日本進化学会2007参加日誌 第二日


大会第二日(9月1日)



すっきり晴れて暑い.今日はわりとゆったりと10時からポスター発表という日程だ.今日の会場はなかなかしゃれた時計台記念館.内部にはおしゃれなレストラン,京大に関する展示ルーム,談話室,大小のホールがありいい雰囲気だ.



ポスター発表でまず面白かったのは小林一也による「ボク本当はママの子じゃないの?-オスによるクローンオス生産」
ウメマツアリではコロニーに2種類あり,女王の型から短翅型と長翅型に区別される.この型は形態だけでなく遺伝的にもある程度距離があるようだ.これだけでもどのようにこの多型が維持されているのか,分散の適応度はどうなっているのかと興味は尽きないわけだが,さらにオスは長翅型のコロニーには存在せずに短翅型のコロニーにのみ見られる.しかもこのオスは通常の半倍数体の遺伝様式と異なり,父親のハプロタイプのみ持っているようなのだ.そして核遺伝子を調べるとなんと自分のいるコロニーの短翅型のメスではなく長翅型のメスに近いという.さらにミトコンドリア遺伝子は短翅型のメスに近い.ゲノム排除を含めて仮説が考察されていたが,私にはあまりの面白さと複雑さによくわからないという感想だった.非常に興味深い現象だ.


土畑重人の「クイーンの逆襲!?:アミメアリにおける利己的社会寄生者の起源」
昨年の大会での辻和希の発表によりアミメアリの利己的ワーカーについては面白い問題があることを認識していたが,さらにそのアミメアリについての発表.アミメアリについては女王不在でワーカーによる共同単為生殖を行ってコロニーが営まれているが,働かないで16倍も子を産む大型ワーカーが共存している場合がある.これがまったく異なる2系統の共存ではないのかという疑問については遺伝子を分析すると,大型ワーカーは近隣ワーカーに近いということで否定された.この利己的大型ワーカーがどのようにして共存できるかをモデル化してみると,コロニーを一定以上の速さで食いつぶして隣のコロニーに一部移っていくという形でのみ共存可能になる.(ゆっくりだとじわじわ広がってすべてのコロニーが大型ワーカーだけになってしまう)このモデルによると通常ワーカーからゆっくり大型になる進化経路をとるとじわじわ広がるために2型が共存できない.また大型ワーカーは近縁種の女王アリに似ていることから,通常抑えられている女王への発達経路が跳躍的に復活したのではと考察している.共存進化モデルと跳躍的な変化がうまくあてはまって興味深い仮説になっていると思われた.


畑将貴の「”Magic Trait"による種分化のデモンストレーション」
生殖隔離と適応の両方に同時に作用する性質の例としてカタツムリの殻の巻き方(右巻きか左巻きか)を取り上げていた.このカタツムリを専門に補食するヘビがいて,このヘビは行動的に右巻きカタツムリの補食に適応している.(接近していったん首を左に振る.この様子が動画でディスプレーされていて興味深かった)殻の巻き方は1遺伝子座に支配されていて,同じ巻き方同士でないと交尾できないために通常はどちらかに固定され,日本を含む東アジアでは右巻きが多い.しかしこのヘビの多い地方(中国大陸と台湾)では左巻きが有利になる.実際に台湾では12種中4種がこのヘビに対する適応として生殖隔離しつつ左巻きに固定しているというもの.


遠藤真太郎の「アリ-アブラムシ-寄生蜂型における科学擬態の進化」
アブラムシはアリと共生しているが,甘露生産の悪いものは食べられてしまうこともあり,アリに化学擬態しているのではないかと予想して調べてみると実際に擬態していると思われるデータが得られた.さらにこのアブラムシに寄生するハチの行動を見ると用心深く近づいてさっと産卵する種もあれば,アリの近くで平然としている種もあり,これも調べてみるとアリに化学擬態しているものが見つかったという内容.



