第1章 歴史的起源 その4
オーグレンの遺伝子視点の起源の解説.その基礎の1つ適応主義の説明.そしてそれは宗教改革とプロテスタントという歴史を背景に,プロテスタントの中の英国国教会の特殊性から生まれた自然神学への傾倒が基礎にあると解説された.まずペイリーの自然神学が解説され,次にそれが生物学に与えた影響が語られる.
1.2 適応主義と自然神学の遺産 その2
1-2-2 英国におけるネオペイリアン生物学 その1
- ペイリーにより自然神学の英国的アプローチは絶頂を迎えた.その後もエジャートン監修による「神の力,知恵,そして善性がいかに創造において現れているか」を示すことを目的とするブリッジウォーター論文が1833年から1840年にかけて次々に出版されている.
ブリッジウォーター論文について調べてみると,論文は全部で8部,その題を見ると「ヒトの道徳と知恵に対しての外的自然の適応」「ヒトの身体的状態に対しての外的自然の適応」「自然神学的に考察された天文学と物理学」「手,そのメカニズムとそれにある明らかなデザイン」「自然神学的に考察された動物と植物の生理学」「自然神学的に考察された地質学と鉱物学」「動物の歴史,習性,本能について」「自然神学的に考察された化学,気象学および消化の機能」となっている.自然進学に対する熱意が感じられる.
- しかし今日そのような動きはほとんど残っていない.例外の1つがギフォードレクチャーになる(このレクチャーの19世紀からの歴史が語られている).もっとも最近ではレクチャーのテーマはオリジナルからはなれているようだ.たとえば著名な無神論者(カール・セーガン,リチャード・ドーキンス,マイケル・ルース,スティーヴン・ピンカー)も講演者に招かれている.
ギフォードレクチャーは前回登場したボイルレクチャーより遅く1888年に設立されたシリーズになる.初期の講演は「宗教の自然史」「キリスト教の哲学」「自然主義と不可知論」という感じだ.
1980年代ぐらいからばりばりの科学者が登場するようになる.カール・セーガンの「我々が何者であるかの探索」は1985年,リチャード・ドーキンスの「マイクロコスムの世界」は1988年,マイケル・ルースは5人の演者の1人として2001年に「ヒトの理解の性質と限界」に登場し,スティーヴン・ピンカーの「私たちの本性のより良き天使」は2012年となっている.なおサイモン・コンウェイ=モリスも「ダーウィンの羅針盤」で2006年に登場している.
- 英国における自然神学の盛り上がりは,(他の国と比べて)英国の生物学者たちが生物のデザイン的な特徴に強い興味を持っていたことを意味している.「自然神学」は当時のオクスフォードに収蔵され,学生たちに読まれることが期待されていた.近年ティム・ルーウェンスはこの適応主義的傾向を「ネオペイリアン」と呼んでいる.
- ダーウィンがケンブリッジのクライストカレッジに入った時,ペイリーは学ぶべきものだった.ペイリーの「キリスト教の証拠について」は必読書とされ,「自然神学」とともにダーウィンに深い印象を与えた.(自伝や種の起源出版後に友人に宛てた書簡が引用されている)
ダーウィンは自伝で,種の起源について回想し,「私はすべての証拠を完璧に記述したと確信している,しかしもちろんペイリーほど明晰には書けていない.本書(種の起源)のロジックと彼の「自然神学」のロジックはユークリッドがもたらすのと同じぐらいの喜びを与えてくれる.・・・当時私はペイリーの前提について今ほど問題視していなかったのだ.そしてその前提を信用していたので,このペイリーの長い議論に魅せられていた」と振り返っている.
確かにペイリーの議論はダーウィンに大きな影響を与えているようだ.



