本書は進化生物学者であり,動物のコミュニケーションの専門家であるアリク・カーシェンバウムによる,星間航行を可能にするような地球外生命がどのようなものであるのかを,(生化学的,解剖学的にではなく)進化的に考えてみようという一冊.姿形よりも行動や社会性に焦点があり,そういう意味では邦題はあまり良いものではない.原題は「The Zoologist’s Guide to the Galaxy: What Animals on Earth Reveal About Aliens--and Ourselves」.
第1章 はじめに
冒頭で2009年のケプラー宇宙望遠鏡の打ち上げ以降,系外惑星が次々と発見され,系外惑星の物理的環境条件がかなりわかってきたことに触れ,そこから地球外生命を想像することの難しさ(生化学的性質の可能性が膨大にあること,比較すべき生命が地球のものしかないこと),しかし進化,特に自然淘汰の法則は宇宙スケールで成りたつであろうことからそれがガイドになることが述べられている.そして昨今盛り上がってきる「宇宙生物学」では生命の起源と生化学的仕組みにフォーカスが集中しているが,本書ではそこではあまり取り上げられない,知的生命体の行動面(協力的側面があるか,言語を持つかなど)について考察していきたいとしている.
第2章 形態 vs 機能:すべての惑星に共通するものとは?
第2章では,自然淘汰についての簡単な説明*1,自然淘汰から地球外生命を考える際には,形態ではなく機能,そして収斂進化*2に注目することが重要であることが強調されている.
その後性淘汰と血縁淘汰について極く簡単に触れて,地球外生命に性があるかということが考察される.ここでは有性生殖の進化の議論,性淘汰や血縁淘汰が複雑な行動を進化させることと深く結びつきやすいことを指摘し,多様な生命が進化するには(遺伝要素をシャッフルさせる)性のようなものが必要であると考えられること,ただし性別が2種類とは限らないだろうこと*3が述べられている.
第3章 動物とは何か,地球外生命体とは何か
第3章のテーマは「動物」とは何か(あるいは私たちは地球外生命に対しても「動物」として認識するのか)になる.これは地球外生命を分類あるいは体系化するなら,(地球生命に対して行っているような)系統ではなく機能で考察せざるを得ないだろうという問題意識から来ている.
そしてアリストテレスの分類,リンネの階層分類体系,そしてダーウィンが系統を元にする分類を提唱しそれが基本となっていることが説明される(この体系を地球外生命にまで用いるなら地球外生命は我々と共通祖先を持たないので,それは「動物」ではありえないことになる).
著者はここから,しかし我々は動物のような地球外生命には動物であるかのような感情的反応をするだろうこと,動物は「動く」という機能を持ち,そこから捕食,捕食防御が生じ,さらに知能や社会性を含む様々な特徴を進化させ得るものであることを説明し,我々はおそらく動く生命体を動物だと認識するだろうと指摘している.
第4章 運動:宇宙を走り,滑空する
第4章のテーマは運動.
生命体が現れると,そこにはエネルギーなどのリソースをめぐる競争が生じ,複雑な動物の進化は必然なのかもしれないこと,自然淘汰にはコストと利益のトレードオフがあり,すべての経路でネットの利益が必要なことがまず説かれる.
そこから超音速が進化する可能性(音速の壁のところに大きなコストがかかるのでその可能性は低いだろう),運動の進化は流体中(液体中,気体中)で生じるだろうこと,流体と個体の界面上の動きが重要になるだろうこと,流体中の動きには鰭や翼の動き(渦の利用),ジェット推進が考えられること,フォーティアン浮遊体(大気中を浮遊してプランクトンを接種する大型浮遊生物)の進化条件は狭く,厳しいだろうこと,界面上の動きにおける脚の有効性(どのような惑星表面の生態系においても脚は不可欠であろうこと),運動の観点から見た時の左右相称動物の有利性が解説される.
最後に土星の衛星,タイタンとエンケラドゥスのような環境下の生命体の運動様式の予想がなされている.エンケラドゥスの流体の海の上に固体の氷の天井がある環境の問題,タイタンの炭化水素流体環境の問題が考察されている.
