ピンカーの合理性講義.第15回は気候変動問題,第16回は犯罪がテーマの応用編だ.
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第15回 「気候変動」
第15回は特定イッシュー「気候変動問題」を扱う.ゲストレクチャラーはソロモン・ゴールドスタイン=ローズ.26歳の気候変動活動家で,既にマサチューセッツ州の下院議員を2年務めているそうだ.またゴールドスタイン=ローズは気候変動問題について最近「The 100% Solution」という本を出している.ピンカーは気候変動問題では今まで読んだ中で最も良い本だと褒めている. 講義前の音楽はエラ・フィッツジェラルドの「Too Darn Hot」
The 100% Solution: A Plan for Solving Climate Change (English Edition)
- 作者:Goldstein-Rose, Solomon
- 発売日: 2020/03/31
- メディア: Kindle版
ゴールドスタイン=ローズによる講義「100%の解決策:気候変動問題へのプラン」
- 気候変動問題をめぐっては人々の間に政治的な分断がある.これを分析すると2つの動きが顕著だ.
- (1)1つは道徳的イデオロギーとでも呼ぶべきもの.多くのアクティビストやあまりこの気候変動問題に関心のないリベラルの政治家に多い.彼等は気候変動問題を道徳の問題と捉え,皆で我慢して道徳的に正しい風力や太陽光エネルギーに転換すれば良いと考える. 彼等は実効可能性の分析をしないし,問題解決のタイムラインもない.経済的な分析にも無関心だ.中国や途上国もついてくればいいというだけで,彼等とどうやって協力していくかのプランもない.ある意味マジカルシンキング的な立場だ.
- (2)もう1つの動きは中庸イデオロギーだ.これは中道的,実務的政治家やコメンテイターに多い.彼等はシニカルだ.今の目標は物理的にも政治的にも不可能だとあきらめ,政治的現状を受け入れてしまっている.
- どちらの立場も問題を解決できない.私は解決可能な問題に取り組むエンジニアとして行動したい.
- まず温暖化ガスの排出状況をよく見て見よう.皆が注目するエネルギー関係は半分程度だ. 農工業のプロセスに関係するようなものも多いのだ.エネルギーだけでなく広い取り組みがまず必要だ.そうした分析の上,まず技術的な部分で5つの方針を提示したい.
- クリーンな電力の増加:現在10PWh/yだが,現状だと2050年に30程度になる.しばしば挙げられる目標は50程度で,風力と太陽光がいいのか,原子力かなどの議論をしている.しかし真に解決を目指すなら100~140程度が必要だ.使えるものは何でも使っていくということにするしかない.
- 電気化:自動車,トラック,電車だけでなく船,暖房,炊事,アンモニア製造なども電気化を進めるべきだ.
- 水素などの合成燃料の推進
- エネルギー以外の分野の温暖ガス削減:牧畜(牛),セメント製造,農林業のやり方には改善余地が大きい.
- 炭素隔離:森林保全や植林,その他の炭素隔離テクノロジーを開発推進すべきだ
- これまでは技術サイドの話だった.では政治的にどうやって進めていくのか.問題は先進国だけでは解決できない.途上国にとっては先進国で今やっているような削減は貧困問題や経済問題から不可能だ.これをどうするか
- 私はアメリカは独自に世界のためにできることをすべきだと思う.そして長期的な経済的犠牲なしにできることがある.それは電気自動車などの様々なガス削減デバイスを大量生産して安価に提供することだ.これは中国との合意なくとも実行可能だ. これらをさらに詳しく「The 100% Solution」で論じた.興味のある人は是非読んで欲しい.
ピンカーとの質疑
- ピンカー:全く犠牲なしにはできないのではないか
- ゴールドスタイン=ローズ:それは犠牲の定義次第だが,今までの自由が制限されることもあるし,特定業界にとっては厳しいこともある.
- ピンカー:農工業のやり方を変えればコストがかかるのではないか
- ゴールドスタイン=ローズ:最終的にはより安価で安全な電力供給につながり,必ずしもコスト高ということにはならない.
- ピンカー:マクロンは炭素税の導入をしようとして,激しい抵抗に遭って断念したがどう考えるか
- ゴールドスタイン=ローズ:最後は説得の問題.リベート(補助金)などの対策も含め,皆にメリットがあることを説得することは不可能ではないと考える
- ピンカー:原子力は最終解決には不可欠だと思うが,現状の反対論も合わせどう思うか
- ゴールドスタイン=ローズ:原子力は非常に集中したエネルギー源であり,温暖化ガスフリーだ.そしてそれによる死者も化石燃料やバイオマスとは桁違いに少ない. だからこれは解決には重要だ.もっと小さくて安全な原子力ユニットを開発してコストを安く,これを皆に説得していくしかないと思っている.
