Virtue Signaling その12


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: Cambrian Moon
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: Kindle版
 
 
ミラーは道徳的な徳は,良い遺伝子,良い親,良いパートナーのハンディキャップシグナルとして性淘汰で作られた産物ではないかという仮説を提示した.この検証の方法論に入る前にまずいくつか整理を行う.通文化性,利他性に繁殖利益を与えることによりより協力的な平衡に移行させる可能性,そして特殊な正のフィードバックがかかる可能性だ,

 

道徳規範や道徳的徳への配偶選好を通文化的にみるとどうなのか

 

  • このようなことを通文化的に調べると,1つの疑問が持ち上がる.それはなぜ一部のモラル選好には大きな文化差が見られるのかという疑問だ.ここでも徳倫理学的アプローチは異なるレベルの分析を明確化するのに役立つ.
  • 私は次のように考えている:どの文化でも人々は知性,メンタルヘルス,感情的安定性を道徳的徳として評価する.しかし文化・社会・経済・生態的コンテキストによってそれをデモンストレートする方法が大きく異なるのだ.
  • これまでになされた大規模なヒトの配偶選好リサーチには1989年のバスによるもの,2004年のシュミットによるものがある.男女に共通する強い選好形質は,優しさ,知性,刺激的パーソナリティ,順応性,創造性,貞操,美しさだった.これらは多くの文化で擬道徳的と評価される.
  • ほとんどの文化で,淫乱,不貞,略奪愛は調和性の低さ,誠実性の低さを示すものとされる.
  • 恋人募集広告のリサーチでは,人々は通文化的に道徳的傾向(特に親切さ,正直さ,貞操,信頼性)を広告し,相手に求めていることがわかっている.

 

性淘汰と平衡淘汰

 

  • 非常に興味深いのは性淘汰とグループレベルの平衡淘汰に相互作用が生じる可能性だ.
  • 多くの進化ゲームには複数の均衡解がある.均衡解にはそのグループ内の皆にとっていいもの(パレート最適なもの)とそうでないものがある.自然淘汰だけで非パレート最適平衡からパレート最適平衡に移行することは通常困難だ.
  • しかし性淘汰は利己的で反社会的な平衡から逸脱する個体に繁殖利益を与えることにより非パレート最適平衡から抜け出す道を作るかもしれない.
  • これは利他行為を説明する間接互恵性理論の評判に似た機能だといえる.しかしながら標準的間接互恵性モデルは二次的なフリーライダー問題を惹起させる.この利他罰問題を解決しようとする多くの説明はその個体の利益を明確化することなく文化進化や社会規範ダイナミクスを使う.
  • これに対して(性淘汰)配偶選択モデルは利他的行為を行う個体にインセンティブを与える.だから道徳的個体の行動によってヒトの社会にしばしば現れる集合行為問題を解決することが可能になる.(道徳的個体の利益は繁殖利益だけでなく,友人や同盟などによるものも可能だろう)

 

  • このような性淘汰モデルとグループ淘汰モデルを相互作用させると,グループレベルで非常に素速くよりパレート最適な平衡が選ばれることにつながる.

 

選り好みの強さ(choosiness)と道徳的徳

 

  • ダーウィン以降の伝統的性淘汰理論では配偶選好性と選好される形質は明確に区分されてきた.しかしながらもしヒトの配偶選好が性的信頼性,貞操,選り好みの強さという(相手の)選好性自体にかかるならそれは新しい形のポジティブフィードバックを産むだろう.
  • 友人や遊び仲間の選択がルーズなことが非道徳的に受け取られるように,配偶相手のだらしない選び方もそう受け取られる可能性がある.
  • 我々は高度に社会的な動物であり,他人の性的振る舞いを観察し,記憶し,噂話をする.これにより高度な配偶選択能力がそれ自体コストのあるモラルシグナルとして選好される性淘汰産物になることが可能だ.
  • このダイナミクスの理論的可能性は私の知る限りまだ探索されていないようだ.

 
2番目の指摘はハンディキャップシグナルによる繁殖利益が進化ゲームの動態を変える可能性の指摘で興味深いところだ.3番目の選好性自体がハンディキャップシグナルになるという可能性も理論的には興味深いものだ.ただこれらの問題は私の知る限りあまり広く議論されていないようだ.

Virtue Signaling その11


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)


道徳の個人差についてミラーはここまでにビッグ5,メンタルヘルス,知性を取り上げた.

本当にこれらの傾向は道徳的徳と判断されるのか

 

  • このようなパーソナリティやメンタルヘルスや知性の傾向は,一体どういう意味で「擬道徳的」だというのだろうか.そう考えるべき理由が4つある.最初の3つは社会心理学の知見であり,最後の1つはポピュラーカルチャーから導かれるものだ.
  1. ほとんどの人は「創造性,美しさ,地位,富はそれらを持つものにメリットを与え,道徳的徳の原因でも結果でもある」という「世界観」を持っている.人々はこうした傾向をモラルに関連づけ,モラルと結合価を持つものとして扱うのだ.
  2. 潜在的連合テストを用いたリサーチによれば,人々は他人の評価について善悪の次元で行い,それは道徳的善,感じの良さ,楽しさ,肉体的美しさとごちゃまぜになっている.
  3. このような傾向には強い「ハロー効果」がある.例えば美しい,あるいは地位が高い,あるいは裕福な被告は無罪と判断されやすいのだ.逆に道徳的に善だと思われていると,その人は美しく健康だと評価されやすい.いずれも人々は道徳的善をパーソナリティ,メンタルヘルス,知性,肉体的美しさと混同しているのだ.
  4. 人々はしばしばこのような擬道徳的傾向を極端に誇張して神話的人物に当てはめる.例えば,神,政治的リーダー,映画のキャラクター,スーパーヒーローなどがそうだ.

