第11回日本人間行動進化学会(HBESJ KOCHI)参加日誌 その3

大会2日目 12月2日 その1

 
二日目の12月2日は日曜日ということで大会の前には高知名物の日曜市を覗いてきた.なかなか楽しい.

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大会二日目は口頭発表セッション中心.
 

口頭セッション 2

 

子どもはいつから,どんなうわさを信じるのか:5, 7 歳児におけるポジティブ・ネガティブなうわさの利用の検討 篠原亜佐美
  • 子供はいつ頃から噂を利用してた者と選択的に関わるようになるのだろうか.これを5歳児と7歳児をつかってポジティブな噂,ネガティブな噂について調べた.
  • 先行研究では,直接観察した事柄については2歳頃から他者との選択的な関わり(好ましい相手にはより資源を分配する)に利用していることが示されている.
  • しかし他者の情報はいつでも観察できるわけではない.成人では噂に基づいて選択的に行動していることが知られている.しかしこのことの発達過程は明らかになっていない.今回ここを調べたもの.

 

  • 5歳児32人,7歳児32人を用い,子供にパペットが出演する動画を見せ,その後プレゼント贈与課題をやってもらう.動画には(対象パペットの行動を)直接観察できるもの,ポジティブ,ネガティブな噂を聞くことができるもの,中立的な噂を聞くことができるものがある.プレゼント贈与課題は向社会行動をみるためのもので,シールを贈与するもので,シール1枚,数枚,たくさんの3つの箱があり,どれを対象パペットにあげるかを聞く.さらに他者の信頼度をみるためにこの3つの箱を3体のパペットに持たせ誰からもらいたいかを聞く.

 

  • 結果
  • まず直接観察とポジティブ噂と中立噂を比較した.5歳児ではどちらの課題にも条件間で有意差はなかった.7歳児では信頼課題についてポジティブ噂を利用していることが示された.(向社会課題では有意差はなかった)
  • 5歳児が噂を利用しないことについては情報価が影響する可能性があると考えて,ネガティブ噂条件も加えて再実験した.
  • すると5歳児はポジティブ噂は使わないが,ネガティブ噂は向社会課題に利用することがわかった.(信頼課題には有意差なし)7歳児はネガティブ噂を向社会,信頼の両課題に利用した.

 

  • 発達はまずネガティブ噂から利用を始めると考えられる.まず悪い他者との関わりを避けようとし,利益が得られる可能性がある場面の利用はそのあとに発達するようだ.
  • 今後は実社会での観察,複数人の噂について広げていきたい.

 
 
まず悪口から注目するというのは,いわれてみれば成人であっても悪い噂の方をより注目するという意味では同じなのかもしれない.質疑応答ではこの課題が向社会や信頼をうまくとらえているかあたりのところが議論されていた.
 
 

人間のお産において児頭が娩出したら即座に体幹を娩出させることは必要か? Two-step delivery における難産,新生児仮死の前方視的観察研究 菱川賢志

 
昨年に引き続いて進化産科学を志向する現役医師からの発表.今回は分娩における介助の問題.
 

  • 昨年は不安が分娩に与える影響について発表をさせてもらった.このテーマについて論文を書き,いろいろな雑誌からリジェクトを喰らいながらようやくある雑誌にアクセプトされた.第一歩を踏み出せたと考えている.
  • 今回は分娩介助について.現在一般的には赤ちゃんの頭がのぞいたら,そこから圧をかけて引っ張り出すという介助が行われている.

(ここで迫力ある分娩場面の動画が紹介される)

  • これは(特に根拠無く)そうしないと赤ちゃんに重大な障害が残るリスクがあると信じられているからだ.
  • しかし考えてみると,進化的にはこのような介助はごく新しいものではないか,そのような引っ張り出し介助が無くても正常に分娩できるのではないかと思われる.
  • そこで我々(湘南鎌倉バースクリニック)はTwo-Step Deliveryシステムを導入した.これは頭が覗いても引っ張ったりせずに次の陣痛を待ち,自然に排出されるようにするものだ.

 

  • 我々はこの方が自然ではないかと思うが,ほとんど研究されていない.そこで倫理委員会をきちんと通した後に,ごく健康で問題ない妊婦さんたちを対象にこのシステムでの分娩を行い,(根拠無く恐れられているような難産や仮死状態が頻発するのか観察し)結果をまとめた.
  • 次の陣痛までの待機時間は86±69秒.250例の内仮死状態2(内1は軽症)蘇生措置21(内18は軽症)と非常に低く,恐れられていたような悪影響はなかった.
  • この取り組みにはメリットがある.現行の介助だと,頭をつかんで引っ張るために赤ちゃんの肩に強い力が加わる.また口腔や肺からの排水もうまくいかないリスクがある.これにより骨折や呼吸障害の可能性があると思われる.これに対してTwo-Step Deliveryでは,子宮全体が収縮してむら無く押し出される形になるのでリスクを下げられると考えている.

 

  • ではこのような分娩介助はいつから行われているのだろうか.まずヒト以外には分娩介助は知られていない.ヒトにおいても文化により多様で,介助の無い文化もある.歴史上最古の記録は中国におけるB. C. 12の女医による介助だが,おそらくそれ以前からあるのだろう.知識と知識伝承がキーになるので文化ビッグバンの後ではないかと考えている.最初は出にくい例に対してなんとはしようとして始まったものがそのまま根拠無く広がったのではないだろうか.

 

  • ともかくも導入して,検証し,(根拠無く信じられていたような)重大な障害が残るというようなことがないことは確認できた.進化的にはTwo-Step Deliveryの方が適応的なのだろう.

 
 
質疑応答としては,やはり,普通の介助の場合とTwo-Step Deliveryの場合の数字の比較がないことあたりに集中した.確かにここが示されていないので隔靴掻痒の感は否めない.発表者からは,このあたりについてきちんとコントロールした数字を出すのは実務的にはなかなか難しいのだという説明だった.
また発表者からは霊長類の例についての知見も知りたいということだった.サルやチンパンジーの観察例では母親が自分で引きずり出したという報告もあるそうだ.
 
普段なかなか聞くことのない話で大変面白かった.
 
 

孤独感が温かい・有能な顔への自動的注意に与える影響―アイトラッキングによる検証 齊藤俊樹

 

  • 人生の中で,いつ自分にとって(協力者や有力者などの)重要な他者と出会えるかは基本的に予測できない.だから周りに重要な人物がいないかどうかについては,自動的に検出して情報処理できるようになっているのではないか(その方が適応的だ)と思われる.これは自動的注意(意図的な注意を自動的に切り替える)として働くだろう.
  • また他者との出会いの重要性は自分の状態にも依存するだろう.孤独感は罹患率や死亡率と相関しており,孤独感を感じているときには他者とつながることがより重要になるだろう.
  • この2つをあわせて考えると,孤独感を感じているときにはより他者とつながりを持とうとして自動的注意が働くことが予想される.
  • 次に対人印象は大きく(有能性と暖かみの)2軸で表すことが可能で,これは一瞬で判断する自動的なものだということが知られている.
  • この自動対人評価と自動的注意の関係はどうなっているのだろうか.孤独感を感じているときにはより優しそうな人に注意が向くのだろうか.

 

  • ここで仮説を二つ立てて検証することにした.
  • 仮説1:他者への自動的注意は孤独感の高いときに増加する.
  • 仮説2:孤独感と対人印象には交互作用がある.

