第2章 「利己的な遺伝子」の定義と洗練化 その21
概念整理を行う第2章.第2章最後のテーマ「自然淘汰の定式化」.
2-5 自然淘汰による進化の一般的な定式化 その3
オーグレンはここで遺伝子視点についての意見の不一致について「進化にはレプリケータが必要か」を扱うとする.そしてまずダーウィンのオリジナルな自然淘汰の説明,ルウォンティンやメイナード=スミスの定式化,及びそれを拡張したゴドフリー=スミスの定式化には「繁殖,変異,遺伝」の要素のみが示され,レプリケータは必須の要素となっていないことが指摘された.ここからレプリケータを使った定式化とそれが提示する論点が解説される.
2-5-1 ルウォンティンの原則とレプリケータヴィークルアプローチの限界 その2
- ドーキンスとハルのアプローチは,レプリケータとヴィークルという2つのエンティティを必要とする.これに対してゴドフリー=スミスのレシピアプローチ(古典的アプローチ*1)は1つのエンティティのみを必要とする.
- この違いは,レシピアプローチの方がより一般的だという議論の余地ある主張に結びつく.しかしこの主張によりレプリケータヴィークルアプローチが多くの進化的な疑問を解決することができるという有用性を否定できるわけではない.とはいえ,レプリケータアプローチにはより重要な弱点がある.
ここでレシピアプローチの方がより一般的だと主張したことについてはサミール・オカシャの「The Units and Levels of Selection」という論文が参照されている.これは「A Companion to the Philosophy of Biology」という書物に収録されたもののようだ.
philpapers.org
- そのような弱点の1つは,レシピアプローチによれば,進化プロセスに遺伝子はオプション的でなくてもよい(しかしレプリケータアプローチでは必要になる)ことだ.進化が生じるには親と子の形質に遺伝的な相関があればよくて,それがたまたまこの地球で生じたような粒子的なメカニズムによる必要はない.
- オカシャはこれを「グールドパラドクス」と呼んでいる.グールドは「ダーウィンが遺伝の正しい理論を持たずに進化を理解できたのだから,遺伝子が重要な基礎であるはずがない」と主張している.
自然淘汰の説明にはレプリケータヴィークルアプローチをとる必要がないことを「グールドパラドクス」と呼んだことについてはオカシャの「Evolution and the Levels of Selection」が参照されている.
そしてグールドのこの主張は逝去直前に出された大著「進化理論の構造」にある.この壮大な書物の第8章第2節は「淘汰のエージェントの進化的定義と利己的遺伝子の欺瞞」と題されていて*2,利己的遺伝子の考え方は論理的な誤りであり階層淘汰論こそ正しいと力説されている.
グールドはかなり以前からエッセイにおいて利己的遺伝子の考え方を,「淘汰を受けるのは(表現型を発現している)個体」であるという言い方で完全に否定してきた.その後個体淘汰論から階層淘汰論よりになり,「進化理論の構造」では,詳しくいろいろ並べ立てて階層的淘汰論こそが正しいと主張しているが,私としては利己的遺伝子や遺伝子視点のキーポイントが理解できていない(あるいはできていないふりをしている)という印象を持っている.
- 繰り返しになるが,しかしながら,進化が融合遺伝の元であっても生じうる(ただし非常に高い突然変異率が必要になる)という事実でレプリケータモデルの有用性を否定できるわけではない.
- たとえば血縁淘汰の概念について考えてみよう.一部の論者は,ダーウィンが血縁淘汰を思いつかなかったのはメンデル遺伝学以前の世界にいたからだと主張している.この議論の根拠はハミルトンがこのアイデアを導入した時には遺伝子視点に大きく頼っていたということだ.
- しかしガードナーが説得的に示したように,これは根拠となりえない.ガードナーは融合遺伝の仮定の基で血縁淘汰理論が導入してみせて,この理論が粒子的遺伝を必須としていないことを示した.彼は血縁淘汰はメンデル遺伝学の理解がなくても構築可能であると結論づけている(ただし融合遺伝の基では分析は曲がりくねって複雑になると警告もしている).だから確かに,進化一般と同じく,血縁淘汰も遺伝子による遺伝がなくとも理解可能だが,遺伝子による遺伝は多くの実際の生命現象の理解を遥かに容易にするだろう.
このオーグレンの指摘は興味深い.
融合遺伝の元で血縁度の計算が複雑で難しくなるのは,まず世代が進むにつれて全メンバーの均質化が進むので共分散や回帰係数の算出が困難になってくること,そして「同じアレルを共有する確率」という計算が出来ずに表現型や全遺伝要素の相関として計算する必要があることなどになるということのようだ.
参照されているガードナーの論文は「Kin selection under blending inheritance」というものになる.
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