 

  • ソクラテスのころから哲学者たちは実証的には様々な相関する傾向を区別しようとしてきた.ほとんどの哲学者は要因分析ではなく,必要条件と十分条件によってものごとを定義しようとする.だから道徳哲学者は上記のように道徳的善と社会的名声と経済的価値と性的魅力をごちゃまぜにすることを認めることを嫌がるだろう.
  • しかし哲学者たちがヒトの道徳の進化を押し進めてきたわけではない.ヒトの道徳の記述的説明を行いたいのなら普通の人々の感覚に耳を傾けるべきだ.それは実証的な問題なのだ.

 
普通の人が道徳と美しさと地位と富をごちゃ混ぜにしているというのはなかなか衝撃的な指摘だ.誰もがこれは次元の異なるものだと意識的にはわかっていても,無意識的にはそういう傾向を持っているということなのだろうか.
邪神やダークヒーローよりもモラル的な神やヒーローが多いのは確かだ.そうでなければ布教や物語が受け入れられにくいというのは確かにあるのかもしれない.
 

道徳的徳は本当に性的に魅力的なのか

 

  • リサーチは多くの道徳的徳(親切,感じの良さ,正直,英雄性など)が性的に魅力的で,関係の安定性に効いていることを見いだしている.多くのこのような徳への選好は長期的なパートナーを探しているときに強くなる.但しリスクのある英雄性への選好は女性が短期的な相手を探しているときに強くなる.
  • これらのリサーチの問題は,このような選好性が,良い遺伝子のためか,良い子育て投資のためか,良いパートナー探しのためかを区別できていないことだ.
  • 配偶選択のリサーチの基本は,まずシグナリング淘汰圧を与える選好性を示し,次になぜそのような選好性があるのかを調べることだ.この後者のステップはより繊細なリサーチデザインが必要になる.

 
ここからミラーは仮説の検証に向けた議論をすすめていくことになる.

書評 「正解は一つじゃない 子育てする動物たち」

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本書は様々な動物たちに様々な形の子育てがあることを解説する本だ.それぞれ自身が子育てする親である生物学者たちが,自分の専門の動物の子育てを楽しそうに解説してくれる.背景には現代日本の子育ての現場で「子育てはこうしなければならない」という根拠のないアドバイス(あえて迷信といってもよい)があふれているということがあるようだ.もっと肩の力を抜いて子どもに向き合いましょうという柔らかなメッセージが伝わってくる.それぞれの章末に自分の研究紹介コラムに加えて子育てエッセイが収録されているのもそういう含みだろう.
 

第1部

 
第1部は子育てとは何かという基礎解説編.
 
第1章は全体のテーマを提示する章.まずヒトの子どもの様々な特徴に与える家庭環境(つまり子育てのあり方)の影響はかなり小さいという行動遺伝学の知見を示し,子育てが重要でないはずはないがただ一つの正解があるわけではない,むしろ様々なあり方があって当然であることをやんわりと指摘する*1.これが様々な動物の子育てを見ながら感じて欲しい本書の基本テーマになる.そこから進化,子育ての進化の初歩的な解説がなされる.
続いて第2章でヒトの子育ての生物学的な特徴が解説される.成長に時間がかかること,男女のペアが社会の基本であること,出産は困難で子育て投資が大きいが(近縁の類人猿に比べて)多産であること,母親だけでなく,兄弟姉妹,祖母,父親が子育てを手伝うこと(共同保育)などが解説されている.
 
第3章は巷にあふれる「母性神話」を打ち砕く章で,力が入っている.母性神話というのは「子どもの成長には3歳までの幼児期が重要で,その時期には母親は愛情あふれた育児に専念するべきだ」というようなもので,40年以上前から実証的には否定されているが今でもささやかれているものだ.これに対して,少し前までは共同体の中での共同保育が通常で,主に母親が育児に専念するようになったのは産業化以降の新しい現象であること,ホルモンによる子どもへの「原初的没頭」は父親にも発現しうるものであること,実証的には育児に専念する専業主婦の方が育児ストレスや夫や子どもに対するネガティブな感情が大きい傾向があることをまず指摘する.そこから神話の中核にある「愛着理論」について詳しく論じ,それは子どもと母親に限られた絶対的なものではなく,子どもは柔軟に様々なアタッチメントを発達させられることが強調されている.最後に保育所保育による悪影響があるという決定的事実はなく,ポジティブな効果も報告されていることを指摘している.
第4章は卵子と精子について解説し,さらに生殖補助技術(不妊治療,家畜の育種改良や絶滅危惧種保全のための人工授精など)についても扱っている.至近的な説明がなかなか詳しい.
 

第2部~第4部

 
第2部,第3部,第4部は様々な動物の様々な子育ての様子を紹介している.本書の中心部分であり,楽しく読めるところだ.扱われている動物はラット,マウス,ニホンザル,ハト,テナガザル,オランウータン,トゲウオ,アリ,マーモセット,ゴリラ,ペンギン,シクリッド,ツキノワグマ,ジュウイチ,ノラネコ,オオカミとイヌ,チンパンジー,イルカになる.興味深かったところを紹介しよう.
 

