書評 「不倫」

 
本書はデータを元にした日本の不倫事情についての解説書だ.著者は社会学者の五十嵐彰と経済学者の迫田さやか.この2人は必ずしも不倫の専門家というわけではないが(五十嵐は移民政策について,迫田は所得格差についての研究をしてきたとある),社会学のさまざまな面から不倫について解説してくれている.不倫は進化心理学的にも興味が持たれるトピックだが,定量的なデータは(特に日本についてのもの)はあまり目にすることがなく,基礎的な情報源として読んでみたものだ.
 

第1章 不倫とは何か

 
第1章では不倫について概説される.法的な扱い,言語面からの分析,社会科学的位置づけがまとめられている.(以降の小見出しは私が適当につけているものになる)
 

法的な扱い
  • 日本の民法に「不倫」の定義はないが,民法707条には離婚理由の1つとして「不貞行為」がある.判例では「(1)性交または性交類似行為(2)同棲(3)通常人の婚姻を破綻に至らせる蓋然性のある異性との交流・接触」がそれにあたるとされる.(1)はなお夫婦関係が破綻していない時期にされることが離婚要件にあたるとされる.また風俗店で口淫や手淫を受けただけでは「不貞行為」にあたらないとする見解が有力であるようだ.なお同性の相手でも不貞行為を認めた判決が最近出ている.
  • 不貞行為をされた配偶者は,不貞行為をした配偶者とその相手に慰謝料を請求できる(相手を訴えることができるのは国際的には例外的とされている).裁判例では相手方のみ訴えるケースが多い.2015〜2019年の東京地裁のデータから見ると慰謝料の金額は30〜300万円程度で,平均162万円,最頻値は200万円だった.

 

  • 戦前には姦通罪の定めがあり,女性にのみ適用される犯罪とされていた.また民事では妻の姦通のみが離婚理由とされていた.この男女間の差別的な取り扱いの立法理由は(1)妻の姦通の方が共同生活に与える影響が大きい(2)妻の姦通の場合には夫が第3者の子を自己の嫡出子として受け入れるという悲劇が生じる(3)妻の姦通の場合には夫への愛情を失っていることが通常だが,夫の姦通の場合には一時の気の迷いから立ち直り,妻への愛情を回復することが少なくないからだとされている.立法当時(明治初期)民間で妾を持つことが蔓延していたという事情が考慮されたという指摘もある.
  • ただし姦通罪は親告罪とされており,実際に姦通罪で裁かれる女性は少なかった.大正時代には民事において夫も貞操義務を持つ(慰謝料の対象になる)という判例が現れている.
  • 戦後,姦通罪,離婚原因の性差別,相姦者の婚姻の禁止はすべて廃止された.当時国会では姦通罪存続派(男女問わず姦通罪を成立させる)と廃止派で激論があったが,最終的には社会秩序は個人の自律をもって維持すべきという議論が勝ったようだ.

 

言葉の変遷
  • 江戸時代には婚姻相手以外との性交渉は「不義密通」と呼ばれていた.その後これは「姦通」に代わり20世紀中ごろまで使われた.1957年発表の三島由紀夫の「美徳のよろめき」がベストセラーになり,女性の婚外性交渉を「よろめき」と呼ぶことが流行った.現在では婚外性交渉は「不倫」と呼ばれることが多い.
  • 現在の用法が定着するまで「不倫」は多義的に用いられてきた.これはもともとは性的関係に限定せずに「倫理・人倫」に反するもの一般を指す用語だった.また「相応しくない」という用法もあった.広辞苑に婚外性交渉の意味が追加されるのは1983年の第3版から,2008年の第6版で「特に男女の関係をいう」が加わった.用法の変化には1980年代のテレビドラマ「金妻」シリーズの影響もあると思われる.

 

社会科学的位置づけ
  • 日本では不倫は(法学や文学を除くと)長らく研究対象ではなかった.テーマが俗的として避けられていたからかもしれない.しかし国外,特にアメリカでは不倫の研究は非常に盛んで学問的意義も確立している.ここでは不倫と関連があると思われる社会学の近代家族論とロマンティック・ラブ・イデオロギー,および経済学のサーチ理論と不確実性を紹介する.

