From Darwin to Derrida その121

 
 

第11章 正しき理由のために戦う その15

自然淘汰はある遺伝子が同じ遺伝子座の別の遺伝子(アレル)との違いに基づいて選ばれるということが再帰的に繰り返される過程になる.するとその遺伝子の表現型はその遺伝子の発現による結果であると同時に,統計的にその遺伝子のために役に立つ目的でもあるということになる.ここからヘイグはマクスウェルの悪魔の議論から発想を得たと思われる3体の悪魔を登場させる.最初はダーウィンの悪魔だ.
 

ダーウィンの悪魔

(ダーウィンの)悪魔によってかかれた文学は,シェイクスピアやアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの文学が英語文法だけから理解できるわけではないのと同じく,物理法則はもちろんヌクレオチド言語文法だけから理解できるわけではない.

コリン・ピッテンドリヒ

https://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev.ph.55.030193.000313

 
この引用はコリン・ピッテンドリの論文からのものだ.ピッテンドリは体内時計の研究で知られる生物学者になる.
 

  • ニワトリは,卵を食べて別の卵を産むことによって,卵を元の状態に戻すことができる(グレゴリー:Mind in Science).

  • マクスウェルは区画間の物質の移動を分子単位で選別して無秩序から秩序を生み出す悪魔を想像した.選別はランダムから仕事を抽出できる.
  • ロケットは硬い筒状のもので片方が開いている.これにより爆発による乱れた分子の動きを一方向に流して推進力を得る.乱暴にいうと筒の閉じた端面はそれに直交する分子のモメンタムを「選んで」ロケットに推進力として伝え,開いた端面は逆方向のモメンタムを「捨てて」いることになる.ロケットエンジンは淘汰的環境であり,そこで乱れた分子セットの中から動きのそろった分子が選ばれることになる.シリンダーとピストンも同じだ.
  • 生命体というのは,自分で燃料を作りエントロピーを外に捨てる,自己組み立て能力のあるエンジンだ.それは食料が仕事に変えられる淘汰環境でもある.

 
気体分子を選別するマクスウェルの悪魔に対して,ダーウィンの悪魔は遺伝子を選別することになる.マクスウェルの悪魔は存在しない(これは熱力学の法則に反するから存在できないのではなく,事実上そのような装置は作れないことから来る.もしマクスウェルの悪魔のような装置が存在したとしても気体分子を選り分けることによるエントロピーの低減分が悪魔の情報処理装置の中のエントロピーの増加分になるから熱力学の法則には反しないのだとどこかで読んだことがある)が,ダーウィンの悪魔は自然淘汰として実際に働いているわけだ.
 

  • サブセット淘汰(subset selection)は意味論的エンジンだ.一部が選ばれ残りが捨てられるプロセスを考えてみよう.選択が選ばれるものの性質に関係ない基準で行われるならそれはランダムだ.しかしそうでない場合は,選ばれたものと捨てられたものを調べれば選択基準についての情報を得ることができる.それらはバイアスのある標本になる.片方を「適応的」,もう片方を「非適応的」と呼ぶことができる.
  • 風は重みという基準を用いて籾殻と小麦を選り分けることができる.鳥は薮の中からおいしい果実をついばみ,その選択基準は食べられた果実と食べられなかった果実に反映される.男は妻を選び,妻と(妻にすることが可能でかつ)選ばなかった女性を比較すれば,彼の好みを推測することができる.
  • 自然淘汰はサブセット淘汰とは異なる,なぜなら子孫は親の一部(サブセット)ではなく新しいエンティティだからといわれてきた.しかし新しい世代の遺伝子は現世代の遺伝子のサブセットだ.だから自然淘汰も,それをヴィークルでなく遺伝子視点で見るなら,あるいはテキストでなく意味でみるならサブセット淘汰とみることができる.環境は表現型の一部(サブセット)を親として選び,それは遺伝子のサブセットを選んでいるのだ.
  • 突然変異は直近に選ばれた近辺へのランダムなあてずっぽ(random guesses)だ.突然変異は過去の選択についての意味論的情報を劣化させ,将来の選択のエントロピーを上げる.淘汰と突然変異のバランスがとれている場合には,移り変わりやすい複製子の再帰的な淘汰は意味論的情報を増加させ,選択基準への適合を洗練させることができる.


サブセット淘汰かどうかのこだわりの背景はよくわからない.いろいろ論争があったのだろう.否定論の参照としてプライスの論文が上げられている.
www.sciencedirect.com

ヘイグの意味論的エンジンとしての自然淘汰解釈はいろいろと興味深い.最後にエントロピーの議論に発展するところはマクスウェルに対する敬意の表明だろうか.