From Darwin to Derrida その198

 
最終章「ダーウィニアン解釈学」.文理の学問の違いを議論し,人文学には直感的経験的把握という要素があることを指摘し,ヘイグは「意識」の問題に入る.そして無意識的行動を完全無意識の「自発的行動」と意識によりコントロール可能だが,普段はオートマチックに行動できる「自動的行動」に分けて議論を進める.そして自動的行動においては無意識下でも世界の入力が解釈され続けていることを指摘する.
   

第15章 ダーウィニアン解釈学 その6

 

ナメクジであるとはどういうことか その3

  

  • この原稿の第一稿を書くためにペンが必要になったとき,私はどこにペンがあるかについて無知の状態からはじめたわけではない.私はそれを見ることなく,ペンが右側にあるというぼやっとした感覚を持っていた.そこではじめて注意を集中してペンを取り上げたのだ.そしてその際に黒い棒のような物体をサーチし,それがペンかレーザーポインターかを決めるためにそれを深く解釈する必要はなかった.それらの心的作業はすでに為されていたのだ.しかし私がペンを取り上げようと思う前は,その位置は私の意識の最前列にはなかった.ぼやっとした背景コンテンツとして,それが必要になればすぐに手に取れるという感覚を持っていただけだ.どこを見ればいいかを知っていたのだ.

 
自動的な行動における意識のあり方についての内省的考察は哲学的な感じで面白い.ヘイグが楽しんで書いているのがわかるところだ.
 

  • 意識には「心の中に持っていること」,つまり行動の調整を可能にする短期記憶が含まれる.私は最近,敗血症の症状としての興味深い「非経験」を味わった.私は意識を持っているように見え,質問されれば答えたが,同じ答えを繰り返したそうだ.「意識はあるか」と聞かれたら「意識はある」と答えただろう.なんと馬鹿げた質問だろう.しかし私には質問に答えた記憶が全くない.私は一時的に整合性を失っていたのだ.救急車に乗せられてから「我に返る」までの間のことは何も覚えていない.「我に返る」が生じたとき,細胞の自発的プロセスが魂の高レベルの整合性を再構築し,記憶が戻ったのだ.「私」が帰還したのだ.

 
ここも内省的な考察が書かれている.このあたりは脳のモジュール性をあわせて考察すべきところのようにも思われるが,ヘイグはそこには深入りしない.
 

  • 哲学の永遠の「ハードプロブレム」の1つは「どのように物質世界に主観的感覚が生じるのか」だ.私はこの問題について特に独自の洞察があるわけではないが.それは意識の目的因,つまりそれを解決するために意識が進化したタスクの理解とともに得られるだろうと思っている.意識はプライベートなテキストとして使われる道具だ.それは情報の解釈であり,それは魂が連続的な解釈を得るために使う.このようなテキスト的な補綴を必要とするタスクの特徴は何だろうか.なぜこれらは自発的,あるいは自動的に処理することができないのだろう.テキストが刻まれる物質的メディアは何だろうか.
  • 私はこれらの問題に答えるには解釈学サークルに入る必要があると考えている.解釈学サークルにおいては.高いレベルの「熟慮」が低いレベルのメカニズムに介入し,低いレベルのメカニズムは高いレベルの主観性の基礎になっているだろう.意識はメタファーとの結合が必要なのだ.

 
そして意識を考察するにはその適応性を考察すべきだという進化生物学者らしい見解が述べられている.そしてそれをどう考察するかについて,解釈学サークルが重要だとしている.一見モジュールに分割して考えるだけではダメで,全体から見る目も必要という主張の様にも見える.とはいえ,モジュールに分割してから,その進化史と適応性を考えて解釈学サークルに入ってもよさそうだから,そういうわけではないのだろう.

From Darwin to Derrida その197

 
最終章「ダーウィニアン解釈学」.大学の文理に関する蘊蓄を披露したヘイグは,ドイツの哲学者ディルタイの「自然科学は部分から全体を理解するもの(これを「説明」と呼ぶ)で,人文科学はまず全体を経験し,部分を区別するのだ(これを「理解」と呼ぶ)」という議論を紹介する.そして進化史を持つ生物を理解する問題には,全体から部分へという手法が含まれるという指摘を行う.そしてもう1つの人文科学の手法の特徴はその「主観的な経験」の重視になる.ここでヘイグは「意識」の問題に入り込む.

   

第15章 ダーウィニアン解釈学 その5

 

ナメクジであるとはどういうことか その2

 

  • ほとんどの問題は意識なしに解決できる.私たちの身体的行動には複雑で入り組んだ空間と時間に関する決定が含まれる.それらの身体的動きの選択について私たちはほとんど意識しない.その結果については意識することになるかもしれないが.
  • ここでは私は自発的な行動(autonomic action)と自動的な行動(automatic action)を区別する.もちろんこの両者にクリアカットな境界はないことは承知している.
  • 自発的行動は完全に無意識だが,自動的行動はその気になれば意識的コントロールの制御下におくことができる.自発的行動の例は心臓の鼓動,呼吸,細胞膜のイオン交換,意識の構築などだ.自動的行動の例は痒いところを掻く,自転車を漕いで曲がるときに重心を移動させることなどの繰り返された行動になる.これらの行動の学習段階で意識的関与があるのは共通の主観的知覚だが,いったん複雑な行動が学習されれば,意識的に行うより自動的に行う方がうまくできる.

 
このヘイグの「自動的行動」はカーネマンのシステム1の議論にちょっと似ていて面白い.またクリアカットな境界はないとしているが,まさに呼吸はある程度は意識的にコントロール可能なのでこの中間的なものと扱うべきだろう.
 

  • 意識のメカニズムはツールであり,意識の文脈はテキストだ.そしてこれらは低レベルのメカニズムへの高レベルの介入の際に使われる.しかし全ての介入の実装はこの自発的,自動的な違いの作成の基礎の上にある.
  • 私が通勤するとき,私の細胞の選択は全て自発的で,より高いレベルの選択の多くは自動的だ.私は自分の足を地面のどこに下ろし,どうやって角を曲がるかについての複雑な決定について自覚していない.このような細々としたタスクから解放されるので,私の意識は今日一日何をするかを考えたり,くだらない考えにふけったりできる.しかし大通りを渡るときにはそこに意識が集中する.いつもと違う道を通り洗濯物をクリーニング屋に持ち込もうと思っているときには,意識をそこに保っておかなければならない.でないと手に洗濯物を持ったままオフィスに到着してしまうだろう.
  • 私の現象学的通勤は冬の道路が凍り付いた日の朝には全く異なったものになる.そういう日には私は意識的に注意しながら足を地面に下ろしていくことになる.ちょっとでも注意が途切れたなら転倒のリスクがある.足をどこに下ろすかには多くがかかっている.それは優先事項になるのだ.
  • ナメクジが舗装された歩道を横切るように隠れ場所から現れるとき,それは注意を払っているだろう.それは行き先を知らないだろう,あるいは一度行ったから知っているのかもしれないが.