第5章 コミュニケーションのチャネル
第5章のテーマはコミュニケーションにどのような感覚(あるいは刺激)が使われるだろうかという問題.
情報量,伝達距離,速度の問題があることを押さえた上で,聴覚(音),視覚(光),嗅覚(化学物質),電気が吟味される*4.
- 音は回折があり姿を隠したまま伝達可能なこと,高速であること,帯域幅が広く情報量が多いこと*5から.地球外生命にとっても非常に有望なチャネルだとする(短所としては空気や水などの媒体が必要なことになる).
- 光は速く,ある程度の周波数分解が可能で,空間的な分解能が極めて高い反面,障害物に遮られやすい,分解能を利用するなら長距離伝達が難しいという短所がある.これらを勘案すると近距離にいる動物の間の使用チャネルとしては有望だろう.興味深い可能性として頭足類で原始的に見られるようなスクリーンの上の明暗色彩パターンによる情報伝達*6がある.
- 嗅覚は地球生命では古くから使われているチャネルだが,極めて短距離でしか使えず,遅い.極く小さな生物の近距離コミュニケーションチャネルとしては可能性がある.
- 電気魚などで見られるように電気を使ったコミュニケーションは可能だが,地球生命ではあまり使われていない.これは電気の受信発信システムのコストが高いこと*7,空気中では難しいことが理由だろう.暗黒の海で進化するような地球外生命では可能性がある.
第6章 知能(それがなんであれ)
第6章のテーマは知能が進化する条件.
まず,(進化により得られた)知能とはどういうものかが扱われる.世界を予測するための心的シミュレーションが重要な要素であり,情報を収集し,学習により統合するものになる.そして一般知能か特殊知能(モジュール)の集合体か,知能は学習能力に過ぎないのか,知能の収斂にはどのような例があるかが考察され,知能は特定目的のために進化した特殊な構造に支えられた特殊な学習能力を備えており*8,おそらく一般知能は異なる特殊知能を統合する働きを担っているのであり,地球外生命でもそれは当てはまるだろうとしている.
続いてそのような知能を高度に発展させた地球外生命が到達する科学や数学がどのようなものであるかが扱われ,物理法則や数学は普遍的で共通であろうことが押さえられる.次にどのような状況でそのような科学に到達するのだろうかが考察される.数的感覚が有利になる一般的な状況は考えられず,何らかの特殊な状況で急速に進化するのだろうこと,芸術や哲学のような活動は知的スキルの組み合わせによるもので社会的コミュニケーションと関連する可能性があることなどが論じられる.
最後に技術水準と知能の関係が考察される.そして超技術は必ずしも超知能を必要としないだろう(コンピュータのような外付けの脳で可能),超知能が進化するシナリオは考えにくく,複数個体が知的に強く結びつくような知的コロニーでそれが創発的に進化する可能性も極めて小さいだろうと論じられている.
第7章 社会性:協力,競争,ティータイム
第7章のテーマは社会性.群れを形成する進化的理由,群れが協力的な社会を形成するようになる条件,社会性の持つ進化的帰結が議論される.
群れをつくるメリットは捕食からの防御や食料獲得上の有利性,デメリットは競争激化や寄生リスクの増大になるとし,このトレードオフ構造が解説される.また協力や利他性の進化について,血縁淘汰,相利的状況,進化ゲーム理論が簡単に解説される*9.ここでは地球外生命がどのような性システムをもっていようとも,世代交代があり,世代を経るごとに祖先と子孫の関係性が薄まっていく限り,血縁淘汰が働くはずだというコメントがあって面白い.
社会性の帰結として直接互恵的利他行動,階層や相手の個性を考慮した複雑な相互作用理解のための高い認知能力,情報の密度向上と学習の機会向上による教育や文化の発生が議論されている.そして地球外生命が高い技術を持つならば,それは社会性の帰結と考えてよいだろうとコメントしている.
第8章 情報:太古からある商品
第8章のテーマはコミュニケーション.