 

  • 近代家族論は,公共領域との分離,構成員相互の情緒的関係,子ども中心,性役割分離などを特徴とする「近代家族」が普遍的なものではなく,ある時期以降見られるようになったことを主張する.
  • ロマンティック・ラブ・イデオロギーは結婚と愛と性を一体化して考える.これは結婚は愛に基づくもので,結婚までは純潔を保ち,夫婦間でのみ愛情を注ぎ性交するべきだとするものだ.しかしこの価値観は揺れ動いており.現在では婚前交渉はかなり一般化している.アンソニー・ギデンズは関係について掘り下げ,コンフルエント・ラブという概念を提唱した.これによれば結婚は継続する価値がある愛情関係かどうかだけが問題になる(性的排他性は2人の取り決めに基づいて決まることになる).

 

  • 経済学では余暇時間の決定要因として不倫が注目され,実証研究が行われるようになった.不倫に対してどれだけ投資するかはさまざまな要因で決まるが,ここでは不確実性とサーチコストを取り上げる.
  • ここでいう不確実性とは,相手が性的対象と思えなくなることやもっといい人がいることに気づくなどの不確実性をいう.不倫とはこの不確実性の1つの結果ということになる.また結婚が何らかの理由で破綻し,将来の配偶相手を探すにはサーチコストがかかると考えられる.不倫はこの情報収集のサーチ過程にあると捉えることができる.

 

  • これらの社会学や経済学の理論からはさまざまな予測が生まれるが,それは実証的に検証可能だ.本書では不倫を「結婚後に配偶者以外とセックスすること(ただし風俗営業を利用するものは含まない)」と定義し,実証研究の試みを紹介していく.

 
(男女の差別的な扱いをめぐる)法的な議論には家父長制イデオロギーの影響が色濃く窺えるが,ところどころに進化心理学的な背景が伺える論点もあり,なかなか興味深い.本当に妻の不倫の方が家庭破綻に至りやすいのか,夫の不倫の方が立ち直りやすいのかは実際に調べてみると面白いかもしれない.
 

第2章  どれぐらいの人がしているのか

 
第2章からが本書の中心となる実際のデータを使った不倫状況の分析になる.まず不倫規範の状況と実際の不倫割合のデータが示される.
 

人々の不倫観
  • ISSPの国政比較調査データによると日本で不倫に対して「絶対に間違っている」「まあ間違っている」と答える人は20年以上にわたりおおむね90%という高水準にある.婚外性交渉に対する規範は一貫して高水準で共有されている.国際比較すると日本は全体平均よりやや緩いぐらいとなる.(アメリカ,タイなどの国が平均より高く,フランス,ロシアなどの国が平均より低い)

 

不倫者の割合
  • 不倫を経験した割合:日本人研究者のデータによると1982年で既婚男性21%,既婚女性4%程度,2009年で同35%,6%,2013年で同25%,14%という数字が報告されている(それぞれ全く別の調査).
  • 著者も2020年にオンライン調査を行った.結果は,「過去にしていたが今はしていない」割合が既婚男性40%,既婚女性13%,「現在行っている」割合で同7%,2%だった.(先行研究より男性でやや多くなっているが,調査タイミング,調査モードのためだと考えられる)
  • 国際比較では,(乱暴にまとめると)イギリスやドイツは日本と同程度,フランスは多く,中国は少ないようだ.アメリカでは男性20〜25%,女性15〜20%と男女の差が小さい(そして近年差がなくなりつつある)のが特徴だ.

 
ここまで読むと当然ながら,「あなたは不倫をしていますか」みたいなオンライン質問に人々が正直に答えると考えるのはナイーブではないかという疑問が生じるだろう.著者は当然そこを認識していて,そのような問題をどのように取り扱うのかが解説されている.

