From Darwin to Derrida その57

 
 

第7章 自分自身の背中を掻く その3

 
インプリントされた父由来遺伝子は母由来遺伝子は異なる利益主体として個体内コンフリクトを引き起こす.この場合どのようにこのコンフリクトは解消されるのかについて,まずは片方に完全に決定権がある場合は決定権を持つ遺伝子の望むような発現が生じることになる.しかしそうではない場合はどうなるのか.例えば一連の発現過程の異なるプロセスで双方の遺伝子に決定権が分かれている場合はどうなるのだろうか.ヘイグは自らの論文も示しながら解説していくことになる.
 
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  • (この論文における)このモデルではある物質の産出について,父由来遺伝子がエンハンサーについて独占的決定権を持ち,母由来遺伝子がインヒビターについて独占的決定権を持つ状況を描いている.父由来遺伝子がエンハンサーを増加させ,母由来遺伝子がインヒビターを増加させて対抗し,これがスパイラル的に進む.そしてこのスパイラルはこれ以上の増加が両者にとって耐えがたいコストとなるところで止まる.進化的な平衡では両遺伝子座で「大声を出したものが勝つ」状態になり,全体として極めて大きなコストが発生する.

 
これは共進化過程でよく見られる軍拡競争パターンになる.森林では樹木が日光を争って競争し,どんどん背が高くなっていくが,コストが耐えがたくなるところで止まる.チータとガゼルの走行速度も同じことだ.しかし個体内であれば,一部の利害は共通しており,そこに(包括適応度的な)協力により妥協できる可能性があるとヘイグは指摘する.
 

  • これまで注意が払われてこなかったのは,母由来遺伝子と父由来遺伝子がそれぞれ妥協し,全体の進化的コストを避けるという可能性だ.
  • ここでボブがマディとパディを助ける機会が別々にあるとしよう.この2つの機会を別のものだと捉えるなら,ボブの父由来遺伝子にとってマディを助けることは包括適応度的に不利になり,母由来遺伝子にとってパディを助けるのも同じになる.その場合,この遺伝子たちが拒否権を持つならボブはパディもマディも助けることができない.
  • しかしこの2つの決断を一緒に考えることができるなら,取引により両遺伝子とも利益を得られる可能性がある.母由来遺伝子は父由来遺伝子に対して,「あなたがマディを助けることに同意するなら,私はパディを助けることに同意してもいい」と持ちかけることができる.この場合の取引の価値は両遺伝子にとって(1/2)B-2Cになる.だからB>4Cであれば両者の包括適応度はプラスになり取引は成立しうる.取引が信頼されうるものなら両者は取引に応じるだろう.
  • この上記の例の取引の成立条件は,両遺伝子が自分の由来に無知である場合の包括適応度的条件(B>4C)と一致する.これはこの例が父方と母方に対して対称的に作られており,両遺伝子は取引を応諾するか拒否するしかないという前提があるからだ.

 
妥協が成立するなら,そして条件が双方遺伝子にとって対称的であるなら,妥協条件は無知のベールがある場合,つまりインプリントがない場合と同様になる.では条件が非対称ならどうなるのか,ヘイグの考察は続く.