ここではクレブス,ドーキンスの議論*10を踏まえた議論がなされている.まずコミュニケーションについて「ある動物が発し別の動物が受け取るシグナルであり,受け手の行動が変化して送り手の適応度が増すもの」と定義し,送り手と受け手の利益相反の可能性を提示し,相反する場合には(送り手は受け手を操作しようとし,受け手はそれを見破ろうとする)進化ゲームの状況になることを説明する.そしてシグナルが正直になる条件として(包括適応度的にみて)共通の利益がある場合,コストがある場合を挙げる.
次に重要な情報にはどのようなものがあるかが考察される.まずリソース(特に食料)と捕食者に関するものがあるだろうとし,警戒コールが解説される.また社会性がある場合には相互作用する相手の情報も重要になると指摘し,(先ほどのコストの議論の例として)ハンディキャップシグナルの議論を紹介している.続いて群れをつくる動物の場合には自集団と他集団の区別を示す集団アイデンティティ情報,集団内の序列を示す情報が議論される.
そしてこのような進化ゲーム的状況,重要な情報の種類は地球外生命でも共通であろうと主張する.
続いて情報量の問題が扱われる.地球生命の場合にはヒト以外の動物はコミュニケーションチャネルで可能な情報容量の極く一部しか使っていないこと(これは複雑な情報を扱う脳のコストと関係するとされている)に触れた後,(第9章への前振り的に)言語にかかる問題が扱われる.ここでは地球外生命で大きな情報容量のある信号システムを使っている場合に遅かれ早かれ一部の動物が言語を進化させるか,(無限の情報量を支えられる構造を持つ)言語は不連続要素の配列(つまりデジタル)としてしか進化しないのかが議論される.著者は第1の問いには「遅かれ早かれ」を強調したあとでイエス(これは科学的な見解というより信念の問題だろう),第2の問いには(淘汰圧によっては連続音のアナログ的言語も可能だという理由で)ノーだと主張する.
第9章 言語:唯一無二のスキル
第9章のテーマは言語.地球の言語はどのようなものか,地球外も含めると言語はどういうものでなければならないかが論じられる.
まず地球の言語(つまりヒトの言語)についてチョムスキーの普遍文法の議論(無限の内容を示すためには階層構造を持つ文法構造が必要だと示したと整理される)が紹介される.
そして地球外まで視点を広げた場合,言語は無限の内容を示す必要があるのか,そうでないとしたらその文明はコンピュータ言語を作れないのか,単語の恣意性は必然かなどが考察される.ここではヒトの時間順(1次元)の統語法ではない2次元の絵画的な文法の可能性も考察されていて楽しい.
さらになぜ地球ではヒトだけが言語を持つのか,1つの惑星の複数の言語を持つ生物種が共存できるのかが考察される.そしてヒト以外の言語の痕跡は見つかっていないこと,2種共存は(同一ニッチの2種共存が難しいことから)難しそうなこと,ヒトの言語の進化は社会性と関連しているであろうこと(脳のコストを賄える利益はそこにしかなさそう),地球外でも言語は社会性と関連するであろうことがコメントされている.
またここでは地球外文明の言語の痕跡をどう見つけるかという話題から,ジップの法則(単語の出現頻度に関する法則)が深掘りされている.
第10章 人工知能:宇宙はロボットだらけ?
第10章のテーマはデザインされた生命(あるいは増殖可能なロボット)の可能性について.
その前段でラマルク型の進化が可能かが議論される.著者は跳躍的変化は不利になる確率が高いこと,獲得形質の受け継ぎは動的な環境では不利になることからそれは難しいだろうとしている.
しかしここは遺伝情報から複雑な生命体を複製する機構としてブループリント型よりもレシピ型が圧倒的に優れており,その場合ほとんどの興味深い獲得形質の受け継ぎ自体が困難であるというドーキンス的な議論の方が相応しかったのではないだろうか.
ここから獲得された知識を利用して次世代を改造していく生命体の可能性としての(超知能を持つ地球外生命体のデザインによる)人工生命が議論される.ここでは自然淘汰のデメリットの回避,遊びや訓練の不要,シグナルの正直さが保証される情報システム,エラーのない通信システムなどが想像されるが,しかし自己複製するものには必ず変異が生じ,そこに搾取のリスクがあれば利用されるだろうことから結局ゲーム理論的状況から逃れられず,自然淘汰は免れられないだろうと主張されている.
