智恵に向かっての第一歩は「宇宙法則はあなたのことを気にしたりしない」ことを理解するところから始まる.次の一歩は「しかしそれは人生が無意味であることを意味しない,なぜなら人々はあなたのことを気にしているからだ」ということを理解することだ.あなたはあなた自身を気にする以上,生存するために宇宙法則をリスペクトするべきだ.あなたが愛する人はあなたを気にする.だからあなたには子どもが孤児にならないように,配偶者が孤独にならないようにする責任がある.そしてヒューマニズム的感性の持ち主は自分たちと同じようにあなたを気にする.だから我々には我々が皆繁栄できるように宇宙の法則をリスペクトする責任があるのだ.

 
このあたりのピンカーの主張もほぼドーキンスやデネットたちの主張そのままだ.「信仰の信仰」主義者たちは偽善的で大衆を見下して科学を否定する輩ということだろう,結構力の入った議論になっている.最後の部分はこの新無神論的議論と啓蒙運動のつながりを説明する部分ということになるだろう.
 
関連書籍

新無神論の四騎士たちの本

まずドーキンス.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20070221/1172066931

The God Delusion (English Edition)

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同邦訳
神は妄想である―宗教との決別

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デネット.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20070218/1171785769
Breaking the Spell: Religion as a Natural Phenomenon (English Edition)

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同邦訳
解明される宗教 進化論的アプローチ

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ハリス
The End of Faith: Religion, Terror, and the Future of Reason (English Edition)

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Letter to a Christian Nation (English Edition)

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ヒッチンズ
God Is Not Great: How Religion Poisons Everything (English Edition)

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最近ではこのような本も出されているようだ.
The Four Horsemen: The Discussion that Sparked an Atheist Revolution  Foreword by Stephen Fry (English Edition)

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  • 作者: Richard Dawkins,Sam Harris,Daniel C. Dennett,Christopher Hitchens
  • 出版社/メーカー: Transworld Digital
  • 発売日: 2019/02/14
  • メディア: Kindle版
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