午後からは百周年記念ホールでの公開講演会
「進化研究の最前線に貢献する生き物たち」


最初の演者は岡田典弘「種形成の現場:ビクトリア湖シクリッド」
ビクトリア湖は形成年代が1-2万年と新しいにもかかわらず多くのシクリッドが種分化していることで有名だ.この湖はかなり濁っているので,性選択形質に体表の色彩が効いていれば,場所により色彩感覚のオプシンが適応変異を起こし,それがそのまま交尾の隔離機構として聞いてくる可能性がある.ということでできるだけ多くの標本を集め,生態データをとり特にオプシンのDNAを調べようというリサーチプログラムを実行しているという内容.
最近再放送された「ダーウィンの悪夢」を見たばっかりだったので興味津々で講演に聴き入った.リサーチの現場の写真も多く紹介され,ごろごろの岩場が印象的.さらに体表の異なる部分が赤いというシクリッドの種の違いも面白い.生息場所の水深,濁りに応じてオプシンの感受波長がシフトしていることも示されていた.
非常に多くの標本を集めているとナイルパーチにより絶滅させられていたと考えられていたLOST種も多く見つかったという報告もあり,ほっとさせられた.(漁獲が増えてナイルパーチの個体数に抑制がかかっているらしい)


四方哲也「人工細胞作りから迫る生命の起源」
試験管内に細胞を再構成する試みが講演された.最後の総合討論で,「こういう仕事はできると信じるかどうかがすべてみたいなところがありまして」とソフトな関西弁でおっしゃられたのが印象的だった.


井上勲「1+1=1:植物になる進化」
植物は通常シアノバクテリアの一種である原核生物葉緑体として取り込んでいる独立栄養生物と認識されていることが多いが,実は生物界の中で独立栄養生物と共生しているものは数多く,またいろいろなステージが観察できるという興味深い講演だった.
まず原核生物を取り込んだものだけでも,緑色植物のほか,灰色植物,紅色植物がある.(これを一次植物と呼ぶ)さらにこの真核生物の植物を共生者として取り込んだものにミドリムシ,クリプト植物,クロララクニオンなど7グループあるそうだ.またステージ別では,まずぱくっと食べても中で生きている状態(この場合にはそのうちいなくなりまた食べて補充する),次に分裂が同期し,さらにオルガネラが退化,最終ステージではオルガネラが消滅するという.
ここで演者が発見した「はてな」が紹介される.これはミドリムシのような共生生物なのだが,分裂するときに葉緑体は片方にしか移動しない.もう片方はしばらく葉緑体なしで泳ぎ,そのうちに餌を食べて補充するらしい.これは共生体が植物になる最終段階の手前という解釈をしている.楽しい講演だった.


佐藤矩行「動物の進化と発生とゲノム」
ホヤとナメクジウオにかかる講演.一般に脊椎動物に近いのはナメクジウオとされており,ホヤの幼生がさらに祖先型とされているのだが,最近の系統解析では実はナメクジウオの方が祖先型とされている.縁者の現在の解釈は祖先型はナメクジウオに近い生物であったのであり,ホヤはそれから後に派生して非常に形態が進化したのだろうということだ.


続いて総会.
来年の第10回大会は駒場で8月22-24日.再来年は札幌.
第10回大会が10周年記念大会といえるのかどうか(最初の京都の準備大会を第0回としてカウントするかどうかという問題)について,長谷川副会長のコメントが面白かった.結局来年10周年と名打つことになったようだ.そのほか高校生の生物学オリンピックの話とかが印象的だった.(ボランティアの先生の仕事は問題の作成,各国語訳さらに選手の高校生の特訓(!)および引率でものすごくハードだそうだ)


本年の学会賞及び木村賞は倉谷滋.


最後に倉谷滋の受賞講演があったが今年は短めの20分で残念だった.1時間ぐらいゆったり聞きたいものだ.
講演内容はこれまでの仕事を振り返ってエボデボの考え方を説明するもの.最初に頭骨の形態に興味を持って写生しまくり,脊椎との連続性に気づいて,ゲーテ説の再来だといわれたり,大学院でドイツ語を一から勉強し,毎日かびくさい図書館でドイツ語文献をあさったりという話のあと,もしホックス遺伝子の発見がなかったら自分は今でも単なるディレッタントだったかもしれないという言葉が印象的だった.


講演終了は6時過ぎ.この日もくたくただったため夕食は懇親会をパスして三条のおばんざい屋さんへ.鮎とかなすとか本当においしい.やはり京都はこういうものに限ります.疲労蓄積で9時にはホテルで就寝してしまった.