War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その1

 
本書は歴史学者ピーター・ターチンによる帝国の興亡に見られる歴史に流れるサイクルを扱った本だ.コンシリエンス学会研究会で長谷川眞理子先生から進化歴史学の取り組みとして紹介されて読んでみたものだ.おおまかな感想としては,「進化」関連書,あるいは歴史についての大きな理論書としては,ちょっと進化について理解不足なところがあり,かつ代替理論に目配りがなく強引で牽強付会的だなという印象だが,個別の歴史記述は統一された視点から書かれているためにとても面白いというものだった.面白い部分は本当に面白く感じられたので,ここで少しずつ紹介しておこう.

shorebird.hatenablog.com



本書は全体は3部構成になっていて第1部で帝国の興隆,第2部が帝国の没落が扱われ,第3部で帝国の興隆と没落にかかる歴史の循環的ダイナミクスが扱われる.
 

導入

 
冒頭ではアシモフのファウンデーションシリーズに登場するハリ・セルダンの心理歴史学が語られる.これは(小説にあるような未来予測は複雑系のカオス的性格から不可能な試みではあるが)歴史を科学的に取り扱いたいという歴史学者の夢ということになる.そして本書は(未来予測は不可能としても)過去の歴史を科学的に分析することができるかという問題に取り組むのだのだと宣言される.そして本書では題材として帝国の興亡が扱われる.なぜいくつかの国家は帝国に成長し,そして没落していくのか,帝国の興隆と没落の法則を理解できるのかが問われるということになる.
 
また導入部では本書全体の議論の枠組みとキーコンセプトがいくつか紹介されている.著者の議論は以下のようなものになる.
 

  • 歴史ダイナミクスは集団間の競争とコンフリクトの結果として理解される.
  • 帝国の興隆の重要な要因は集団内の協力,凝集性,団結(本書ではアサビーヤと呼ぶ)だ.
  • それぞれの帝国(empire)にはコアに1個の帝権国家(imperial nation)がある.帝国の成長力はこの帝権国家の特徴(特にそのアサビーヤ)により決まる.
  • 高いアサビーヤはメタエスニックフロンティア(metaethnic frontier:敵対する民族集団の境界地帯)で形成される.外部からの脅威と外部から得られる利益の可能性が高いアサビーヤを生む.
  • 重要な理論的前提は「協力が帝国の力の基礎である」というものだ.
  • ヒトは超向社会的だ.経済学の合理的選択理論や生物学の利己的遺伝子理論は深く間違っているのだ.協力は道徳主義的戦略(協力しないメンバーに罰を与える)とシンボルを使う能力(内集団をシンボルにより規定する)により可能になる.

 

  • 帝国が興隆すると内部は平和になり豊かになり人口が増える.そしていつか人口過剰になり,内部に不満がたまりエリート層同士の内戦,貧困層の反乱が生じる.混乱は経済的豊かさと人口を減らし,特に内戦はエリート層の人口を減らす.いつか混乱は収まり,そして新たなサイクルが始まる.これは典型的には200~300年周期で生じる.私はこれを「secular cycle:セキュラーサイクル」と呼ぶ.
  • 経済的繁栄は格差を増大させ(マシュー効果),アサビーヤを下げ,帝権国家の団結力を下げる.1つの帝国の興亡は,大きなアサビーヤの上昇と下降(アサビーヤサイクル)とともにあり,典型的には2~4つのセキュラーサイクルを経る.
  • 1つのセキュラーサイクルの中に「父と子のサイクル」がある.ある世代が内戦に突入し,悲惨な経験をするとその子の世代は安定を求める.しかし孫の世代は安定に厭き,また戦いを求める.このサイクルは40~60年周期になる.
  • この入れ子になったサイクルがクリオダイナミクス(cliodynamics:歴史動態学)の核心だ.クリオダイナミクスは様々なフィードバックを持つ非線形ダイナミクスになる.そして非線形システムであるので将来予測は事実上不可能だ.

  
心理歴史学がいきなり登場するので,アシモフ好きとしてはわくわくしてしまう.理論的には「協力」を過大視している態度がちょっと気になるし,合理的選択理論でも利己的遺伝子理論でも相利的状況において協力が生じることが簡単に説明できることが理解できていないのは痛々しい.とはいえ,歴史をダイナミクスとして捉えようという試みはいろいろと面白そうだ.ここからは具体例を通してこの理論が説明されていくことになる.
 
 
アシモフのファウンデーションシリーズ.私が最初に読んだのはハヤカワではなく創元文庫の「銀河帝国の興亡」だった.初期3部作のはるか後にロボットシリーズとの統合がある後期4部作が出版されたときには結構うれしかった.
 
これは初期3部作の第1巻「ファウンデーション」あるいは「銀河帝国の興亡1」

 
今見ると創元文庫でも新訳がでているようだ.ちょっとそそられる. 
後期4部作の第1巻は「ファウンデーションの彼方へ」 
appleTV+の目玉番組としてファウンデーションが映像化されている.第1シーズンを観てみたが,あまりに改変されていて,古くからのファンとしては残念感の方が大きいというのが正直なところ.
www.youtube.com