 
ヒトの意識の問題を解説していて,突然話題はナメクジになる.このあたり(ヒト以外の動物に意識はあるのか,あるとすればそれはどのようなものか)は哲学的にはよく問題になるところだろう.ヘイグはまたすぐヒトの意識の働き方に話題を戻す.
 

  • 現象(phenomena)は周辺の入力の解釈だ.それは世界の物事のメタファーであり,行動を選択するために使われる.私がどこまで意識的に処理しているかに関わらず,世界の知覚モデルは新しいデータにより常にアプデートされ続けている.新しい入力は過去の入力からの解釈と比較される.モデルとデータはレジスターに格納される.知覚はモデルとデータの違い探知器として機能する.驚くべき違いがあればそれは即座に注目すべきものとしてフラグが立てられる.

 
ここでヘイグは周辺状況の解釈として「現象」という用語を用いている.それは知覚からのインプットを受け脳により構築された世界についてのモデルということになる.
 

  • 意識のコンテンツはすぐに使える解釈だ.それらには,改めてサーチする必要のないアイテム,更なる情報を求めるときにどこをサーチすべきかのポインターが含まれる.私の知覚野は,オブジェクト,空間における位置,それとつながる知識,それに対する意図という形でカテゴライズされている.

 
このように現象を整理すると,意識している事柄はこの周辺世界モデルの一部であり,ある種の「解釈」ということになる.

書評 「哺乳類前史」

 
本書は古生物学者エルサ・パンチローリによる哺乳類の祖先たちを語る本だ.哺乳類については恐竜絶滅後の大放散の物語が有名だが,それ以前の古生代,中生代の祖先たち(単弓類,盤竜類,獣弓類,キノドン類)の歴史は同時代の恐竜の物語に比べて一般的にはそれほど知られていない.彼等は時に様々なニッチに進出して栄え,時に衰退する歴史を刻んでいる.著者は発掘物語などを横軸に絡めながらこの大いなる歴史を語ってくれている.原題は「Beasts Before Us: The Untold Story of Mammal Origins and Evolution」.
 

序章

 
序章では,化石が過去の進化のパターンや絶滅した動物の様々な特徴を教えてくれること,古生物学がビッグデータ解析とCTスキャンにより大きく変容していることが語られ,本書の大きなテーマは巷にある誤解「哺乳類は爬虫類から進化したが,恐竜時代には怯えきって恐竜の足下を走り回っているだけだったのであり,その歴史は恐竜絶滅とともに始まった」を正すことだと宣言されている.
 

第1章 霧とラグーンの島

 
第1章はスコットランドのスカイ島のジュラ紀中期の地層発掘のフィールドワークの様子が淡々と描写されている.発掘調査可能なジュラ紀中期の地層は限られていて,スコットランドはその貴重な産地の1つなのだ.ここではジュラ紀中期は主要な脊椎動物分類群の多くが分岐した時代(恐竜,哺乳類,海生爬虫類,翼竜の多様性が爆発的に増大した時代)であること,生態系やその機能を本当に理解するためには巨大な動物だけでなく小さな動物の化石も重要であり中生代の哺乳類はそのような最重要グループの1つだということが強調されている.
 

第2章 カモノハシは原始的じゃない

 
第2章は哺乳類の祖先系列が古生物学に認識される学説史が描かれている.冒頭は1824年のバックランドによる恐竜が存在することの地質学会報告のエピソードから始まっている. 

  • バックランドが見つけたメガロサウルスが発見されたのは英国のストーンフィールズの地層だった.それはジュラ紀の地層であり,同時に哺乳類と思われる小さな化石も発掘されていたが,注目を集めることはなかった.
  • 当時中生代は第二紀と呼ばれており,世界のほとんどは海に水没していた爬虫類の時代だと考えられていた.小さな哺乳類が水と爬虫類の世界で発見されたことに困惑したバックランドはキュビエの意見を求めた.キュビエはそれを有袋類のオポッサムの化石だと判断し,地層は第三紀のもので英国の地質学者たちが間違っていると考えた.
  • ライエルは英国の地質学者の見解を擁護し,また中生代が水の世界であったわけではないことを示した.彼にとって中生代にオポッサムがいたことは(当時転成説と呼ばれた)進化のアイデアが間違いであることの証拠となった
  • オーウェンは有袋類と有胎盤類の解剖学的特性を詳しく比較し,有袋類が有胎盤類と爬虫類の中間的な特徴を持つと指摘した.バックランドはこれを読み,有袋類が爬虫類の時代から産出された説明(それは哺乳類の時代への原始的な前触れだった)として受け入れた.
  • 有袋類や単孔類が有胎盤類より劣っているというのは全くの誤解だ*1.単孔類にはいくつかの驚異的な特徴(カモノハシの吻の感覚受容器,歯の消失と吻の角質の表面構造,ハリモグラの頭骨の吸虫管としての完成度など)があり,それは最先端とも呼べるものだ.
  • キュビエは後にこの化石を再検討し,現生のオポッサムの絶滅した近縁種と結論づけた.この他にも中生代の哺乳類の化石がいくつか見つかり,オーウェンはそれらをモノグラフにまとめ「中生代の哺乳類は例外なく下等だ」とした.この段階で中生代の哺乳類は20属を数えるようになっていた.
  • 19世紀末,恐竜化石をめぐる化石戦争で有名なコープとマーシュは哺乳類化石も集め,発掘されたジュラ紀の哺乳類化石は一気に増大した.中生代哺乳類に関する古生物学は,咬頭と歯の数と食性推定の学問となった.オズボーンはそれらを肉食性,雑食性,昆虫食性,植物食性に分類しようとしたが,納得のいく分類体系には達しなかった.これらが有袋類であるという前提にも疑問がつけられるようになった.
  • 20世紀になり,進化と系統樹の考えが普及するにつれ,中生代哺乳類は現生哺乳類の祖先であると認識されるようになった.彼等は生態学的パイオニアであり,解剖学的魔術師であり,食性の改革者であり,恐竜以前の陸上を支配したことがだんだんわかってきたのだ.

 

第3章 頭にあいた穴1つ

 
第3章から哺乳類前史が始まる.それは石炭紀(359〜299百万年前)の脊椎動物の陸上進出イベントから始まる.