 

  • 検証にはアイトラッキングを用いた.まず質問紙で被験者の孤独感を測定する.次に対象の顔の印象を事前判定してもらう.このデータに基づき被験者ごとに同じような暖かみと有能性の評価になるような顔をカスタマイズ生成する.
  • ここで画面の上下の写真の同一性を判断するフィラー課題をやってもらう.その際に両脇に顔画像を表示し,そこを見に行くかどうかをアイトラッキングで調べる(自動的注意の測定).
  • データをGLMMで解析した結果.
  • 孤独感は自動的注意を高めるか→有意差なし.
  • 交互作用は確認された.孤独感が高いとより暖かみのある顔を,孤独感が低いとより有能な顔を見るようになる傾向が有意だった.前者は社会的なつながりを得ようとする動機,後者はステータス形成動機と関連していると考えられる.

 
 
寂しいときには人とのつながりを求めるが,誰でもいいわけではなくより優しそうな人への注目が高まるという結果は何となくわかるが,そもそもこの対人印象というのはどのぐらい信頼できるのかというあたりがちょっと気になった.
 
 
ここで口頭発表2が終了.ここからポスター発表の第2部.昨日聞きそびれたポスターの発表を聞いている内に午前の部が終了.
 
 

昼食に帯屋町まで戻ってレストランを物色していると讃岐うどん屋を発見.同じ四国だからとは入ってみたら大当たり.東京ではなかなか食べられない美味しいいりこだしのうどんをいただいた.
 
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総会

午後一は総会.ここまで広島,神戸,葉山,金沢,名古屋,高知と地方巡業が続いていたが,来年のHBESJは久しぶりに東京に戻って明治学院大学ということだ.(葉山は首都圏としても4年ぶりの首都圏開催になる)
 
 
続いて午後の部,午後は口頭発表セッションが2つになる.

口頭発表 3

 

協力と罰の共進化をもたらす罰に対する感受性に関する理論的検討 土田修平

 

  • ヒトは大規模な協力を行っているが,ここには社会的ジレンマの問題がある.なぜヒトにおいては大きな協力ができるように進化できたのだろうか.
  • これについては血縁淘汰や直接互恵性や間接互恵性の説明があるが,このほかに「罰」があると協力が起きやすいということが知られている.しかし「罰」についてはそれ自体が利他的行動でありコストの問題があり,単純に進化するのは困難とされている.
  • ただし理論的な研究からは「ある要因」があれば比較的容易に罰が進化できることがわかっている.それは「罰に対する感受性」だ.一度でも罰を受けると永続的に協力するという前提があれば,協力は容易に進化可能だ.

 

  • そこで,本研究では,「罰の感受性」自体が進化できるかどうかを進化シミュレーションで調べた.
  • まず前提となる「罰に対する感受性があれば協力が進化可能」ということを公共財ゲームのシミュレーションで確かめる.罰あり公共財ゲームでの協力,裏切りをC, Dとし,罰ステージでの罰行使,罰非行使をP, Nとする.この戦略の組み合わせを進化ゲームにして(b, c, p,qをうまく選ぶ;pは罰コスト,qは罰の効果)シミュレーションすると,感受性なしではほぼDN, 一部CNという形(DNとCNの頻度依存共存)で推移する.感受性が高いとDN, DPはほぼ頻度0になり,CPとCNが頻度依存的に共存する.つまり感受性が高いと協力が進化できる.

 

  • では罰の感受性自体は進化するのだろうか.
  • ここで非協力の罰コストと協力のコストを見極めて行動する合理的な非協力者をモデル化する.そして罰感受性パラメータαを導入する.この合理的非協力者はc-b/n<αqpなら協力する.
  • 初期値α=0,全員DN,突然変異率μ=0.01とする.
  • すると200世代をすぎたところからDNの比率がぐっと下がり,最終的にCNとCPが共存する形になる.αは上昇し,0.3程度で安定する.

 

  • ただしこれだけでは αの上昇が浮動によるものかもしれないので,α=0の集団の中にα=0+εの個体が進入可能かどうかを調べた.その結果,αが0.05程度までは浮動的な挙動だが,それを越えるとしっかり淘汰がかかることが確認できた.

 

  • 以上のことから罰の感受性は浮動で一定程度まで上昇すれば後は適応として進化可能であり,協力の進化へ結びついた可能性があると考える.


<質疑応答>

  • 大槻 この罰の感受性には認知コストがかかると思うが,それについてはどう考えているか
  • それはモデルに入れていない.
  • 長谷川眞理子 このシミュレーションでCPとCNが混在する結果になっているが,これは罰の行使コストに関してはフリーライドになっているということか
  • そうだ.2次のジレンマを解決できているわけではない.

 
 
罰についていろいろ議論されてきた背景を考えると,これまでこのようなシミュレーションがなされていないこと自体不思議だ.もしかしたらとても重要なシミュレーションである気もするが,しかし何故フリーライドしているCNがどんどん増えて,そこにDが生まれて崩壊してしまわないのかのところがよく理解できなかった.うまく突然変異とのバランスがとれているということなのだろうか.お勉強しなければ.
 
 

2種類の適応課題に応じた内集団協力-野球ファンを対象とした1回限りの囚人のジレンマゲーム- 中川裕美

 
おなじみ修道大学チームによる広島カープファンを用いた研究の続編.
 

  • 野球は人々を熱狂的にする.広島カープファンはその典型例で,シーズンチケット発売時には2日前から泊まり込み行列用のテントが並ぶ.(画像紹介)
  • このような熱狂的ファン同士には協力が生じることが知られている.先行研究ではこのような内集団協力は直接互恵性への期待に基づくものではないかというモデルだった.
  • 確かにファン同士ではそのような期待はあり得る.(ここで広島ガスによるそのような応酬性を強調したコマーシャルを紹介)
  • しかしあれほどの熱狂は,他チームを敵視し,対外的な脅威に対する協力を生み出している可能性もある.これは外集団からの脅威に対して即時的に協力が生まれるもので,カテゴリーベースの協力と呼ばれる.

 

  • どちらが働いているのだろうか.これは協力するかどうかの知識ベースをコントロールして調べることができる.双方ともカープファンであると知っている場合にはどちらの協力も働くが,相手がカープファンであることはわかるが自分がカープファンであることをあいて走らないという場合には互恵性協力は抑えられ,カテゴリーベース協力のみが効くはずだ.
  • 2015年の研究では場面想定法のアンケートにより双方が効いていることを確かめた.

 

  • 本研究は一回限りの囚人ジレンマゲームをつかって調べたものになる.一回限りの囚人ジレンマでは利得が問題になり,外集団からの脅威はないので,互恵性協力のみが現れると予想した.

 

  • 結果は微妙なもので,一方的知識条件でも中間程度の協力が現れた.互恵性だけでなくカテゴリーベース協力も効いていると判断される.カープファンだけでは偏ると考え,さらに神戸でも同様な実験を行ったが,結果はやはり双方ともに効いているというものになった.
  • なぜこうなるのかについては今後の課題になる.

 
 
<質疑応答>

  • 野球ファン同士で本当に外集団脅威ということになるのか
  • チーム同士はペナントを激しく争っているので,脅威はあるだろうという前提をおいている.

 

  • 性差はあったか
  • 女性は互恵性協力の方が強い傾向があり,男性はばらついているという印象だった.

 
予想通りの結果が出ずにいかにも残念という発表.神戸で調べたということだが,阪神だったのかオリックスだったのかにはコメントがなかった.両者で違うとまた面白い気がする.
 
 

アルギニンヴァソプレシンによる防衛的な攻撃行動の促進 河田淳

 
ポーカーフェイスで迫力の発表.
 

  • ヒトにおいては防衛的に先制攻撃を行うということがよく見られる.(外国の街角で,怪しく寄ってきたごろつきにいきなりパンチを見舞うごろつきの動画が紹介される)
  • このようなありふれた攻撃はヴァソプレシンに調整されていると考えられている.
  • ヴァソプレシンは進化的に古い物質で,元々は尿の再吸収機能に関連していたと考えられているが,多くの動物ではナワバリ防衛や性衝動とも関連していることが知られている.
  • なぜだろうか.おそらく(哺乳類などの)動物においては尿で情報伝達を行っており,その中にナワバリ宣言的な情報が含まれていたからだろう.そしてそれがさらに攻撃に外適応したのだと思われる.

