Enlightenment Wars: Some Reflections on ‘Enlightenment Now,’ One Year Later その1

quillette.com
 
ピンカーの「Enlightenment Now」について,(途中の中断を挟んで)1年半かけて紹介してきた.「Enlightenment Now」は2018年2月の出版で,当然ながらその議論にはいろいろな批判や反論が各方面から寄せられている.ピンカーは出版後1年で一旦それにまとめて反論している.それがこの2019年1月のQuilletteの記事「Enlightenment Wars: Some Reflections on ‘Enlightenment Now,’ One Year Later」になる.
 

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)


 
冒頭はこう始まっている.

  • 理性と科学とヒューマニズムの擁護という主張は,世界がまさにその擁護を必要としているように見える状況で,論争を呼ぶようなものではないだろうと思われるかもしれない.しかしある同僚の言葉によると,私は人々の頭を爆発させたらしい.激しい批判が右派からも左派からも巻き起こっていると多くの人が知らせてくれた.
  • 批判者は本書を人種差別主義的,帝国主義的,実存的脅威,孤独と鬱と自殺の源だと非難している.彼等は進歩に見えるものはデータのチェリーピックに過ぎないとし,啓蒙運動は時代遅れであり,権威主義的ポピュリズム,ソーシャルメディア,AIにまもなく殺されると主張する.
  • 今回ペーパーバック版の出版を機会に,(批判者の揚げ足をとり本書での主張を繰り返す誘惑を封じて)この批判や論争を機会として,啓蒙運動プロジェクトとその現在の敵についてじっくり考えてみたい.

 

<批判 その1>
  • あなたは啓蒙運動を間違って捉えている.啓蒙運動はいくつもあって単一ではない.啓蒙運動思想家たちがみな科学的なヒューマニストであったわけではない.彼等の一部は信仰を持ち,一部は人種差別主義者だった.ルソーは啓蒙運動家ではなかったか? マルクスも啓蒙運動家とすべきでは?

 

<応答>
  • 啓蒙運動が本当はどんなものだったかに絡む本書への批判はみなポイントを外している.本書は「理性と科学とヒューマニズムの擁護」であって「18世紀の何人か思想家の擁護」ではないのだ.
  • もちろん啓蒙運動はファジーな境界線を持っているし,先立つアイデアに影響を受けているし,互いに意見を異にする思想家たちが含まれている(最も有名なのはルソーであり,アンソニー・ケニーに啓蒙運動の巣の中に潜り込んだ巨大なカッコーと形容されている).だから誰が啓蒙運動思想家に含まれるかという質問に単一の正しい答えはないのだ.私はそのことを本文にきちんと断っている.(該当部分が引用されている)

The Enlightenment: A Very Brief History (Very Brief Histories Book 0) (English Edition)

The Enlightenment: A Very Brief History (Very Brief Histories Book 0) (English Edition)

 

  • 私が本書の題に「Enlightenment:啓蒙運動」を使ったのは,それが私が擁護したいと思った理想を示す最も良いタイトルだと思ったからだ.(「リベラルコスモポリタン主義」「オープンな社会」なんかよりキャッチーだろう)
  • そして18世紀の思想家たちはここで感謝と共に取り上げるに値する.なぜなら彼等の多くは互いのやりとりの中でこれらの理想のセットについて明確にしているからだ.(上記のケニーの「The Enlightenment: A Very Brief History」以外の本も紹介されている)

The Enlightenment: And Why It Still Matters (English Edition)

The Enlightenment: And Why It Still Matters (English Edition)

The Dream of Enlightenment: The Rise of Modern Philosophy (English Edition)

The Dream of Enlightenment: The Rise of Modern Philosophy (English Edition)

Betraying Spinoza: The Renegade Jew Who Gave Us Modernity (Jewish Encounters Series) (English Edition)

Betraying Spinoza: The Renegade Jew Who Gave Us Modernity (Jewish Encounters Series) (English Edition)

Inventing Human Rights: A History (English Edition)

Inventing Human Rights: A History (English Edition)

 

  • しかし啓蒙運動は単なるインテリの歴史ではない.そして「啓蒙運動」という単語にこだわるのも意味がない.当時の思想家はこれらの理想を様々な表現している.そしてそもそも「語」の意味は人々がどういう意味で使うかで決まり,「啓蒙運動」は伝統的に「理性と科学を使ってヒューマニズム価値を追求する」ことを指している.(オバマとマクロンの用法を紹介している)

 
18世紀の思想や啓蒙運動の歴史に詳しい(かつピンカーが批判する悲観主義的なインテリに属する)専門家はピンカーの用法にいろいろけちを付けたいというところなのだろう.ピンカーはこの点について行動遺伝学の1院生が書いたQuilletteの記事を紹介していて面白い.
 
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<批判 その2>
  • 啓蒙運動は祝福すべきものではない.それは世界に人種差別,奴隷制,帝国主義,そしてジェノサイドをもたらした.