  • アンケート調査では質問項目に「社会的望ましさ」がからむと,より社会的に望ましいと思われている方向に回答が歪むことが知られている.これを補正するためによく行われるのがリスト実験になる.
  • リスト実験とは回答者をランダムに2群に分け,片方(実験群)には社会的望ましさ問題のある(本来知りたい)yes/no質問と複数のニュートラルなyes/no質問を提示しyesの数だけ答えてもらう,もう片方(コントロール群)には同じニュートラル質問のみを提示し,やはりyesの数だけ答えてもらう.そしてこのyesの数の平均を実験群とコントロール群で比較し,その差が本来知りたい質問へのyes回答割合を示すものと考えるものだ.
  • オンラインアンケート調査で不倫経験についてこのリスト実験と直接質問を両方行ってみた.男女ともその差は3%程度と小さく,統計的に有意ではなかった.オンラインで匿名で聞いた場合には人は不倫について割りと正直に答えるらしい.以降は直接質問の結果を額面通り解釈していくことにする.

 

性差と進化心理学

最後にこの不倫者の割合の性差と進化心理学の問題が簡単に解説されている.
 

  • 男性の方が女性より不倫経験が高いことは日本だけでなく国際的に見られる一般的な傾向だ.一部の研究者はこの現象を進化心理学的な観点から「男性は多くの女性とセックスすることで子孫を残す確率を上げることができるが,女性は生存のために必要な資源を与えてくれる男性と長く続く関係を持った方が有利だ」として説明する.
  • アメリカの社会学者クリスティン・マンチは以下のように反論している.(1)進化心理学では男性でも女性でも不倫をする人としない人がいることを説明できない(2)アメリカでは不倫割合の男女差が縮小しているので不倫が男性特有とは言えない(3)不倫割合には文化差があるが,進化心理学では説明できない.
  • 進化心理学が不倫研究に足して与えた学術的な貢献は大きいが,男性内,女性内の個人差についてはより社会的・経済的な説明が求められるだろう.

 
不倫割合については実データということでいかにも興味深い.アメリカで男女差がなくなりつつある理由にも興味が持たれる.
なお最後の部分については進化心理学についての誤解があからさまで本当に残念な部分だ.(最初の進化心理学的議論のまとめがかなり乱暴なのは置いておくとしても)進化心理学はヒトのユニバーサル性を議論するが,当たり前だが個人差や文化差ががないと主張するわけではない.一般的な傾向としての性差の上にさまざまな個人差や文化の影響があるのは当然だ.マンチの批判は全くの誤解に基づくものだし,著者の最後のまとめも(そして「進化心理学か,社会システムか」という著者による節題も)進化心理学が社会的経済的影響を否定しているかのように受け取られかねず,適切とは言いがたいだろう.
 

第3章 誰が,しているのか

 
第3章では不倫をするのはどのような人かが扱われている.ここでは第2章でも紹介されているオンラインアンケートデータを用いて機会,価値観.夫婦関係の視点から検討されている.
 

機会とコスト
  • 日本では(そして諸外国でも)多くの不倫相手は職場の同僚だ.それは長い時間職場にいて,機会が多いからだと考えられる.また収入が多いと不倫しやすい.それは相手から見た魅力とコストに関係すると考えられる.
  • 不倫のしやすさをさまざまな要因で回帰分析した.

 
<機会>

  • 女性:専業主婦かどうかは関係ない.自由になる時間が多いと不倫しやすい.
  • 男性:職場の女性割合が多いと不倫しやすい(男性はあまり選り好みしない,女性割合の高い職場の男性は高い地位にあることが多いことが影響していると考えられる).出張日数は関係ない.

 
<コスト>

  • 収入:収入が高いと男性は不倫しやすくなるが,女性は関係ない.収入と社会的評価をわけて分析すると社会的評価は男性の不倫を減少させる.これは評判コストが上がるからだと考えられる.

 
基本的に人は機会とインセンティブとコストに影響されるという印象だが,男女それぞれ微妙に異なっているのが興味深い(収入の影響の性差は進化心理学の知見と整合的だろう).男性の出張は関係ないということだが,単身赴任はどうなのかには興味が持たれる.
 

価値観
  • 不倫研究ではしばしば「性に対する寛容さ」が研究対象になる.性に対して寛容であれば不倫しやすくなるのはある意味当たり前であり,ここではそれ以外の考察対象としてシュワルツの価値観理論とパーソナリティを採り上げる.