  • 石炭紀は酸素濃度が高く温暖でシダ,コケ,トクサの巨大な親戚たちが大森林を形成していた.この時代に最初の四肢動物が陸上に進出した.それはシーラカンス,肺魚とともに肉鰭類を構成し,両生類,爬虫類,鳥類,哺乳類の共通祖先だ.
  • 初期四肢動物がどのような動物であったのかはデボン紀の終わりから石炭紀初期にかけてのローマーのギャップと呼ばれる化石記録の欠乏期があり,あまりよくわかっていなかった.しかし最近四肢動物の初期進化と多様化を探求するプロジェクトによりいくつかの化石が発見されて,解明が進みつつある.
  • 石炭紀の後期に,石炭紀雨林崩壊と呼ばれる小絶滅イベントが起こり,森林構成が裸子植物中心に変化した.四肢動物は現生の両生類に続く無羊膜類と,爬虫類,哺乳類に続く有羊膜類に大きく分岐した.無羊膜類は口腔の上げ下げにより呼吸する方式を採用し,幅広く平たい頭部を持っていた.有羊膜類は胸の筋肉を使った呼吸方式を採用し,直立した姿勢と長い首という体型を可能にした.これは植物を顎の先端で齧りとる採食行動を可能にした.
  • その後石炭紀末期の3億年前頃,有羊膜類は単弓類と竜弓類に分岐した.竜弓類はカメ,翼竜,トカゲ,ムカシトカゲ,魚竜,ワニ,恐竜(鳥を含む)を含む多様化し非常に成功した系統となった.本書では後の哺乳類につながる単弓類の歴史を追っていく.
  • 単弓類の最も古い化石はカナダのノバスコシア州の石炭紀の地層から発見された.アサフェステラ,プロトクレプシドロプス,アルカエオティリスなどだ.
  • 単弓類の特徴は頭骨の両側に側頭窓と呼ばれる穴が左右1つずつ開いていることだ.この穴に口を開閉する筋肉の付着部分がある.初期四肢動物における穴の配置は咀嚼や採食に方法の違いに結びついているのかもしれない.なお竜弓類のほとんどは穴が2つずつ開いている双弓類だが,穴の獲得と喪失が複数のグループで生じており,従来考えられていたより複雑であることがわかってきている.
  • 単弓類はかつて「哺乳類型爬虫類」と呼ばれたこともあったが,これは哺乳類と爬虫類の系統についての根本的な誤解に基づいた呼び名だ.初期単弓類の体型が爬虫類っぽいのは共通祖先である初期有羊膜類のボディプランの名残に過ぎない.

 

第4章 最初の哺乳類時代

 
第4章からペルム紀(299〜252百万年前)に入る.最初に栄えた単弓類は盤竜類と呼ばれる.ここではスコットランドの採石場のフィールドワークの様子も詳しく語られながら描写されている.

  • 人々は生物の歴史にも「支配者」を見いだし,例えば新生代を哺乳類の時代と呼ぶ.新生代の最大の動物が哺乳類だからだろうが,それは視野が狭い見方だ.本当の「哺乳類の時代」は実はずっと昔にあった.
  • ペルム紀は石炭紀より乾燥化した.森林は針葉樹とシダ種子植物に入れ替わった.そして単弓類も拡散をはじめ,カセア類,オフィアコドン類,エダフォサウルス類,スフェナコドン類に分かれた.これらの動物たちは総じて盤竜類(pelycosaur)と呼ばれる.これはラテン語で骨盤トカゲという意味だが,彼等は断じて爬虫類ではなかった
  • 最も有名な盤竜類はディメトロドンだろう.ディメトロドンとエダフォサウルス(この両者は近縁ではなく,盤竜類の離れた系統に由来する)の背中の帆を形成する神経棘の役割については今も議論が続いている.最も有力な説は体温調節に用いたというものだが,血管の経路まで調べて体温調節機能をシミュレートした研究によるとディメトロドンの帆には体温を日中に3〜6度ほど上昇させる効果しかなかったことがわかった.エダフォサウルスの帆はさらにその半分程度の効果しかなく,その神経棘にある奇妙な水平突起はむしろ放熱性能を高める特徴があるとされた.この仮説は彼等が外温性であることを前提にしたものだが,現生の外温性生物で背中に帆を持つものはいない.
  • 脂肪の塊の支柱だったのではという仮説も提出されたが,その後の研究はこの説に対する反証を積み重ねている.帆などなく防御用の棘だったという仮説もあるが,ディメトロドンは頂点捕食者であり,防御の必要性はなかっただろう.カモフラージュ仮説もあるが,現生生物で帆によるカモフラージュを行うものはいない.性淘汰産物だというのが最もありそうな説明だと思われるが,性的二型性があったかどうかを判断できるほどの化石が見つかっていない.
  • 盤竜類の主要系統の1つがカセア類だ.彼等は植物食に特化した最初期の動物の1つになる.カセア類(そしてエダフォサウルス類)は幅と厚みのある胴体を持っており,おそらく共生細菌による発酵槽を持っていたのだろう.

 

第5章 血気盛んなハンターたち

 
第5章は引き続きペルム紀に栄えた単弓類.盤竜類と入れ替わるように現れた獣弓類だ.冒頭には生物層序の解説もおかれ,様々な獣弓類の解説の合間にロシアやスコットランドのフィールドの様子も語られている.

  • 盤竜類の中のスフェナコドン類から革新的な新グループが現れた.彼等は獣弓類と呼ばれる.彼等は異歯性を持ち始め,犬歯と切歯の形状がそれより奥の歯の形状と異なるようになった.歯骨が大きくなり,顎のまわりの様々な形質が咬む力が強くなるように変化した.また四肢が胴体の下に位置するようになった.
  • 獣弓類の最も祖先的な動物はビアルモスクス類だ.彼等は前のめりに見える骨格を持ち,大地を走り回っていただろう.
  • そしていかめしい顔つきの恐頭類が現れる.恐頭類には肉食,雑食,植物食の全てがいた.このうち有名なのは植物食のモスコプスで英国のアニメにも登場した.雑食性のエステメノスクスは特に奇抜な頭を持っていた.おそらく求愛ディスプレイに関連した特徴だろう.
  • また最初の剣歯獣(剣歯トラのような大きな牙を持つ動物)も現れた.ゴルゴノプス類とアノモドン類だ.ゴルゴノプスはペルム紀後期に出現すると短期間に主要捕食者としてアフリカ,ロシア,インドにあたる地域を席巻した.剣歯トラがどのように剣歯を使ったのかについては論争が続いている(剣歯を折ってしまうリスクをどう捉えるかの議論が紹介されている)が,ゴルゴノプスの剣歯は生え変わることができたので,待ち伏せして獲物に深い咬み傷を与えるように使ったのだと思われる.
  • アノモドン類は長くて低い胴体に寸詰まりで高さのある頭,太く短い足という体型を持ち,歯とクチバシを組み合わせて使っていた.この仲間には植物食のティアラジュデンス(彼等の牙は間違いなくディスプレイ用だっただろう),樹上性のスミニアが含まれる.そして後に多様化して繁栄するディキノドン類の祖先でもある.
  • 獣弓類はペルム紀最大のイノベーターだった.彼等は繁栄し,様々な新たな適応を進化させた.彼等の大半はペルム紀末の大絶滅を生き残れなかったが,ペルム紀最終盤に現れたキノドン類はその例外となった.
  • キノドン類の側頭窓は大きく,より複雑で大きな顎を持っていた.門歯,犬歯,臼歯は完全に機能分化し,現生の哺乳類によく似たものになった.四肢,腰,肩もより軽快に動けるように変化した.そして呼吸鼻甲介を持つようになった.
  • これらの特徴は内温性と結びつけて議論され,骨の成長率や骨の歯の燐酸塩鉱物の比率などから獣弓類段階での内温性の獲得の主張がなされている.様々な証拠から考えると内温性は獣弓類の様々な系統で様々な程度で進行したのだろう.トム・ケンプはこの状況を相関進行と呼んでいる.

