From Darwin to Derrida その134

 

幕間 その5

 
機能をそのオリジナルなものにこだわるという(グールドの主張に見られる)姿勢は好古趣味としてはいいかもしれないが,現在の状況を説明するには不向きだというヘイグの主張.言語学的蘊蓄から生物学的な例(バジルの香油と栽培育種)まで挙げてきた.ここからヘイグは生物学の中の(あるいは生物学の哲学の)論争を扱っていく.
 

  • 「機能」という語は異なる物語で異なる意味で使われている.20世紀の「機能的形態学者」たちは目的方向性を排除することを意図した機能の概念を発達させた.彼等のリサーチプログラムは,ダーウィンのいうバネ,車輪,滑車のメカニカルな側面に強く影響されていたが,そのメカニカルな部品がどのように使われているかということにはほとんど興味を示さなかった.それはダーウィン的目的を欠いたベーコン的機能だった.

 
目的方向性のない機能というものが果たして成り立つのか,最初に読むとちょっと疑問を感じる.ヘイグはもちろん形態学者たちがどのように使っているのかの例を挙げてくれる.
 

  • ウォルター・ボックとゲルド・フォン・ヴァレルトはこの伝統をよく体現している.彼等は機能の定義として「目的やデザインをいっさい思い起こさせない」ものを使うように主張した.機能の特徴は「その動きとどのようにして働くのか」であり,「その形態から生じる全ての物理的化学的性質」を含むというのだ.心臓の機能には血液の運搬だけでなくその心音も含まれた.形態と機能は物理的特徴の相補的な様相だとされた.
  • このような形式主義においては,ある特徴の機能は単純な全ての効果であり,その特徴が果たす生物学的役割は考慮されない.すると「ウサギの脚は歩行,走行などの移動の機能を持つ.しかし捕食者から逃れる,採餌場所に行くというような生物学的役割は機能に含まれない」ということになる.

 
https://www.jstor.org/stable/2406439https://www.jstor.org/stable/2406439

 
参照されているウォルター・ボックとゲルド・フォン・ヴァレルトの論文「Adaptation and the Form-Function Complex」は1965年の「Evolution」誌に掲載されたものだ.ウォルター・ボックは著名な進化生物学者で鳥類学者,ヴァレルトについては初見だったが,調べてみるとドイツの魚類学者*1のようだ.
ある形質が生じさせる全ての物理的化学的性質を「機能:function」と呼ぶのはもはや用語の選択がおかしいのではないかという気もするが,論文の題にあるように彼等の議論は「適応」に関するものであり,大まじめだったのだろう.
 

  • ロン・アムンドセンとジョージ・ローダーは「その利用において歴史的でも目的的でもない,因果的役割」概念を擁護した.彼等は機能的分析のゴールを「システムの構成要素の能力を使って」「システムの能力」を説明することにあると考えた.心臓の鼓動は単純でつまらない特徴だ.「科学者は機能的分析の価値があると感じる能力を選び,それがどのように達成されているのかをその構成要素から説明しようとする」.このような機能的な価値の基準により「機能的解剖学者は重要な生物学的役割を果たす複雑な統合システムを分析しようとする」.例えば解剖学者は硬骨魚の噛むことができる複雑な顎を分析するかもしれない.しかし「生物学的役割は分析の動機になっているかもしれないが,その役割についての知識は機能の分析自体になんの影響ももたらさない」のだ.生物学的目的の考察は,何を分析するかを決めるには使われるが,分析自体には使われないということになる.アムンドセンとローダーは,このようにして直感的価値観を用いて研究対象を決めることは認め,しかしその因果役割機能は目的論によって汚染されてはいないと誓うとしたのだ.

 
https://hilo.hawaii.edu/~ronald/pubs/1994-Function-Without-Purpose.pdf
 
アムンドセンとローダーの論文「Function without purpose: The uses of causal role function in evolutionary biology.」は1994年の「Biology & Philosophy」誌に掲載されたものになる.アムンドセンは哲学者で,こちらはばりばりの哲学論文のようだ.(ローダーはバイオメカニックスの領域でリサーチを行っている生物学者のようだ)
分析的な価値のところには目的的思考を認めておいて,しかし機能的な分析において頑なに目的を排除しようとする態度はもはや普通の感覚では理解しがたいという感想を抱かざるを得ない.

*1:ググってみるとヴィリ・ヘニックと同僚だったという記事が引っかかった