 
<シュワルツの価値観理論>

  • ホフステードは国家間の文化差を調べ,文化のコアの要素として「権力格差」「不確実性の回避」「個人主義ー集団主義」「男らしさー女らしさ」「儒教的ダイナミズム」を挙げた.これには多くの批判があった.
  • この批判を背景にシュワルツは価値観理論を提示した.シュワルツは価値観を10の次元で説明した(普遍主義,善行,伝統,協調・調和,安全,パワー・権勢,達成,快楽主義,刺激指向,自己決定).
  • このうち不倫と関係しそうな「刺激指向」と「快楽主義」が不倫と関係するかを調べてみた.結果は刺激指向は男性の不倫とのみ関連し,快楽主義は男女とも関連しなかった.男性は不倫にスリルを感じ楽しんでいるようだ.

 
<パーソナリティ>

  • シュミットはビッグファイブと不倫の関係を調べた.結果各国で共通して協調性と誠実性の低さが不倫と関係し,神経症,開放性,外向性は関係していなかった.シュミットはこの結果を衝動的な欲求と関連付けている.
  • 他方,神経症が不倫と関連している報告もある.また開放性と外向性が高い方が不倫しやすいという報告もある.
  • 日本で調べてみたところ,男性は高い外向性が不倫と関連し,女性は高い協調性と不倫が関連していた.女性についての結果は先行研究と異なっている.協調性の高い女性は相手の誘いを断れずに不倫をはじめてしまうということがあるのかもしれない.

 
刺激指向との関連が男性のみに見られることについて著者は「男性は不倫にスリルを感じて楽しんでいる」と解釈しているが,これは不倫を誘うのが男性側の方が多いから(第4章で扱われる)ということではないだろうか.パーソナリティとの関連はなおよくわからないということだろう.
 

夫婦関係
  • 夫婦間の軋轢も不倫の要因となると考えられる.ここでは「コミットメント」と「社会経済的な関係」を考察する.

 
<コミットメント>

  • コミットメントには相手への満足,これまでの投資量*1,代替選択肢の魅力が関係すると考えられる.
  • 先行研究を見ると,満足度についてはよく調べられており,不倫の関係が一貫して見られる.
  • 子どもの有無と数は夫婦関係の重要な要素となっており,不倫と関連することが予想される.結婚年数は過去の累積投資量を増加させるが,飽きが来て満足感が下がるかもしれず,単純な予測が難しい.
  • 調べてみると,配偶者に対する満足度と不倫の関係については顕著な性差が見つかった.女性は配偶者の人格に対する満足度が低ければ不倫をしやすい.男性においては人格への満足度は不倫とは関係せず,セックスへの不満が不倫を増加させていた*2.他方子どもの数や結婚年数は不倫と関連していなかった.

 
<社会経済的な関係>

  • これについてはいくつかの理論的な可能性がある.社会交換理論(女性の外見と男性の金銭がセックスを通して交換されている)からは資源を持つ側(より若く美しい女性,金持ちの男性)が不倫しやすいと予測される.アイデンティティ理論からは,男性が自己のアイデンティティを脅かされると不倫しやすくなる(収入が下がれば不倫しやすくなる)と予測される.アメリカの研究では男女とも配偶者の収入の高さが不倫と関係していた(男性についてはアイデンティティ理論から説明できるが,女性の説明は難しい).
  • 日本で学歴差,収入差を用いて調べてみた.学歴差が大きいと不倫しやすくなるという関係は見られなかった.女性が自己の収入が夫より高ければ不倫するという関係も見られなかった.しかし男性は妻の収入の方が高いと不倫しやすくなる.この結果はアメリカの結果よりアイデンティティ理論と整合的だ.日本の方が性別役割の意識が強いからかもしれない.

 
配偶者への満足度と不倫の関係についての性差はまさに進化心理学的な知見と整合的だ.(第5章でも扱われるが)子どもの有無が不倫のしやすさや終了原因と関連しないというのは意外な結果で興味深い.
 