 

第6章 大災害

 
第6章はペルム紀末の史上最大の大量絶滅イベント,そして三畳紀初期の適応放散が扱われる.ここでは大量絶滅について解説があり,代表的な三畳紀初期の化石産地である南アフリカのカルー盆地のフィールドの様子も語られている.

  • ペルム紀末の大量絶滅により,ペルム紀に繁栄し放散した獣弓類たちはそのほとんどの系統が絶滅し,ほぼ完全に爬虫類に取って代わられた.この大絶命の原因はシベリアトラップを作った洪水玄武岩の大量噴出だと考えられている.このイベントは大気中に大量の硫黄,メタン,二酸化炭素を放出し気候が激変した.急速に温暖化が進み,硫酸の雨が降り注いだのだ.海は酸性化し,広範囲に無酸素化した.森林は大規模に枯れ果て菌類が繁栄した.生命世界が回復するまでに1000万年を要した.
  • ペルム紀の大量絶滅を生き延びた四肢動物のグループはわずかで,彼等にとっても状況は容易ではなかった.大量絶滅を乗り越えて短期的に大繁栄する動物はディザスター動物群と呼ばれる.典型例はこの大量絶滅を生き延びて短期的に大繁栄したリストロサウルスだ.リストロサウルスはディキノドン類に属しており,三畳紀の幕開け直後には脊椎動物の90%がリストロサウルス属という異常事態になっていたと考えられている.
  • この他獣弓類ではテロケファルス類とキノドン類が生き延びた.両生類の一部も生き延びて急速に回復して水中の捕食者となった.爬虫類系統(竜弓類)にもぽつぽつと生存者がおり,パレイアサウルス類,主竜様類*2などの一部が生き延びた.
  • リストロサウルス類のモノカルチャーは長続きしなかったが,1500万年を経ても生態学的多様性は回復せず,大型の植物食動物や肉食動物,魚や昆虫を食べるネコより小さな小動物も存在しなかった.
  • 2000万年を経る頃には生態系の再編成が進んだが,チャンスに先に手を伸ばしたのは爬虫類系統だった.恐竜,海生爬虫類(魚竜と首長竜),カメ,ワニ,翼竜が誕生した.彼等はニッチの再獲得競争で獣弓類に勝利した.そして三畳紀の陸上で最初に勝利したのは恐竜ではなくワニの系統だった(これが逆転するのは三畳紀末の大量絶滅の後になる).
  • その傍らで哺乳類系統の後継者もまた革命の火種を保っていた.リストロサウルス類はまもなくディキノドン類の新たなグループに入れ替わり,しばらく地上で最も多い植物食動物の地位を保ったが,三畳紀が進むにつれて衰退していった.ディキノドン類は最後にリソウィシアというゾウのような巨獣を産み出した後絶滅した.生き残った系統はキノドン類だけになった.

 

第7章 乳歯

 
第7章と第8章は三畳紀(252~201百万年前)のキノドン類の物語.ここでは南アフリカの三畳紀のキノドン類の化石を数多く発見し,この分野,特に哺乳類に至る系統学を牽引した古生物学者ロバート・ブルームの逸話が詳しく語られている.

  • キノドン類はペルム紀後期に出現し,大量絶滅をくぐり抜けた.彼等の側頭窓は広がり頬骨の幅と奥行きが増した.これは咬む動作がより正確になったことを意味する.そして口の中には二次口蓋が完全な形で形成された.また肩の可動息が増し,四肢は胴体の下に延びて直立に近づいた.さらに重要なこととして椎骨の部位ごとの分化が生じた.
  • 初期の単弓類には胴体全体に肋骨があった.獣弓類では後方の肋骨が縮小し,三畳紀の最初期のキノドン類であるトリナクソドンでは後方の肋骨が完全になくなり,腰が形成された.これにより彼等は身体を大きく曲げることができるようになり,高速走行,木登りのような運動が可能になり,また横隔膜を用いた呼吸を行うようになった.この単弓類からキノドン類にかけての椎骨の分化の進化は漸進的に生じたのではなく,ステップワイズパターンで生じたことが明らかになっている.
  • キノドン類は大量絶滅を乗り越えたときにペルム紀の祖先たちより小型化していたが,三畳紀が進むにつれてさらに小型化し,複数の系統に分岐した.肉食性のグループにはキノグナトゥス類,プロバイグノグナトゥス類,トリテロドン類が,雑食,植物食のグループにはディアデモドン類,トリティロドン類がいた(これらの系統関係については議論が継続中だ).これらはさらに後に現れて哺乳類の祖先となったグループと区別して非哺乳類キノドン類と呼ばれる.
  • 非哺乳類キノドン類と哺乳類につながるキノドン類を区別する特徴は顎関節になる.後者は顎の後端の関節が歯骨と鱗状骨で構成されている.彼等は三畳紀後期からジュラ紀の初期に現れたと考えられている.そして三畳紀末の大量絶滅により,恐竜が陸上生態系の主役となり,非哺乳類キノドン類は皆絶滅した.絶滅を免れた哺乳類につながる系統はしばしば恐竜の陰に隠れていたと負け犬的に描写される.しかし小型哺乳類はある意味で成功者なのだ.彼等は小型化し,祖先から受け継いだ内温性の特徴を生かして夜行性生物としての多くのニッチを開拓した.彼等の触覚と聴覚は鋭敏化し,咬合力を高めた噛みつき屋になった.歯の形態分化はさらに進み,二生歯性を獲得した(離乳とともに食性が大きく変わることへの対応と,生え変わりを一度限りにすることで精密な咬合を可能にする利点がある).
  • 彼等の中には毒性を持っていたものがいた可能性がある.白亜紀前期の哺乳類ゴビコノドン,ジャンゲオテリウムには蹴爪があった(非哺乳類キノドンでこのような構造は見つかっていない).現生の単孔類であるカモノハシにも毒があり,共通祖先には共有祖先形質として毒があった可能性もある.
  • 歯の石灰化パターンの研究から三畳紀後期とジュラ紀の初期哺乳類が10年以上生きていたことがわかっている.姿はよく似ていても彼等は現生のネズミはトガリネズミとは全く異なる生きものだった.まだ完全に直立しておらず,おそらく卵生でミルクは与えていても乳首はなかった.そして成長パターンもずっとゆっくりだったのだ.

