From Darwin to Derrida その12

生物個体内の遺伝要素間コンフリクト.真核生物の生殖細胞と体細胞,キメラの問題を取り扱った後,ヘイグは核の存在がどのような問題と関連するのかを語る.
  

核の要塞

 

  • 複製の速度により単一のオリジナルからのDNAがどこまで増えられるのかが決まる.E. coliの染色体は40分に1回複製が起こる.もしヒトのDNAがこれと同じように単一の環状染色体であれば,同様に複製するのに1ヶ月かかるだろう.ヒトやその他の真核生物はオリジナルを複数にすることでこの問題を回避している.これによりゲノムのある部分がその他の部分より速く複製するというリスクは増える.なぜなら配偶子の接合と減数分裂がならず者エレメントに新たなゲノムに入り込む可能性を与えるからだ.だから真核生物はこれを防ぐための洗練された仕組みを持つことが期待される.

 
まず真核生物は複雑なため(そしておそらく様々なコンフリクトの結果として)DNAが(原核生物より)長い.これを素速く複製するために特有のコンフリクト脆弱性が生まれる.そしてそれに対してセキュリティが構築されていることになる.
 

  • この複製セキュリティにかかる仕組みが2つある.1つ目は核内での遺伝物質の複製と細胞質内でのタンパク質合成を分離していることだ.大きな分子の核への出入りは核膜孔複合体によってコントロールされている.タンパク質が核内に潜り込むには特定のシグナルが必要になる.
  • 2つ目は真核生物の細胞サイクルだ.複製は特別なSフェイズに限られている.DNAが複製するにはその前に複製許可因子を得なければならないが,これは1サイクルに1回限りしか得られない.起源認識複合体(ORC)はこれから生じる複製の場所をマークし,その近辺で転写が生じないようにする.これによりORC近辺の遺伝子がRNAを使って悪さするのを防いでいるのだ.

 
2つ目の仕組みはなかなか複雑だ.そもそもどのように進化したのかにも興味が持たれる.ヘイグはこれをめぐるコンフリクト状況とさらにそこに加えられたセキュリティの仕組みを具体的に説明している.
 

  • アカパンカビは1サイクルで2回以上複製しようとするエレメントに対する効果的な防衛を進化させた.もし半数体核の中で2回以上複製が生じるとコピーはメチル化により不活性化され,もはやオリジナルと同じと認識できなくなるまで繰り返し突然変異を生じさせる過程(RIP)に晒される.つまり他を出し抜いて多く複製しようとすればオリジナル共々コピーも皆ずたずたに変異させられるのだ.
  • 脊椎動物はDNAを活性化区域とメチル化による転写不活性化区域に分けている.ゲノムの不活性部分は,タンパク質をコードせず転写ミスや不均等交叉を起こしやすい単純な繰り返し配列を極めて多く含む.これはゲノム内パラサイトへの防衛なのかもしれない.まず多くの挿入は非重要な部分に入る.2番目に挿入された外来DNAは不活性化されやすい.そして3番目に挿入されたDNAは転写ミスや不均等交叉により破壊されやすい.

 
なかなか印象的だ.この節の最後でヘイグは注意書きを置いている.
 

  • (ここまで内部セキュリティを説明してきたが)真核生物への進化にかかる唯一の機能が内部セキュリティだったと考えるならば,それはミスリーディングだろう.エージェント達が異なる利害を持っていたとしても調和問題はある.大腸菌でタンパク質コード遺伝子は4000あり,ヒトなどの生物は2万を超えるだろう.真核生物の核膜やヒストンタンパク質,脊椎動物の染色体の大部分のメチル化は大規模ゲノムの転写ノイズの低減のための適応だとバードは議論している.コントロールとセキュリティーは同時に進化したのだろう.

 
真核生物内のコンフリクト,ここまではいわば前座になる,ここから減数分裂に絡む真打ち登場だ.