書評 「正解は一つじゃない 子育てする動物たち」

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本書は様々な動物たちに様々な形の子育てがあることを解説する本だ.それぞれ自身が子育てする親である生物学者たちが,自分の専門の動物の子育てを楽しそうに解説してくれる.背景には現代日本の子育ての現場で「子育てはこうしなければならない」という根拠のないアドバイス(あえて迷信といってもよい)があふれているということがあるようだ.もっと肩の力を抜いて子どもに向き合いましょうという柔らかなメッセージが伝わってくる.それぞれの章末に自分の研究紹介コラムに加えて子育てエッセイが収録されているのもそういう含みだろう.
 

第1部

 
第1部は子育てとは何かという基礎解説編.
 
第1章は全体のテーマを提示する章.まずヒトの子どもの様々な特徴に与える家庭環境(つまり子育てのあり方)の影響はかなり小さいという行動遺伝学の知見を示し,子育てが重要でないはずはないがただ一つの正解があるわけではない,むしろ様々なあり方があって当然であることをやんわりと指摘する*1.これが様々な動物の子育てを見ながら感じて欲しい本書の基本テーマになる.そこから進化,子育ての進化の初歩的な解説がなされる.
続いて第2章でヒトの子育ての生物学的な特徴が解説される.成長に時間がかかること,男女のペアが社会の基本であること,出産は困難で子育て投資が大きいが(近縁の類人猿に比べて)多産であること,母親だけでなく,兄弟姉妹,祖母,父親が子育てを手伝うこと(共同保育)などが解説されている.
 
第3章は巷にあふれる「母性神話」を打ち砕く章で,力が入っている.母性神話というのは「子どもの成長には3歳までの幼児期が重要で,その時期には母親は愛情あふれた育児に専念するべきだ」というようなもので,40年以上前から実証的には否定されているが今でもささやかれているものだ.これに対して,少し前までは共同体の中での共同保育が通常で,主に母親が育児に専念するようになったのは産業化以降の新しい現象であること,ホルモンによる子どもへの「原初的没頭」は父親にも発現しうるものであること,実証的には育児に専念する専業主婦の方が育児ストレスや夫や子どもに対するネガティブな感情が大きい傾向があることをまず指摘する.そこから神話の中核にある「愛着理論」について詳しく論じ,それは子どもと母親に限られた絶対的なものではなく,子どもは柔軟に様々なアタッチメントを発達させられることが強調されている.最後に保育所保育による悪影響があるという決定的事実はなく,ポジティブな効果も報告されていることを指摘している.
第4章は卵子と精子について解説し,さらに生殖補助技術(不妊治療,家畜の育種改良や絶滅危惧種保全のための人工授精など)についても扱っている.至近的な説明がなかなか詳しい.
 

第2部~第4部

 
第2部,第3部,第4部は様々な動物の様々な子育ての様子を紹介している.本書の中心部分であり,楽しく読めるところだ.扱われている動物はラット,マウス,ニホンザル,ハト,テナガザル,オランウータン,トゲウオ,アリ,マーモセット,ゴリラ,ペンギン,シクリッド,ツキノワグマ,ジュウイチ,ノラネコ,オオカミとイヌ,チンパンジー,イルカになる.興味深かったところを紹介しよう.
 

  • ラットは未出産メスでもオスでも仔ラットの匂いに慣れさせると子育て行動をするようになる.授乳はできないがそのためのクラウチング行動は行う.出産メスのための脳のメカニズムが発現してしまうためだと思われる.
  • レバーを押すと(餌の代わりに)自分の子どもが与えられるという装置で実験すると母ラットは自分の仔を巣に回収したいという飽和しない強い動機を持っていて3時間で684回のレバー押しが見られた個体もある(回収後次々に装置に戻す形で実験を行う).
  • オスマウスは「交尾をしたか」,「メスマウスと同居しているか」という経験の有無によって,仔マウスに対して「喰い殺す」「子育て」の正反対の反応を示す.
  • 仔マウスは首をつかまれると心拍数が低下しおとなしくなるという「輸送反応」を示す.ヒトの赤ちゃんがだっこして揺らしたり歩き回ったりすると泣き止むのも同様の輸送反応だと思われる.
  • ドバトは世界中に分布しているが,伝書鳩が迷いバトになって広がったのだろう.
  • テナガザルは大声で歌うことで有名だが,オスの歌とメスの歌の旋律は異なり,毎朝夫婦デュエットする.緊密な一夫一妻制で有名だが,近年の研究では婚外交尾が予想より多いことが明らかになった.死亡率は離乳前の乳児期が高いが,主な死因は樹上からの落下事故のようだ.
  • 現在ではオランウータンについて,スマトラ島に2種(スマトラオランウータンとタパヌリオランウータン),ボルネオ島に1種(ボルネオオランウータン)の合計3種が認められている.オランウータンは少産少死であり,天敵がいないこと,樹上生活で感染症が少ないことが死亡率が少ないことにつながっている.常に一人っ子状態なので,子どもは母親に対してわがままになったり駄々をこねたりしない*2
  • マーモセットは父親や兄弟姉妹も参加して共同保育を行う.霊長類では例外的にメスによる子殺しが報告されている.群れの中で最優位のメスのみが繁殖するが,例外的に劣位メスが出産した場合には最優位メスによる子殺しが行われることがある.
  • ゴリラの群れの中で子ども同士が争いになるとメスは自分の子の味方,オスは(すべて自分の子なので)弱い方の味方になる.
  • コンピクトシクリッドは一夫一妻制で,通常オスの方が大きく,オスがナワバリ防衛,メスが子育てと分業しているが,(人為的に)メスの方が大きなペアを作らせると役割を逆転させる.
  • クマはドングリの凶作年にはドングリを求めて「渡り」のような移動をすることがわかってきた.
  • ノラネコではかなりの頻度でオスによる子殺しが見られる.メスは共同で子育てをしてオスから防衛を試みることがある.また1例だがオスが我が子を防衛しようとした観察例がある*3
  • オオカミはオスメスペアとその子どもたちという核家族的な群れで生活するが,ノライヌはそのあたりの絆形成が弱くなっており,無家族で乱婚性の社会となり,子育てもメスのみのワンオペ型になる.

 
以上が本書の内容で,とにかくも楽しい本に仕上がっている.研究紹介コラムや子育てエッセイもぴりりといい味を出している.子育て中の人には特に楽しめる一冊ということになるだろう.*4*5
 

*1:また家庭環境の影響が小さいことは,公教育が充実していることを意味し,特別な教育法を実践する余裕がなくとも心配する必要がないとも指摘されている

*2:次の子どもとの間で離乳のコンフリクトがあってもよさそうだが,残念ながらそのあたりの解説はない

*3:これは「ダーウィンが来た!」の撮影で得られたそうだ

*4:ただ残念なのは,本書のテーマに深く関連している「オスメス間でどのように子育て投資が決まるか」の進化理論が第1部できちんと取り上げられていないことだ.このため何人かの執筆者が簡単な説明をしようとしているが,それぞれスタンスも異なるし,別のモデルに依拠していたりして,読者は混乱してしまうだろう.かなり微妙な問題なので総説の書き手がいなかったということかもしれないがチャレンジして欲しかったところだ.

*5:もう1つ細かいところではアリの章でアリの真社会性の進化について単純な3/4仮説だけで説明できるかのような記述になっているのも今日的にはややナイーブで気になるところだ