 

第8章 デジタルな骨

 
冒頭ではスコットランドで1971年に発見された中生代哺乳類化石*3をめぐる発掘物語と,その化石を著者たちがグルノーブルの欧州シンクロトロン放射光研究所の強力なX線CTスキャンにかけて分析する話が詳しく語られている.

  • CTスキャン技術は小さな哺乳類の頭骨化石の分析に革命をもたらした.頭骨にある神経の経路,頭頂孔の有無などから三畳紀中期のキノドン類に毛包と乳腺があったこと*4が推測される.
  • 単弓類は内温性を進める中でどのように卵の水分を保つかという問題に直面した.彼等は皮膚からの分泌物により卵を保湿し,感染からも保護するようになった.さらにキノドン類において小型化が進み,卵が小さくなる中で,幼獣の世話の必要性が高まり,ついに皮膚から分泌されるミルクを与えるようになったのだろう.そして乳首が出現し,そこからミルクを吸うための硬口蓋と喉と舌の筋肉が発達した.そして220百万年前(三畳紀後期)頃,彼等は離乳のタイミングで一度だけ歯を新しく交換するようになった.

 

第9章 中国初の大発見

 
第8章はジュラ紀を扱う.その主役は中国で発見された素晴らしい中生代哺乳類化石だ.冒頭では著者たちがはじめて中国の化石の現物を見る印象的な逸話が詳しく語られている.

  • ジュラ紀(201〜145百万年前)は超大陸分裂の時代だ.大陸とともに生物のグループも分断され,サンショウウオ,鳥,哺乳類系統の最初期のメンバーが現れた.この時代ヨーロッパは海に沈んでいたが,中国が赤道付近に点在していた島々が3つのプレートに乗り合流する形で形成され,イチョウなどの裸子植物の森林と淡水の湖が広がった.そして現在中国で素晴らしい中生代哺乳類の化石が次々に発見されている.
  • ペルム紀末の大量絶滅の後に繁栄した多くのキノドン類の中で,ジュラ紀中期まで生き残ったのは哺乳類(哺乳形類)とトリティロドン類だけだった.主竜類が多様化して繁栄する中で哺乳類は一見劣勢にあったように見えるが,彼等は彼等で多様化し,様々な形質を進化させていた.
  • 哺乳類化石はしばしば歯だけに基づいて記載され命名される(そのため彼等の名前は「〜ドン」とされることが多い).現生哺乳類の歯の最も有名な構造はトリボスフェニック(臼歯に3つの咬頭と隆起があってかみ合う構造)だ.しかし三畳紀後期からジュラ紀前期に現れた最初期の哺乳類(哺乳形類)の歯は別の構造を持っていた.
  • 三畳紀後期の最初期哺乳類(哺乳形類)であるモルガヌコドンとキューネオテリウムはともに3〜4個の山が並ぶ単純な構造の歯を持っていたが,詳しく分析すると顕著に異なる咀嚼パターンを持っていることがわかった.前者は硬い外骨格を持つ昆虫,後者はやわらかい昆虫を食べていたようだ.
  • そのすぐ後に現れたドコドン類は複雑な咬頭や隆起のある臼歯を持っており,それは真の哺乳類(現生の哺乳綱)のトリボスフェニックの上下逆の構造だった.そして中国でドコドン類の全身骨格が次々に発見され,中生代古生物学の最重要クレードとして認識されるようになる.
  • 中国のドコドン類化石からは,モグラによく似たドコフォソル,樹上生活を送るアジロドコドン,カモノハシによく似た水中生活に適応したカストロカウダ,史上初の滑空性哺乳類ヴォラティコテリウム,滑空性の哺乳類を多く含むハラミヤ類などの存在が明らかになった.彼等は驚くべき適応放散を遂げた動物群だったのだ.
  • このような適応放散の鍵になったのは複雑な歯だっただろう.最初期のドコドン類は他の動物には利用できなかった新しいニッチ空間の開拓に成功したのだ.トリボスフェニックの鏡像構造の歯を持つドコドン類は将来の真の哺乳類の可能性を試すリハーサルに参加していたように見える.
  • これらの化石は中生代哺乳類の多様性を明らかにし,研究者たちは生態を重視するようになった.現在中生代哺乳類を対象に幾何学的形態測定が行われ,生態学的多様性の解明が進んでいる.

  • ジュラ紀は現生の哺乳類の系統が出現した直後の時代だ.後獣類(有袋類と近縁の絶滅系統を合わせた分類群)と真獣類(有胎盤類と近縁の絶滅系統を合わせた分類群)の分岐がいつ起こったかについては諸説あるが,両者(あわせて獣類と呼ばれる)の共通祖先(でかつ単孔類とは分岐後の祖先)がジュラ紀に生きていたのは間違いない.バックランドが見つけたジュラ紀の「オポッサム」はこの獣類の系統樹の根本近くに位置するものだ.
  • 中国のジュラ紀の地層で見つかったジュラマイアは最初期の真獣類の候補ではないかと議論されている.しかし確実に真獣類と後獣類が分岐したといえるのは白亜紀になってからだ.
  • 中生代哺乳類のイノベーションは歯だけではない.現代の哺乳類はほかの四肢動物をはるかに上回る可聴域を持つ(コウモリは200キロヘルツ,イルカは275キロヘルツまで聞き取る).この優れた聴覚は内耳にある3つの耳小骨により可能になっている.最初の単弓類の顎関節は頭骨が下顎の関節骨と接し,下顎は歯骨,角骨,上角骨,前関節骨,筋突起などの複数の骨で構成されていた.しかしキノドン類では下顎の大部分は歯骨に占められ,残りの骨は縮んで後方に追いやられた.これらの骨は下顎の振動を耳に伝える役割を果たしていた.
  • キノドン類の段階(下顎中骨:MMEC)では角骨がプレート状になり振動し,鐙骨を介して蝸牛に音を伝達していた.方形骨と方形頬骨も音を伝えていたが,両者は強固につながっていて顎関節を補強する一方で可動域を制限していた.
  • このキノドン類の下顎中骨から現生哺乳類の耳(DMME)への転換は進化史の中の奇跡の1つだ.咀嚼のメカニズムが改良され,下顎は筋肉を支える役目から解放され,ますます小さくなった.方形頬骨が退化し,方形骨の可動域が広がった.下顎後方の骨も縮小したが音を伝える役目があったので消失しなかった.そしてサイズの縮小によりこれらの骨は顎関節から完全に解放され,内耳に収まった.
  • しかしこの進化の道筋は複雑だ.見つかっている最古の単孔類化石はジュラ紀後期の160百万年前のものだ.彼等の耳はまだDMMEではなかったが,現生の単孔類の耳はDMMEとなっている.初期獣類(単孔類の分岐後,真獣類と後獣類の分岐前)の耳はDMMEではなかったが,獣類の近縁グループの多丘歯類はDMMEを持っていた.どうやらDMMEは独立に複数回進化したらしい.
  • 哺乳類の耳は左右が実質的に独立している点でユニークだ.そして身体が小型化していて左右の耳の距離が短い場合,音源を定位するためには高周波の音が聞こえることが必要になる.これを可能にしたのがDMMEだと考えられる.そしてDMMEで音源定位できるようになってはじめて耳介を持つことが有利になる.化石に残る最初の耳介は白亜紀前期のスピノレステスのものだ.
  • ジュラ紀が終わりに近づくにつれドコドン類は衰退していった,そして単孔類の祖先や獣類の祖先という哺乳綱の初期メンバーがそれに取って代わって白亜紀の繁栄を迎えることになる.