 

  • ではこれはヒトにも当てはまるのか.また集団レベルの防衛にも関連しているのか.
  • この2つについて経済ゲームを行って検証した.
  • 122人(男性58名,女性64名)の大学生を使い,ヴァソプレシンスプレー条件と生理的食塩水スプレー条件で統制し,1対1,2対2(ともに,作戦を考えるあるいは話し合う時間が3分与えられる)で先制攻撃ゲームをしてもらう.先制攻撃ゲームは手持ち3000円で,双方攻撃なしだとそのまま残るが,どちらかが攻撃すると攻撃側に2300円,攻撃された側に500円のみが残るという構造で,開始から15秒間双方が耐えると攻撃なしということになる.
  • 攻撃はマウスをつかって画面上で行う.ここではマウスにさわらない,マウスで動かす,攻撃を,Untouch, Ready, Attackと名付け,順序尺度として解析した.

 

  • 結果:ヴァソプレシンは先制攻撃を誘発した.男女ともにattack比率が大きく上昇した.1対1でも2対2(ペア条件)でも上昇した.
  • 集団に与える影響を調べるためにペア条件(特に1対1の場合攻撃するタイプと攻撃しないタイプがペアになったとき)でどのように決断するのかを解析した.その結果,より二極化(readyが減り,attackかuntouchに分かれる)し,平和側に合意されやすい傾向がみられた.この結果はヴァソプレシンは個人レベルに作用し,集団には作用しないと解釈できる.
  • 性差について:男女ともヴァソプレシンで攻撃が増加した.

 

  • 以上のことからヴァソプレシンの作用についてはヒトと動物で連続的であることがわかった.

ただし神経生理はわかっていないし,この作用が中枢神経に効いているのか末梢神経に効いているのかもわからない.今後の課題になる.
 
 
なかなか面白い発表だった.ヴァソプレシンスプレー一発で先制攻撃に傾くというのは考えてみると結構恐ろしい知見だという気もする.
なおペア条件の結果の解釈だが,話し合って作戦が決まれば,そもそも攻撃するかどうかを決めずにマウスを動かすという動作自体意味がないので二極化は当然ではないだろうか.また話し合えば,「攻撃を控える」という意見の方が平和的で格好いいので「(たかだか2000円程度のことで)どうしても先制攻撃したい」というのはいかにも度量が狭く,負け犬的な印象を与えるだろう)平和方向に流れるということではないかと思う.また話し合う過程を問題にするよりも,想定される脅威のところを操作した方が興味深いような気がする.
 
 
以上で口頭セッション3が終了だ.

第11回日本人間行動進化学会(HBESJ KOCHI)参加日誌 その2

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光の祭のための卵形のオブジェと天守閣
 
 

大会初日 12月1日 その2

 
 

ポスター発表

招待講演のあとはポスター発表.おもしろかったものをいくつか紹介しよう
 

(非)言語行動から言語進化に迫る:ウェブカメラの映像を用いた探索的観察 森田理仁

 
ニューヨークタイムズスクエアの定点カメラでとらえられた二人組で並んで座った人々の観察をまとめたもの.だいたい半分ぐらいでジェスチャーがみられ,3割ほど身体接触,同じく3割ほどで体を向ける行動がある.ジェスチャーは40代より50代以上の方が増え,身体接触は異性ペアの方が多いそうだ.まあ,そうなんだろうなという感じだが,基礎データとして価値がありそうだ.
日本にはこのようなちょうどいい公的な設置カメラが見つけられなかったとのことだった.
 
 

声は向社会性のシグナルになるか 徳増雄大

 
男性の方が声が低いが,この性差は霊長類の中では突出して大きいそうだ.これは女性から魅力があるとされるが,向社会性が低いという印象を与えているとされている.ここではこれからこの結果を追試し,さらに,この低い声は地位追求のためではないかという仮説を検証したいとのこと.
この性差が霊長類の中でも大きいのだとは知らなかった.これは基本的に体の大きさのインデックスから,女性にもてるため,あるいは男性間の競争で優位に立つために(テストステロンなどの)コストを伴うシグナルになったということではないのだろうか.性淘汰シグナルなので女性からは魅力があり,種間ではばらついているという説明が可能なように思う.向社会的でないと思われるのは,より身体が大きい人はより約束に縛られる必要がないので,ある意味当然で,一種のトレードオフなのではないかと思う.いずれにしてもきちんと調べるところとしてはとてもおもしろい視点だと思う.
 
 

「道徳的な」主張の強さは他者の存在に影響されるのか? 和田脩平
コストのかかる信号としての主張の強さを測定する 小田亮

 
(二つあわせて昨年のポスター発表の延長)道徳的主張について「あなたはどのぐらいこのことを強く主張したいですか」ということを調べるために,単に7スケールでアンケートするのではなく,その強さに応じてマークシートを塗りつぶしてもらう(ここに主張に対するコストをかけて測定精度を上げる)という手法に関する発表.
アンケート調査と塗りつぶし調査では確かに解答傾向に差があり(小田)この測定法方の有効性を示しているように思われる.一方この塗りつぶし個数は他者により参照可能だと教示するとこの効果が消えてしまったという報告(和田)があり,発表者は,少数意見だと知られると不利になることを恐れる心理が効いているのではないかとしていたが,なかなか解釈が難しいところのように思われる.
 
 

性的画像に対するモチベーションにおける性差の検討 小林麻衣子

 
ネットのペイパービューで性的とカテゴライズされている画像と非性的とされている画像の中から,男性の画像,女性の画像,カップルの画像を被験者に提示する.デフォルトの提示秒数を縮めたり伸ばしたりしたいときにはキーを叩き続けることで可能になるようにして.それぞれの画像への好みを測定したもの.実際に使われた画像はかなり境界線上のもの(非性的画像といっても上半身の裸体だったりする)が選ばれている.
男性被験者は女性の性的画像を長く見ようとキーを叩くが,それ以外にはあまり興味を示さない.女性の被験者は男性の画像に対して,性的なものはむしろ早く画面から消そうとし,非性的なものを長く見ようとする,また女性被験者はカップルの非性的写真を長く見ようとするという結果が得られている.男性は女性の性的画像を好み,女性は男性の性的画像をむしろ嫌がるというのは,ある意味予想通りで,配偶選好の性差が面白い形でとらえられているように思われる.
 
 

涙もろさの経年変化 岸本健

 
質問紙を用いて様々な年代の男女の涙もろさを測定してみたというもの.男性の涙もろさは20歳頃最低になり,その後上昇するが,女性にはこの傾向が見られない.これは男性間の配偶競争で涙もろさが不利になるからではないかと解釈されていた.
しかし涙もろいと男性間で不利になるのだろうか.というより女性から守護者としての資質を疑われるのではないかと恐れて,質問紙には素直に答えていないのではないかという疑問が残るように思う.本当に20歳頃に涙もろさが減少し,その後上昇するのか確かめてみると面白いだろう.
 
 

初期国家と戦争:弥生時代と古墳時代を例に 中尾央

 
(SNS等で言及して欲しくないマークが付されているので,公開されている要旨の範囲内で紹介)
弥生時代と古墳時代の受傷人骨比率を比較した結果,受傷人骨比率は弥生時代から古墳時代にかけて大きく減少していたというもの.
中尾はピンカーの『暴力の人類史』で示された,狩猟採集時代は近隣部族との暴力抗争の頻度が高く,農業革命後国家が成立するようになると暴力の頻度は減少したという議論を日本のデータではどうなるか調べた結果,縄文時代にはピンカーの推測より大幅に低く,弥生時代になってむしろ上昇しているという指摘を行っていたが,これはそれを古墳時代まで延長したもの.この2時代の比較ではまさにピンカーの議論通りになっているという印象.なお中尾自身はそういう結論についてはなお留保しているようだ.
 
