From Darwin to Derrida その165

 
ヘイグは意味を説明するために,リボザイムとリボスイッチの比較を行う.リボザイムはリガンドと結びついて触媒になるだけの「行動者」でありリボスイッチはリガンドと結びついて自分自身の発現を制御する「解釈者」であるとし,その制御が非常に精妙になりうることを示した.ここから更なる分子生物学の詳細が記述される.分子生物学にあまり詳しくない私にはなかなかハードルが高いが何とかついていこう.
 
 

第13章 意味の起源について その4

 

リボザイムとリボスイッチ その3

 

  • ビタミンBとされるビタミン群は,RNAの構成要素であるリボヌクレオチドと関係がある.そのためこれらは全ての生命過程に関連するタンパク質酵素にとって本質的な共同因子となる.これらはRNAワールドではリボザイムの共同因子だったのだろう.

 
まずRNAワールドではビタミンB群はRNAのリボザイムとしての働きに何らかの関与をしていたという推測がなされている.
 

  • リボスイッチの大きなクラスはチアミンピロリン酸(TPP)のアプタマーを持っている.TPPはチアミン(ビタミンB1)の生物学的な活性体だ.アプタマーは不安定な状態だが,TPPと結びつくと安定化する.この結びつきによるRNAエネルギー分布の変化は下流で遺伝子発現に影響を与えるプラットフォームの配座を変化させる.原核生物のTPPリボスイッチは転写や翻訳を直接調節するが,真核生物のTPPリボスイッチはmRNAのスプライシングを調節する.

 
ヘイグは明確に書いていないが,このビタミンBの関連物質がリガンドとなるリボザイムの存在が,同じような物質をリガンドとして用いるリボスイッチに転用されたというシナリオがあるのだろう.そのように転用されたある種のリボスイッチはビタミンB1の活性体であるTPPと結びつき,遺伝子発現の制御がなされる.原核生物では直接転写や翻訳が制御され,真核生物の場合はmRNAのスプライシングが制御されるということになる.
 

  • Escherichia coliのthiM酵素はチアゾールとATPとの結合部位を持つ.この酵素はリン酸をATPからチアゾールに移し,そこからTPPが合成されるチアゾールリン酸を作る.thiMをエンコードするthiM mRNAはTPPアプタマーを持つ.そこには反・反・シャイン・ダルガノ配列(SD配列)が含まれる.SD配列は翻訳開始の配列で,反・SD配列と結合していなければリボソームでの翻訳が開始する.だからTPPがないときの反・反・SD配列は反・SD配列と結合して,翻訳を進行させる.この反・反・SD配列がTPPと結合すると翻訳が抑制される.このような二重否定ロジックの存在は,ある分子の存在でオンオフするような「単純な」リボスイッチモデルでもより複雑な計算が可能であることを示唆している.

 
原核生物であるEscherichia coli(大腸菌)においてthiM mRNAには,TPPアプタマー部分があり,リボスイッチとして翻訳開始の信号を制御している.そしてその制御には二重否定ロジックが用いられている.これはあるリガンドがあるかないかでオンオフするより複雑な論理計算を使った制御ができることを示している.
 

  • 時に2つのリボスイッチが同時に働く.Bacillus clausiiのmetE mRNAはS-アデノシルメチオニン(SAM-e)とアデノシルコバルミン(ビタミンB12)のペアのリボスイッチを持っている.いずれのリボスイッチもリガンドと結合すれば転写を止める.つまり転写はSAMもビタミンB12もないときに進むのだ.この仕組みの生理的合理性は,metE酵素がSAMの前駆体であるメチオニンを作るのだが,このバクテリアがビタミンB12を共同因子としてより効率的にメチオニンを作る仕組みを持っていることで説明できる.つまりSAMもビタミンB12も不足しているときだけ(より効率の悪い)metE酵素によるメチオニン生成を行うのだ.

 
Bacillus clausiiとはグラム陽性桿菌に含まれる細菌の一種のようだ.この細菌のmetE mRNAには2つのリボスイッチがあり,両方がリガンドと結合したときのみ転写を止める.これは論理計算である「AND演算」が行えるということになる.
 
ここまでのリボスイッチの詳細をまとめると,要するにRNAリボスイッチは1つのアプタマーに2種類のリガンドをもって競合させたり,SD配列を使ったり,2種類のリボスイッチを使ったりして,(自然淘汰により進化した解釈者にふさわしい)様々な論理演算を行って制御ができるということを示したということになる.

なおここで参照されている論文は以下の通りだ.
 
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
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pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
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