 

第10章 反乱の時代

 
第10章は白亜紀を扱う.ここでは戦時下の英国で政府監視の元活躍したドイツ人古生物学者ウォルター・キューネや最も偉大な中生代哺乳類研究者であるポーランド生まれのゾフィア・キエラン=ヤウォロウスカの業績が詳しく語られている.

  • トリティロドン類は非哺乳類キノドン類の中で白亜紀まで残った唯一の系統だ.その1つであるオリゴキフスはキューネ夫妻によって詳細なモノグラフが出されており,哺乳形類および哺乳類の系統関係を検討する上での重要な外群としての参照点になっている.トリティロドン類は草食性で,2つの山脈が前後方向に平行に走るような形の奥歯で葉っぱをすりつぶして食べることに特化して恐竜の時代を生きた.彼等は歯の摩耗の問題を奥歯をエスカレーター式に継続的に生え変わらせることで解決した.現生の哺乳類ではゾウが同じ問題に対してベルトコンベア式に入れ替える方式で解決している.また齧歯類は,前歯の摩耗の問題をそれを伸び続けさせることにより解決している.そしてトリティロドン類の中にも齧歯類型の頭骨を進化させたものがいた.巨大な門歯とその後ろの(犬歯を失った後の)歯隙を持ち奥歯はゾウのようなベルトコンベア式で生え変わった.
  • 彼等は一度の産仔数がとても多く,また乳歯と永久歯という二生歯性を持たなかったことから新生児にミルクを与えていなかったと推測される.
  • ジュラ紀中期から白亜紀前期にかけてついに真の哺乳類の系統が台頭する.彼等は齧歯類に似たペンチ型の頭骨とすりつぶしに適した臼歯を持ち,被子植物のある世界に適応した.そしてトリティロドン類を主要な植物食者の地位から追いやった.
  • 白亜紀には太平洋東縁のプレートが別のプレートの下に潜り込み始め,ロッキー,アンデスの大山脈が形成された.空気の流れが変わり気温は温暖化した.被子植物は裸子植物が支配するジュラ紀の間マイナーな構成要素に過ぎなかったが,白亜紀に入ると主役となった.化石記録のスーパーブルーム(大規模な適応放散)は白亜紀中期に突然生じている.昆虫,哺乳類,爬虫類は皆花蜜や果実に適応して多様化した.この被子植物の突然の多様化については,これまで送粉者との共生進化の点から議論されてきたが,最近は葉の物質交換の効率向上を主因とする可能性が注目されている.
  • トリティロドン類の絶滅は哺乳類に比べて競争上劣っていたという説明がよくなされるが,タイミングを考えると植物相の変化にうまく適応できなかった(ある意味運)の問題だと考えられる.
  • トリティロドン類に入れ替わって台頭した最初の真の哺乳類は植物食の多丘歯類だ.彼等は獣類(有胎盤類と有袋類の系統)とは別の系統に属する哺乳類で北半球の様々な植物食のニッチで繁栄した.
  • また複数の系統の哺乳類は超肉食になった.その中で中国で発見されたゴビコノドン類のレペノマムスは化石の上腹部に残る塊から恐竜を捕食していたことがわかり,一躍有名になった.
  • これまでに発見された化石から,白亜紀の北半球では多丘歯類,ゴビコノドン類,獣類がいたことがわかっているが,南半球の様子はまだよくわかっていない.そのなかでゴンドワナ獣類(その位置づけについては多丘歯類との関係を含めまだ議論の最中でよくわかっていない)と呼ばれるグループがアルゼンチン,マダガスカル,タンザニア,インドで発見され,彼等が古第三紀まで生き延びたことがわかっている.

 

第10章 故郷への旅

 
第10章はこの哺乳類前史の実質的なエピローグにあたり,白亜紀末の大量絶滅とその後の哺乳類の適応放散が描かれる.冒頭ではこの大量絶滅についての小惑星衝突説が解説されている.また最後には「エピローグ」として現在進行中の気候変動についても解説がある.

