最後にかなり長めの時間をとってパネルディスカッションが行われた.
パネルディスカッション
コメント 里見龍樹
- 私は文化人類学者であり,その立場からのコメントとなる.
- 現在の文化人類学は進化学とは相性が悪いとされている.しかしそういう不毛な対立にならずに進化を取り入れて文化人類学を刷新したいという立場でコメントしたい.
- 太平洋の島々の文化と進化というテーマは,文化人類学と進化学の物別れの歴史の舞台とも言える.
- 18世紀クック船長の3度の航海によって太平洋の諸言語の共通性が気づかれる.これは現代にいたる文化系統学的関心の端緒と言える.なぜ太平洋諸島では一方で文化要素に共通性があり,他方で多様なのか.
- 1830年代には太平洋諸島はポリネシア,ミクロネシア,メラネシアに地域区分されて理解されるようになった.社会的にはミクロネシアとポリネシアはより身分社会的で,メラネシアは平等的だと言われたりしている.
- 言語への関心は,まず系統,系譜に向かった.フンボルトはマライ・ポリネシア語族を提唱した.これは20世紀のオーストロネシア言語族概念のもとになっている.
- 言語学は19世紀の歴史系統的関心から20世紀になると共時的体系への関心に移った.言語構造主義はその流れだ.
- さらに現代では歴史言語学は数量的統計的アプロートを取り入れ新たなリサーチに向かっている.
- 進化学と文化人類学は20世紀初頭に物別れになる.文化人類学はまず19世紀の社会進化論を否定し,フィールドワークの知見(だけ)を報告することに固執するようになった.パプアニューギニアのクラの研究で有名なマリノフスキーは「西太平洋の遠洋航海者」で「慣習の起源や歴史には関心はない」と書いている.

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- 20世紀には文化人類学における一時的な進化主義のリバイバルがあったこともある.サーリンズは自然環境と社会階層の複雑性についてリサーチをした.これは今日的に見ると相関と因果を混同しており,さらに社会の複雑性は一方的に増大するという前提に立つものだった.
- では現代の文化人類学はどうすべきか.文化人類学は進化学と物別れになり,文化の発生や変化についてうまく考えることができなくなっている.これをどう乗り越えるのか.
- 私は文化人類学は文化のbeingの科学から文化のbecomingの科学に脱皮すべきだと考えている.
- 文化人類学から文化進化の議論を見ると主観的なものから科学的なものに向かっているように見える.個人的には「生成論的」と呼びたい.
- 今日の講演のヒントは,大進化と小進化,長期的時間的視点,定量化(考古学データを定量化し,音楽までも取り込む),伝達プロセス,社会や戦争のモデル化というあたりだと感じた.
- 太平洋の文化系統学に関しては社会の階層性にかかるカリーの2010年のリサーチがある.これは文化人類学と進化を結びつけるやり方の第1の候補だ.小進化の定量的リサーチということになる.
- ただこのリサーチに関しては文化人類学者として一定の留保をしておきたい.それは彼等の用いたデータがかなり粗いという部分だ,一部では1990年代にリサーチがある部分について1960年代のデータを使ったりしている
- またデータベースに関しては2010年代にPULOTUが作られているが,これも子細に見ると定評のある最新のフランス語のリサーチを無視して1920年代の英国の宣教師の報告を用いたりしている.彼等は訂正を歓迎するといっているが,いろいろ粗いと思う.
- 言語学の厳密性はよくわかるが土台には疑問もある.この辺は文化人類学とブリッジしたい部分だ.
- いくつか個別のコメントを
- 中丸の研究はゲーム理論を使ってbecoming を調べているものと受け取った.で,これはなぜ維持されるのかを見ているのか,それとも起源を調べているのか.そしてフィールドワークとどう接続するのだろうか.
- いま文化を語る上で無視できないのは,ローカルな文化の絶滅の現実味,そして文化の単位の不明確さだ.
- どのような時間のなかでどう文化を描くのかという問いが浮上するように思う.
