From Darwin to Derrida その109

 
 

第11章 正しき理由のために戦う その3

 
アリストテレスの多元的因果の説明は,近代において一元的因果論に置き換えられ,そこでは作用因と物質因のみが認められた.しかしヘイグは(超自然的な目的論ではなく)作用因と物質因から説明できる形相因と目的因は現代科学においても(特に進化生物学に)認められるべきだとする.そこには自然淘汰という再帰的な仕組みの存在が大きく意味を持つ.
そして再帰的なプロセスがある場合の因果の問題を詳しく解説する.

 

ニワトリと卵

 

  • 因果の連鎖を考えてみよう.A→B→C→D→E.ここまでは単純だ,しかしこれが過去未来にわたって無限に再帰的になるとどうなるだろうか.Ai-1→Bi-1→Ci-1→Di-1→Ei-1→Ai→Bi→Ci→Di→Ei→Ai+1→Bi+1→Ci+1→Di+1→Ei+1
  • それぞれのタイプに属するトークンは別のタイプのトークンの過去にも未来にも生じている.あるトークンは別のトークンの原因であるか結果であるかのどちらかだが,因果は絡み合っていて一般化や法則化するのは難しい.そしてこのような単純な線形因果ではなく多元的な因果ネットワークについても同じような議論ができる.
  • このような再帰的なプロセスにおいては,原因と結果についての「自明な」区別などというものはなくなりどこまでも不明瞭になる.物理的因果をさかのぼっていくとすでに説明したことに似たものに出会うことになる.卵がニワトリを生み,ニワトリが卵を産むのだ.遺伝子は表現型の原因であり,表現型はどの遺伝子が複製されるかの原因となる.アンプにフィードバックがかかっているときにどの音が入力でどの音が出力ということになるのだろうか.

 
あることAの原因が結果Bを生み,それが原因となってAに影響を与えると,原因と結果の区別は曖昧になる.そしてこれは遺伝子型と表現型に当てはまることになる.ヘイグは詳しく議論する.
 

  • 表現型効果(P)と遺伝型差異(G)をタイプと考えるなら,表現型効果(P)は遺伝型差異(G)の原因であり結果でもあることになる.Pi(下付き文字があるのはトークンであることを示す)の完全な因果的説明は,多くの過去のPと多くの過去のGを含み,Giの完全な因果的説明に類似しているだろう.
  • もしPi-1→Gi→Pi→Gi+1であるなら,PがGの原因であると考えるのか,結果であると考えるのかは好みの問題ということになる.
  • 分子生物学者はG→Pという議論を行う.その時に彼等は遺伝子の発現がどのように表現型を決めるのかを考えている.進化生物学者はP→Gという議論を行う.その時に彼等はなぜある遺伝子がある表現型効果を持っているのかを説明しようとしているのだ.しばしば前者の議論は問題なく受け入れられ,後者の議論は目的論的だとか非科学的だとかという非難を受ける.しかしこれは科学的説明における慣習のようなものだ.(分子生物学のセントラルドグマにもかかわらず)表現型は遺伝子型の作用因なのだ.

 
そしてそのような再帰的なプロセスの中で,分子生物学者は遺伝型がどのような仕組みで表現型を発現させるかの部分に注目し,進化生物学者は表現型が遺伝子頻度にどう影響を与えるかに注目するということになる.
 

  • あと2点指摘しておこう.第1に再帰的非平衡システムは熱力学的に開放系でなければならない.なぜなら閉鎖系では(エントロピーが増大するので)元の状態に戻れないからだ.第2に進化は遺伝的な再帰的不完全性を必要とする.なぜならそうでないと何も変わらないからだ.

 
この追加2点のうち最初の1点は熱力学の法則から導き出されるものだが,なぜここであえて指摘しているのかはわかりにくい.2点目は進化が進むには常に変異が供給される(突然変異が生じ続ける)必要があるという意味だと思われる.