The Gene’s-Eye View of Evolution その12

 

第1章 歴史的起源 その7

 
オーグレンの遺伝子視点の起源の解説.その基礎の1つ適応主義の説明.ペイリーの自然神学が英国の生物学者に与えた影響が議論される.ダーウィン,フィッシャー,ウィン=エドワーズに続いてメイナード=スミス(そして英国的適応主義にかみついたルウォンティン)に与えた影響が解説され,ここからドーキンスの登場になる.
 

1.2 適応主義と自然神学の遺産 その5

 

1-2-2 英国におけるネオペイリアン生物学 その4

 

  • ドーキンスは(進化生物学の中心課題について)種問題や生物多様性の起源などもあることを認めたあと,しかし適応的複雑性は非常に特異な問題で,同じく特異な種類の科学的説明(ペイリーがいうようなデザイナーの存在か,自然淘汰のような説明)が必要だと主張した.

 
このドーキンスのコメントは,1998年の「The Philosophy of Biology」(Hull & Ruse編)に寄稿したエッセイ “Universal Darwinism” から引用されているものだ.このエッセイでは,ドーキンスは自然淘汰による進化が宇宙の生命すべてに適用できるユニバーサルなものだと主張しているが,そこで生命を説明するために重要な問題として「目的を持ったように見える適応的複雑性の説明」を提示し,その解決候補に(1)最初から内在的に完全に向かう傾向があるという理論(2)用不用と獲得形質の遺伝(3)環境からの直接の誘導(4)跳躍進化(5)ランダムな進化(6)自然淘汰をあげ,なぜ(1)〜(5)が成り立たないかを詳細に論じている.
 
生物学の哲学に関する数多くの寄稿を集めた一冊で,このテーマに関するまとまった本としてはおそらく最初期のもの.残念ながら電子化はされていない.

 

  • 現在ドーキンスは新無神論者としても有名で,彼のデイヴィッド・ヒュームに対する態度は非常に興味深く,ドーキンスのペイリーへの親近感をよく表している.
  • ヒュームの1779年の「自然宗教に関する対話」はデザインの議論に対する最良の反論だと考えられている.そこでは3人の哲学者(フィロン,ディミア,クレアンテス)が神の存在の証拠,特にデザインの存在について対話する.ヒュームの代弁者と考えられている哲学者フィロンは,現在あるデザインの証拠は広く相互に排他的な結論を導くのに使うことができると主張する:「世界はまだ幼い神によるやっつけ仕事ですぐ放棄されたものかもしれない.できのよくない神による仕事で,監督者たる神に嘲られたのかもしれない.老年になった神による仕事で死後放棄され,ガイドなく継続されているだけかもしれない」

 

 

  • ドーキンスにとってこの主張はポイントをはずしている.彼はデザインの証拠に強く印象づけられており,ペイリーとの意見の相違はデザインの起源についてにすぎない.彼は「盲目の時計師」において,ペイリーは生物世界の複雑性について正しく畏敬の念を持ち,特別な説明が必要だと感じたのだと書いている.

 
つまりドーキンスにすれば,ヒュームによる批判は的外れだということになる.いろんな解釈があるからといって,そもそも神の存在に代わる代替理論がなければ,神の存在自体が是認されてしまうということだろう.
「The Blind Watchmaker」は「利己的な遺伝子」「延長された表現型」に続くドーキンスの3冊目の本.邦訳は当初「ブラインド・ウォッチメイカー」という邦題で上下2冊だったが,その後1冊になり「盲目の時計職人」と改題された.

 

  • この考えこそが,ドーキンスを自分自身を,目的の幻想,適応にとりつかれたネオペイリアン(あるいは転向ペイリアン)だと位置づける理由だ(なお,ドーキンスはペイリーは「パレオペイリアンだ」だと付け加えている).そしてドーキンスは,ダーウィンにより初めて無神論が知的に成りたちうるものになったのだとする.ドーキンスは,証拠の弱さは当初からわかっていたが,しかし代替仮説がなければ,デザイナーの議論を否定できないといっているのだ.