  • ラットは未出産メスでもオスでも仔ラットの匂いに慣れさせると子育て行動をするようになる.授乳はできないがそのためのクラウチング行動は行う.出産メスのための脳のメカニズムが発現してしまうためだと思われる.
  • レバーを押すと(餌の代わりに)自分の子どもが与えられるという装置で実験すると母ラットは自分の仔を巣に回収したいという飽和しない強い動機を持っていて3時間で684回のレバー押しが見られた個体もある(回収後次々に装置に戻す形で実験を行う).
  • オスマウスは「交尾をしたか」,「メスマウスと同居しているか」という経験の有無によって,仔マウスに対して「喰い殺す」「子育て」の正反対の反応を示す.
  • 仔マウスは首をつかまれると心拍数が低下しおとなしくなるという「輸送反応」を示す.ヒトの赤ちゃんがだっこして揺らしたり歩き回ったりすると泣き止むのも同様の輸送反応だと思われる.
  • ドバトは世界中に分布しているが,伝書鳩が迷いバトになって広がったのだろう.
  • テナガザルは大声で歌うことで有名だが,オスの歌とメスの歌の旋律は異なり,毎朝夫婦デュエットする.緊密な一夫一妻制で有名だが,近年の研究では婚外交尾が予想より多いことが明らかになった.死亡率は離乳前の乳児期が高いが,主な死因は樹上からの落下事故のようだ.
  • 現在ではオランウータンについて,スマトラ島に2種(スマトラオランウータンとタパヌリオランウータン),ボルネオ島に1種(ボルネオオランウータン)の合計3種が認められている.オランウータンは少産少死であり,天敵がいないこと,樹上生活で感染症が少ないことが死亡率が少ないことにつながっている.常に一人っ子状態なので,子どもは母親に対してわがままになったり駄々をこねたりしない*2
  • マーモセットは父親や兄弟姉妹も参加して共同保育を行う.霊長類では例外的にメスによる子殺しが報告されている.群れの中で最優位のメスのみが繁殖するが,例外的に劣位メスが出産した場合には最優位メスによる子殺しが行われることがある.
  • ゴリラの群れの中で子ども同士が争いになるとメスは自分の子の味方,オスは(すべて自分の子なので)弱い方の味方になる.
  • コンピクトシクリッドは一夫一妻制で,通常オスの方が大きく,オスがナワバリ防衛,メスが子育てと分業しているが,(人為的に)メスの方が大きなペアを作らせると役割を逆転させる.
  • クマはドングリの凶作年にはドングリを求めて「渡り」のような移動をすることがわかってきた.
  • ノラネコではかなりの頻度でオスによる子殺しが見られる.メスは共同で子育てをしてオスから防衛を試みることがある.また1例だがオスが我が子を防衛しようとした観察例がある*3
  • オオカミはオスメスペアとその子どもたちという核家族的な群れで生活するが,ノライヌはそのあたりの絆形成が弱くなっており,無家族で乱婚性の社会となり,子育てもメスのみのワンオペ型になる.

 
以上が本書の内容で,とにかくも楽しい本に仕上がっている.研究紹介コラムや子育てエッセイもぴりりといい味を出している.子育て中の人には特に楽しめる一冊ということになるだろう.*4*5
 

*1:また家庭環境の影響が小さいことは,公教育が充実していることを意味し,特別な教育法を実践する余裕がなくとも心配する必要がないとも指摘されている

*2:次の子どもとの間で離乳のコンフリクトがあってもよさそうだが,残念ながらそのあたりの解説はない

*3:これは「ダーウィンが来た!」の撮影で得られたそうだ

*4:ただ残念なのは,本書のテーマに深く関連している「オスメス間でどのように子育て投資が決まるか」の進化理論が第1部できちんと取り上げられていないことだ.このため何人かの執筆者が簡単な説明をしようとしているが,それぞれスタンスも異なるし,別のモデルに依拠していたりして,読者は混乱してしまうだろう.かなり微妙な問題なので総説の書き手がいなかったということかもしれないがチャレンジして欲しかったところだ.

*5:もう1つ細かいところではアリの章でアリの真社会性の進化について単純な3/4仮説だけで説明できるかのような記述になっているのも今日的にはややナイーブで気になるところだ

訳書情報 「21世紀の啓蒙」

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https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51vJBFdLqBL._SX344_BO1,204,203,200_.jpg



 
先日私が書評したスティーヴン・ピンカーの最新刊「Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress」が「21世紀の啓蒙:理性,科学,ヒューマニズム,進歩」という邦題で草思社より邦訳出版されるようだ*1(12月18日発売予定)邦題も副題もあまり奇をてらわずにストレートでよいと思う.


私の原書書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2019/11/23/143736
原書の読書ノートはhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20180221/1519210562より中断をはさみながら連載.ピンカーによる原書に対する批判への応答に関してはhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2019/08/25/081209より連載している.


原書

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

*1:残念ながらとりあえずはハードカバーのみのようだ.早く電子版と同時発売がデフォルトになっている米国のようになってほしいものだ.

書評 「Enlightenment Now」

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

 

本書はスティーブン・ピンカーによる「The Better Angels of Our Nature(邦題:暴力の人類史)」に続く大作.前作で世界の暴力の減少傾向とその要因を考察したピンカーには進歩や科学嫌いのインテレクチュアルから様々な批判が寄せられた.ピンカーはテーマをさらに広げ,暴力以外の観点でも世界は良くなっていることを示し,それは理性に基づく科学とヒューマニズム的価値観,そして過去の人々の努力によって我々が享受しているものであることを本書で示そうとしている.そしてこの理性と科学とヒューマニズムは18世紀の啓蒙運動に始まるものということで本書のタイトルは「今こそ啓蒙運動」になっているのだ.
 
序言では本書は「現在世界は悪い方向に向かっており,それはキリスト教精神とモラルを侵食するグローバル化が原因である」という見解が徹底的に間違っていることを示すために書かれたとある.これはトランプ政権にもある考え方だが,本書はブレクジットやトランプ当選以前から構想されている.そして反動的な思想信条を持つものだけでなく,進歩を認めない冷笑的なインテリも本書が徹底的に批判する対象になるのだ.
 

第1部 啓蒙運動

 
続く第1部は「啓蒙運動」と題されている.この世界を良い方に向けている力をまず説明しようという趣旨だ.
 
