シノドス・トークラウンジ「進化政治学の可能性―ヒトの政治的行動の進化的基礎」

 
peatix.com
 
進化政治学に関するオンライントークイベントがあるというので参加してきた.先日「進化政治学と国際政治理論」を出版した政治学者の伊藤隆太が聞き手に回って,(ここでは進化政治学の日本における先駆者という位置づけで)長谷川眞理子と対談するという内容.聴衆はこれから進化的視点を取り入れようと考えている政治学,社会学の研究者が想定されており,そういう視点からの質問を伊藤が行い長谷川が答えるという形式になっている.

 
これは伊藤の本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2020/04/20/113326

 

趣旨説明

 
冒頭で伊藤から趣旨説明がある.

  • 進化政治学は英米で始まり,日本には遅れてようやく入ってきたという印象を抱かれる人もいるかもしれないが,実際にはいくつかの議論が10年以上前からなされている.その1つが参考論文としてあげている長谷川寿一・眞理子によるレヴァイアサン*1掲載の論文「政治の進化生物学的基礎--進化政治学の可能性」だ.

 
www.bokutakusha.com

 

  • 本日の聴衆には進化生物学や進化心理学に詳しくない人もいると思う.初歩的な部分も含めて私が上記論文の内容を前提とした質問を用意した.長谷川先生にそれに答えていただく形で進めたい.

 

質問1 政治的行動とは何か.進化的視点は進化政治学においてどのような役割を果たすのか.

 

  • 社会生活を送る動物はたくさんいる.ここで社会というのは集団を作っているだけではなく,それに属することがその種の個体が生存繁殖していくために必要であるものを指す.そしてそのような社会の中では個体の利益と社会全体の利益はしばしば相反する.そしてそれをどう調整するかが必ず出てくる問題になる.
  • この調整については様々な進化が生じている.この中でヒトは言語,概念,他者操作に秀でるなどの特徴が有り,特殊な部分がある.
  • 政治的行動とはこの個体と社会全体の調整を行う行動ということになる.

 

質問2 進化論が社会科学のメタ理論となると主張されているが,メタ理論としてどのように役立つのか

 

  • 人文科学とはどのような学問か.私は理系なのでその空気とか作法とかわかっていないところがある.今総研大で学長をしているが,研究者の割合は理系が3/4,文系が1/4になっている.で,文系の先生とは時に話が合わないことがある.ただ感じるのは人文系の学問と理系の学問では世界を見る根底的な態度が異なるということだ.
  • 人文系の学問はヒトの行動,思考,文化産物を考察するものだ.しかしそれを生みだす脳について考察していない.
  • 脳は臓器であり,単なる汎用論理機械ではなく,進化的に淘汰された機能を持つ.だから脳の働き方には様々な特徴があり,バイアス,苦手な領域がある.それを考察するには進化はメタ理論として有用ということになる.

 

質問3 進化的に思考する意味として「由来,適応,多様性」を挙げているが,そこを説明してほしい

 

  • あの論文は2009年に書いたものだ.あのときから少し考えが進んだところがある.
  • 実はもう1つ重要なことがあると考えるようになった.脳の機能には,帯状回による情動の部分のほかに前頭葉による言語,抽象的論理,他者の心を読むなどの働きがある.後者は進化的には新しく付け加わり,情動を制御できるようになっている.
  • しかしこの制御は完璧ではない.こうした方がいいとわかっていてもできないことは一杯ある.この2つの機能がどのように関連するのかを理解するのがとても重要だ.
  • 情動の部分はほかの動物とつながる.しかし前頭葉認知の部分は新しく,それが言語や文化を通じてニッチ構築を行っている.ヒトの行動は自分がどのような文化に属していてそこではどのような行動がどのように評価されるかということに大きく左右される.文化はヒトにとって最も大切な環境であり,これはヒト特有だ.
  • 進化心理学が始まった頃のコスミデスたちもここはあまり考えていなかった.だから議論はユニバーサルに集中した.しかし今はこの文化によるニッチ構築の部分が重要だと多くの研究者が考えるようになっていると思う.

