From Darwin to Derrida その169

 

第13章 意味の起源について その7

 
ヘイグはRNAの遺伝暗号の組み合わせの数が膨大であることを提示し,そしてその配列1つ1つに対して可能な立体的な配座がやはり膨大にあることを示す.そして実際のRNAは有限時間で自己指令組み立てメカニズムにより低エネルギー状態に折り畳まれ,その膨大な可能性のうち極く一部の可能性が実現することになるが,そのメカニズムも淘汰産物だとする.
 

潜在性と現実性 その2

   

  • 極小のエネルギー障壁で隔てられたある配座から別の配座へはナノセカンドで転移が生じる.そのような短命の状態はミリセカンド単位の確率密度としてサンプルされる.あるいはナノセコンド単位の現実の状態はミリセコンド単位の潜在的状態の重ね合わせ(superpositions)としてあるとも表現できる.

 
折り畳まれたRNAも単一の配座に固定されるわけではなく,ナノセコンド単位で様々な転移が生じる.この最後の一文は難解だ.ミリセカンドの状態がナノセカンドの状態の重ね合わせとしてあるのではなく,その逆であるように書かれている.あるいはこのsuperpositionsは重ね合わせと訳すべきではないのかもしれない.
 

  • どちらのタイムスケールもRNAの機能に関連する.ナノセコンドの変動はリボザイムがその基質を発見して不安定な転移を安定化させ,化学反応がミリセカンドで進むことを可能にする.触媒のタイムスケールは基質「認識」(substrate “recognition”)のタイムスケールより長い.なぜなら触媒はより大きなエネルギー障壁を越えなければならず,そのような障壁を乗り換える熱変動が生じる頻度は小さいからだ.その他の配座ヘの転移はさらに高いエネルギー障壁により阻まれ,RNAの半減期のタイムスケールでも稀にしかサンプルされなくなる.

 
基質認識の認識がなぜ引用符で囲まれているのだろうか.擬人化表現だからか.しかしsubstrate recognitionは酵素の活性部位が特定の分子部位と結合する際に使われるかなり一般的な用語のようなので,よく分からないところだ.ともあれ酵素が基質と結合するのはナノセカンドのタイムスケールで生じて,その結果,何らかの化学反応が制御されるのだが,その制御はミリセカンドのタイムスケールで進むということになる.
 

  • エネルギー地形はその物体のアクセシビリティや安定性についてのある状態から別の状態への転移により変化する.それは分子の経験がその潜在的可能性の現実化に影響を与えるといってもいいかもしれない.そのような手法でリガンドはあるアプタマーを素早く移り変わる配座の集合からある1つの配座の安定化した状態に転移させる.安定化した配座のタイムスケールにおいては,1つの潜在的構造がリガンドの結びつきによって実現される.リガンドが配座を安定化させるとき,そのリガンドは配座を「選択」しているといえる.

 
リガンドがアプタマーと結びついてそのRNAについてある特定の配座群を実現させるとすると,リガンドはその配座を選択していることになるというのがヘイグの主張になる.ここで2つの論文が参照されている.

www.ncbi.nlm.nih.gov

www.nature.com

 

  • もしその安定化された配座がそのRNAの複製効率を上昇させるなら,その子孫配列は,祖先配列のリガンドに対する反応により「選択」されたといえる.メカニズム的にはリガンドが配座を選択するのだが,機能的には配列がそのリガンドへの反応により「選択」されるのだ.

 
ここでは「select」がイタリックになったりそうでなかったりしている(イタリックになっている部分を鍵括弧で示している).イタリックになっているのは自然淘汰を表しているということだろう.