第1章では18世紀の啓蒙運動「the Enlightenment」とは何だったかが振り返られている.それは人間についての理解への探索であり.「理性(合理主義)」,「科学」,「ヒューマニズム」,「進歩」の4つのテーマが絡んでいる.理性は正しい知識を求めて科学の方法に至った.それは人々を迷信の世界から解き放つ.さらに科学は人間の理解を深め,その理解はすべての個人の幸福が重要だと考えるヒューマニズムに結びつく.それは世界から奴隷制,残虐な刑罰などの野蛮な習慣の廃止を実現させた.それこそ進歩なのだ.さらに啓蒙運動は繁栄を合理的に考察し,交換市場が双方に利を生むことによりその源泉となるという理解から協調的商業を推奨し,戦争を栄光のためでも神のためでもなく,いつか解決すべき実務的問題と捉え,それは「平和」につながった.
 
第2章ではこの啓蒙運動「(定冠詞なしの)Enlightenment」を21世紀の理解からもう一度基礎付けしようというピンカーの野心的な試みになる.そのキーテーマは「エントロピー」「進化」「情報」になる.エントロピーから始めるのは面白いところだ.
エントロピーは放っておくと物事が瓦解していくことを示している.しかし開放系ではエネルギーを取り込み,秩序を創り出すことができる.そして進化は機能的デザインを創り出す.そして情報についての理解はなぜ脳が知性を持つことが可能かを教えてくれる.ピンカーはこれらから以下の理解が得られると議論を進める.野心的な試みで興味深いところだ.少し詳しく紹介しよう.

  • ヒトは進化の過程で大きな脳を手に入れ,認知的ニッチ,あるいは文化的ニッチ,あるいは狩猟採集生活ニッチに適応した.そこでは世界のメンタルモデルを操作し,何が生じるかを予測し,他者と協力を可能にし,言語と文化を獲得した.
  • ヒトは知識によりエネルギー獲得効率を上げてきた.農業が発明され,倫理を含む深い思索を行う余裕を持った.さらに産業革命は大きなエネルギー獲得を可能にし,貧困や疾病や飢餓からの脱出を進められるようになった.つまり我々は悲劇の中に生まれ,より良いものを苦労して手に入れてきたということになる.
  • さらにこのような理解は「宇宙に何か目的があるわけではなく,不運は誰のせいでもないかもしれない」という智恵をもたらす.それは単にエントロピーが上昇しているために,あるいは進化的なアームレースの帰結としてもたらされているかもしれない.貧困もデフォルト状態に過ぎず,富こそ説明されなければならない.
  • さらに進化的な思考は,ヒトの認知にバイアスがあり,それは(包括適応度上昇に向かって進化した以上)必ずしも我々に幸福をもたらすわけではないことを教えてくれる.
  • これらの限界を超えるために使える2つの認知的ツールがある.1つは抽象化能力で,もう1つは組合せと再帰の力だ.これにより抽象的に組み合わされた思考が可能になり,思想家のコミュニティでアイデアを共有できる.コミュニティができあがると互いの利益になるような組織化が働く.徐々にコミュニティには,「議論によって決着をつける.自分が正しいと主張するには理由の提示が必要であり,相手の信念の誤謬を指摘することは許されるが,暴力的に黙らせることは許されない」というルールを作り出していく.そのようなルール群こそが科学なのだ.
  • コミュニティの智恵はモラル感覚の上昇をもたらし,「自分が自分であること」が特権の理由にならないことが認められるようになる.そして社会はポジティブサムゲーム構造をもたらす社会契約を積み重ねていくようになる.
  • だからこそヒトの社会は多くの欠点にもかかわらず改善していくのだ.規範と制度により偏狭な心をユニバーサルな利益への関心に振り向ける.これらの規範には「言論の自由」「協力」「コスモポリタニズム」「人権」「ヒトが過ちを犯しやすいことを認めること」などが,そして制度には「科学」「教育」「民主政府」「国際機関」「市場」などがある.そしてこれらが「啓蒙運動」の主な知的遺産であることは決して偶然ではないのだ.

 
第3章では啓蒙運動を否定する思想勢力が紹介される.本書の議論の仮想敵となる.ここでは敵勢力の紹介のみになる(具体的批判は第3部に持ち越される)ピンカーは3つの敵をあげている.

  • 最初の敵はヒトは文化,人種,宗教,精神からなる有機的統合体と考える勢力,具体的にはロマン主義と宗教だ
  • 2番目の敵は個人は国家などの超個体の使い捨て可能なパーツに過ぎないと考えるナショナリズムや宗教だ.そしてこれには例えば「生態系」に至上の価値を見いだす左派運動も含まれる.
  • 3番目の敵は進歩嫌いのインテリで,人々の生活水準より文学や芸術に価値があるとし,科学技術による進歩を冷笑する人々だ.

 
啓蒙運動をエントロピーと進化と情報によって今日的に位置づけし直そうというピンカーの試みは斬新で面白い.成功しているかどうかについては意見が分かれるかもしれないが,なかなか啓発的な議論だというのが私の感想だ.

 

第2部 進歩

 
第2部は世界が実際に進歩してきたことを実証的に示す部分になる.ここで個別のデータの前に何故このような取り組みを行うのかを説明して序論としている.

  • 進歩恐怖は一部のインテリたちだけでなく普通の人々の間にも見られる.ニュースはより災厄を取り扱い,利用可能バイアスは悲観主義を生む.
  • 私はデータを提示することによりこれを乗り越えられるのではないかと考えて前著で100あまりのグラフと共に暴力減少傾向を示したが,それでも多くの人々にはなかなか受け入れてもらえなかった.
  • おそらく進歩恐怖にはもっと深い心理的基盤があるのだ.それは例えば将来のゲインを楽しむより遙かにロスを恐怖するバイアスとして現れる.
  • インテリ文化はこのような認知バイアスに抵抗すべきだが,彼等は定量的思考が苦手で,その上にマーケティング的にはこのバイアスに乗った方が得だという状況がある.そしてこのような悲観主義の蔓延はトランプ政権のような予期しない受益者を生む.
  • このような悲観主義を打ち砕くには徹底的なデータによる進歩の事実の提示が必要だ.実際に健康,長寿,豊穣,安全,自由,平等,知識,幸福感などのウェルビーイング指標のすべてにおいて人類は進歩してきている.ここからそれを見ていこう.