 

  • (伊藤)情動はハイトによる象,文化の影響はピンカーの暴力の議論をイメージすればいいか

 

  • (長谷川)そうだ.文化という環境はヒトによって同じではない.例えばトランプ支持者と反トランプ派では自分たちが属する社会や文化的な環境が違うのだ.ヒトの行動にとって周りの文化にどう対処するかがとても重要になる.
  • そして文化がどう創られてユニバーサルな情動とどうつながるのかが問題になる.ニッチ構築的に考察することが重要.

 

  • (伊藤)すべての文化が平和につながるわけではない.文化について価値中立的に評価すべきだと思うか

 

  • (長谷川)進化適応には時間がかかる.ホモ属になって200万年,サピエンスが生まれて30万年,出アフリカから7万年だ.しかし前頭葉の働きは素速い.文化はどんどん変わっていく.
  • この文化の分析は今後の課題だと思う.

 
ここで伊藤が挙げている本は以下のものになる.

暴力の人類史 上

暴力の人類史 上

暴力の人類史 下

暴力の人類史 下

 
私の書評・訳書情報
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20140622/1403404038
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20150127/1422355760
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20130109/1357741465

 

質問4 ヒトの進化的環境EEAについて説明してほしい.

 

  • EEAとはヒトの性質が進化してきた舞台はどういうものかという概念になる.
  • ホモ属になって200万年,サピエンスが生まれて30万年で,単一の環境として一般化はできない.現在ではヒトの特徴を作ったことに大きく効いた要素を抽出したものがEEAとされることが多い.
  • 要素を列挙すると.高栄養,高エネルギー食糧の雑食,学習依存の食糧獲得,学習結果と記憶の次世代への伝承,子どもが大人に依存する時期が長い(生活史),長寿命で世代間のリソースフローがある,性的分業,長期間続く男女の性的関係(ペアボンド),血縁非血縁を含む多人数による共同保育ということになる.

 

質問5 進化政治学の起源はどこか.スペンサーやEOウィルソンはどう評価されるのか

 

  • ヒトの行動や心理を進化的にリサーチしようとする試みがその起源であり,そのセンターとなったHBES(人間行動進化学会)は1988年の設立.設立当初の会長は包括適応度で有名なハミルトンだった.ハミルトン自身はあまりヒトをリサーチしていないが,重要だと考えていたようだ.
  • このHBESの中でいろいろな議論があり,政治も考えるべきだという流れになった.
  • ウィルソンは社会学に進化視点を入れようとしたという意味では重要な仕事をしたが,具体的にヒトの行動がどのような心理の上にあり,それがどのような適応なのかについてを深く考察していたわけではなかった.自意識や言語や概念や文化などの役割についても詰めて考えてはいなかった.
  • スペンサーについては今更議論する意味はないでしょう.現代物理の話をしているところにアリストテレスの目的論を持ち出すようなものだ.

 

  • (伊藤)そうはいっても進化視点を取り入れた議論を政治学や社会科学で行うと,今でもヒトラーやスペンサーが登場して批判される.それをどう論破するかは今でも参考になるのだが

 

  • (長谷川)(とりあわず)今更スペンサーを持ち出すのは意味ありませんよ.アリストテレスが「ものがなぜ落ちるのか」を聞かれて「それは下に向かう目的因があるからだ」と説明しているが,それを今物理学においてとやかく言って何になるのかというのと同じです.やめましょう.

 

質問6 チンパンジーとヒトの類似性について.ヒトの平和的傾向を強調したい論者はボノボを持ち出したがる.しかし普通比較はチンパンジーと行われ,ピンカーもチンパンジーの方が近いというようなことも言っている.このあたりはなぜか.

 

  • 遺伝子から分岐年代を推定するとヒトに最も近い類人猿はゴリラやオランウータンではなく,チンパンジーとボノボということになる.チンパンジーとボノボはヒトとの分岐後に分岐しているので,そういう意味ではヒトへの近さはチンパンジーとボノボで同じ.
  • ここでさらに様々な形質の相違からヒト・チンパンジー・ボノボの関係を分析すると,ボノボの方が派生的な特徴が多いという結果になる.つまりボノボはチンパンジー系統の中でかなり変わってきたものだということになる.この分析結果から見るとヒトと直接比較するのはチンパンジーの方が適当だということになる.

 

質問7 マキアベリアン仮説について説明してほしい.