 

コストのかかる旗としての道徳(3):頑固な態度は進化するか 平石界

 
平石による「内部コーディネイト機能を持つコストリーシグナル」としての道徳を説明する興味深い進化シミュレーションの続報.今回は頑固さ(説得されにくさ)を導入するとどうなるか.
基本的にはある程度の頑固さがあっても議論収束の可能性が残るという結果が示されていたが,細部はなかなか難しい.また頑固さ自体の進化は扱われていない.まだまだ途中の段階でさらにブラッシュアップされていくのだろう.さらなる進展を期待したい.
 
 
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山岸先生追悼企画

 
本学会創設時からの中心メンバーであった社会心理学者山岸俊男先生が本年5月に逝去されたことから追悼企画が設営された.最初は追悼スライドの上演.
 

  • 1948年名古屋生まれ,一橋大学からワシントン大学に進み,そこで博士号を取得,その後北海道大学,ワシントン大学,また北海道大学に在籍し,2012年に退官.その後玉川大学その他の研究機関において研究を続けていた.多くの著作や論文のスライドも挟み込まれていた.

 
 
続いて近年の研究が紹介された.紹介者は最後の弟子の一人である李楊(Yang Li).

 

山岸先生の研究を振り返って:近年の研究を中心に 李楊

 
<著作等身>

  • 先生をもっともよく表す言葉は「著作等身」という言葉だと思う.これはタイポではない.この四字熟語は書き上げた著作を積み上げればその人の身長ほど積み上がるという意味だ.主な単著だけで16冊,編著共著書が76冊,これに数多くの論文が積み上がる.
  • 先生の興味の中心は「ホッブス秩序の問題」だった.利己的である個人がどうやって社会を作っているのか.しばしば「個と全体の調和」として説明されるがそれはうさんくさい.これを進化ゲーム理論のマイクロマクロからアプローチしよう,つまりヒトの心や情動が社会のマクロの構造を作るという説明を行おうとしたのだ.
  • (大きな樹形図を示して)これが先生の興味の全体像を示したものだ.大きな枝の一つが社会的ジレンマや協力性や内集団ひいきの問題で,もう一つの大きな枝は制度や文化,そして文化差や信頼の構造ということになる.

 
<エピソード1>

  • 私と先生の出会いは私が北大に交換留学生としてやってきた2006年だ.そこで社会心理学の講義を受けその面白さに引かれ,結局2008年から留学して研究の道に進むことになった.
  • 山岸先生は,一言でいって超人だ.毎週のゼミは金曜の朝から始まるが,夜になり,土曜の朝に再開し,また夜になり,さらに日曜もやるという3日間ぶっ続けというのが普通だった.
  • ご本人のスタイルは毎日朝8時から夜10時まで,それを土日なしでずーっと続ける.妥協しない.原稿でもスライドでも最後まで手を入れる.せっかちで待つのは嫌いだった.
  • 指導を受ける学生にとっても,学会発表などで援護してくれるどころか背中からキヤノン砲を打たれることもしばしばだった.「それはおかしいでしょう」といわれると冷や汗がでるし,「それはおもしろいね」といわれるととても嬉しかった.
  • よく言われたのが「セルフハンディキャップだけはやってはいけない」ということだった.これは自分でこれはできないとやることの範囲を狭めるなという意味だ.当たって砕けろといってもいい.

 
<近年の業績>

  • 2012年に北大を退官した後の研究を紹介したい.
  • 当時アームチェア心理学者になるかななどといっていたが大嘘で玉川大学に研究室を作り,科研S「向社会行動の心理神経基盤と制度的基盤の解明」をとってバリバリ研究を始めた.ヒトの利他性,さらにニッチ構築,そしてホッブスの秩序問題に跳ね返ってくる大きなテーマだ.
  • この向社会性プロジェクトは非学生600人を集めてデータを取るという大がかりなもので,様々な経済ゲーム,認知スタイル,個人特性,MRI,遺伝子などのデータを解析する.

 

  • で,ここまでになにがわかってきたのか.
  1. 利己的に振る舞うヒトには大きく2つのタイプがある.(あとで詳しく解説する)
  2. 自動性と行動コントロールについての一連の知見.(これもあとで詳しく解説する)
  3. 利他罰には,ほかの利他行動と大きく異なり,利他的な動機によるものと報復的な動機によるものがある.
  4. 道徳的に振る舞うかどうかはコストに影響される.
  5. 年齢が上がると向社会行動は上昇する.

 
<利己性の2タイプ>

  • 利己的なヒトの2タイプについては2014年に「In Search of Homo Economicus」という論文を出している.
  • 自己報告で非協力的とする人が実際にはどう行動しているか.非協力者がみな合理的に利益を追求するのか.
  • これを順序付き囚人ジレンマの後手,独裁者ゲーム(双方とも自分の決定だけで利得が定まるもの)により調べた.すると自己利益追求的行動を行うものが15%ぐらい出現した.完全に合理的に自己利益追求するHomo Economicusタイプが7%,時々微妙に協力するQuasi Homo Economicusタイプが8%ほどだ.このどちらのタイプも自己報告では利己的な傾向を示す.他者の搾取を問題ないと思い,サイコパス傾向が高い.しかしこの2タイプには異なる点がある.
  • Homo Economicusは高IQで,長期志向,社会階層が高く,実際に成功していて若い.いわゆるエリート層のイメージに近い.
  • Quasi Homo Economicusは低信頼,低協調性,高神経性,低共感,高衝動性を示す.いわゆる残念な人たちだ.

 
<利他行動は自動的か熟慮か>

  • 自動性と行動コントロールについて.これは利他的行動は直感的な素速い行動か,それとも熟慮の上の行動かという論争に関連する.この両者は論争を続けていてそれぞれによいエビデンスがある.認知的負荷をかけると利他性が増える(直感説)一方利他行動時の脳活性領域は自己コントロールの活性領域と相関している(熟慮説).
  • これを山岸はそもそもその人が持つ向社会性によって異なるのではないかと考えて検証した.被験者の価値志向性を測定し4タイプに分ける.その上で4タイプごとに制限時間を変化させて利他行動の反応時間(囚人ジレンマゲームなどの意思決定時間)を測定した.
  • すると一貫して向社会的なタイプの人は時間をかけるほど協力が減り,一貫して利己的な人は時間をかけるほど協力が増えた.(ある程度時間をかけるとこの両タイプの協力割合は同じ程度になる)つまり速い決断にはその人の持つ傾向が素直に現れ,時間をかけると,背景のインセンティブ構造の理解(向社会的な人の場合),承認欲求(利己的な人の場合)などを考慮して決めているのだ.

 
<エピソード2>

  • 2012年の退官時には私はD2だった.話があると高級寿司屋に連れて行かれて,美味しくいただいていたら,東京に移ることになったと切り出されて,そのあと寿司の味がしなくなったのを覚えている.結局ついて行くことにして私も玉川大学の研究室に通うことになった.
  • 玉川で神経基盤も扱うということになったが,それは流行に乗っかるのではなく,「ニューロサイエンスは社会科学の鞭になる」つまり,これまでの理論や方法が新しい知見に耐えられるかどうかが試されるのだとコメントされていたのが印象的だった.
  • 4人きりのラボで,北大の時よりずっと近くで先生に接することになった.いつもランチは冷凍肉まんですませているが,本来とてもグルメで打ち上げは焼き肉.とにかく肉で野菜を頼むといやな顔をされた.論文は10本ほど同時に回されていて,時々こんがらかっているようだったが,行き詰まると別の論文に移ることができるとコメントされていた.
  • 2016年に病気が発覚したが,そこからだけでも論文を15本出している.最後まで新しい実験デザインの話をしていた.ずっとやりたかった大規模実験で,今まさに着手しているが,天上で自分が扱えないことを悔しがっていると思う.「山岸死すとも研究は死なず」ということだと思う.みなさまも是非たくさん先生の論文を引用し,議論し,批判してください.


