書評 「花と動物の共進化をさぐる」

 
本書は種生物学会シリーズの最新刊.テーマは送粉をめぐる植物と動物の共進化になっており,特定の共生関係の研究事例が数多く収録されている.
 
第1章はこの分野の大御所で本書責任編集の川北篤による総論.植物と送粉者の関係とその特徴(送粉シンドローム含む)について解説されており,いろいろと興味深い記述がある.

  • 裸子植物は風媒という印象が強いが,ソテツやグネツムではほとんどの種が虫媒だ.(日本の)ソテツのオス器官は成熟時期に発熱し果物が発酵したような匂いを放ち,ケシキスイ類が送粉する.その他ソテツ類の送粉昆虫にはゾウムシ,オオキノコムシ,アザミウマなどが知られている.
  • グネツム属の一部ではオスの生殖器官に不稔の胚珠があり,それが甘い受粉滴を分泌し,これを舐めに来るメイガやシャクガが送粉する.
  • ハナバチ類はすべて幼虫が花粉を食べて成長し,多くの被子植物の送粉者となっている.その中でもマルハナバチは日本の野生植物にとって特に重要な送粉者となっている.
  • 多くの種類のハナバチを集めるより特定のハナバチとのみ共生関係を持つ方が効率的になる場合(花粉を消費されてしまう,受粉位置の正確性などの要因がある)も少なくない.少なくとも10科の被子植物で花から(蜜ではなく)油を分泌する性質が進化しており,油を集める習性を持つ一部のハナバチとの間に特異的な共生関係を成立させている.花油を集める習性はケアシハナバチ科とミツバチ科で独立に7回進化している.
  • ハマボウはシロオビキホリハナバチと特異的共生関係にあり,花蜜も花粉も豊富なのにほかのハナバチが訪花しない(理由はよくわかっていない).アオイ科の植物にはトゲや粘着物質でミツバチの訪花を防いでいるものがいるようだ.
  • ヨーロッパのウマノスズクサの一種は捕食者の餌食になったカメムシの匂いを放出し,息絶えたカメムシに産卵する習性を持つキモグリバエ科のハエを誘引し騙し送粉させる.ボルネオのランモドキ科の一種は糞のような匂いを出し,フンコロガシを誘引して騙し送粉させる.
  • ツルアダン属では花序を取り込む苞が果肉状になって色づき甘くなる.これが送粉者であるコウモリへの報酬になっている.
  • 南米のシタナガコウモリはアジアのオオコウモリと違って反響定位能力を失っておらず,これに送粉してもらう植物には花弁や花の近くの葉がパラボラのような凹型の形態を持ち反響定位しやすくなるようになっているものがある.
  • イチジクとイチジクコバチ,ユッカとユッカガ,コミカンソウとハナホソガの間には(互いに相手の存在なくしては生存できないような)絶対送粉共生が成立している.このような場合,送粉者が積極的に受粉を行ったり,一定以上の加害を避けるような行動が見られることがある.

 
第2章からは個別の研究,発見物語が続く.
 
第2章は日本のランにも騙し送粉を行わせているものがいることの発見物語.南日本から沖縄に分布するボウランの花にリュウキュウツヤハナムグリのオスが誘引され送粉を行っていること,誘引されるのは匂い物質に惹きつけられるからでそれがメスの性フェロモンであることを確かめる物語になっている.詳細がいろいろと楽しい.
 
第3章はテンナンショウ類の送粉様式について.テンナンショウ類の花(仏炎苞を含めた花序構造)は送粉昆虫をおびき寄せて閉じこめるトラップになっている.雄花の場合には脱出口があるが,受粉終了後は送粉者に用のない雌花には脱出口がなく文字通り死のトラップになっている.著者はテンナンショウ類であるユキモチソウの香りがキノコに似ていることからこれがキノコを餌とする送粉者を誘引するキノコ擬態ではないかと考えて研究を始める.そしてテンナンショウ類の送粉者や送粉様式がきわめて多様であることがわかってきたことが解説されている.
 
第4章は下向きに青い花を咲かせる一見ハナバチ媒の様に見えるツリガネニンジンがガ媒花とされていることに疑問を持ち深く調べてみた研究物語.調べてみると確かにヤガやツトガなどの夜行性のガが送粉しており,花の形態は下向きに飛び出した花柱がガの足がかりになるようになっていることがわかったというもの.著者はこれまでガ媒花の研究はスズメガが中心だったのでツリガネニンジンのような花は一見ガ媒花には見えなかったが,これはヤガやツトガなどの着地訪花性のガの送粉者としての重要性や花の形質進化が見過ごされていたことを示唆しているとコメントしている.
 
第5章は暗い赤色の花形質について.著者はアオキの観察データからこれがキノコバエ媒花であることを見つけ,暗い赤色の花形質はキノコバエ送粉シンドロームかもしれないと考える.そしてキノコバエ媒である5科7種の植物をつき止め,キノコバエ媒花の特徴(花の色は暗い赤だけでなく緑色も重要*1であり,形態的には露出した蜜線,蜜線と葯の距離の短さが重要になる)を整理し,キノコバエ送粉シンドローム仮説を提唱している.
 
