Animal Behavior 11th edition Chapter 14 その13

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第14章 ヒトの行動 その13

 
ヒトにおける性的コンフリクト.同性間のコンフリクトに簡単に触れたあとで,男女の間のコンフリクトがどのように生じるかが語られた.続いてコンフリクトが作り出すさまざまな問題を見ていくことになる.
 

ヒトにおける極端な性的コンフリクト:一夫多妻と浮気
  • ヒトにおける性的コンフリクトの1つの特徴は騙しが生じることだ.男性はセックスに持ち込むために自分の愛情を誇張し,女性は男性からリソースを引き出すためにじらす.

 
確かにヒトにおいてはほかの動物よりも社会的認知機能が発達しているので,コンフリクトにおいて相手をだまして操作しようとするのが一つの特徴になるだろう.そして配偶者選好の違いがだましの中身の性差とつながるということになる.
 

  • 配偶相手の数への好みの差はこの手のコンフリクトの元になる.一夫一妻の男性より一夫多妻の男性の方が子どもの数は多くなるだろう.だから歴史的に一夫多妻はリソースを豊富に持つ男性の選択肢になってきた.これは産業化以前の社会の80%で一夫多妻が禁じられていることからも(つまり禁止が必要になるような実情があるという意味で)裏付けられる.しかし一夫多妻はヒト社会で多数派にはならなかった.産業化以前の社会で(同時に)2人以上の妻を娶っている男性の比率は平均12%程度だ.

 
一夫多妻かどうかという問題自体はヒトの配偶システムの話であり,直接コンフリクトの話ではない.それぞれの配偶システムにそれぞれのコンフリクトが生じうる.ここで著者たちは男性が一夫多妻を好むことがコンフリクトを生じさせるかという問題,あるいは一夫多妻(男性が浮気をする場合を含む)は女性のどのような負担を強いるのかを取り上げる.
 

  • では一夫多妻になっている女性の適応度はどうなるのだろうか.一夫多妻の女性は,男性のリソースが別の妻のところに流出するリスクを負う.19世紀のユタ州のモルモン教徒のリサーチでは一夫一妻となっている女性より多妻になっている女性の方が適応度が低かった(ヒースとハードリー1998).
  • また男性の浮気も妻の適応度を下げ,男性の適応度を上げる(特に子どもを「寝取られ男」が育ててくれたなら適応度が高くなる)行動になる.アメリカでは既婚者の浮気の頻度は20~50%と推測されている.
  • しかし浮気には自分の子どもへのリソース投下が希薄化するリスクもある.これをボリビアのチマネ族で調べたリサーチがある(ウィンキングほか2007).男性は自分の子の数が多く希薄化リスクが大きいときには浮気を控えていた.

 
浮気の男性側のコストというと普通は,妻に愛想を尽かされる結果の繁殖成功の低下が思い浮かぶが,ここでは子育て投資の希薄化が取り上げられている.しかし希薄化効果が浮気による子どもの数の増加を打ち消すほど強いのかについては疑問に感じる.
 

  • 男性にとっての多妻と浮気の潜在的利益は夫と妻の間のコンフリクトの可能性を上げる.しかし一部の女性は浮気に前向きだ.女性は浮気によってよい遺伝子を獲得可能だ.しかし実際の浮気による父性の不確実性は2%以下でそれほど大きくなく,女性がよい遺伝子を積極的に求めているという証拠はない.その代わり女性は追加リソースを求めているのかもしれない.さらに浮気で財産や地位のある男性と関係を持てれば,今の財産がなく地位の低い夫をすげ替えることができるかもしれない(配偶者スイッチ仮説).配偶者スイッチ仮説によると女性はパートナーの配偶価値を常に評価し直し,潜在的パートナーの配偶価値を常に値踏みしている.そうだとすると浮気は潜在的パートナーの評価の機会を与えてくれ,バックアップのパートナーを確保するという保険の機能を持つことになる.

 
ここは行動生態学ではおなじみの「メスにとっての複数オスとの交尾のメリットは何か」という問題だ.動物でよくある説明は良い遺伝子獲得,リソース獲得あたりだが,ヒトではどうかが問題になる.著者たちは良い遺伝子はありそうもないと棄却し,リソース獲得と配偶者スイッチの可能性を指摘している.
 
ここまでで,男性も女性もパートナー以外と浮気をする誘因を持つことが示された.すると双方ともそれへの対抗戦略を持つことが予想される.ここでは男性側の父性の不確実性への対応戦略,男女双方の配偶者防衛心理(つまり嫉妬)が解説される.
 

  • 配偶者が浮気に流れるかもしれないリスクを考えると,男性は(他の動物のオスと同じく)父性の確保のための性質を進化させただろう.配偶者防衛(警戒と時に暴力)は不貞を防ぐための男性の戦略になる.これに加えて男性は自分の子とされる子どもが自分に似ているかどうかを気にする.妻たちはこの夫の特別な興味に気づいており,(子どもが母親似であっても)しばしば子どもが夫にそっくりだと示唆する(アルヴェルニュ2007).また子どもと父親の類似度は父親からの投資量に影響する.
  • 男性と女性の間の性的コンフリクトのもう1つの帰結は性的な嫉妬心だ.しかし嫉妬の性質には男女で差がある.浮気は男性と女性に異なる種類の害を与えるからだ.夫を寝取られた妻はリソースへのアクセスを阻害される,だから女性の嫉妬心はリソース供給者の喪失に特化している.そしてそれは夫がほかの女性と愛情を持つ関係になったときに生じる.これに対して寝取られ夫は子どもの父性にリスクを負う.だから男性の嫉妬心は,父性の不確実を生む要因,つまり妻とほかの男性のセックスに集中する.この予測は男女にさまざまな浮気のシナリオを呈示して嫉妬心を感じるかどうかを聞くアンケート調査により通文化的に支持されている(デイリーほか1982,バスほか1992).

 
この嫉妬心の性差も勃興期の進化心理学が明らかにした有名な知見の一つになる.