 
ここからピンカーは16章を費やして,様々なヒューマニズム的価値を示す指標を取り上げて,人類が啓蒙運動以降進歩していることをデータから示していく.それらはグラフでも示され,若干のアップダウンはありながらしっかりとして上昇基調をたどるという同じ形を示している.ここは本書の中心部分であり,グラフをたどりながらじっくり読むべきところということになるだろう.ここではピンカーの議論について興味深い部分を中心に紹介しておこう.
 
最初に採り上げるのは寿命,健康,食糧,富,平等,環境というある程度客観的な指標があるものを扱っている.この中では格差の拡大と環境が世界が向上しているという点から疑問視されることが多く,ピンカーの議論にも熱が入っている.

  • 18世紀の欧州やアメリカの平均寿命は狩猟採集民のそれと大して変わらない35歳程度に過ぎなかった.貧困,疾病からの大脱走の波は19世紀に始まり,今なお上昇速度は衰えを見せない.最大の要因は乳幼児死亡率の減少で,それは一人あたりの出産数の減少という効果ももたらした.
  • 人類の歴史を通じて最大の死の要因は感染症だった.19世紀に感染症のメカニズムが解明され,衛生対策などにより感染症の死亡率は大きく下がった.まさに科学による「アイデア」の勝利だ.20世紀中頃まではジェンナー,パスツール,フレミングたちは「世界の偉人」の代表だった.しかしながら進歩は悪いアイデアによって逆転させられる.陰謀論に基づく反ワクチン運動はまさに忘恩の大罪と言うべきものだ.
  • 人類の食糧事情は過去数十年で大きく改善している.マルサスの予測は大きく覆された.人々は豊かになると子どもの数を減らし,そして科学は合成肥料や緑の革命で食糧増産の道を開いたのだ.現在の反科学的イデオロギーに染まった環境保護グループは遺伝的エンジニアリングに強硬に反対しているが,これは人々を飢えさせ,科学の発展を阻害し,自然環境を毀損するものだ.
  • 世界の総生産は1800年頃まではほぼ横這い程度だったが,産業革命以降科学の応用,法による自由市場の保護,価値観の変遷が生じて爆発的な富の創造が始まった.それは現在も継続中であり,特に1980年以降共産主義の凋落と独裁体制の減少,そしてIT技術の興隆と共に途上国中心に大きな経済成長の波が生じている.

 

  • 現在しばしば「増大する格差」が問題視される.しかし多くのディストピア的批判は格差と貧困を(あるいは格差と不公平を)混同している.経済政策はジニ係数の縮小よりも富の増大を目標にし,個別の問題には個別の解決を探るべきだ.左派は格差が不幸を作ると主張するが,それは実証的には否定されている.格差は経済発展の初期に生じやすいが,それは上昇の希望を与えて人々を鼓舞する.そして途上国の発展により全世界ジニ係数は縮小し続けている.
  • 確かにほとんどの西洋国家,特に英語圏では国内での不平等は増大している.英米では産業革命以降不平等が増大し,その後緩やかに低下し.20世紀に戦争とインフレと政府の社会支出の増大により大きく下がり,1980年頃から上昇に転じている.上昇要因についてはグローバル化以外にも様々な要因が指摘されている.これは上層の所得の伸びが中層下層よりも大きくなる形で生じている.しかし中層以下の所得も絶対額では伸びていて生活水準は上昇している.そして技術の進展とグローバル化は世界中の圧倒的多数の人々の生活水準を大きく押し上げており,先進国中層の所得の伸びの低さのトレードオフがあるとしてもそれは十分にとるに値するものだ.

 

  • 主流の環境保護運動は1970年頃から科学と進歩を否定する黙示論的な擬似宗教的イデオロギーであるグリーン主義に取り込まれてしまった.彼等は技術が地球の純潔を汚すと考え,人口爆発と資源枯渇を叫び立てる.しかし近年エコモダニズム,エコプラグマティズムなどと呼ばれるグリーン主義に対抗する啓蒙運動環境主義が現れた.エコモダニズムは汚染の一部は熱力学的に不可避な結果であり,文明化はヒューマニティにとって善だと認識する.そしてこのトレードオフをテクノロジーで改善しようとするのだ.
  • そしてデータは世界の環境が1970年頃から好転し始めていることを示している(ここで示される多くのグラフは啓発的だ).これを可能にしたテクノロジーのキーは「密度」と「脱物質化」だ.
  • 温暖化は確かに大きなチャレンジだ.右派の温暖化の事実の否定論と左派の自由市場とグローバル化の否定論,そしてこれをモラルイッシューと考える態度はいずれも問題解決に結びつかない.この問題に対しては実務的に「深い脱炭素化*1」に取り組むべきだ.レスポンシブな冷却テクノロジーの利用も視野に入れるべきだろう.

 
続いてピンカーは前著の「The Better Angels of Our Nature(邦題:暴力の人類史)」で主張した世界の暴力の減少傾向についてのアプデートを5章に渡って取り扱っている.テーマとしては平和,安全,テロ,民主制,差別が扱われている.