その他の要因
  • 調査からは以下のことがわかった.
  • 結婚前の浮気経験は男女とも不倫促進効果を持った.(結婚してまじめになるわけではない)
  • 性に関してより開放的なネットワークに埋め込まれていると浮気しやすい.
  • 年齢と学歴は不倫とは関係がない.(女性に関しては40代の方が60代70代より少ないという効果はある)
  • 男性は結婚前の交際人数が多い方が不倫しやすかった.(誘うスキルが上がるためかもしれない)

 

第4章 誰と,しているのか

 
第4章では不倫の相手に焦点が当てられる.
 

出会い
  • 出会いについて調べてみると,結婚相手との出会いより有意にインターネットアプリ経由で出会う場合が多い.
  • アプリ以外の出会いには性差がある.既婚女性の出会いは友人・知人の紹介,元交際相手,職場,趣味や習い事の場と広い.しかし町中や旅先のナンパからというのは少ない.既婚男性は職場での出会いの比率が高い.またナンパ経由の出会いもある程度ある.
  • どちらが誘ったかについての回答は,男性から誘った(44〜50%),どちらからともなく(44〜45%)で,女性から誘う場合は少ないようだ.半数近くが「どちらからともなく」と答えるのは規範意識から責任の所在を明らかにしたくないという背景があるのかも知らない.この回答傾向は不倫相手が既婚かどうかで差がない.

 

相手
  • どのような相手と不倫するかについて関連しそうなテーマには,同類婚傾向と社会交換理論がある.
  • 相手が既婚かどうか:既婚,未婚,不明の回答割合は男性で74:21:2,女性で40:56:5程度になる.女性の場合はダブル不倫が多く,男性は相手の未婚の方が多い.(同性不倫を除いて)全体の比率を計算すると,ダブル不倫48%,女性のみ既婚6%,男性のみ既婚42%,不明4%という割合になる.
  • なぜダブル不倫が多いのかについては,同類婚傾向,機会の多さ,公平性(同じ程度のリスクを持つ)から説明可能と思われる.既婚女性-未婚男性のケースが少ないのは,社会交換理論から既婚女性が自分の不利を打ち消せる資源がないからと説明できる.

 

  • 年齢差:既婚男性の不倫相手の平均年齢差は7.5歳,既婚女性は同2.8歳(いずれも女性が年下)だった.この差については男性の方が不倫しているときの平均年齢が高いことからの効果が出ているのかもしれない.この性差は再婚相手のパターンにも見られる.
  • 年齢差と男性の収入を分析すると,男性の収入が高いほど年齢差が大きい.これは男性の収入の高さと女性の若さが交換されていると解釈可能だ.

 

  • 学歴:男女とも自分と同じ程度の学歴の相手と不倫しやすい.社会交換理論より同類婚傾向からの方がうまく説明できる.なお女性は相手の学歴の方が高いという弱い傾向がある.これは結婚市場における女性の選好と類似している.
  • 就業上の地位:正規職の男性は正規職の女性と不倫しやすい.非正規,無職の男性にはあまり相手についての傾向がない.女性にはこの面での傾向はない.
  • 学歴や就業上の地位については結婚相手よりも同類好み傾向が強い.出会う機会の影響*3,社会交換の影響が結婚より弱くなり,よりストレートに好みが反映されるといった要因によるのかもしれない.

 
さまざまな結果は興味深い.著者は社会交換理論と同類好みを対立仮説として扱っているが,やや整理しきれてない感じは否めない.進化心理学的な配偶者選好として統一的に考察する*4方がわかりやすいだろう.
 

  • 性別:2019年の大阪のデータでは,同性パートナーを持った経験があるという回答が5.8%,性的に惹かれたり恋愛感情を持ったりセックスしたことがあるあるいは自分を同性愛者と自認するという回答が男性6%,女性10%となっている.
  • 日本の同性愛者対象のリサーチによると,不倫をしたことがある人の中で相手が同性だった割合は男性で1.1%,女性で2.9%だった.

 
同性愛に関するこのデータも興味深い.一般的な調査ではゲイの方がレズビアンより多いとされることが多いので,本調査との違いは注目される.特に解説されていないのが残念だ.
 