愛弟子からのリスペクトのこもった業績紹介だった.続いて長谷川真理子会長からもお言葉.
 

山岸先生と人間行動進化学会 長谷川眞理子

 

  • 夫の寿一は山岸先生と1992年頃に出会って意気投合していたが,私自身の先生との最初の出会いは1995年だった.
  • 八王子セミナーハウスでの泊まり込みセミナーで「進化とゲーム理論」をやった時にお呼びした.その当時はまだ進化的な視点にはぴんときていなかった様子で,バリバリの社会心理学者という印象だった.「社会心理学は,個々人ではなく集団に現れるものを研究するものだ」とコメントされていた.たとえば「当時日本の離婚率が急上昇している理由は何か.普通は経済情勢などを思い浮かべるが,実際にはちょうど子育てが終わった離婚適齢期に団塊の世代がさしかかったせいだ.このような集合的な現象を扱うのだ」という言い方だった.
  • そのセミナーでは進化生物学的な考え方についてかなり否定的なコメントだったので,こっちも口をとんがらせて激しく議論したのを思い出す.しかしその後どんどん問題意識は共有化されていった.

 

  • 1997年に人間進化行動学の研究会たち上げのための会合を目黒で開き始めた.たくさんの異分野の人を呼んでやった.経済学からは神取さんや西条さん,歴史学の本村さん,哲学の内井さんなど.しかしみなそのうちに離れていった.その中で山岸さんとその社会心理学派の人たちは残って中心メンバーになってくれた.
  • 行動経済学の人たちは出てこなくなったし,文化人類学の人たちは未だに(進化的アプローチは)だめだ. もっとも関さんはずっと「進化なんか関係ねー」といっていたが,つい最近遺跡の話でヒトの進化も関係あるかもしれないなどとコメントしているのを見かけて,ちょっと「やった」と思っている.

 

  • HBESJは1999年に第一回研究会,2008年に学会になった.それとは別に本家のHBESにはずいぶんご一緒した.おしゃれでグルメで研究については鋭い質問をされた.
  • 1998年には私が当時ケンブリッジにいたときに我が家に泊まられた.明日発表があるというのに,延々とワインをあけて議論したのを思いだす.
  • 2016年に対談本を出せた.これは2014年から2年かけて作り上げたものだ.まず延々と何時間もしゃべる.それを編集者が文字おこしして,編集して持ってくる,二人でそれぞれ推敲して,でも対談やり直しになって,また同じプロセスを繰り返してという過程を経たものだ.何時間もしゃべったあとに打ち上げと称していろいろなレストランにご一緒したが,さっき話があったとおりひたすら肉,肉で野菜を注文させてくれなかったのをよく覚えている.
  • 病気が発覚してからも最後まで研究の話をされていた.このアイデア,そしてお弟子さんたち,みな次の時代につながっていくのだろう.

 

  • 最後に一つだけとてもうらやましかったことがある.もちろん研究内容や実験デザインのすばらしさもうらやましかったが,何より先生は運営やアドミンの仕事にいっさい関わらなかった.それは若い頃から用意周到にタンクトップで学内をローラー走行などして変人ぶりを周りに印象づけ,「あんな奴に管理させたら大変だ」と周りに思いこませ,そのような仕事が降ってこないように準備していたということだ.頼まれるとほいほい受けてしまう私とは全然違っていて,それは本当にうらやましかった.

 
追悼企画にふさわしいいいお話だった.私自身は山岸先生との個人的な接点はなく,著作を読んだり,講演や学会発表を聞いたりさせていただいただけだが,その鋭い切り口のファンだった.きれいごとの説明の胡散臭さを見抜く眼力が特に際だっていたように思う.京都で開かれた国際大会のHBESでの発表に対して,著名な進化心理学者が「この発表の内容はこれまでの我々の思いこみと離れているので,単純に論評できないが,とにかく端倪すべからざるものだ」とコメントしていたのを思い出す.謹んでご冥福をお祈り申し上げたい.
 
 
関連書籍

話の中で出てきた対談本.確かにエキサイティングで胸をすくような話がいっぱい出てくる.2年もかけて完成させた本だとは知らなかった.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20170115/1484477256


以上で初日は終了だ.これは当日いただいた鰹の塩たたき
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第11回日本人間行動進化学会(HBESJ KOCHI)参加日誌 その1

本年のHBESJは高知工科大学.本学会が四国に上陸するのは初めてである.せっかく四国まで行くので,少し余裕を持って前日夕方に高知入り.空港の名前は龍馬空港,幕末の志士にインスパイアされる気分だ.

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はりまや橋近辺のホテルにチェックインして早速鰹のたたきを賞味.天気も良く,翌日,大会初日の朝には高知城公園を散策.山内一豊,千代,板垣退助の銅像にご対面.城郭はちょうど紅葉の盛りで美しく色づいて,江戸初期の荒々しい石積みとともにいい雰囲気だった.

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その後高知B級グルメ一押しの鍋焼きラーメンの昼食を頂き,午後一で高知工科大学入り.


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大会初日 12月1日 その1

 
簡単な開会挨拶のあと,早速口頭発表の開始.
 

口頭発表 1

社会情報は偏見に基づく推定バイアスを低減できるか?:情報カスケード実験による検討 金恵璘

 

  • ヒトは社会的な動物だ.社会的学習を行い,多数派同調し,遺伝子と文化の共進化も観察できる.ダンバーはヒトでは噂話がグルーミングの役割を果たしていると論じた.
  • 片方で現代の社会生活は,オンラインにますます依存するようになっている.このことは個人の意思決定やグループの意思決定にどのような影響を与えるのだろうか.これまでの社会学では集団の意思決定について機械的に集計して統計的にのみ考えていたが,それでは十分ではないかもしれない.現代社会ではインタラクティブな意思決定が行われており,特徴としては(1)人々が逐次的に意思決定すること(2)解の自明性がない(どちらが正しいかすぐにはわからない)ような問題の意思決定がより問題になることだ.このような意思決定を分析するには情報カスケードモデルが有効だと考えられる.
  • この問題については以下のような先行研究がある.
  • 真値があるが,ただちにはわからないような問題(ヒトの細胞総数は?など)を用いて,被験者に,まず推定値を答えてもらい,次に先立つ3人の推定の平均値を教えて,再度推定してもらうという課題を与え,それを30人に逐次的に行う(最初の被験者には正解から一定範囲内でランダムな数値を与える).この結果パフォーマンスは良くなり(逐次的な推定の方が,最初の個人的推定より真値に近い),集合知が生まれた.
  • ここで現代では政治的意見の分断が問題になっているという問題意識から,先行研究と同じ中立的な設問に加えて,分断の生じやすい設問(在日朝鮮人の犯罪数など)を混ぜたときにどうなるかを161人を使って調べた.
  • 結果は中立設問も分断設問もパフォーマンスは向上したが,向上の程度は分断設問の方が低いというものだった.
  • 次に先立つ意見に中に人工的なBot(真値から一定範囲でランダムな数値を答える)を入れてどうなるかをみた.すると中立的設問ではあまり影響がでないが,政治的問題ではBotがある方が(そして真値に対する誤差の幅の小さなBotである方が)パフォーマンスが向上した.
  • 同調度を定義して分析すると,人々は中立的な問題よりも政治的な問題でより社会情報への同調度が高くなっていた.