 

  • 今思うに,現在ではマキアベリアン仮説に入れ込んでいる人は少ないと思う.マキアベリアン仮説とは知能の進化の淘汰圧が他個体への操作とそれを見破るところにあると主張するものだ.しかし考えてみるとこれは「嘘をついた方がいいのか」という結構高度な部分.
  • それよりも発信する情報が相手が受け取るときに,送信者の意図と受信者の意図はどうなっているかという相手の心を読むみたいなことの方が効いているのではないかと考えられるようになってきていると思う.これは要するに「社会脳仮説」ということになる.そしてこれはグループが大きくなると計算量がものすごく大きくなる.一旦始まるとどんどん高度になっていく.その中の途中でマキアベリアンのようなことも生じたのではないか.

 

質問8 タンザニアでチンパンジーの研究をされたことがあると聞いているが,そのときの話をお願いしたい

 

  • この話を始めると1時間や2時間では済まなくなります.まあアフリカは大変でした.
  • チンパンジーを観察したわけだが,なぜチンパンジーかといえばそれがヒトに一番近い動物だからということになる.ルーツとして共通するものがないかを見るわけだ.
  • しかし私は結局チンパンジーを好きになれなかった.あいつらは本当に洗練されていないというかなんというか.攻撃的だし,まあひどいんですよ.片方で結構頭がいい.しかしヒトが持っているような基本的な共感能力がないというか薄い.これがヒトとの共通祖先かと思うより,全然違う生き物だと思うことの方が多かった.
  • チンパンジーは肉食もする.でも専門の肉食動物ではないから殺戮用の牙も爪も持っていない.だから獲物の殺戮が本当に汚い.まだキーキー鳴いている動物を殴ったり囓ったり無理矢理殺す,引き裂いて食べる.そして子殺しもやる.それやこれやであまり感情移入できなかった.
  • アフリカのフィールドで良かったのは現地のアフリカの人々と生活を共にした経験だ.現在でも世界中の皆が現代的な文明生活を送っているわけではない.当時のフィールドでは(現代文明の生活インフラがほとんどない中で)人々は焼き畑的な農業と狩猟と漁労で暮らしていた.
  • そこでは文化文明とは何かということを考えさせられた.そして現地の人々と自分は同じ人間だと深く実感することができた.一緒に笑い,一緒に悲しんだ.片方でまあどうしてこの人たちはこんなに働かないんだとも感じたが.それがアフリカで得た一番のものだ.

 

質問9 チンパンジーは集団で殺し合うことが知られている.ランガムはこれはヒトの戦争に対する適応を考えるときに重要だとコメントしている.実際にフィールドで観察していかがでしたか.

 

  • 当時フィールドで隣接するMグループとKグループを観察した.Mが100頭ぐらいのグループで大人オスが11頭.Kは20頭ぐらいのグループで大人オス3頭だった.最初のうち襲撃はなかったが,Kの大人オスが2頭になった頃からMによる襲撃が始まった.この2頭のうち1頭は老衰で死亡,残り1頭は直接観察できなかったが姿を消した.
  • というわけでチンパンジーのグループ同士の闘争は結構ある.それと同時にグループ内のオス抗争による殺戮も多い.歴代のアルファの半分ぐらいがベータとガンマによって殺されている.これに子殺しがある.そして殺しをやるのはすべてオスだ.
  • チンパンジーはオス主導の社会なので,オスによる殺害が多く,その分メスが苦労しているという感じだ.
  • これに関しては2016年のネイチャーに載った哺乳類の同種殺の比較研究「The phylogenetic roots of human lethal violence」が重要だ.

www.nature.com

  • この論文では1024種の哺乳類の死亡における同種個体から殺される率を比較している.ヒトについては600ぐらいの様々な社会集団のデータが用いられている.これによると哺乳類の平均は0.3%.そして霊長類はこれに比べてはるかに高い.ヒトも2%と高く霊長類的だ.ヒトについては脳が大きくなって他個体の意図やコンフリクト状況が見やすくなっているという要素もあるだろう.

 

Q&A

 
(伊藤)まだ用意していた質問は残っているが残りの時間は参加者の皆様と長谷川先生の質疑応答に当てたい.

