From Darwin to Derrida その188

 
ヘイグは第14章において自由について語る.遺伝と経験はそれぞれ私たちを形作る.遺伝は劇場と俳優を用意するが,そこに脚本はない.そしてそこで私たちは遺伝子に直接コントロールされずに意思決定を行う.ヘイグはこの決定を行うもの,そして形相因であり作用因であり目的因であるものをアリストテレス的な「the soul(psuche):魂」と表現する.
   

第14章 自由の過去と将来について その10

  

  • 形相は単純に物質が組織化したものだ.魂は単純に形相の統合の特定のレベルだ.より複雑な生命の形相においては魂の獲得は漸進的であり,魂の喪失もおそらく漸進的だろう.

 
この「魂」は,(普通の言い方で表現すれば)システムとして機能している脳の部位ということになるだろう.脳が組織化され,機能し始めるのも,機能を停止するのも1か0かではなく漸進的だということになる.
 

  • 社会は魂の獲得についての異なる信念と死についての異なる定義とうまくやっていかなければならない.形相は死んだばかりの死体にも残っている,その一部は生きていてその形を保っている,しかし身体の統合は失われている.細胞の魂は身体の魂の死があっても生存しうると言っても良い.そのまだ生きている部分は移植手術を受ければ別の身体の一部となりその身体の魂を養うことができる.

 
私たちは,社会的には生(あるいは意識の獲得)と死を1か0かの不連続なものとして扱う.それは(もしかしたら何らかの適応的な理由で,あるいは全く副産物的な理由で)直感的にそう感じられるし,おそらく社会的にもその方が便利だからだ.しかし物理的に考えるとそれは連続的な過程に違いないということになる.このあたりの齟齬が引き起こす問題は様々なところで議論されることがあるものだ.中絶の是非をめぐるアメリカの政治的な議論もこのあたりに関係するだろう.
ここからヘイグは行動が自由なのか拘束されているかという問題に戻る.
 

  • 私たちが自分が自由かどうかを問うとき,通常私たちは自分の毎日の選択において自分の魂がコントロール下にあるかどうかを問うている.魂が外部の作用因により決められるというのはどういう意味になるだろうか.
  • 抽象的なレベルにおいては,私たちの魂は違いのキャンセラーとしてバスタブ効果を使い,違いの増幅装置としてバタフライ効果を使う.バスタブ効果は魂に望まない原因に乱されないことを可能にする.それらは私たちの魂を馬鹿げた運命の投石や弓矢から守ってくれる.バスタブはどこから水が入ったかには影響を受けない.バタフライ効果は私たちが関連する情報に敏感になることを可能にする.蝶の翅の一振りが,その表面のわずかなイオンの動きが,大きな違いを作る.それらはあるバスタブから別のバスタブに替えるためのミニマルな手段を用いる決定ポイントだ.
  • バスタブ効果とバタフライ効果は私たちの魂が世界にどう反応するかを決めるメカニズムなのだ.反応するかどうか,どのように反応するかは私たちの魂の構造によって決まる.もし私たちの過去が異なるものであったら,私たちは異なるやり方で反応するだろう.私たちは異なる魂を持つと言うことになる.

 
自由か拘束されているかという問題になぜバスタブ効果とバタフライ効果が出てくるのはちょっとわかりにくい.おそらく脳におけるわずかな状態の違いが大きな決定や行動の差となって現れるということがいいたいのだろう.行動の差が遺伝による大きな構造によって直接決まるのではなく,極く微小な状態の違いによって生まれるなら行動は遺伝に拘束されていないといえることになる.
 

  • 遺伝子は魂の詳細記述だ.それらはそれらのために決定を行う解釈者を造る情報だ.なされるべき選択はその詳細記述の一部ではない,なぜなら将来の出来事がどうなるかは予測できないからだ.提供されるのは選択するために使う道具だ.詳細記述には経験による修正可能性が含まれる(経験そのものは含まれない).
  • 魂の構造は,遺伝子に書き込まれた進化的歴史と,経験に対応し詳細記述を修正し魂をリモデルする発達の歴史により決定される.そしてこれらの歴史は歴史自体から部分的に自由な魂を作り上げる.魂は(外部的ではなく)内部的な目的(telos)なのだ.魂は自らの意思で自らを作り上げるのだ.

 
私たちが遺伝子の奴隷ではないというのは,ドーキンスが「利己的な遺伝子」において最後に強調していたことだ(そして実に多くの浅薄な批判者が読み飛ばしている(あるいはそもそもそこまで読んでいない)部分になる).基本的にヘイグのここでの記述はまずそれを確認し,さらに私たちは経験の奴隷でもないという趣旨を加えているということになる.つまり私たちは遺伝にも経験にも拘束されていない.進化史と経験履歴は目的因として働いて,環境条件に応じて調整された条件付き戦略を実行する意思決定システム(魂)を作り上げる.そしてそれは行動が拘束されているのではなく自由だということを示しているということになる.