  • 白亜紀末の大量絶滅で非鳥類恐竜は絶滅した.鳥類の中ではカモ類,キジ類,走鳥類,一部の小型の飛翔性鳥類が生き残った.翼竜はすでに極くわずかの系統しか生き残っていなかったが,ここで絶滅した.海生爬虫類も絶滅した.トカゲ類,両生類は複数の系統が生き残った.
  • 哺乳類も多くが絶滅した.繁栄していた多丘歯類,後獣類は旧大陸で衰退した.そしてその中で台頭したのが真獣類の哺乳類だった.
  • 中生代と新生代を通した哺乳類の体重変化の速度とパターンの分析によると,中生代を通じて哺乳類の進化パターンは最適値のまわりを揺れているもの(オルンシュタイン・ウェーレンベック・モデル)だったが,大量絶滅後突如ブラウン運動パターン(ランダムパターン)に切り替わったことを示している.これは大量絶滅により何らかの制約が取り払われて大規模な適応放散が生じたということの裏付けになる.
  • この制約はこれまで恐竜の存在による抑圧と考えられてきた.しかしこの考えは単純すぎるのではないかと思っている.哺乳類系統は隅っこに追いやられたのではなく,見事に夜行性に適応し,脳と感覚系を作り替え,中生代においても様々な適応放散を見せている.
  • 私たちは分析対象を3つに分けた.初期の哺乳形類(ドコドン類など),最初期の真の哺乳類(多丘歯類,ゴビコノドン類など),獣類だ.そして中生代を通じての表現型の変化を分析した.
  • その結果以下のことがわかった.哺乳形類と初期哺乳類は中生代の大半に渡って獣類より多様性が高かった.そして彼等は白亜紀に入っても新たなニッチへの適応を続けていた.これに対して獣類はたいした放散を見せなかった.獣類が受けていた制約は恐竜よりも哺乳類の別の系統群からのものだった可能性が示唆される.恐竜の体サイズ進化を分析すると彼等の最適値はかなり大きいことがわかる(鳥類系統は例外になる).
  • そして小型化,高温化して活動性が上昇していた哺乳類と鳥類だけが大量絶滅を生き延びた.これらの特徴は穴居性,半水生,昆虫食などに結びついており,生き延びるのに役立った可能性がある.
  • 大量絶滅直後に哺乳類に何があったのかはよくわかっていない.マダガスカルのゴンドワナ獣類は一掃され,新たに流れ着いた有胎盤類による独自の動物相が形成された.多丘歯類はしばらく順調だったが,やがて衰退する.これまでは齧歯類との競争に敗れたと説明されてきたが,この両グループの相互関係の全貌は明らかではない.多丘歯類は始新世後期までに絶滅した.
  • 古第三紀に最初に繁栄したのは,かつて顆節目と呼ばれていた動物群だ.顆節目は今では雑多なゴミ箱分類群だと考えられている.みな有胎盤類であることは明らかだが,身体的特徴の詳細や他グループとの関係は化石が少なく互いに似ていることによりはっきりしていない.
  • 確かなのは現生の哺乳類の全ての初期グループが古第三紀の開始から10〜20百万年前の間に大いに繁栄したことだ.有袋類は北米で新たなグループへと放散し,その後南米に渡りパタゴニア,そして南極大陸に到達した.そこではゴンドワナ獣類もしばらく生き続けたが,始新世前期の化石を最後に絶滅した.有袋類は南極全域に広がり,分裂直前にオーストラリアに渡った.単孔類はゆっくりとした歩みを続けたようだ.6100万年前のパタゴニアで単孔類の化石が発見されている.またカモノハシそっくりの2800万年前の化石がオーストラリアで見つかっている.
  • そして有胎盤類がほぼ全ての大陸でいくつもの系統に急速に多様化した.彼等はアフリカ獣類とローラシア獣類に分岐し,コウモリやクジラ偶蹄目の祖先が出現した.さらに齧歯類や霊長類を含む真主齧上目が形成され,多丘歯類に取って代わった.58〜55百万年前にプレシアビダスが現れ,ここからキツネザル,サル,類人猿が出現し,そしてヒトにつながった.

  
以上が本書の内容になる.古生代に哺乳類の祖先系統である盤竜類や獣弓類などが後の恐竜につながる主竜類系統より栄えていたというのはある程度知られているところだが,恐竜の陰に隠れていたキノドン類,そしてそこから派生したドコドン類,トリティロドン類などの物語はこれまで一般向けにはあまり紹介されていない部分で,本書で解説される古生物史は大変興味深いものだ.そして盤竜類,獣弓類,非哺乳類キノドン類,ドコドン類において大規模な適応放散が繰り返されているのが特に印象的だ.また謎めいた多丘歯類やゴンドワナ獣類の物語にも興味が持たれ,今後も解明が進んでいくことを期待される.なおこれだけ複雑な古生物の歴史であり,文中で系統について詳しく語られているにも関わらず,(そして化石や復元図,歯や頭骨の図はいろいろ掲載されているにも関わらず)系統樹が一切図示されていないのはとても残念だ*5.ともあれ語られる物語はとても魅力的で,古生物や恐竜が好きな人にはとても面白い一冊だと思う.
 
 
関連書籍
 
原書

 
単弓類系統の栄枯盛衰についてはこの本が印象的だった.

 
最近ではペルム紀限定でこのような本も出ているようだ.

*1:ここで著者はこの誤解には当時のヨーロッパの帝国主義的世界観が影響していると主張している.本書にはこのようなポリコレ的な記述が随所にあり,1つの特徴になっている

*2:竜弓類の中の系統分類にはいくつかの仮説があるようだ.初期に分岐したいくつかの系統を無視すると竜弓類は大きく鱗竜様類(トカゲ,ヘビの系統)と主竜様類(恐竜,翼竜の系統)に分かれ,主竜様類の中で初期に分岐したいくつかの系統を除くものが主竜類と考えておけばいいようだ

*3:これがドコドン類であることは第8章で語られている

*4:これはマウスにあるMsx2遺伝子が頭頂孔,毛包,乳腺の形成に関わっていることからそう推測されるそうだ

*5:というわけで私は分類群が出てくるたびにそれを系統樹の形にしてノートしながら読むことになったが,やってみるとその作業含めて大変楽しかった

From Darwin to Derrida その196

 
最終章「ダーウィニアン解釈学」.大学の文理に関する蘊蓄を披露したヘイグは,ドイツの哲学者ディルタイの「自然科学は部分から全体を理解するもの(これを「説明」と呼ぶ)で,人文科学はまず全体を経験し,部分を区別するのだ(これを「理解」と呼ぶ)」という議論を紹介し,しかし進化史を持つ生物を理解する問題には,人文科学的な解釈学の問題が内包されているという指摘を行う.
   

第15章 ダーウィニアン解釈学 その4

 

ナメクジであるとはどういうことか

 
この節題「What is it like to be a slug?:ナメクジであるとはどういうことか」はもちろん哲学者ネーゲルの論文「What is it like to be a bat?」から来ている.
 
https://warwick.ac.uk/fac/cross_fac/iatl/study/ugmodules/humananimalstudies/lectures/32/nagel_bat.pdf

 
またネーゲルの論文を集めたこのような邦書もあるようだ

 
ここからヘイグはニーチェの引用を行っている.神を失った世界でヒトが頼らざるを得ない「意識」は誤謬に満ちたものだということをいっているのだろうか.ヘイグの「魂」はもっとポジティブな内容を含意しているので,なぜこれを引用したのかはややわからない. 

  • この新しい世界の中で,彼等は過去のガイド,つまり彼等を規定する無意識で無謬の動因を失っている.彼等はそれに代えて思考,推測,記述,因果を使わざるを得ない.不運な生き物たちよ.彼等は「意識」,つまり最弱で誤謬に満ちた機能に頼らざるを得ないのだ.

フリードリッヒ・ニーチェ

 

 
そしてヘイグはここから「意識」の問題に取り組み,まずディルタイの理解には全体から部分へという側面と,それを内的経験からアクセスする主観性の側面があるとし,この主観性の問題に移る.
 

