From Darwin to Derrida その61

 
 

第8章 自身とは何か その1

 
ヘイグの「ダーウィンからデリダへ」の第8章はアダム・スミスの「道徳感情論」を扱ったやや独立性の強い章になっている.そしてイメージの再帰性が深く議論されていて難解だ(私の理解と要約もいろいろ間違っているかもしれない).まずはこの章がどのような経緯で書かれたものかが説明されている.
 

The Theory of Moral Sentiment : 6th edition (English Edition)

The Theory of Moral Sentiment : 6th edition (English Edition)

  • 作者:Smith, Adam
  • 発売日: 2020/05/14
  • メディア: Kindle版
 
 

  • 本章は元々アダム・スミスの「道徳感情論」出版250周年とダーウィンの「種の起源」出版150周年を記念するエッセイが元になっている.そしてそれは21世紀のダーウィニアンが18世紀のアダム・スミスを再読したことにより触発された感情,理性,道徳についての考えが含まれている.
  • スミスは道徳感情についての議論の中心に「sympathy」という概念をおいている.この「sympathy」概念は,私たちが自分自身を他者の立場において他者を理解すること,自分自身の行動を偏見のない第三者の立場から評価することというものだ.私たちの「sympathy」能力は,自分の意思の制御を越えた反射的自動的なものであり,同時に他者と自分と他者の関係を内省的に熟考するものでもある.

 
現代的には「sympathy」は「同情」と訳されることが多いが,スミスは「共感」に近い意味で用いている.このあたりをうまく日本語に直すのは私の能力を超えるので,ここでは「sympathy」そのままを用いることにしたい.

  • スミスの文章は複数の視点を用い,能動態と受動態を使い分け,時に親密に時に冷徹に語っていてこの主題にマッチしている.そこには真面目な愉快さと愉快な真面目さのリズムがあり,それは読者の心そして私の心に響く.「道徳感情論」は単に「sympathy」についての本ではなく,読者に「sympathetic」な反応を生じさせる本だ.

 
ここからが内容の予告になる.

  • 私のエッセイは道徳感情についてダーウィンとスミスの洞察を統合して説明しようと試みたものだ.それは3セクション構成になっており,ここでもそれを踏襲する.第1部は個人の行動ガイドの複数性を扱い,それには本能,理性,文化が含まれる.さらにそこではなぜ我々はこのように行動するのかが扱われる.第2部は私たちのセルフイメージについての異なる種類の内省を扱う.第3部ではそこまでの議論を用いて道徳能力を考える.私たちの道徳的選択は異なる目的を持つ異なる実体のコンフリクトするアジェンダの結合から生まれてくるのだ.私はここで,私たちが自分の視点と他者の視点をフリップさせ異なる内的行動の源泉の間の和解と調停を探ることにより,道徳的責任の所在と自分自身という感覚が現れると示唆するつもりだ.
  • 「sympathy」について考えると,私の心は向かい合った鏡のメタファーにとらわれる.私たちは他者の視点から自分を見,その他者はまた私たちの視点から見られている.この反射(reflection:内省,熟考という意味もある)の繰り返しというテーマに沿って話を進めるために,私はエッセイに再帰的な構造を持ち込んだ.テキストは常にそれ自身に反射するように書かれている.
  • アダム・スミスの「sympathy」についての文章を書くにあたって,私はテキストを完璧に明晰なものにしようとはしなかった.あるテキストがスミスの言なのか私の言なのかは曖昧になっている.このような文体は,個人とその視点の境界が曖昧になるようなトピックを書くにふさわしいと思ったのだ.私の考えがスミスのそれと最も離れるのは,「sympathy」が時に利己的な目的のために相手の操作や搾取につながるという部分だ.おそらくスミスは「sympathy」をそのような道具として使うことを想定していなかっただろう,あるいは彼は私より創造の恵みを信じていたのかもしれない.

 
そしてここでは本章の文章が意図的に曖昧で難解なものであることが説明されている.英語が母語でない読者にとってはいかにもハードルが高そうだ.誤解や遭難を恐れずに少しずつ読んでいくこととしたい.
 
道徳感情論は現在講談社学術文庫と岩波文庫で入手可能だ.

道徳感情論 (講談社学術文庫)

道徳感情論 (講談社学術文庫)

道徳感情論 上 (岩波文庫)

道徳感情論 上 (岩波文庫)

道徳感情論〈下〉 (岩波文庫 白 105-7)

道徳感情論〈下〉 (岩波文庫 白 105-7)