<総合討論>
(佐々木)
- 文化人類学と進化学が物別れになった理由の1つは進化についてナチスや優生学の連想が働いたということもあると思う.で,今日の話を聞くとダーウィンの名前は出てくるが,中身はそういうものと全然違うことがよくわかると思う.ある意味文化人類学側の食わず嫌いなのかもしれない.
- 今回ミクロネシアプロジェクトで中丸さんとご一緒していろいろ刺激を受けている.これ面白いですよとNatureの論文なんか紹介されるが,正直自分自身Natureとはご無沙汰だった.まずコメントで疑問が提示されたので,中丸さんからお願いします,
(中丸)
- 維持か起源かという質問だが,今回は維持のところを議論している.進化学として起源を議論することもできる.どのように定着するのかを見るよりどのように受け入れられ始めるかのところの方が少し難しい.
- 人々が制度をどう受け入れるかというのは「ヒトは何をどうしたいのか」のところに絡み,心理学や認知科学などと一緒に調べることが必要かもしれない.
- フィールドワークとの接続は自分自身ネタを探しているところだ.
(松前)
- データベースの粗さのところは,彼等も文化人類学者たちからのフィードバックを望んでいると思う.対立せずに報告していけばいいのではないか.そうすればより良いデータベースになる.
- そういうことは言語学のところにもある.比較言語の人は個別言語の詳細には弱いので,データベースを作り,個別言語学の人にいろいろ意見を聞いて直していくというようなことがある.まずおおざっぱでもいいからデータベースを立ち上げて,そこから洗練させていけばいいという考え方だ.
(田村)
- いまやっているようなことでも解析して結果が出ると,考古の人の意見を聞いて直感のすり合わせということは必ずやるようにしている.
- 定量化についていえば,形はある意味やりやすい.模様は難しい.何か1つ手法を使うとしても危うさはある.常に仮定ややり方をすり合わせる必要があると思っている.
(中丸)
- 産業廃棄物業者の分業のリサーチは,共同研究者がまさにフィールドワーカーの社会学者で,モデルの単純化,そこから本格化などの際に意見をすり合わせることができた.こういう接続は可能だ.
- 相互扶助のリサーチも頼母子講から始めていて,これもフィールドワーカーと一緒にやったものだ.その直感を使ってモデル化した.
- データサイエンスや統計を使うとそこはブラックボックス化しやすい.ここをモデルで導いていくということをしている.
(井原)
- そのときにある最善のデータを使って暫定的結論を出し,さらにデータをよくして洗練させていく.予測を立て,それを別のデータセットで検証する.これを積み重ねていくということだと思う.
- ただし,ヒトのデータについてはどうしても政治性を帯びることがある.ナイーブに発表すると人に迷惑をかけることもある.本来自然科学は価値とは独立だが,社会的影響があるなら無視はできない.
(佐々木)
- それに絡んで,価値の問題について(こういう分け方は好きではないが)理系研究者として気をつけていることはあるか
(松前)
- ヒトゲノムは医療と関わりがあり,まさに倫理的な問題と隣り合わせだ.
- 少し前までは,ネイティブアメリカンなどのマイノリティのゲノムを読むのは,それが差別につながりかねないとして消極的に扱うことが通常だった.
- しかし最近は少し変わってきた.というのは個別ゲノム情報を医療に応用できるようになるとデータベースが貧弱だとそのエスニシティの人々にとって不利益になるからだ.そういうわけで自ら協力するマイノリティの人も増えている.
(田村)
- 考古学も倫理や社会と関わりがある.
- 遺跡で発掘をしていると,出てきたもので「町おこし」したいという話が良く出る.町おこしと学問的正しさはしばしば一致しない.危うさは常にあり,ケースバイケースで判断するしかない.
- 少し前に中尾央さんのチームで日本の先史時代の戦争頻度を推定するプロジェクトに加わった.これはギンタスとボウルズによる戦争がグループ淘汰を通じてヒトの利他性の進化に寄与したという議論で引かれている先史時代の戦争頻度推定が日本でもそうなのかという問題意識から始めたものだ.人骨について傷などで調べると,ギンタスたちが引いていたデータほど戦争頻度は高くないのではないかということになった.これをプレスリリースしようとしたところ,「日本は平和だった」というメッセージを強く出して欲しいという話になった.少し歩み寄ったが,危ういリリースになってしまい,いまでは反省している.