  • 部分と全体の関係はディルタイの「Verstehen(理解)」の1つの側面であり,もう1つの側面は主観性だ.内的経験に直接アクセスし,それがその他の主観性や客観的世界とどう関連するのかという側面だ.全ての意味は解釈者のためにあるが,内省はリボスイッチの主観性は厳密には隠喩だと告げている.私たちはリボスイッチになることに主観性があるとは考えない.私たちはリボスイッチに共感しない.しかしチンパンジーになることとかナメクジになることには主観性があるのだろうか? 私たちはナメクジよりもチンパンジーに共感を持つ,それはチンパンジーの立場に立ってみる(to put ourselves in a chimpanzee’s shoes:チンパンジーの靴を履く)想像の方がたやすいからだ.ナメクジの靴を履くことを想像するのは難しい.しかしナメクジに詳しい私の知人はナメクジにも何からの主観的知覚があると示唆する.雌雄同体の2体のナメクジが配偶のために互いに巻き付いて抱擁しているとき,私はそこに歓喜の身震いがあると憶測することができる.

 
なかなか面白い.私たちはヒトについては他者であってもそこに意識があると容易に感じることができる.そしてチンパンジーについてもそれほど難しくはない.これがナメクジあたりになるとかなり難しくなるが,それでも不可能ではない.しかしリボスイッチの意識は想像しがたい.これをどう整理するのかということだろう.ここでヘイグはまた語源の蘊蓄に入り込む.
 

  • 共感的経験から知るヒトの魂の様相は意識と呼ばれる.意識,自覚,注意,専念,関与(consciousness, awareness, attention, concentration, and engagement)は機能する魂について限定的に知りえたことについての相互に関連する概念だ.
  • 「conscious」はラテン語の「知る」というルートから派生した語で,同系の「conscience」と同じく「罪」の含意がある.「aware」は「cautious」を意味する古英語の単語由来だ.「attend」はラテン語の「伸ばす」というルートから来ており,同系の語に「tension」がある.「concentration」はラテン語の「共通の中心に運ぶ」というルートから来ている.「engage」はフランス語の「約束する」というルートから来ている.これらの語源は「知ること」「危険」「方向」「責任」「中心性」「コミットメント」との関連を示唆している.

From Darwin to Derrida その195

 
最終章「ダーウィニアン解釈学」.大学の文理に関する蘊蓄を披露したヘイグは,ドイツの哲学者ディルタイに言及する.ディルタイは自然科学は部分から全体を理解するもの(これを「説明」と呼ぶ)で,人文科学はまず全体を経験し,部分を区別するのだ(これを「理解」と呼ぶ)と論じたらしい・
  

第15章 ダーウィニアン解釈学 その3

  

  • ディルタイの見解によると「説明」は統合,つまり連結していないパーツを組み上げることであり,これに対して「理解」は連結した統一から始まるということになる.理解はこの単にして全なるもののパーツを分析することだ.ディルタイは1900年の「Die Enstehung der Hermeneutik(解釈学の興隆)」において社会人文科学の中心問題を単一の存在の一般化だと定式化している.

 

  • 人文科学のシステマティックな探求が,単なるものの客観的理解からより一般的な関係性や内包的連結に波及していくとしても,理解や解釈のプロセスは基礎であり続けるだろう.故にこれらの原則の方法論的確実性は,歴史そのものと同じく,この単一のものの理解をユニバーサルに妥当なものにできるかどうかにかかっている.だから人文科学は,自然の概念的知識とは全く異なる,独自の問題を持つのだ.

ディルタイ

 
引用部分はいかに19世紀末のドイツの観念的な哲学者のもので難解だ(ちゃんと訳せている自信はなし).人文科学は全体を経験することがまず先に来る「解釈」の学問であるというわけで,しばしば現在の自然淘汰に懐疑的な学者たちが自然淘汰的な説明を(批判的な形容として)「還元的」とする土壌の起源であるようにも感じられるところだ
www.digitale-sammlungen.de

 
ここからヘイグがなぜディルタイを持ち出したのかの部分になる.ヘイグは人文科学も自然科学の手法をより用いるべきだとするのではなく,自然科学のうち少なくとも生物学にはこの「まず全体を経験する」問題があるのだと指摘する.なかなか独特の視点で面白い.
 

  • しかしこの問題は人文科学(human studies)のみにあるものではない.それは全ての生物についての学問に生じる.全ての生物種,全ての生物の属は深い進化史を持つ独自のものだ.
  • ナメクジの行動に取り組む生物学者は演劇批評家と全く同じ立ち位置にある.個別のパフォーマンスは進化と発生的過去に形作られており,その詳細を知ることはできないし,経験科学の方法論で操作できない.多様な情報源からなるその知識は,もしナメクジの意味を知りたいなら,解釈の問題から逃れられない.生物学は自然に接ぎ木された魂の実り多い小枝なのだ.(Biologie is a fruitful scion of Geist grafted on Natur.)

 
生物の行動,あるいは適応的機能の発揮をパフォーマンスという用語で表しているが,これは演劇の演技とかけられていることになる.
確かにナメクジなどの生物個体は個別のパーツからなる有機的生命体であり,そう形作られるには発生の仕組みが必要で,そしてそれがそうある理由は進化史における自然淘汰の働きがあることになる.ヘイグによれば,進化史を持つ生物を理解する問題には,人文科学的な解釈学の問題が内包されているということになる.
 

  • 解釈学のサークル(部分から全体を理解することと全体から部分を理解することの相互関係)は生命を理解することの中心にある.
  • 自然淘汰のメタファーは,生物個体のパフォーマンスがどの個体が生存繁殖しどの遺伝子が複製されるかを決定する全てのプロセスを包含する.全体がパーツを淘汰し,問題が解決を淘汰する.
  • 情報遺伝子は過去のパフォーマンスのアーカイブテキストで,過去のパフォーマンスがテキストを作り,そのテキストが情報を与えてくれる.物質遺伝子は劇の中の俳優だ.
  • 生命はテキストとパフォーマンスが相互依存的に互いに双方向の因果関係を持つサークルだ.サークルは永遠の繰り返しから突然変異(違いの起源)と淘汰(違いの消去者による意味の想像)によって救い出される.繰り返し使用のテストを耐え抜いた劇の小道具は生物個体がその世界を解釈するためのツールなのだ.

 

  • 生命体の精妙なメカニズム(私が魂と呼ぶもの)は,生物個体に多様な感覚入力を統一された行動の選択として統合することを可能にする.
  • 魂は簡単には分析できない.それは純粋の物理学的用語により説明可能であり,説明不可能だ.
  • 魂の構造は物理化学的に不定(arbitrary)であるが,物理法則に従う.魂の行動は,物理世界における意味を作り出すものであり,物理化学的に適切(apposite)だ.
  • 魂の行動を理解するにはメカニズムだけでなく動機と意味の説明が必要だ.解釈学と生物学は相互依存的に共存する.生物学は解釈的な魂の進化的発生的起源を説明する.魂の理解は解釈の問題なのだ.

 
この部分は圧巻だ.これまでヘイグが論じてきた様々な要素(自然淘汰と目的論,テキストとパフォーマンスの再帰的な関係,意味と解釈)が組み合わさり,生物学という営みの深さが論じられている.