  • 前著出版後も「長い平和」は続いている.ウクライナ,朝鮮半島では危機があったがいずれも両当事国はエスカレートさせずに矛を収めている.残る紛争地帯はナイジェリアからパキスタンにかけての一帯で,背景にはイスラム過激派とロシアのナショナリズムがある.シリアの内戦は1つの特異点を作っているが,過去の特異点に比べると小さな山に過ぎない,ジェノサイドがなくなったわけではないが被害者数は過去のものに比べると二桁小さい.この背景にはハサウェイとシャピロが論じたようなパリ不戦条約に端を発する「戦争は違法だ」という認識の広がりがある.また人々の価値観も「平和には本質的な価値がある」というものに変容した.1940年代まではロマンティックミリタリズムが重要な勢力であったのだが,それは第二次世界大戦で洗い落とされたのだ.
  • 殺人率も基本的に下がり続けている.アメリカの1960年代の小さな逆行は多くの教訓を残してくれている.それは暴力犯罪は解決可能な問題だということだ.法の執行(これにより報復の連鎖を止められる),データの基づく適切な抑止戦略により殺人率を下げることが可能なのだ.そして殺人だけでなく不慮の事故率や災害による死亡率も下がり続けている.それは技術の進展とモラルの力,そして多くの人の努力の集積によるものだ.富は命を買うのだ.
  • テロはマイナーな加害によりメジャーな恐怖を引き起こす危険要因だ.全世界的に見るとテロは紛争地帯で生じる現象であり,アメリカと西ヨーロッパのテロ被害は大きく報道されているが死者は極めて少ない.テロに対する一般的認知の上昇は世界がいかに安全なものになっているかを示すものだ.それ以外のリスクが小さいからこそテロが目立つのだ.
  • (逆行事例が大きく取り上げられるためにあまり認知されていないが)世界の民主化への動きは2000年以降も継続している.理想的な民主制の前提要件が満たされることは難しく,その幻滅からインテリは悲観論に傾きがちだ.しかし民主制とは流血なく無能な統治者をやめさせることができ最低限人々を無秩序の混乱から守ることのできそうな人に統治を任す仕組みであり,独裁などの代替案よりましだと影響力のある人々が考えればそれは保たれる.そして人権擁護を定量的に評価すると民主制は政府権力を抑制し人権擁護に効いていることがわかる(死刑廃止の動きが例にとられて詳しく分析されている).
  • インテリはしばしば「我々はなお深く人種差別的,性差別的,同性愛嫌悪的な社会に生きている」という言い方をする,しかしデータは人種差別,性差別,同性愛嫌悪も減少していることを示している(スティーヴン=ダヴィドウィッツのGoogleの検索用語データを用いたリサーチが詳しく紹介されている).そしてこれは全世界的な傾向だ.

 
次の4章はヒューマニズム的価値においては重要だがやや評価が難しい指標(知識,人生の質(Quality of Life),幸福感,実存的脅威(人類滅亡の可能性))が扱われている.できるだけ網羅的な本にしようというピンカーの強い思いがわかるところだ.

  • 教育は人類の進歩の旗艦というべきものだ.知識は積み重ねることにより深まり,健康と長寿を可能にし,富の創造の基礎になる.そして教育は迷信からの解脱,差別主義・排他主義・権威主義からの離脱の鍵になり,民主制や平和をももたらすようだ.そして人類の知識は増大し続けており,初等教育,大学教育の普及率も上昇を続け,人々は時代と共に利口になり続けている(フリン効果).
  • インテリは物質文化を享楽的でくだらないとけなしがちだ.しかしそれは偏見の上にある.真の人生の質は選択の広さで測られるべきだ.そして労働時間や家事時間は着実に減少し,余暇時間は増えている.照明や食糧を得るための必要労働時間は劇的に減少している.そして交通やメディアの発達は(インテリが言うのと逆に)対人関係の親密性について大きなメリットを与えている.技術の発達は娯楽用商品による喜びを大いに増やしているし,インテリが好む芸術や文学作品へのアクセスも容易にしているのだ.
  • 幸福はどうか.進化心理学の快楽のトレッドミル理論によれば幸せの感受性は周りの状況に応じて変化し,どこかで飽和することになる.しかしそれは物質的な環境はどうでもよいということを意味しない.進歩は幸福を無限に増大させはしないかもしれないが,目の前には減らすことのできる不幸が大量にあり,人生の意味も無限に増大させることができるのだ.そして人生満足度を調査するとそれは一国のGDPと相関し,所得の絶対水準が幸福度に効いていることを示している(確かに裕福になった満足度は数ヶ月で減退するが,完全になくなるわけではないようだ).世界中の国々は時代と共に裕福になり,人類は幸福になっているのだ.インテリは「現代人は病んでいる」と言いたがる.しかし調査はアメリカ人がここ数十年で孤独になっているわけではなくより周りの人々とつながるようになっていることを示している.自殺や鬱も傾向的な上昇は観測されていない

 

  • 進歩に対して,いやこれまでは運が良かっただけで人類は破滅の危機にあるではないかというのは定番の反論の1つだ.しかし問題は解決可能なのだ.そしてその際にはリスクと回避コストを定量的に把握して対処するのが重要だ.我々は破局シナリオを重大視する方向への認知バイアスを持っていることにも留意が必要だ.テクノロジー黙示録はしばしば声高に叫ばれるが,AIやロボットが人類を破滅させるリスクはごく小さく,それに対処できないということはあり得ない.サイバーテロやバイオテロも定量的に分析するとリスクは非常に小さいことがわかる.核戦争のリスクはリアルだが,対処不可能なわけではない(詳しく議論されている).

 
幸福の問題は客観的な指標がなく,明確な進歩を示すグラフもなく,本書では唯一やや歯切れの悪い章になっているが,ピンカーはかなり深く議論していて「幸せのトレッドミル仮説」と幸福の増大の関係の解説も含め本書第2部の中で特に読み応えがある部分になっている.また核戦争のリスクはリアルなのでピンカーの議論は詳細で真剣だ.
 
そして第2部の最後に将来の展望を置いている.

  • ここまで様々な進歩があったが,なお世界は7億人の貧困を抱えユートピアになったわけではない.では進歩が継続できる可能性についてはどう考えればいいだろうか.知識と技術は累積的に改善され,ヒューマニズムモラルも一方向を向いている.基本的には進歩を継続することは可能だと考えるべきだろう.
  • 懸念材料としては経済成長の持続性,反動的政治勢力の増大がある.まず技術進歩があれば潜在成長率はなお上昇が期待できるだろう.これと異なり確かにトランプ政権のようなポピュリズム反動政治勢力はリアルなリスクだ.1つの希望はポピュリズムは老齢者の動きだということだ.世代交代により彼等は数を減らすだろう.そしてポピュリズムに対してはまさに啓蒙運動が重要になるのだ.政治家は不必要な二極化レトリックやアイデンティティポリティクスを避けるべきだし,メディアは劇薬しか望みがないと思わせるような悲観主義をばらまくべきではないのだ.問題は解決可能であり,真実と理性を持って進歩を擁護していくべきなのだ.