 

  • なぜこのような結果になるのだろうか.
  • 政治的設問でもパフォーマンスは向上するので,社会情報でバイアスを縮小させることができると考えられるが,ゆがんだ情報であれば逆になる可能性もある.今後調べていきたい.
  • なぜ政治的設問の方がBotに影響されるのかは明らかではない.
  • 社会的情報はある意味諸刃の剣であり,コンテンツフリーではないのだろう.

 
 
人工的なBotの介入というアイデアはおもしろい.
直感的には政治的な設問の方が,極端な意見やフェイクが多くなるのでより懐疑的になりそうに思われる.だからそのために向上幅が小さくなるのだろう.
Botを混ぜた場合に政治的設問の方が向上幅が高くなるのは,元々の人々の意見の幅が大きかったからということなのだろうか.大変興味深い結果だが,詳細はちょっとよくわからなかった.
 
 

Speed–accuracy tradeoff 状況における二者の意思決定プロセス 黒田起吏

 

  • Speed–accuracy tradeoffというのは解答のために時間を使うほど解答が正確になるが,正答時の報酬が少なくなるというトレードオフ状況を言う.これまでのSpeed–accuracy tradeoff研究は主に単独個人について行われてきた.しかし人々は社会情報を利用している.実際に集合的に-Speed–accuracy tradeoff問題を解決することが群居性の動物(魚,アリ,ミツバチ)で示されている.
  • ここでヒトが社会情報を用いてこのSpeed–accuracy tradeoff課題を解決するのかどうかを調べた.課題はランダムドット課題で,その中のいくつかの点が左右のどちらかに動いているのでその動きを解答してもらう.時間とともに正確になるように左右に動く点は時間とともに階段状に増える(この関数形は被験者には教示しない).またSpeed–accuracy tradeoffの最適解が途中のどこかの時点になるように,報酬カーブは上に凸になって時間とともに逓減する(このカーブの形は被験者に教示する).
  • この課題を単独で行う場合とペアで行う場合を比較する.ペアの場合には先に答えた解答が後手の被験者の画面に表示される.
  • 結果:後手は先手の解答に影響され,より素早く先手と同じ解答を行う傾向が見られた.しかし報酬額は上昇しなかった.つまりうまくSpeed–accuracy tradeoff課題を集合的に扱えなかったということになる.
  • プロセスを見ると,後手が社会情報によって速く解答するだけでなく先手も素速く解答するようになっていた.ドリフトディフュージョン分析を行うと,ドリフト方向自体には変化が無く(知覚は変化せず)先手の解答に至る閾値がせばまっていた(自信が無くとも速く解答すようになった).
  • なぜこうなるのかはわかっていない.何らかの速く答えたいという情動が高まるのかもしれない.今後の課題だ.


なかなかおもしろい実験だ.なぜ先手も焦るようになるのだろうか.ゲームの利得を離れてとにかく先に答えたいという(あまり合理的でない)情動が生まれるのだろうか.
 

血縁淘汰は学習への投資を増大させるか? 大槻久

 

  • 文化はヒトの適応度成分の大きな部分を占めている.特に累積的な文化蓄積が重要だ(打製石器から磨製石器へ,電子や半導体の知識からコンピュータへなどの例が示される).
  • ではこのような累積はどのように生じるのか.それは過去からの蓄積をまず学び(教科書の学習),さらに誰かが試行錯誤して新しいものを付け加えていくこと(研究)によるはずだ.ここでは前者を社会学習,後者を個人学習と名付ける.
  • ではこの個人学習は適応度を高める戦略なのか.先行研究によると個人学習と繁殖にはトレードオフがあり,繁殖のみへの投資が進化することがモデルにより示されている.これは個人学習のコストはその個人にかかり,成果は学習により他者にも分け与えられる(つまり一種の利他行動である)ことによる.自由に斜行伝達があるなら,この社会的ジレンマは解決できない.社会学習のみして,あとはフリーライドして繁殖時間を増やす方が有利になるのだ.
  • ではこの利他行動の進化を血縁淘汰から説明できるだろうか.で,そのモデルを組んでみた.
  • 斜行伝達(非血縁者への伝達)と垂直伝達(血縁者への伝達)のみを考える.個人はまず社会学習してスキルを上げ(上がり方は逓減する),次に個人学習してさらにスキルを上げる(ここは線形に上がる).そしてその上がったスキル状態で残りの人生を繁殖に当てる.血縁淘汰を入れ込むため,斜行伝達の制限として,遺伝親から学ぶ確率qを導入する.
  • モデルを回すと,q=1 なら確かに累積的な文化蓄積が可能だが,qがわずかでも1を下回るととたんに累積は非常に困難になる.
  • 実際の狩猟採集民族の観測によるとアカ族では0.8程度,チナレ族では0.5程度だった.これだと累積程度はそれぞれ5人分,2人分程度にしかならない.
  • しかし実際には累積的な文化蓄積は生じている.何かが見落とされているのだ.そこで先史時代にはバンドを組んでいたことを再現すべく分集団モデルを作ってみた.しかし結果は同じだった.分集団が非常に小さく,血縁度がほとんど1にならない限り高い文化蓄積は不可能なのだ.
  • ということでこの発表はネガティブリザルトの報告だ.ヒトの実際の学習は一子相伝にはなっていない.学習と繁殖のトレードオフは(厳密ではないとしても)必ずあるはずだ.
  • この謎の解決には学習に別のメリットがある(女性にもてるとか)などの説明が必要になるだろう.


<質疑応答>

  • Q: 属する集団が有利になると言うことでは説明できないのか
  • A: できないと思う.属するグループが有利になってもグループ内には競争があり,フリーライドの問題は避けられない.
  • Q: 平行伝達があるとどうなるのか
  • A: 結局非血縁者にメリットがいくので同じ結果になるだろう.

 
 
衝撃的におもしろい謎の提示発表だった.考えてみれば確かに人類のために何かを発明する努力をするのは典型的な利他行動であり,フリーライダーが有利になりそうだ.血縁淘汰とマルチレベル淘汰は数理的に同じなので,分集団モデルの結果も納得できる.私の今の感想は以下の通り.

  • この難しさから実際に狩猟採集時代にはあまり文化の累積が生じなかったとも考えられる.確かにいろいろな石器に累積的な進歩は見られるが,どちらかと言えばそれほどリソースを要しない程度の思いつきや工夫が累積しただけかもしれない.
  • 狩猟採集時代には,まさにジェフリー・ミラーが主張するようにブリリアントな発明家には異性からもてるという利益はあったかもしれない.それでまかなえる範囲でのみ文化累積できたのであれほど進歩が遅かったのかもしれない.
  • そこからテイクオフするには,まず分業により誰かに試行錯誤させて,彼には報酬を皆で払うという仕組みの成立が必要だったのではないか.これは相利的な状況として血縁淘汰やマルチレベル淘汰なしで説明可能だ.ある集団がそういう制度を持つと,その集団及びその成員個人個人にとって有利になり,さらに(文化進化的な意味での)そのような文化も有利になっただろう.これは農業革命以降だったのかもしれない.そして文字の発明による社会学習の累積の容易性が加わって爆発的な文化の累積が可能になったのだろう.

これらは皆単なる憶測だが,この謎を解決する研究が進むことを大いに期待したい.


休息を挟んで招待講演.講演者は「すごい進化」の鈴木紀之.人間行動進化と関連の深い行動生態学の研究者で,最近高知大学に赴任してきているということで今回の招待につながったとのこと.
 