最後に政治家としてのキャリアやこれからの抱負などを語って終わりになった.若くて聡明かつ積極的でブリリアントな政治家だ.ピンカーがゲストとして呼ぶのもわかる.とて印象的だった
第16回「犯罪」
ゲストは社会学者トーマス・アブト.冒頭でピンカーの導入がある.(講義前の音楽は収録されていない.冒頭は映画「ジョーカー」の紹介から始まる)
- 全米では1960年代後半から90年代前半まで高犯罪率の時代があった.(これは最後の質疑でも取り上げられる) そして現代でも重大犯罪は(アメリカにとって)非常に大きな問題だ.殺人による死者は(世界大戦を除くと)戦争より多い.若い男性の死因としてメジャーなものになっている.都市犯罪は都市生活に深く影響を与える.そして犯罪問題はしばしば大統領選の焦点になり,ニクソン,ジョージ・W. ブッシュ,トランプの当選に影響を与えた.
- またこの暴力犯罪には謎が多い.多くの(社会科学者による)根本原因の指摘は間違っている.
- 格差も不況も犯罪の増減を説明できないのだ.そして対策プログラムはしばしば何の影響も与えないか,逆効果を生む.
- 今日は「社会科学の王族(royalty)」とでも形容すべき社会科学者アブトに話してもらう.アブトは最近アメリカの都市犯罪にエビデンスベースでどう対処すべきかを極めて合理的に解説した「Bleeding Out」を出版している.
アブトの講義「犯罪」
- まずエビデンスインフォームドポリシーについて説明しよう.これはデータ収集,リサーチ,プログラムを良く受け入れられている科学的手法に基づいて行うものだ.医療面ではブラインドテストなどの手続で知られる.これには客観性,正確性,一貫性,透明性のメリットがあるが,多くの分野では不十分で,すべての状況で使えるわけではない,コロナ問題のようにエビデンスがほとんどない場合もある.
- 私はこのエビデンスインフォームドポリシーという手法をチャーチルにちなんで「最悪の手法だ,ただしこれまでのすべての手法を除けばだが」と表現したい.
- さてでは都市犯罪にどう対処すべきか.本では私はこの問題をERにたとえている.脚を銃で撃たれた貧しくてギャングらしいアフリカ系アメリカ人がERに担ぎ込まれたとする.出血多量で既に失神している.どう対処すべきか. マイノリティに教育と職を与える運動を始めるべきか.犯罪を疑って警察に通報すべきか.
- しかしまずすべきは出血を止めることだ.物事の対処には順番があるのだ.私はトリアージ,診断,対処,展望というステージで説明したい.
<トリアージ>
- 殺人はアメリカに極めて高いコストを課している.これはあまり意識されていない.
- まずほかの先進国の7倍の殺人被害者(2018年で16000人超)がいて,銃で撃たれた者は25倍だ.
- 直接コスト(司法や医療)だけでなく間接コスト(被害者の家族や社会に与える影響,不動産価格の低下など)を含めると殺人1件あたりのコストは10~19百万ドルになる.そしてそれは銃,ギャング,ドラッグ,若者の都市犯罪が大半だ.
- 911以降のテロ被害者は400人程度,銃乱射事件の被害者は500人程度だが,殺人被害者は類型10万人以上なのだ.そしてこのコストは特にアフリカ系の貧困層を直撃している.アフリカ系はアメリカ人の13%だが犯罪被害者の50%を占める
- そしてコミュニティへの影響も甚大だ.これは貧しいアフリカ系の子どもにとっては人生のチャンスの大幅な低下になっており,影響はシビアだ.
- よくある説明は人種差別→住居地域分断→貧困の集中→犯罪多発だが.逆方向の因果もある.
- だからまずこの都市犯罪に対処すべきなのだ.これは最重要ということではなく,まずとにかく取り組むべき課題だということだ.
<診断>
- 都市犯罪はどのようなもので,どのような対策が有効なのか,私は1400以上のスタディをメタ分析した.その結果は3つにまとめられる
- 集中:都市犯罪はホットな人々,ホットな地区,ホットな行為態様に集中している.半数の都市犯罪は人口の0.06%の人々が引き起こし,4%の面積の場所で生じる.そして態様も違法銃所持,ギャング,ドラッグがらみに集中している.
