From Darwin to Derrida その37

 

第5章 しなやかなロボットとぎこちない遺伝子 その2

 
ドーキンスを浅く読んだ人達の「我々は遺伝子に操られている人形」というメタファーの問題点について,ヘイグは遺伝子という基礎ブロックのとりうる状態は限られているので,遺伝子が個体の一挙手一投足を操ることはできないという点を指摘した.
ではその限られた状態の中でどのようにロボットに指令を出すのか.まず遺伝子を含む自動機械がどのように情報をやりとりするかを考察する.
  

  • 自動機械はある環境がその自動機械の状態を変えるならその状態を「探知」できる.この環境には他の自動機械も含まれる.「コミュニケーション」は1つの自動機械(送り手)が他の自動機械(受け手)の状態を変えるときに生じる.受け手は送り手の変化を直接的(物理的接触など)あるいは間接的(送り手の変化が引き起こした環境変化の探知など)に探知する.遺伝子やタンパク質は送り手や受け手の役割を果たすことができる.それは細胞などの高いレベルの自動機械も同じだ.

 

  • 遺伝子はタンパク質自動機械構築のインストラクションをエンコードしているが,自身が自動機械でもある.遺伝子の状態は,転移ファクターやその他のタンパク質のバインディング,RNAや他のDNAとの相互作用,メチル化などの化学的変成により変化する.これらはどこでいつ遺伝子が発現するかを決める.
  • 遺伝子は(このように)現在の環境についての情報を持ち,さらに過去の環境についての情報も持っている.例えばインプリントされた遺伝子は自分が父方由来か母方由来かの情報を持つ.

 
遺伝子を自動機械とみると,それは情報をやりとりし,チューリングマシンのように得た情報により自分の状態を変えるということになる.このような解釈によるとインプリントされた遺伝子は自分が父方由来か母方由来かという情報によって自分の状態を変化させ,それによって個体への指令を変えているということになる.
 

  • よくある利己的な遺伝子への批判は「それは遺伝子に過剰にエージェンシーを与えている」というものだ.確かに遺伝子はすべてを知悉するホムンクルスではない.しかし戦略遺伝子の戦略的なオプションを過小評価するというのも誤りだ.

 

  • 遺伝子が世界を相互作用する主要なやり方はRNAトランススクリプトをつくり,その一部がタンパク質に翻訳されることによる.多くのタンパク質は複数の状態を取れ,単純な自動機械として働く.タンパク質の状態変化を引き起こすファクターはタンパク質が世界について何を「知っている」かだ.タンパク質は他のタンパク質と(そのタンパク質の状態変化を引き起こすことで)コミュニケートする.その機能的な状態のレパートリーは細胞内や細胞外の物質との相互作用による変形やタンパク質自身の化学的構造の変化だ.

 

  • 生物のほとんどのハウスキーピング機能はタンパク質によって担われている.遺伝子とタンパク質は同じように意識を持たないポリマーだが,私たちは進化的なアクターとしてなぜ遺伝子を重視するのか.それは遺伝子が非常に特別な自動機械だからだ.ドーキンス的にいえば,遺伝子はレプリケーターなのだ.彼等に生じた化学的変化はその子孫に伝わる.これに対してタンパク質はコピーされないので,その変化は伝達されない.情報遺伝子は生物を構築するために使われる遺伝的情報の進化的集積所の役割を果たす.情報遺伝子は生物体の構築を指示するが,物質遺伝子が生物体を操作するとは限らないのだ.

 
この最後の部分が遺伝子淘汰主義者がなぜ遺伝子を中心に物事を考察するかの核心ということになる.それはタンパク質に比べると単純な状態しか取れないが,しかし自分自身を複製することによってこれまで得た情報(そしてそれによる適応戦略)を次々に後の世代に伝えていくことができるという点で特別なのだ.