Q1 文化進化についてヘンリックの本を読んだが,それ以外の推薦書があったら教えてほしい,

 

  • ヘンリックはとてもいい研究者だと思う.本も良く書けていて面白い.文化進化だけでなくこれからはニッチ構築の理論が重要だと思う.これを扱った本があったはずだ.
  • 昨今の本をすべてフォローしているわけではないので自分で調べて読んでほしい.

 
ヘンリック本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2020/01/11/113010

文化がヒトを進化させた

文化がヒトを進化させた

 
ニッチ構築についての長谷川が挙げている本はこのことかと思われる.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20071227/1198717354

ニッチ構築―忘れられていた進化過程

ニッチ構築―忘れられていた進化過程


 

Q2 形質的特徴から分岐からの距離を推定するという手法に興味がある.収斂で同じ形質になることはどう扱われるのか

 

  • 分岐図と特徴の一覧からどの形質が祖先的でどの形質が派生的かを推定する統計的な手法がある.(派生的であれば収斂が推定されることになる)
  • 私がやっていた頃は理論も単純だったが,今では統計的な手法が随分進んでいて私も詳しくはわからない.この部分は専門家を信用している. 

 

Q3 統計的に推定するということだが,物理なら基本法則があって,仮説を元にしたシミュレーションをして,それに観察を当てはめていくとかなりの確度で物事がはっきりする.生物ではなかなかそこまではっきりしないのではないかと感じているが.

 

  • 統計的な手法が使われるのは最後の部分.この分野の研究で最も重要なのは問題を発見することだと思っている.
  • この場合(ヒトとは何かを考えるときに)ヒトに一番近いのがチンパンジーかどうかというのは本質的に重要ではない.それよりもヒトの進化においてなんらかの生物的な特徴が有るとして,そのうちどれがほかの生物と連続していて,どれが固有なのかが本質的で,それについての洞察が重要になる.
  • 洞察の後いろいろな議論があり,最後に統計的な検証ということになる.統計だけで物事が動くわけではない.
  • 私が45歳になるまでヒトに手を出さなかったのは,ヒトとはどういうものかについての自分の洞察の自信がなかったからだ.ヒトとはどういうものか,その次はそれがどのような進化を経てきたのかというところが重要になる.
  • もう1つ分析で重要なのはゲーム理論だ.ヒト社会のシステムでは異なる意思を持つエージェントが相互作用している.この分析にはゲーム理論が適している.
  • というわけもあって統計の細かいところは専門家を信用するというスタンスでやっている.

 

Q4 群れの定義は何か

 

  • 群れの定義はいろいろ定められるだろう.
  • ニホンザルなどのモンキー類に多いのは,まず母子の絆があって,次にメス同士の絆があるというパターンになる.メス同士が一緒にして暮らした方がエサ獲得などで有利になるからだ.この意味でモンキー類はメス社会になる.
  • チンパンジーでは一緒にいた方が有利になるのがオス同士になる.母子の次にオスの血縁個体の絆が強い.それがナワバリになる.そこにメスが入り込む形になっている.
  • 霊長類の社会は,まず母子の絆があり,それにメス同士やオス同士の絆の要素が加わり,さらに最後にオスメス間の関係の要素があるという3軸.
  • ではヒトはどうか.母子の絆はやはり最初にある.でもそれだけでは子育てできないので,ペアボンドを形成し,基本要素が父と母と子という家族になる.この家族の集合体が共同で暮らす.これが「我ら」という内集団になり「彼等」である外集団と対立する.何が「我ら」かというのは言語や文化で決まってくる.それは国家などのような大きな集団にまで拡張されることもあるが,すべてのメンバーをなんらかの形で知っているという関係を築けるのは100〜300人ぐらいの大きさが限界になる.

 

Q5 進化心理学についての推薦書はあるか.また社会生物学論争はオルコックの本の通りに社会生物学の勝利ということでいいのか

 

  • 日本語による進化心理学の教科書になるような本はきちんと整備されていないというのが実情.
  • 私が共著した「進化と人間行動」は改訂の作業が進んでいて,今年の6月には新版が出る予定だ.あと最近の本としては「進化心理学を学びたいあなたへ」がある.

