From Darwin to Derrida その192

 
ヘイグは第14章において自由について語る.私たちは遺伝にも経験にも完全に拘束されず,意思決定は内的な目的(telos)を持つ「魂」が関与する.この魂は複雑な非線形システムであり,ヘイグはそれを生命の対位法の交響曲にたとえる.ここからちょっと語源的な蘊蓄が始まる.
   

第14章 自由の過去と将来について その14

 

  • 生命体(organism)の中の器官(organ)はどこから来たのか.ギリシア語のorganonは道具を意味する.それは「それを使って仕事をするもの」であり,「仕事」を意味するergosが母音交替したものだ.ラテン語のorganumにはメカニカルなデバイス,戦争の推進力,楽器という意味もあった.古英語のorganは楽器を意味し,同時にメロディや歌の意味もあった.しかし15世紀にその語義は広がり,機能を持つ体内の器官も意味するようになった.動詞のorganizeは「organを備え付ける」という意味であり,そこからorganization,そしてorganismが派生した.
  • 文脈(context)の中のテキスト(text)はどこから来たのか? contextのOEDの第一義は「語と文を織りなすこと,発話の創造,作文」だ.関連する語にはtextile, textureがある.これらの単語を語源的に連結するのは「織る」なのだ.

 
この部分は前後の文脈とあまり緊密につながっているわけではなく,ちょっとした蘊蓄披露の脱線のような感じだ.ヘイグはここから本章のまとめに入る.
 

  • 全てのヒト,そして全ての生命体は,世界の中で生存し機能するために恒常的に膨大な情報を処理し続けている.私たちが入力を出力として解釈するのは,私たちのユニークな進化史と経験により条件付けられた内部的プロセスによるのだ.
  • 私は世界を私が解釈するように解釈する,それは私が私であるからであり,私でなければ別の解釈をしただろう.もし私が,どのように,そしてなぜあなたがあなたの解釈するかを理解する必要に迫られれば,私はあなたが何者であるかを理解しなければならない.
  • 私たちの観察と行動のエントロピーは十分な自由度を持つので,私たちの反応できる物事ややり方の数は超天文数になる.それが無限ではなく超天文数に過ぎないから私たちは拘束されていると文句を言うのは意味のないことだ.私は自分の人生を生きるには十分な自由度を持っている.

 
私たちの行動は遺伝子や外部環境,経験に決定論的に拘束されているわけではない.行動は内部的目的を持つプロセスによって最終的に決定される.そしてこのプロセスは(複雑な非線形システムであり)「その個人はどういう人間なのか」としてしか理解できない.そしてそれが選ぶことのできる方法の数は(様々な組み合わせの上に立つ)超天文数であり,人生を決めるには十分なほどの自由度があるということになる.
 

  • コントロールからの自由は他者の意図の道具として使われることからの解放だ.私たちは自分のために決断し安易に操作されないように進化している.しかし私たちは自分の選択に影響を与えようとする他者の努力(強制,欺瞞,洗脳,説得)に包囲されている.ヒトの本性についての科学はそのメカニズムに弱点があること,意思決定を歪める簡単なやり方があることを明らかにした.そして関連する科学は,そのような弱点を突いて私たちの行動に影響を与えるマーケティング,ドラッグ,政治的操作の技術を編み出した.それらにより私たちは自由なエージェントではなく道具として扱われる.
  • これらの技術の一部は私たちの内部的複雑性をブラックボックスとして扱い,入力と出力の統計的規則性を利用する.別の一部は内部をのぞき見し.そのメカニズムを理解し,出力を調整しようとする.これらの技術は将来的にますます洗練されていくだろう.なぜならそれに大金を払う人たちがいるからだ.

 
そしてこの行動の自由は(社会性動物である私たちにとっては社会的相互作用が重要であるため)特に他者に操作されないために進化的に重要だったということになる.そして他者を操作しようとする能力と操作されないようにする能力は進化的アームレースになるので,この自由は完璧ではない.そしてテクノロジーはそれを利用して他者を操作する手法を洗練させていく.ヘイグはちょっと悲観的なコメントを最後においている.
 

  • 私たちは降伏し他者の道具になることを甘受するしかないのか? 私たちは自分の魂をハックから救えるのか? ヒトの歴史の物語は私たちを崖っぷちに立たせたままエンディングロールを迎えている(The narrative arc of human history leaves us hanging on the brink as the credits roll.)