招待講演

求愛のエラーの原因と結末:繁殖干渉の進化生態学 鈴木紀之

 

  • 高知の浜にも海岸に野菊が咲く.野菊には近縁の2種類があって,花序の外側の白い花弁のはっきりしているノジギクとそれが縮小してしまっているシオギクになる.(ここで詰んできたシオギクを会場に回すというパフォーマンス)
  • この両種は分布域がほとんど重ならず,高知市の東の小さな川を境に東西にきれいに分布域が分かれている.接しているところにのみ雑種が見つかることがある.このような場合伝統的な生態学では,気温や降水量などの要因で説明することを好む.しかしこの両地域は気候も土壌などのほかの環境要因にも大差はない.小さな川が分散障壁になるとも思えない.私はこのような場合の多くは繁殖干渉で説明できるのではないかと思っている.これは単に相手がいるから入り込めないという説明になる.

 

  • 繁殖干渉とは繁殖のプロセスにかかる負の相互作用と定義され,雑種形成や交尾に至っていなくともよい.これから繁殖干渉に関していくつか説明していきたい.

 
<エラーの存在>

  • これまでの通説は生殖隔離の強化を適応的に説明しようとしてきた.エラーがない方が有利になるなら無くなるはずだという考え方になる.
  • しかし適応主義的に説明できる繁殖隔離の強化は思ったよりレアな現象だと言うことがわかってきた.
  • これはなぜか.オスにとっては交尾相手のエラーのコストは小さく,交尾機会を逃すコストは大きい.だからエラーマネジメント理論から考えると,ある程度エラーが生じる形で閾値を設定するはず(その方が適応的)になるからだ.

 
<ヒヤリハット>

  • ちょうどヒヤリハットと同じで,1個の雑種の産出の背後にはかなり多くの種間交尾があり,その背後にはさらに多くの交尾の試みがあり,さらにその背後にさらに多大なメスへの接近や追跡があると考えられる.だから表面上に見えるよりはるかに繁殖干渉のコストは大きいと考えられる.

 
<非対称>

  • 繁殖干渉は両種で対照的な場合もあるが,しばしば非対称で片方の種にとっては大きなコストだが,もう片方にとっては大したことがないということが生じる.これは繁殖の生理にかかるちょっとしたことや,種認識のちょっとした仕組みによってそうなることがある.この非対称が非常に大きいようなケースもよくある(アズキマメゾウムシとヨツモンマメゾウムシのケースの紹介).

<エラーの結末>

  • (ここで「すごい進化」で紹介されているナミテントウとクリサキテントウのケースの紹介がある)クリサキは本来どのアブラムシでも食べられるが,繁殖干渉で一方的に不利なので,ナミのいる場所には入り込めずに,捕食の難しいマツオオアブラムシに特化していると考えられる.
  • ギフチョウとヒメギフチョウは本州で側所分布しているが,これも要因としては繁殖干渉がもっともうまく説明できる.
  • タバココナジラミやセイヨウタンポポなど数年で在来種を駆逐してしまうような外来種が存在する.天敵の有無による説明もあるが,繁殖干渉で一方的に有利だとする方がうまく説明できるだろう.
  • 逆に繁殖干渉がないと,かなりニッチ的に似ていても同所分布可能だ.同じアブラムシを捕食するジェネラリストでも,ダンダラテントウ,ナナホシテントウなどはナミテントウと同所分布できる.これらは属のレベルで異なっていてあまり繁殖干渉を受けないと考えられる.(同じくアブラムシ捕食ジェネラリストである)クサカゲロウやヒラタアブなども同所分布できる.

 
<霊長類について>

  • 私は昆虫の研究者だが,繁殖干渉はかなり一般的な原理に基づく現象であり,霊長類にも当てはまるのではないかと思う.たとえばチンパンジーとゴリラは同所分布しているが,チンパンジーとボノボはコンゴ川を挟んで分布域が分かれている.このチンパンジーとボノボの分布は通常は地理的障壁で説明されているが,長い年月を考えれば行き来できないとは思えず,実際に遺伝子レベルでは流入がある.だからこれも繁殖干渉の結果の可能性がある.
  • さらに想像を膨らませると,ヒトとネアンデルタールについても,この急速な交代劇の背景には繁殖干渉がある可能性があるのではないか.
  • 興味のある人には拙著「すごい進化」さらに最近でた「繁殖干渉」をおすすめしたい.

 
 
繁殖干渉について楽しい講演だった.最後の霊長類やヒトについてのコメントも本学会にふさわしいテーマでかつ刺激的でおもしろかった.


関連書籍

すごい進化.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20170622/1498135500

すごい進化 - 「一見すると不合理」の謎を解く (中公新書)

すごい進化 - 「一見すると不合理」の謎を解く (中公新書)



繁殖干渉.現在購入して読み始め中.

繁殖干渉―理論と実態―

繁殖干渉―理論と実態―


 

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はりまや橋

書評 「進化心理学を学びたいあなたへ」

進化心理学を学びたいあなたへ: パイオニアからのメッセージ

進化心理学を学びたいあなたへ: パイオニアからのメッセージ

 

本書は中国で進化心理学を学ぼうとする学生向けの教科書だ.バス,デイリー,ダンバーなどの大御所を含む進化心理学者34名による,自分の歩んできた道,明らかにした知見,今後の課題,若いリサーチャーむけのアドバイスなどを内容とする寄稿を集めたサイドリーダー的な書物になる.原書は英語の寄稿に中国語の解説が加えられたものだが,この訳書においてはさらに日本の進化心理学者の短い寄稿をコラムとして収録している.原題は「进化心理学家如是说(進化心理学者かく語りき)」,ニーチェの哲学書を踏まえた題名になっている.
 
 
まず読みどころになるのは多くの著名な進化心理学者たちの自伝的エピソードが収録されていて,進化心理学の勃興史を様々な登場人物の視点から眺められるところだろう.人間行動生態学の流れとサンタバーバラ派進化心理学の流れもよくわかる.特にバス,デイリー,ローの証言は貴重なものだ*1.共通しているのは,心理学やヒトの行動傾向のリサーチについて進化理論を用いることにより理論的な基盤がしっかり得られることに気づき,一気に視界が開ける知的興奮体験,そして執拗に繰り返される藁人形論法を用いた進化心理学批判との戦いのやりきれなさだ.批判には大きく括ると,進化心理学を遺伝的決定論と誤解し,ヒトの行動や心理に環境が影響を与えると指摘すれば進化心理学を木っ端みじんにできると誤解しているもの,機能仮説と歴史仮説を混同し,検証できないなぜなに物語だと誤解しているものの2つになるようだ.どんなに反論してもまた新たな批判者が沸いて出てくることや,政治的動機を疑われたり人事的に不利に扱われたりすることについても多くの寄稿者が触れている.そしてそうはいっても近年は状況が改善していること,それでも進化心理学者になるならこのような批判に晒されることへの覚悟が必要なことも指摘されている.
 