- バランス:ヒトは報酬にも罰にも反応する.犯罪も同じで予防対策も厳罰対策もどちらも効果がある.しかし重要なのはどちらも用いることだ.片方で成功した都市はない.
- フェアネス:都市犯罪への対処の有効性には正統性が重要になる.それは手続の公平性,市民やコミュニティと当局の間の信頼,そして対策の有効性が要素になる.手続が不公正では信頼が生まれず,遵法意識もなくなり犯罪が多発する.そして犯罪が多くなると扱いがぞんざいになり有害なサイクルが生じる.このサイクルを逆転させる必要がある.それは手続の公平性から始めることができる.
<対処>
本では10の戦略を提示した.今日は2つだけ話そう.
- フォーカスした抑止戦術:ハイリスクの個人やグループを特定し,(癒着を避けるために)担当人事を流動化させ,報償と罰について直接コミュニケートし,実績をフォローする.対策の効果量は大きく,分析では0.383(特にグループ犯罪では0.657)ある.
- ホットスポットポリシング:多発地域について重点的にパトロール,身体検査を行う.効果量は0.184だ.
<展望>
- これらを組み合わせて対処していくことが望ましい.私の提案は現行法のままで対処でき,特になんらかの行政組織を作ることも必要ない.コストも小さい.フォーカス,バランス.フェアにやっていくだけだ.
- 私の試算では9億ドル程度をかけて40都市で展開すれば殺人を年間12000人程度減らすことができる.これはコストを1200億ドル節約できることになるのだ.都市犯罪は最も重大な問題で,解決可能なのだ.やるべきだ.
ピンカーとの質疑
- ピンカー:アメリカで1960年代から犯罪率が上昇しているが,原因についてはどう考えているか
- アブト:これは多くの学者が検討して結論が出ていない.私に何か特別なアイデアがあるわけでもない.おそらく多くの要因が絡んでいるのだろう.私としては地方政府のガバナンスの要因に注目している.
- ピンカー:1990年代の減少についてはどう考えるか
- アブト:これも多要因だろう.私はドラッグマーケットの構造変化という説明に注目している.またデモグラフィック,年齢構成,経済状況も関係しているだろう.ただ収監率だけはほとんど影響がないようだ.
- ピンカー:殺人の多さの先進国内でのアメリカの異常性についてはどう思うか.アメリカのガバナンスがエリート偏重だからだという説もあるがどうか
- アブト:そこもおそらく複雑に要因が絡んでいるだろう.ガバナンスの影響についてはラテンアメリカとの比較が役に立つ.確かに政府組織が弱いと犯罪は多い.アメリカについては,諸先進国と比べて特に暴力的ということはないと思う.しかし致死率が高い,それは銃の問題が関係している.銃についていえば,現在の政治状況では減らす方向に向かわせるのは難しい.そして今提案されているような銃規制は都市犯罪にはあまり影響を与えないだろう.ほとんどの犯罪は既に彼等が大量に持っている違法な銃で行われているからだ .
- ピンカー:今日の話は都市のギャング間抗争のような犯罪に集中している.駐車スペースをめぐる殺人とか,家族間の殺人は介入効果が低いということか
- アブト:殺人の分類としてはコミュニティの殺人と家族,パートナー間の殺人という分類がいいと思う.駐車スペースなどをめぐる若い男性間の殺人はコミュニティの方に入るだろう.家族間やパートナー間の殺人は確かに安定している.しかしアメリカで圧倒的に多いのは都市犯罪を含むコミュニティのものだ.
- ピンカー:米国内の地域差,年齢差,性別差についてはどうか
- アブト:リージョナルな差についてはあまり詳しくない.ただ都市犯罪に限っていうと地域間の差はあまりない.年齢性別についていうと若い男性が多いのは確かだ.しかしそれより重要なのは人種差別や貧困との絡みだろう
- ピンカー:南部の名誉の文化との関連についてはどうか
- アブト:これは面白い問題だと思っている.しかし都市犯罪に限っていうと,(北部の都市でも)トリビアな侮蔑はしばしば殺人に発展する.彼等にとって侮蔑を許さないことは非常に重要なのだ.これにも介入が可能だ.コロンビアはかつてこの側面が非常に強かったが,政府がきちんと機能するようになって緩和している.
最後にアブトはピンカーの本のファンであり,ヒトの進歩に向かう能力を信じていること,重大な問題へのチープで効果的な解決策があるのだから,是非実現させるべきだと思っていることを述べて終了した.