続いて自然淘汰が不死につながらない理由が解説されたのち,人工生命体ではどうなるかが議論される.不死のためのメンテナンスコストと増殖のメリットとのトレードオフは普遍的で,十分に賢い地球外文明はそれを理解して不死の人工生命体を試みないだろうと推測されている.
最後に地球生命が(地球外生命による)意図的なパンスペルミアである可能性が議論される.私たちに原初の生命がパンスペルミアか自然に発生した生命かを見分ける能力はないが,そうであった痕跡もない以上,自然に進化してきたと考えてよいだろうとしつつ,地球外に人工生命体がある可能性は排除できないと結んでいる.
第11章 私たちが知る人間性
第11章のテーマは「人間(human)とは何か(地球外生命がhumanとみなされることがありうるか)」という科学的というより哲学的なもの.
ここではこのテーマは著者の個人的な世界観だとまず断った上で,humanであることの法的な意味合い,動物の権利,ミラーテスト,知的なコンピュータなどの話題を取り上げ,さらに地球外生命を視野に入れた中でhumanをどう定義するか,「種」問題,定義の候補としての理性,言語,ヒトの普遍的特性(human universal)を議論する.そして社会的動物集団の自然淘汰による進化には宇宙的な普遍性があるだろうこと,その上で協力を含む社会的行動,言語を進化させた地球外生命はhumanとみなしてもよいのかもしれないと示唆している.
以上が本書の内容になる.表面的には地球外生命を理解するためには,自然淘汰を普遍的な原則と扱い,究極因からその行動を考察するのが最も良い方法だとして,その視点からいろいろ考察している本ということになるが,むしろ一旦宇宙スケールに視野を広げた上で,進化生物学を語り直している本という性格が強いものになっている.私にとっては様々な進化生物学的な議論が宇宙スケールでもなお成り立つのかを考察し直すという意味で楽しい頭の体操を経験できた一冊だった.
原書
本書の内容はいかにもSF的だ.地球外知的生命体についての本格SF小説はそれこそ星の数ほどあるが,それらを映画化した作品の中で私にとって印象的だったのは次の2本だ
最近のファーストコンタクトものだと「三体」も結構面白かった.VODではNetflix版と中国テンセント版(Amazon Prime Video)の両方が視聴可能で,私的にはより原作に忠実なテンセント版が気に入っている.
*1:一般向けの自然淘汰の説明としてはプライス方程式の意味まで説明しているところがちょっと独特で面白い
*2:ここでディメトロドンとアガタウマスの形態が似ていることが収斂の例として取り上げられているが,あまり似ているとは思えず,別の例にした方が良かったように思う
*3:とはいえ,複雑な個体を構成するために体細胞系列と生殖系列が区分されるようになれば,(ゲーム理論を用いた)数理的解析によると性が2種類に収束すると強く予想されるので,そのあたりまで深く踏み込んでほしかったところだ
*4:磁気を使う可能性がないわけではないが,地球生命では見られず,ここでは語れないとしている
*5:地球生命の場合,数多くの感覚毛により広い帯域幅で異なる周波数の音を異なるシグナルとして利用できる,光の場合は波長が短すぎてそのような物理的な波長フィルターが作れないので,周波数分解能がかなり制限される
*6:これは映画「メッセージ」において異星人ヘプタポッドの言語表現として描かれていて面白かった
*7:高コスト性については電気の発生にかなりエネルギーが必要なこと,大量にコストの高い電気受容器を並べる必要があること,複雑なシグナルを解読するための多くの脳領域が必要なことと説明されている.最後の解読の脳のコストは音や光のシグナル解読コストと比べて特に高いとは思えずにやや納得感のないところだ
*8:明示的には参照されていないが,進化心理学のモジュールの議論に親和的だ
*9:通常の説明では,ここで直接互恵性や間接互恵性が説明されるところだが,著者はそれについては社会性の帰結として説明するスタンスに立っている
*10:残念ながら明示的に参照されていない