Animal Behavior 11th edition Chapter 14 その3

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第14章 ヒトの行動 その3

 
ヒトの行動についての第14章.コミュニケーションの問題としてまず言語の進化史の問題が議論された.続いて言語を可能にする神経的なメカニズムが議論される.
  

言語の神経生理学

 
ここでは言語に関連する脳部位(ブローカ野やウェルニッケ野など)とその相互作用,言語学習の臨界期と脳発達の関連,様々な関連遺伝子の発現について,現在わかっていることが解説されている.また前節からの流れでFOXP2遺伝子の脳における発現,それ以外の神経メカニズムの話題にも触れている.
 

  • ヒトの言語能力の発達過程には強い淘汰圧がかかり続けているだろう.実際にFOXP2遺伝子に(有害な)変異の持つヒトは稀だ.そしてそのような稀な変異を持つヒトの脳のfMRIの結果は,それにはブローカ野だけでなく発話に関連する様々な神経回路部位に正常と異なる活性があることを示している.動物実験の結果からもFOXP2遺伝子が脳の様々な部位で発現すること,ヒトの有害変異を同じ変異をFOXP2遺伝子に持つマウスは発話障害に対応する症状を示すことがわかっている.
  • FOXP2遺伝子などの遺伝子発現以外の脳の要素が言語スキルに影響することがわかっている.例えば視覚刺激は(発話相手の口の形の情報を通して)声の分析認知に影響を与える.私たちの脳は言語に関しては聴覚と視覚を統合して運用しているようだ.実際に赤ちゃんは(バブバブなどの喃語をはじめる時期である)6ヶ月になると発話相手の目から唇に注意を移すようになる.そして単語を発話する時期にはまた相手の目を見るようになる.この唇を読むときに活性を示す脳部位は手やボディの動きを見るときに活性する部位と異なっている.

 
至近的なメカニズムの後で言語の究極因が議論される.このあたりにも統合的なアプローチを目指す本書の特徴が出ている.
 

言語の適応価

 

  • 複雑な発話や言語の理解を可能にする脳を作り上げた淘汰圧は何だったのだろうか.
  • 祖先環境で言語を持つ方が有利だったことを想像するのは難しくない.例えば既に見たように言語は道具製作を容易にし,狩猟効率を上げただろう.しかし同時に言語を可能にする神経基盤は(脳の代謝コストという意味で)非常にコストがかかることに注意が必要だ.言語の適応価はこのコスト以上のものでなければならない.
  • 発話能力による潜在的利益には様々なものが考えられる.食糧の獲得や分配,配偶者獲得,子育て,その他諸々とある.それに加えて自分たちの文化や環境の有用な情報を子孫や血縁者や互恵的関係にある相手に伝えることも大きな利益につながっただろう.
  • また脳の代謝以外の発話のコストも考える必要がある.例えば私たちは他人の噂話を好むが,このようにして得られる情報がすべて正しい,あるいは有用であるとは限らない.言語は騙しや操作にも使われうるのだ.
  • ここでいくつかの潜在的な適応的機能について考えてみよう.

 
言語の適応価を議論するに当たって,まず行動生態学的な注意事項があらためて述べられている.言語があると有利そうな場面は多いが,コストも考えなければならないというのは行動生態学的には当然のことになる.また言語で伝えられる情報は正しいとは限らないことにも触れられている.
ただこの序論部分では言語の究極因をめぐる真に興味深い問題には触れていない.それは情報が正しいとは限らないこととの関連で,そもそも簡単にうそをつける信号システムがなぜ進化できたのか(発信者が相手を操作しようとするなら,相手は基本的に信号を無視すべきことになるのにそうなっていないのはなぜか)という問題だ.情報交換が有用だったとする論者はしばしばこの問題を見逃している.この序論部分でこれを提示してから個別の仮説に進むほうが良かったような気がするところだ.