第6章はサクラランの送粉者発見物語.南西諸島に分布し,白い鞠のような美しい花序を付けるサクラランの送粉者は何者か.著者は観察によりそれが(ガの一種である)オオトモエであり,花粉は塊のまま脚先で運ばれることを見つけ,サクラランの花序構造がそのような適応的形態として説明できることを解き明かす.
 
第7章は植物の盗蜜アリ排除機構の発見物語.アリと植物においては防衛共生や種子散布共生となっている事例がよく知られているが,送粉共生になっていることは稀だ.それは飛べないので長距離送粉できないこと,体表の抗生物質が花粉に悪影響を与えることが要因だと考えられている.であれば植物はアリが花を訪れることを避けようとするはずだ.これまでそのような植物としてはアリが忌避する匂いや粘液を放出する植物しか見つかっていなかったが,著者はツルニンジンが花弁の表面を滑りやすくしてアリが登れないようにしている仕組みを持っていることを見つける.ここではアリを使った歩行実験,盗蜜の悪影響を確かめる実験*2,電子顕微鏡による観察,同じ戦略をとるほかの植物の探索(コシノコバイモは見つかったがそれ以外は発見できていない*3)などが詳しく解説されている.
 
第8章は哺乳類媒花の送粉システム.著者は沖縄で大きな紫色の花を咲かせるマメ科のウジルカンダの送粉者が何なのか(多くのマメ科の花の送粉者はハチ類だが,この花はハチ媒花にしては大きすぎる)に興味を持ち,調べ始める.観察の結果それはクビワオオコウモリであることが明らかになった.ではオオコウモリがいないウジルカンダの分布域ではどうなっているのか.著者は大分ではニホンザルが,台湾ではクリハラリスが送粉していることを突き止める*4.そして送粉者の違いがもたらす送粉プロセスの違いが考察されている. 
 
第9章は島の植物の雌雄異株性と異型花柱性.
この章の記述はテーマが面白く,説明も詳細で読みごたえがある.まず植物の海洋島への進出に際しては(最初の侵入直後は他家受粉が難しいため)自家和合性がある方が有利と考えられるが,実際には雌雄異株植物の割合が高いと報告されていることに触れる.これはいったん侵入に成功した後に,海洋島では送粉者の不足から隣花(自家)受粉による近交弱勢が生じやすいからだと考えられると説明できる.しかしハワイでは(同じく自家受粉を避ける仕組みである)異型花柱性は少ないと報告されており,なぜかが問題になる.
そしてここからが著者の探索物語となる.まず小笠原でいくつかの雌雄異株性および異型花柱性植物を発見し,その中のボチョウジ属の植物を詳しく調べ,祖先植物の起源地からほかの大陸や海洋島に分布を広げてきた中でどのように繁殖様式を進化させたのかが考察されている.そこでは様々な地域で生じた異型花柱性から単型への崩壊,雌雄異株性への進化,異型花柱性への再進化の難しさなどの複雑なストーリーがその淘汰圧やメカニズムも含めて丁寧に解説されている.
 
第10章は植物と送粉共生者と防衛アリの間の相互作用について.第7章では盗蜜アリの排除がテーマだったが,本章ではアリと防衛共生しているようなアリ植物では植物とアリと送粉者の関係がどうなるのかがテーマになる.
著者はオオバギ属の植物を調べ,アリ防衛のメリットと送粉を両立させる戦略の多様性について詳しく解説してくれている.

  • 小苞葉が脱落する欠損型では風媒になっている.
  • 小苞用に花外蜜腺(アリを誘引するために葉や茎にある蜜腺)によく似た蜜腺を持つ蜜腺型ではそれに誘引されるハナバチやハナアブが送粉者になっている.この小苞用の蜜腺はアリ誘引用の蜜腺が転用されたと考えられる,
  • 小苞用が花全体を包み込むような形になっている被覆型ではアザミウマが送粉者となっている.かれらは生活史のほとんどをオオバギ属の花序で過ごす.この場合(ハチやアブのように飛んで逃げられないために)アリが送粉を妨げないかが問題になる.実験で調べるとアリは送粉を妨害していなかった.そしてさらに調べるとアザミウマがアリの忌避物質を分泌していることが明らかになった.これはアリから攻撃を受けにくい送粉者を利用するように進化したのだと考えられる.

 
また少し短い話がコラムとして4本掲載されている.植物と送粉者の紹介としてカギカズラと着地性訪花ガ,マツグミとメジロ,ママコナとマルハナバチおよびオオママコナとホウジャクを紹介する3本,そして異型花柱性の多様性についてのミニ解説となっている.
 
 
本書はこれまでの種生物学会シリーズと同じく,総説にくわえて研究物語が多く掲載されていて楽しい一冊に仕上がっている.登場する植物や昆虫の素晴らしいカラー写真がふんだんに掲載されているのがとくに魅力的だ.

*1:これはキノコバエを誘引するためというより必要以上に訪花者を呼ばないための形質である可能性もある

*2:ツルニンジンの花にアリを固定すると本来の送粉者であるスズメバチが後ずさって出ていってしまうことは観察できたが,定量的な繁殖成功への負の影響は確かめられなかったそうだ.研究の難しさの一端ということだろう

*3:送粉者の誘引とアリの忌避にトレードオフがあるためではないかと考察されている

*4:中国大陸ではさらに様々な哺乳類により送粉されている可能性があると考察されている