相手に求めるもの

  • 配偶者と不倫相手に求めるものはどう異なるのだろうか.
  • 満足感を比較すると,男性は,学歴,家事,自分の仕事への理解について配偶者により満足しており,見た目とセックスについて不倫相手により満足している.女性は,配偶者の方により満足している項目がなく,人格,見た目,趣味,セックスについて不倫相手により満足している.男女とも不倫相手に性的なものを求めているが,女性はそれに加えて精神的なつながりをも求めていることがわかる.

 
不倫女性の回答には配偶者に満足している項目がないというデータは面白い(進化心理学的には夫の収入や社会的地位には満足しているが,人格や感情面で不満だという回答がいかにもありそうなところだろう).
 

第5章 なぜ終わるのか,なぜ終わらないのか

 
第5章では不倫の継続期間や終了要因が扱われる.
 

期間,継続/終了の判断
  • 調査によると.不倫相手とのセックスの頻度の中央値は年12回ほどだった.また8割以上の不倫関係は1人の相手と年2回以上セックスをする継続的な関係にある.
  • 継続期間の平均期間は4年ほどで,中央値は2年程度だった.期間は相手に対する満足度と相関し,不倫相手も既婚であればより長くなる.不倫相手が未婚であれば関係性がより不安定になるからかもしれない.
  • 不倫の終了要因については,「なんとなく」という回答が31%,「家族や子どものため」が15%,性格の不一致,当事者の結婚,遠距離,飽きたなどのさまざまな要因はいずれも10%未満だった.「家族や子どものため」という回答はそこそこ多いが,子どもの有無や満足・罪悪感などの家族に関する変数と相関がなく,不倫の継続/終了判断には家族の影響はそれ程ないのかもしれない.「不倫が発覚したため」という回答は意外にも少なかった.

 
第3章でも触れたが,不倫と子どもの有無や数があまり関係しないというのは意外な結果で興味深い.不倫が発覚したためという回答が少ないのも意外だ.
 

家族関係への影響
  • 調査によると,不倫している人はより離婚したいと思っているが,その効果の大きさは配偶者への満足度に影響されない.結婚相手を代える意図のもとで不倫が行われるケースは少ないのだと思われる.これはサーチコストの議論とは相反する.
  • 多くの研究で不倫と離婚の間に関連があるとされている.片方で不倫により離婚率が上がり,もう片方で離婚の予兆が不倫率を高めている.双方向的な関係にあるといえる.
  • 不倫が離婚率に与える影響には個人差があまりなく,性別,結婚への満足度,子どもの有無なども影響を与えない.ただし妻が働いているかどうかは夫の不倫による離婚率の上昇に影響している.働いていない場合は生計をどう立てるかという面から離婚しにくいのだろう.
  • 子どもへの不倫の影響:両親の不倫を知った子どもは両親に対する信頼や愛着の度合いが低く,自分のパートナーへの信頼や愛着も低くなり,自分自身も不倫しやすくなる傾向がある.
  • 両親の不倫を知った子どもは,不倫から時間が経つにつれ親を許すようだ.許す効果への影響は親への共感,やむを得ない事情があったという認識が関わっている.
  • 欧米の研究からは平均して3.7%の子どもの実の父親が法的な父親ではないと報告されている.ただし研究によってばらつきは大きく(0.8〜30%),父親の経済水準に関わっている(法的な父親の収入が低いとこの比率が上がる)ことも明らかになっている.日本についての研究結果はない.今後リスト実験などを使った研究が望まれる.

 

発覚後の心理とその後の関係
  • オルソンによる調査では,不倫を知った後に許すまでの感情変化はジェットコースター(激しい感情の揺れ動き),モラトリアム(1人で考え,不倫を意味付ける期間),信頼形成の3ステージになるとされている.
  • 不倫について内面より状況に原因帰属する方が許しやすくなるが,それには困難が伴うようだ.

 

第6章 誰が誰を非難するのか

 
第6章では不倫に対する第三者の非難を扱う.冒頭で第3者罰についてのさまざまな視点からの総説的な説明*5,規範についての解説*6があり,その後に調査結果が解説される.
 

