Virtue Signaling その16


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: Cambrian Moon
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: Kindle版
 

第4エッセイ 道徳的徳の性淘汰 その12

 
ミラーの道徳性淘汰論文.主張と検証方法を提示したあと最後にこの道徳性淘汰説が道徳哲学について投げかけるインプリケーションが述べられている.
 

規範的倫理に対してのインプリケーション

 

  • 規範的倫理は善と悪を区別する方法を示すとされる.それは次の3つについての「反省的均衡:reflective equilibrium」を得ようとする.3つとは(1)ありうべきユニバーサルな道徳原則(2)特定状況における道徳的含意(3)ヒトの道徳的直感だ.
  • これは,規範倫理学者がいつかすべての状況ですべての人に受け入れられるユニバーサルで一貫した道徳原則を見いだすことができるだろうという希望の上に乗っている.ほとんどすべての哲学者はこれを望ましいゴールだとする点では一致しているが,しかし帰結主義者と義務論者,行動倫理主義者と徳倫理主義者の議論は激しく燃えさかり決着する様子はない.

 

  • しかしながらもし道徳が性淘汰産物であるなら,このような反省的均衡アプローチは失敗するだろう.それには3つの理由がある.
  • (1)ヒトの道徳的直感が観察可能な行動から他人の安定した配偶に関連したパーソナリティを推測するためにあるとすれば,道徳哲学者のやっていることは道徳錬金術だということになる.つまりそれは無意識でドメイン特殊なヒトの感覚的直感をドメインジェネラルでユニバーサルな道徳原則に精錬しようとしているようなものだ.問題はヒトの道徳的判断は二重過程からなるところにある.熱い直感がクールな熟慮に先立ち道徳的感情を作り上げる.
  • (2)もし我々の対人判断システムが素速く倹約的な社会的推測ヒューリスクティックスの上にあるなら,我々の道徳判断は熟慮的な合理的思考から生まれる基準にしばしば違背するものになるだろう.
  • (3)ヒトの道徳的直感は祖先環境(特に適応度が問題になる状況)で,他人の安定的道徳性を評価するために進化した.それに基づいて友人や配偶者を選び,他人のゴシップを交換し,チーターを罰し,サイコパスを追放した.つまりヒトの道徳的直感が,進化的に新奇なモラルジレンマに対して,一貫した論理的に擁護可能な反応を示すことを期待すべき理由はないのだ.例えば我々は代理母や遺伝子テストやクローニングなどの生命倫理問題に直面すると硬直してしまう.我々の直感はこれらの問題に対する異なるフレーミングに対してそれぞれ異なる反応をするからだ.これらの問題に対する中立的で合理的な立場というのは存在し得ないだろう.

 

  • 基本的に我々の道徳的直感が道徳的行動のガイドとして何らかの真の規範的な信頼性を持つことを期待すべき理由はない.
  • もちろんこの直感がヒト特有の祖先環境において平均的に包括適応度を上げただろうと信じるべき進化的な理由はある.しかしそれは広い状況において規範的に正当化できる理由とはかけ離れている.例えば哲学者のピーター・シンガーは,動物の権利,安楽死,嬰児殺について合理的に説得的だが直感的には受け入れがたい道徳的主張を行っている.これらのケースで反省的均衡を得るのは不可能だろう.
  • これは,合理的に導き出された道徳的規範を手に入れることが不可能だということを意味するわけではない.ただそういう規範はほとんどの人にとって感情的に受け入れられないものになり,認知的にも理解不可能なものになるだろう.それはごく一部の高い知性の持ち主しか理解できないという意味で高等数学と少し似ているところがあるものになるだろう.

 

  • これらの問題について考えるために,1つの典型的な規範倫理問題について2つの異なる形態を考察してみよう.
  • (1)抽象的形態:ジェノサイド戦争の戦争犯罪人を暗殺するのは正しいことか?
  • (2)個人的形態:21世紀のある国の元首がその国に詐術的で違法な戦争を始めさせようとしているとしよう.それは数千人の不必要な市民の死を生むだろうが,彼はまず間違いなく国際刑事裁判で訴追されることから逃れるだろう.この元首を800メートル先のビルの屋上からバレットM82A1狙撃銃で暗殺したスナイパーに対してある女性が性的な魅力を感じることは道徳的に正しいだろうか?
  • 個人的な形態では適応度に関連する詳細が描かれている.これらの詳細は配偶選択を行うにあたって非常に重要なものになる.例えば高価なライフルを購入できるリソース,持ち運べる体力,800メートル先から小さな的に当てられる技量は魅力的だ.片方でこの暗殺行動はサイコパス,衝動性,ナルシシズム,ハイリスク志向を暗示しており良い父親としては魅力的でないかもしれない.彼女は決断するためにはさらなる情報を得るしかない.これこそヒトのコートシップの中心的機能なのだ.

 
このインプリケーションの前半部分は(必ずしも性淘汰説だけに当てはまるのではなく)直感的道徳が進化産物であることの帰結だろう.進化環境での平均的包括適応度最大化に向かう行動原則が普遍的に規範的な道徳に一致することは望みがたい.
後半部分はより性淘汰説に関連していて面白い.我々の道徳感情が配偶者選好に絡んでいるならそれは極めて個人的で状況依存的になるはずなのであり,ミラーはここで実際にそうでありそうなことを示そうとしている.そして確かにそれは説得的に感じられる.