 

  • いわゆる「氏か育ちか」論争は,なお社会科学者からの様々な意見が出ており,決着しているとはいえないだろう.このあたりの状況については安藤寿康さんがいろいろ本を出しているので読んでほしい.
  • オルコックの本は私が訳したものだが,あの時点ではそう考えて勝利宣言したのだろう.ただいまから振り返るとヒトのユニバーサルな本性という部分についてはその通りだが,そのうえになる言語や文化や論理という環境が与える影響というところまではたどりついてはいなかったと思う.ニッチ構築や文化進化の考え方を取り入れてこのあたりを分析していければ,もう一度「勝利」宣言できると思う.次の世代に期待したい.

 

進化と人間行動

進化と人間行動

 
後者についての私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2018/11/30/081619
 
安藤寿康の一連の行動遺伝学本.私の書評は(すべて書評しているわけではないが)https://shorebird.hatenablog.com/entry/20131121/1385028593  https://shorebird.hatenablog.com/entry/20111207/1323255527

遺伝マインド --遺伝子が織り成す行動と文化 (有斐閣Insight)

遺伝マインド --遺伝子が織り成す行動と文化 (有斐閣Insight)

  • 作者:安藤 寿康
  • 発売日: 2011/04/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
日本人の9割が知らない遺伝の真実 (SB新書)

日本人の9割が知らない遺伝の真実 (SB新書)


 
オルコック本.私は出版当時原書で読んだが,なかなか辛辣にグールドを批判していて面白かった.長谷川先生の訳書は入手困難になっているようだ.

The Triumph of Sociobiology

The Triumph of Sociobiology

  • 作者:Alcock, John
  • 発売日: 2003/05/01
  • メディア: ペーパーバック
  

Q6 外集団の敵を「信頼する」ことは理性で可能なのか

 

  • 内集団と外集団を分けて,外集団のメンバーを敵と認定する傾向がヒトにはある.そこで敵と認定した相手を信頼できるか.それは多分できる.
  • 参考になるのは共感についての研究だ.最近の研究結果によると共感には種類があるようだ.まず痛みの伝染がある.ここで自分が肉体的に痛いときと心理的につらいときでは脳の同じ部分,前部帯状回が活性化する.そして相手の肉体的痛みを自分の痛みのように感じるのはこの前部帯状回になる.しかし他人の心の痛みを自分の痛みのように感じるには前頭葉の働きが必要になる.
  • このことから考えると,敵と認定した相手の立場に立つには前頭葉の働きが重要だということになる.だからこれはとても難しい.ジェノサイドの研究によると,それが生じるときには自分と違う人達という認識が必ずある.この認識をどう阻止,誘導するかが重要になる.
  • 国家首脳同士の信頼ということを考えると,それは個人による部分も大きいだろう.
  • なぜこんなに難しいかという1つの理由は,このように多様な人達が身近にいて相互作用するようになったのが歴史的に新しいからだということもあるだろう.
  • 最近感じるのは現代ではいろいろなデータやデータ解析手法があるので,抽象的な問題をじっくり考え抜くということが減っているのではないかということだ.そういう意味では啓蒙主義時代の哲学者の方がより深く考察していたように思う.

 

Q7 先ほど哺乳類の同種殺比率の話が出たが,結局チンパンジーとヒトではどちらが大きいのか

 

  • ヒトは2%で哺乳類水準では高い.そしてチンパンジーも高いということだ(その場でははっきり答えず,明確な記憶がないので論文参照してほしいという趣旨か)
  • ヒトの暴力の進化的な見方については1980年代にいろいろ研究が進んだ.有名なのはキーリーの「War Before Civilization」という本だ.
  • ピンカーの本もいい.ピンカーは最初にHBESで出合った頃には単に進化に興味がある言語学者という風だったが,本当によく勉強して深くなった.

 

War Before Civilization

War Before Civilization

 
 
以上がオンラインイベントの概要になる.あまり進化政治学の話は出ずに,その基礎になる進化心理や人間行動生態について長谷川眞理子の見解を聞くという趣旨ということだった.ヒトを理解するためには文化についてニッチ構築という点からリサーチすることが重要だと力説するあたりは大変興味深かった.「進化と人間行動」が改訂予定というのも嬉しいニュースだった.楽しみだ.

*1:『レヴァイアサン』44号(2009年4月)ISBN978-4-8332-1160-4.