 
ピンカーはこれまでの進歩を覆しかねないトランプ政権をはじめとするポピュリズムについて,まさに今こそ啓蒙運動が重要だと主張する.そしてこれは啓蒙運動擁護の第3部につながる.
 

第3部 理性,科学,そしてヒューマニズム

 
ここまで進歩を見てきて,将来にかかる暗雲を見た.最終第3部でピンカーは,暗雲を振り払い進歩を続けるために啓蒙運動を力強く擁護する.それは理性(合理主義),科学,そしてヒューマニズムの擁護になる.擁護はポピュリストや宗教家,そして主流のインテリ文化にみられる反啓蒙運動的主張に対する徹底的な批判を含んでいる.少し詳しく紹介しよう.
  

  • ハートや感情を何より重んじたり,「現実は社会構築物に過ぎない」と主張する理性の否定者は根本的な問題を抱えている.そもそも理性を否定すればまともな主張や議論ができるはずがないからだ.
  • 一部のインテリは社会心理学や行動経済学が発見したヒトの心理の不合理さを持って理性を攻撃する.しかしそもそも理性があるからこそ不合理を発見できるわけであり,そしてヒトの心理に不合理な一面があるからこそ(直感的な思考による誤謬に対抗するために)理性は重要なのだ.我々はより真実に迫れるような情報環境を整備することにより問題を解決していけるのだ.
  • 最近のリサーチは理性の最大の敵が政治的部族主義であることを示している.人々は自分の属する部族の中で疎外されないようにその部族の文化的同盟のシンボル的主張を(意識的,無意識的に)受け入れる.これは当人にとってある意味「合理的」な方策でもある.アメリカにおいて進化と温暖化の否定は右派のシンボルで,遺伝子編集と市場の否定は左派のシンボルになってしまっている.これはいわば「信念共同体の悲劇」だ.保守は知識無視の政策を推し進め,リベラルはアイデンティティポリティクスとポリコレ警察に堕している.
  • これを乗り越えるには物事をエビデンスベース(検証,予測のトラックレコード)で取り扱い,ベイジアン的に現実を理解していくことが望ましい.メディアも姿勢を改めるべきだし,教育もクリティカルシンキングやディバイアシングをもっと取り入れるべきだ.そして物事をできるだけ政治化しないことも重要だ.

 

  • 科学こそ人類史上最も誇るべき成果物と呼ぶにふさわしい.それは理性を用いてなされ,知識を積み上げ,人々の寿命,富,健康,自由を増やし続けている.
  • しかし科学に憤慨して敵視するものがいる.それは宗教家やポピュリストだけでなく主流のインテリにも見られるのだ.
  • 現在受け入れられている科学的仮説がすべて真実だというわけではない.それは科学という営みでは当然のことだ.また科学は価値を取り扱わないが,それは科学者が価値を語ってはいけないことを意味しない.そして科学者は決して純粋のアイデアの世界に閉じこもっているわけではない.実証的事実を扱いながら数学の正しさ,理論の論理性,科学の価値について日々熱中している.現代的な科学のコンセプトは哲学や論理と一緒にあるのだ.
  • そして科学の本質は2つの理想の上に乗っている.1つは「世界は理解可能だ」というものであり,もう1つは「自分のアイデアが正しいかどうかを世界に問うべきだ」というものだ.それは現実を深いレベルで理解することにつながり,その過程はベイジアン的だ.
  • グールドは2つの領域論で価値の領域に宗教を置いた.しかし教養ある人は宗教的でない意味や価値を求める.この協約は破綻していると言うべきだろう.
  • 多くのインテリはクーンを曲解し,科学を宗教や神話と同じナラティブだと見下す態度をとる.そしてサイエンススタディの学者は科学が抑圧の道具だと証明することに自身のキャリアを賭け,文明と同じぐらい古い人種差別や奴隷制やジェノサイドを科学の責任だと主張する悪魔化キャンペーンに手を貸す.これは学生のキャリア選択を歪め,根拠の曖昧な生命倫理学が科学の発展を遅らせるのにつながっている.
  • これに対しては科学と人文学の深い統合が1つの解決策になるだろう.人文学はポストモダニズムの厄災を総括し,そこから抜け出して,ヒトの科学的理解,認知科学,データサイエンスなどの知見を取り入れることにより,より高く発展できるだろう.

 

  • 人類の繁栄(寿命,健康,幸福,自由,知識,愛,豊かさ)を最大化することを善とする価値はヒューマニズムと呼ばれる.これは強いモラル的なコミットメントであり,ヒトの心に自然に生じるものではない.そして実際に宗教家,ポピュリスト,芸術家,そして一部のインテリはこれを激しく攻撃する.
  • ヒューマニズムの価値観は世俗的に擁護可能だ.まず「私が私であることが特権の理由にならない」という公平の原則を認める.次に自然淘汰によりエントロピーの増加傾向に抗して存在する知的生命体の貴重さ,その脳が生存と繁殖に結びついた様々な喜びを感じることを認める.すると(社会的生物として存在しているなかで)我々は互いの暴力に弱いから互いに傷つけないという合意が合理的目標として設定できるだろう,そして進化はその基礎である共感能力を説明できる.