次のポイントは各寄稿者の特に強調したい主要なリサーチ結果についての要約が得られることだ.本書の教科書的な性格部分になる.基礎的な部分に加えて,進化心理学の最近のいろいろな取り組みについて学べる日本語で読める貴重な文献ということになるだろう.初期の進化心理学のめざましい知見として,性差の説明,チーターディテクターなどのモジュールの説明があり,社会脳仮説のインパクト,個人差の取り扱い,文化進化,感情や条件付き戦略としての生活史戦略というトピックの面白さが提示されている.そして現在多くの進化心理学者が取り組んでいる問題として,推論,意思決定過程の問題があることがわかる.さらに周辺分野への応用として,産業組織心理学,マネジメント(経営学),マーケティング,法学分野での取り組みが紹介されている.個人的に面白いと思ったのは,自己欺瞞についての検証の取り組み,サロウェイその人による生まれ順による条件付き戦略仮説の擁護,ポーランドが共産主義から資本主義に移った際の人々の行動変化のリサーチ,進化心理学擁護のための科学哲学的取り組みあたりの部分だ.中国での出版ということで,中国と日本の進化心理学者,社会心理学者の寄稿も寄せられている.中国の学者の寄稿は貴重なものだし,日本からは長谷川寿一と山岸俊男が寄稿していてそれぞれ味わいがある.(訳書に付け加えられた日本の学者によるコラムも自伝的な内容が多く,それぞれ楽しい)
 
また進化心理学という学問フレームワークについて研究者自身がどう感じているかのところも読みどころになっている.それまでの心理学が思いつきの理論の流行廃り的だったものに理論的基礎を与えるものであり,仮説生成,検証を可能にするものだというのがまずあるわけだが,その上でしばしば言及されているのが,これまでのリサーチが性差や配偶戦略の部分に集中しているが,なお手つかずの広大な応用分野が広がっていること,進化自体がアカデミアで受け入れられつつあり,実践への期待が広がっているということだ.また厳しい自己批判的な率直なコメントも散見される.これまで進化心理学者は批判をはねのけるために,仲間内に甘い傾向があるのではないか,もっと仲間内で健全な批判を含めた議論を行うべきだとか,他分野にもっと敬意を払って共同でリサーチを進めるべきだというような指摘もある.耳を傾けるべき部分なのだろう.
 
 
そして学生向けのアドバイスも基礎的なものから実践的なものまでいろいろ書かれていて面白い.フェスラーのアドバイスは主張は分かり易くというものから進化心理学と個人的道徳の危機にまで渡り幅広いものだし,ミラーのアドバイスはアメリカのアカデミアの予算配分やジョブ需給を踏まえた実践的なものだ.
 
 
進化心理学は,進化適応という統一的なフレームで物事を俯瞰することにより,ヒトの様々な行動傾向や認知バイアスなどについてなぜこうなっているのかという疑問に答えることができ,さらにその適応主義的なフレームから興味深い仮説を提示し検証することもできる大変エキサイティングな学問分野だ.しかし日本においてはまだまだ教科書的な本が少なく,いずれも2000年代の前半に書かれたもので,やや内容が古くなりかけている.そういう中では本書は広く様々なトピックを扱い,自伝的エッセイ風な寄稿や実践的なアドバイスも含む内容の濃い本であり,さらに様々な学者の様々なスタンスや物事の見方が一気に読めて大変エキサイティングな読後感が得られる.進化心理学を学ぶにあたってのいわば必読のサイドリーダーというべき本だと思う.
 
 
なお本書の個別の内容や参考文献についてはhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20180707/1530928708以降のノートを参照いただきたい.


関連書籍


原書


日本語による進化心理学概説書
やはり今でもまずこの本.長谷川寿一,眞理子による東大教養学部での講義用に作られた教科書だ.

進化と人間行動

進化と人間行動


カートライトの入門書

進化心理学入門 (心理学エレメンタルズ)

進化心理学入門 (心理学エレメンタルズ)

  • 作者: ジョン・H.カートライト,John H. Cartwright,鈴木光太郎,河野和明
  • 出版社/メーカー: 新曜社
  • 発売日: 2005/06/01
  • メディア: 単行本
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エヴァンズによるちょっとポップな紹介書

超図説 目からウロコの進化心理学入門―人間の心は10万年前に完成していた (講談社SOPHIA BOOKS)

超図説 目からウロコの進化心理学入門―人間の心は10万年前に完成していた (講談社SOPHIA BOOKS)


若手研究者分担執筆による進化心理学と周辺分野のトピックを集めた一冊.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20131017/1382015218

心と行動の進化を探る: 人間行動進化学入門

心と行動の進化を探る: 人間行動進化学入門

*1:残念ながらコスミデスとトゥービィの寄稿がないが,弟子筋の証言がたくさん寄せられている

Enlightenment Now その32

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

第12章 安全 その3

  
安全についてのピンカーの解説は最後に地震その他の自然災害も取り扱う.
 

  • 人類の努力は法律家のいうところのいわゆる「Act fo God:神の行い」*1,自然災害の被害も和らげうるのだろうか.答えはイエスだ.

(1900年から2015年までの10万人あたりの世界における自然災害による死亡の推移が示されている.1900~1920年まではやや低くて5人程度だが,1920年代に25人以上に跳ね上がり,そこから徐々に下がってきて1970年代からは3人,1990年からは1人程度になっている.ソースはOne World in Data)

  • 世界大戦とインフルエンザ禍に襲われた1910年代が奇跡的に低くなっているが,そこから死亡率は跳ね上がり,ゆっくり下がってきている.これは自然災害自体が減少したからではない.経済的な富と技術が災害による被害を抑えることができるためにこうなっているのだ.建物の耐震性,貯水設備,堤防,ダム,などが災害による被害を抑えてきた.そして豊かな社会は,救助や早期警戒システムも構築できる.
  • 今日自然災害に最も弱いのは貧困国だ.2010年のハイチの地震では20万人が亡くなった.同時期のより強いチリでの地震の死者は500人に過ぎない.よいニュースは貧困国も徐々に豊かになりつつあるということだ.今日の貧困国の死亡率は1970年代に先進国のそれより低くなっている.

 

  • 最も「神の行い」という言葉にふさわしい落雷はどうだろうか.

(1900年から2015年までの10万人あたりのアメリカの落雷による死亡の推移が示されている.1900~1920年に5人程度だったのが,1945年ぐらいから大きく下がり始め,近年は0.2人以下になっている.ソースはOne World in Data)

  • 都市化,天気予報の精度向上,安全教育,医療技術の進歩によりアメリカ人の落雷による死亡はこの期間で1/37に減っている.

 
 

  • 毎日の危険に関する人類の征服物語はあまり評価されていない進歩だ.しかし自然災害は,(最大規模のものを除けば)戦争より多くの人を殺す.私たちはそれをモラルの観点からあまり考えない.事故は起こるのだとよくいわれる,
  • 自動車を快適なスピードで運転する便利さと百万人の死の間にあるジレンマに直面したことはあるだろうか.そういう人は少ないだろう.しかしそれは実に巨大な選択なのだ.
  • 人々は自分が被害者でない限り,事故や自然災害を残虐非道なものだとは考えない.安全の向上をモラルの問題とは見ない.しかし何百万人もの命を助け巨大な苦しみを減らすことは,祝福すべき偉業であり,説明が必要だ.
  • ほかの進歩と同じく,安全向上は何人かのヒーローによって上昇させられている,しかしそれは同じく草の根運動家,パターナリズム議員たち,発明家,エンジニア,政策研究者,統計家たちなどの多くの人による同じ方向に向けた少しずつの努力の集積によっているのだ.時にフォルスアラームやおせっかい行政にいらつかせられはしても,私たちはこれらに大きな恩恵を受けている.
  • シートベルトや火災報知器は啓蒙主義として取り上げられることは少ないが,それは啓蒙主義の深いテーマに関連する.誰が死に,誰が生き残るかは運命によって決まっているのではない.それは人の知識と努力によって決まるのだ.世界がより理解できると命はより貴重になるのだ.


この安全に関する章は東日本大震災を経て,また今年多くの自然災害を目撃することになった私たちにはいかにも身にしみる部分だ.確かに安全は過去の人々の多くの努力,そして自然の理解と技術の進展の上に築かれている.それをきちんと受け止め,さらに一層の向上を図っていくべきなのだろう.

*1:英米圏で自然災害をこう呼ぶようだ.そしてこれは英米法における契約の履行義務の免責要件となっており,法律家が頻繁に言及する用語になっているらしい