誰が誰を責めるのか
  • 誰が誰を責めるのかに関連しそうな理論としては,社会的アイデンティティ理論と期待違反理論がある.社会的アイデンティティ理論からは内集団メンバーをひいきして,外集団メンバーをより責めると予想される.期待違反理論からはステレオタイプに違反するような規範逸脱をより強く責めると予想される.
  • 不倫に関していえば,社会的アイデンティティ理論からは男性はより不倫女性を責め,女性はより不倫男性を責めると予想される.期待違反理論からは男女とも(より性的に貞操とされる)女性をより責めると予想される.
  • コンジョイント分析(さまざまな要因について複数の異なった組み合わせで回答してもらい,それに基づいて要因分析をする手法)の結果,男性は不倫女性と不倫男性を同じ程度非難し,女性は不倫男性をより強く非難することがわかった.これは社会的アイデンティティ理論の予想に近い.
  • 回答者の婚姻状態や学歴などは非難の程度に関連しなかった.しかし年齢には,若いほど不倫を非難するという効果があった.
  • 不倫者の配偶者との会話時間やセックスの頻度は非難と関連がなかった.結婚後ある程度の年数が経っていると非難されにくいようだ.不倫相手の属性や出会い方は関連がなかった.不倫相手の家庭環境は男性回答者のみにダブル不倫をより非難するという効果があった.不倫者の職業では,芸能人より政治家への非難が高かった.
  • まとめると不倫が非難されにくい条件をそろえるのは難しいということになるだろう.

 
誰を非難するかについての性差(特に女性が不倫男性の方をより非難すること)は興味深い.進化心理的な視点から考えると,男性も女性もライバルに配偶者を寝取られることを最も警戒し,非難しそうな気がするので意外な結果だ.既婚の不倫者への非難だけでなく,その相手方への非難もあわせて調べると面白いかもしれない.若い方が不倫をより非難することも興味深い.これは年代効果なのか,道徳規範が変容している効果なのかあたりも興味深い,
 
 
以上が本書の内容になる.不倫は社会規範に反する行いなので,そこには非常に強くヒトの本性が現れることが予想される.そういう意味から不倫は進化心理学的にはとても興味深い題材で,本書には日本の不倫状況についての生のデータが豊富に示されていて大変貴重な一冊だといえる.著者は(本書内でも断りがあるように)進化心理学的なスタンスをとらずに著述しているが,フラットな立場から記述されたという意味で中立的なデータとして捉えることができる.さらに研究が進んでデータや知見が積み重なることが期待される.

*1:コミットメントが過去の投資量と関係するというのは典型的なコンコルド誤謬(サンクコスト誤謬)だが,ヒトにはそういう認知バイアスがあるのでこの要因が効いてくるということになるだろう.ただし実際に調べられている中には子どもの数もあり,これは将来的な要因でもあると思われる

*2:著者は触れていないが,これは進化心理学的な知見と整合的だろう

*3:著者はここで職場や友人.知人からの紹介でそうなりやすいと論じているが,冒頭のどのように出会うかの結婚との違いの説明とは整合的ではないように思う

*4:男性の収入と女性の若さが交換されているというのはまさに進化心理学的な選好そのものだし,関心について同類好みがあるのも説明できるだろう.社会的地位については同類好みというよりも(望み方に性差があったとしても)互いにより高い相手を望んだ結果(市場的決定)ということかもしれない

*5:重要な機能として「社会における規範の維持」をあげ,そのような意図があるのかどうかの議論が紹介されている.予防効果的な期待,不利益者への同情,信頼されるものとしてのディスプレイなどに触れられているが,深い解説はない.

*6:規範がどう決まるかについて帰結主義と関係性論理が説明されており,なぜ人が規範を守るかについて罰による効果から説明され,罰についてフォーマルな罰とインフォーマルな罰,さらに自己制裁があることに触れられているが,なぜ罰のコストを払っても罰する人がいるのかという問題には踏み込んでおらず,やや浅い印象だ.