 

<応答>
  • この主張に正しい部分があるとすれば,それはこれらの蛮行は18世紀以降も続いたということだけだ.それ以外の点ではこの主張は全くの間違いだ.これらの犯罪は文明そのものと同じぐらい古い.そして啓蒙運動を経て初めて人々はこれに倫理的に疑問を持つようになったのだ.
  • 人種差別は,よそ者嫌いと本質主義という認知的な傾向から生まれる.そして古くからそれを擁護しようとする試みがある.アリストテレスはバーバリアンを,キケロはブリトン族を,古代ギリシアと中世アラブはアフリカ人を,中世スペインはユダヤ人を,16世紀欧州人はネイティブアメリカンを悪し様に扱っている.(これについての参考文献も示されている)

The Invention of Racism in Classical Antiquity

The Invention of Racism in Classical Antiquity

The Invention of Race in the European Middle Ages

The Invention of Race in the European Middle Ages

 

  • 帝国主義のルーツも古い.歴史の大半において政治的リーダーのポリシーは「来た,見た,勝った」だった.帝国主義に背を向ける歴史的展開はムスの「Enlightenment Against Empire」に描かれている.ムスは「批評家たちは帝国の力の濫用を声高に批判するが,そもそも『ヨーロッパ人は世界を征服し植民地化する権利を持つ』という考えに疑問を持つようになったのは啓蒙運動以降だ」とコメントしている.

Enlightenment Against Empire

Enlightenment Against Empire

  • ベンサム,コンドルセ,スミス,ディドロー,カントなどの新しい反帝国主義者は2つのアイデアに突き動かされていた.1つは「すべての人は彼が人間であるという理由だけでモラル的政治的にリスペクトされるべきだ」というアイデアであり,もう1つは進化人類学の先駆けともいえる「人は文化を創り文化と共に生き,だから協力でき,環境に適応できる」という思考を詰めて行った結果のモラル「人の自由と尊厳を打ち壊すような慣習,例えば奴隷制,農奴制,帝国主義,カースト制は非難されるべきだ.そしてそれ以外の文化ごとの慣習には尊卑はない」というアイデアだ.

 

  • 奴隷はかつて望ましい征服の果実だった.(ユダヤ教の)過越の儀式を経験したり,映画「スパルタカス」を見たことがあれば,奴隷制が18世紀西洋の発明品でないことはわかるだろう.奴隷制廃止の時間軸を見ると,奴隷制を押し進めたとして啓蒙運動を批判するのはとりわけ馬鹿げていることがわかる.(奴隷制廃止の累積グラフが添付されている)
  • 歴史家のケライデスは(Quilletteの記事に)こう書いている.「何千年もの間偉大な道徳家たちは何とか奴隷制と折り合いを付けてその残虐性を減らそうとしてきた.しかし啓蒙運動以前には誰も(キリストも仏陀もムハンマドもソクラテスも)すべての奴隷を完全に解放しようとは考えなかった.啓蒙運動は奴隷制の発明者ではなく,『誰も奴隷にされるべきではない』という概念の発明者なのだ」

quillette.com

 

  • 確かに19世紀後半は人種の優劣を主張した(現在では否定されている)科学理論や(20世紀のジェノサイドにつながる)民族的ナショナリズムを生んだ.しかしそれについて啓蒙運動を非難するのは間違いだ.まずそのような非難は18世紀以降生じたすべての悪は啓蒙運動のせいだといっているの同じだ.そしてそれは19世紀に生じた思想的な展開,つまり反啓蒙運動思想を無視している.歴史家のマーク・コヤマはこう書いている.「現代西洋の罪を啓蒙運動に帰せようとするのは反啓蒙運動を放免していることになる.反啓蒙運動は啓蒙運動がモラルをユニバーサル化しようとしたことへの反動であり,ロマンティックなナショナリズム,民族中心的思想を生みだした.・・・・彼等が最も執拗に反対したのは啓蒙運動が示したユニバーサルなモラルだった.(反啓蒙運動思想家の)メーストルは(単一の)「人類」の存在自体を否定した.『人類などというものはない,フランス人やイタリア人やロシア人がいるだけだ』と.」

www.liberalcurrents.com

 

  • そして(批判者たちの)この論理構成は科学やダーウィンを人種差別的だと非難する際にも使われている.彼等は19世紀以降の学問思想の展開(ロマンティックな歴史思想,言語学,古典学,神話学)を無視しているのだ.そしてそのような非難にはダーウィンについての理解の浅さが共通してみられる.ダーウィンの考えが,当時流行だった「純粋な民族の階層性」と全く相容れないものであることがわかっていないのだ.

 

  • ケライデスやコヤマ以外にもこのような非難に対する見事な反論を書いている人は多い.(いくつか紹介されている)

www.nationalreview.com
thefederalist.com
thefederalist.com
  

  • そしてこのような反論は左派からだけではない.保守派であるトラチンスキーも同じように反論しているのだ.これはシオコンや最近の反動保守への応答になる.

thefederalist.com

 

  • 全体主義的共産主義のルーツはルソーにある.ルソーはまさに啓蒙主義の巣に潜り込んだカッコーであり,ロベスピエールやジャコビンやロマン主義に多大な影響を与えた.ルソーは確かに時代的なセンスでは啓蒙運動期の思想家だが,彼は科学や理性は進歩ではなく退廃につながっているという考えに固執し,「一般的意志」を個人の自由や権利の上に置いた.トラチンスキーはこうコメントしている.「共産主義が科学的であると考える人は良く考えてみるべきだ.科学的なマインドがあれば,200年も実験を続け,それがすべて失敗してもなおその結果を受け入れないということがあるはずがない」

 
 
まずは雑な非難から片付けていくというところだろう.それにしても「18世紀の啓蒙運動が古代よりある奴隷制をもたらした」と信じているというのはあまりに馬鹿げていると言わざるを得ない.反論もこのあたりから始めなければならないというのは大変だ.