 

  • ヒューマニズムへの批判はいくつかある.
  • まずそれは単なる功利主義であり,功利主義に問題(功利性の怪物を考慮すべきか,5人を救うために1人殺して臓器移植することの是非,安価に十億匹の幸せなウサギが飼えるならそうすべきか)があることは広く知られているという主張がある.これは主に義務論的道徳擁護の試みから来ている.しかし義務論的道徳もやはり問題含みであることがよく知られている.そして大筋で功利主義と義務論的道徳はそれほど相反するわけではない.さらに功利主義的なアプローチはこれまで人々の幸福の増加にとって役立ってきた.役立ってきたのには理由がある.それは理解が容易であり,異なるモラルコードを持つ人々の間で道徳的な合意をするためには極めて有効なのだ.そして歴史は多様な文化が共通の道徳的基礎を気づくときにはヒューマニズムに収斂することを示している.アメリカ憲法も世界人権宣言もその産物なのだ.
  • 次の批判は有神論的道徳,つまり宗教から来る.しかし有神論的道徳には致命的な欠点がある.神が信じると信ずべき理由はなく,仮にそれを認めても神の命令は我々の道徳の基礎にはなり得ないからだ.(ほぼドーキンスやデネットの唱える新無神論と同じ議論が明晰に述べられている)特に問題なのは(自分自身は神を信じていない)インテリたちの「信仰の信仰」的議論だ.本当に信仰が良いものかどうかはエビデンスベースで検討されるべきだ.そして宗教には良い点も悪い点もある.良い点をよく吟味するとそれは宗教がヒューマニズム的な目標を遂行しているときであることがわかる.悪い点も合わせて受け入れる必要はないのだ.(ここでも「信仰の信仰」についての様々な論点についてドーキンスやデネットの議論と同じ議論がなされている.またここでは近時アメリカで議論になっている「宗教の再興」現象が実は実体のないものであることも説明されている)
  • 有神論的道徳の悪い面はイスラム世界でより強く現出している.イスラム教に(原理主義的に)信心深い信者の比率が高いこと,聖典の記述についての偽善的解釈技術が(キリスト教に比べて)未発達であることが問題を悪化させているのだろう.インテリたちはイスラムの批判には及び腰だが,現代イスラム世界にある抑圧や女性差別や同性愛差別などの非ヒューマニズム的特徴を指摘することはイスラムへの偏見でも人種差別でもない.西洋インテリはイスラムのヒューマニズム的改革をめざすイスラム世界のインテリや行動家たちを支援すべきなのだ.
  • そしてヒューマニズムの最大の敵は権威主義,ナショナリズム,ポピュリズム,反動的思想,ファシズムの影に潜むロマンティックヒロイズムだ.この反啓蒙運動思想の代表者を1人挙げるとすればそれはニーチェになる.彼は超人による芸術的,軍事的な英雄的栄光にのみ価値を見いだし,大衆を見下した.これはまさに中二病的で,無神経かつ利己的誇大妄想的ソシオパスの主張だが,多くの芸術家やインテリはこれを支持した.そしてニーチェの「人類」は簡単に「国家」に置き換えることができる.これによりニーチェ思想はナチズムやファシズムなどのロマンティックナショナリズムに取り込まれ,現代の神権保守(シオコン)に,そしてトランプ政権にも(その参謀であったバノンを経由して)影響を与えている.この現代のニーチェ思想の亡霊たち(シオコン,ネオコン,反動ポピュリズム)の考え方は支離滅裂でむちゃくちゃだ.(どこがどうおかしいのか徹底的に解説されている)
  • だからこそ,今こそ啓蒙運動なのだ.悪いアイデアははびこりがちだ.だから理性,科学,ヒューマニズムについての擁護は常になされるべきだ.コスモポリタンな世俗的民主制の恵みは誰にでも感知できる.理性と科学とヒューマニズムは人類の状況を改善してきた.現在に問題がないわけではないが,それは解決可能なのだ.すべての障害物が社会の宿痾だと考えるのは間違いだ.そしてニーチェを追い払おう.ニーチェは鋭く真正っぽくそして邪悪だ.ヒューマニズムはイケてないかもしれないが,しかし平和と愛と理解のどこがおかしいというのか.
  • 我々は状況を改善し続けてきた.この物語は特定の部族についてではなく,人類全体,つまり理性を持ち,存続を渇望し,意識を持つものすべてについてのものだ.そしてそのために必要とされるのは生は死より,健康は疾病より,豊穣は渇望より,自由は強制より,幸福は苦痛より,知識は迷信と無知よりましであるという信念だけなのだ.

 
理性の最大の敵が政治的部族主義であるというのはまさに日々実感しているところで非常に鋭い指摘だと思われる.イスラムの非ヒューマニズム的特徴の指摘や,ニーチェの弾劾については剣呑な部分でもありピンカーの腹の括り方がわかる.
 
 
本書はピンカーによる啓蒙運動の21世紀的な擁護になる.啓蒙運動,その中核価値である理性と科学とヒューマニズムを21世紀的に再整理し,それがなしてきた人類の進歩を徹底的にデータを見せて説得する.再整理はエントロピーと進化と情報という面白い切り口でなされていて読み応えがあるし,提示されるデータは網羅的でその形状がいずれのトピックでも極めて似通っていて圧倒的に説得的だ.そして最後に進歩嫌いのインテリどもを徹底的に批判する.これらのインテリたちの態度はピンカーにとって本当に許しがたい傲慢で偽善的なものなのだろう.論旨はまことに鋭く,読んでいて大変痛快なところだ.

本書はじっくり読むことにより人類の歩んできた道を進歩という視点から深く考察できる.そして今トランプ当選やブレクジットなどの現象をどう捉えるべきかの指針を与えてくれるものにもなるだろう.全編にわたって格調高く,21世紀の名著の1つと評価されるべき書物だと思う.

 

関連書籍
 
前著 私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20130109/1357741465

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined (English Edition)

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同邦訳 私の訳書情報はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20150127/1422355760

暴力の人類史 上

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暴力の人類史 下

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*1:カーボンプライシング,次世代型原子力発電を含む技術革新などの方策が詳しく解説されている