- 危うさはある.そして予測できない展開になることがあると思っている.
(中丸)
- 私は数理モデル,シミュレーションが中心なのでそういう話は少ない.
- ただ協力の進化をテーマにしていると,「評判が協力の進化に有効」ということがあるのだが,これはよく考えてみると仲間はずれの研究であるとも言える.少し怖いところがあるなと思いつつも今のところはドライにやっている.
(井原)
- いまやっていることを「文化の研究のために科学的手法を使っている」という風には捉えていない.
- 自分は「動物としてのヒト」を研究しているつもりだ.そうするとその中で文化のことを考えざるを得ない,行動や心理のデザインが自然淘汰だけでできたというのは納得しがたいと感じている.そこの謎を解くには文化をよく研究する必要があると思っている.
(里見)
- 文化人類学はどうしても「人と動物は違う」というところから始まる.それは人間特別論,人間例外論になるのだが,いまや崩壊しつつあるのかもしれない.
- 文化の進化をリサーチしていると社会的な見方が変わってくるのか,変わりつつあるのかとも思う.とらえ方は重要だ.
(佐々木)
- いまの井原さんの話には共感する.科学者というのはそこに謎があればそれを説明するために使える道具は何でも使うものだ.
- いまいろいろあって学部で経済学説史を教えている.その準備のために古典派の著作を読み直しているが,彼等はまさに科学者だと感じる.なぜ価格というものがあるのかから考えているのだ.そういう意味で今日の話は印象的だった.
- ここでフロアから質問を受けます
(フロア)
- 中丸さんに聞きたい.なぜゲーム理論なのか
(中丸)
- エージェントベースのシミュレーションでもできる.ただプレーヤー間に相互作用があって利得に影響があり,それが伝達に影響するなら進化ゲームがフレームとして有効だということだ.利得が関係なく単に同調というなら進化ゲームは不要になる.
(佐々木)
- ここ10~20年の進化学の発展はすさまじい.理由の1つはコンピュータによる解析法が強力になったことだろう.楕円フーリエ解析もコンピュータなしには不可能だと思う.
(田村)
- いま形の計測は3次元にという流れになっている.やり方はいくつもあって議論しているところ.解釈の幅が増えるのでどう収拾させるかというところになる.
(佐々木)
- 時間も押してきたので,最後に今後これをやりたいということがあれば教えて欲しい.
(松前)
- 子供の頃は箱庭で生命誕生や進化を再現したいと夢見ていた.いまでも憧れている.ジュラシックパークを見てコンピュータが重要だとわかった.
(田村)
- いろいろあるが,自分の遺跡フィールドを持ちたい.そこでデータを思う存分とりたい.長期間の変化をモデル化したい.
- 実は土器のデータベースをいま作っているところだ.皆がリサーチできる基盤を作りたい.
- また動物の文化もやってみたい.社会学習の起源には興味がある.
(中丸)
- 認知科学的な要因をもっと組み入れたモデルに取り組みたい.
(井原)
- ヒトはなぜ言語を使えるようになったのかに興味がある.それは究極のテーマの1つだと考えている.競争言語プロジェクトではそれに取り組んでいる.
(里見)
- 学生に文化進化のフォーラムでコメンテイターになるのだと説明したら,「先生そんな宿敵のところに出向いていいんですか」というような反応だった.そういう対立にならずに今日はよかったと思っている.
- 私が現在知っている学問体系では物事の起源や歴史は扱えない.進化を組み込んでそういうことができるようになったらと思っている.それに向かってあがいていきたい.
以上でフォーラムは終了だ.パネルディスカッションでは普段あまり話を聞くことのない文化人類学者のコメントが聞けて面白かった.
これはフォーラム終了後にいただいた地下鉄早稲田駅近くの東京らっきょブラザーズのスープカレーだ.