書評 「進化と暴走」

進化と暴走―ダーウィン『種の起源』を読み直す (いま読む!名著)

進化と暴走―ダーウィン『種の起源』を読み直す (いま読む!名著)

  • 作者:内田 亮子
  • 出版社/メーカー: 現代書館
  • 発売日: 2020/01/01
  • メディア: 単行本

 
本書は現代書館による「今読む!名著」シリーズの一冊で,ダーウィンの「種の起源」を扱っている.Origin刊行150周年の2009年頃にはいろいろな「種の起源」本が出たが,あれから10年経っての一冊ということになる.著者は人類学者の内田亮子.「種の起源」は人類についてはほとんど扱っていないので,内容的には「種の起源」と「人間の由来」の両著*1が扱われている.ダーウィンオタクとしては見過ごせない一冊だ.
 

序章

 
序章において内田はいきなり「過去30年間で人間の『奇妙さ』は特にエスカレートしているように思わざるを得ない」と書き,クローン,ゲノム編集,原子力,仮想通貨,SNSなどの「扱いに悩む」科学技術,中東をはじめとする内乱やテロの状況を憂い,ダーウィンを読みつつそこを考察するのだと宣言している.これはいかにもピンカーが「21世紀の啓蒙」で警鐘を鳴らした統計音痴でエビデンス無視のノスタルジア派インテリそのもののようで,いきなり少し脱力させられる.
ともあれ内田はダーウィンのメッセージとして21世紀の我々にとって重要なのは,生命の有り様,特にその変異(ばらつき)に気づくことの大切さだと進める.そして変異(ばらつき)概念のわかりにくさを論じる*2.変異(ばらつき)についての内田のこだわりが垣間見えるところだ.このあと「進化」という概念の一般の誤解にも触れている.
 

第1章 「種の起源」を読む

 
第1章ではまず「種の起源」の大まかな構成が示される.そこから内田は執筆にあたってのダーウィンの苦悩を推察する.内田の見たてではダーウィンは「種」「遺伝」「自然淘汰*3」「本能」「進化」などの概念が誤解されやすいことに苦悩していたということになる.実際「種の起源」においてダーウィンは「種」や「本能」の定義をあからさまに避けている.これらについての内田の扱いを見てみよう.

  • 種:ダーウィンは種を明確に定義せずに議論を進めている.彼はそれでも「種の起源」の目的は果たせると考えたのだ.そして個体間のばらつきへの注目の重要性と個体群間の連続性(それによる境界の曖昧さ)を指摘した.ダーウィンはのちのマイヤーによる生物学的種の定義(交雑可能性を種の判別要件とする)は採らなかったが,交雑とその多様性には興味を持っていた.ダーウィンの記述を読むと彼の種のとらえ方は「種の認知はある意味ヒトの脳の(本質主義的離散主義的)癖である」とする見方に近いのかもしれない.
  • 遺伝:ダーウィンは遺伝に関する法則は全くわかっていないとしている.当時主流であった遺伝の融合説では自然淘汰による進化は不可能だった.(ここで現代の遺伝学と進化の総合説の知見について簡単な解説がある)そこでダーウィンは第5版からはパンゲネシス説を仮説として提示した.これは1種の粒子を仮定しているが融合説の範囲内であった(と内田は整理しているが,そうではないと思う.ダーウィンの「家畜と栽培植物の変異」を読むとダーウィンが隔世遺伝などの例を通じて遺伝が粒子的であることを確信していたことは明らかだ.そしてパンゲネシス説は「ジェミールという粒子を通じて形質が遺伝する」とする立派な粒子説だ.しかしダーウィンは一部の観察の結果を獲得形質の遺伝だと誤って解釈してしまった.そしてそれを粒子説の枠内で説明しようとして「細胞内でジェミールが形成され,それが血液を経由して次世代に伝わり,遺伝が生じる」というメカニズムを提案したのだと思う.)
  • 自然淘汰:selectionは一般には擬人的に「意図」を含む過程だと誤解されることが多く,ダーウィンは(個人的に嫌っていたにもかかわらず)ハーバート・スペンサーによる「適者生存」という用語も用いるようになる.(内田はここで科学的説明に比喩を用いることの難しさ,これが「同義反復」批判を生んでしまったことについても触れている) なおダーウィンは中立説的な「中立形質の確率的な変動」が生じ得ることも理解していた.
  • 本能:本能についてもダーウィンは定義を避けている.現在では「本能」は,一般的にはよく使われる言葉だが,学術的には心理や行動を扱うほとんどの分野で使われなくなっている.本能,習性,性向など遺伝的かそうでないか曖昧な語句が複数あり混乱が生じるためだ.(内田はここでダーウィンがアリの行動について「家系陶太」という言葉を用いて血縁淘汰的議論を行っていること,グループ淘汰的表現もあることについて触れているが,あまり紙数をさいてなくやや物足りないところもある)*4

このほかここではダーウィンが地質学的な「斉一説」に強い影響を受けていたこと,進化と進歩についてどう考えていたか(生物に本来高等下等はないが,同じ環境においてより生存競争に有利な形質を持つようならそれは高等と見なせるという記述もあるが,基本的には超自然的な創造や最終的なゴールを想定してはいない)などを扱っている.
 

第2章 ダーウィンと周辺の人々

 
「種の起源」の読解を終了して,ここから内田は人類学者としてヒトを扱っていくことになる.まずダーウィンを含む19世紀の様々な思想家の人間観を探る一章を置いている.内田の博学振りが示され,私の知らないような話も多く,(誰が実はレイシストであったかにこだわっているところはややリベラル臭が濃すぎるようだが)全般的になかなか面白い章になっている.

  • ダーウィン:ダーウィンは「種の起源」においては人類に言及せず,それは「人間の由来」で扱われている.当時人種については多元説と単一種説が論争となっていた.ダーウィンは奴隷制を嫌悪しており,進化説を受け入れれば単一種説しか採り得ないと強く主張している.そして20世紀に実際にその通りになった.これはダーウィンが時代をはるかに先駆けていたことを示している.そして人種間のばらつきについて性淘汰による可能性を示唆した.
  • エイブラハム・リンカーン:リンカーンは奴隷解放宣言でよく知られているが,大統領就任時の最優先課題は奴隷制廃止ではなく米国の分裂を防ぐことだった.このため南北戦争の戦後処理においてはいくつかの妥協が見られ,これはダーウィンを失望させたようだ.またリンカーンは奴隷制には反対だったが,アメリカインディアンと白人の関係改善には手を付けなかった*5
  • フランシス・ガルトン:人間のばらつきの測定に興味を持ち,人間は進化を操作できると考えて優生学の祖となった.優生学は20世紀前半に多くの支持者を得た.(優生学に関連してアインシュタインの人種をめぐる揺れる本音の吐露,ナイチンゲールのガルトンとの交流なども扱われている)
  • ハーバート・スペンサー:ダーウィンはスペンサーを嫌っていたが,ヒトの心的活動の知見については敬意を払っていたようだ.スペンサーは行動が環境との相互作用で変わることを示した.これはのちの行動主義の原型と考えることもできる.彼は獲得形質の遺伝を信じ,生物進化を人間社会のアナロジーとして政治的主張に利用した.彼の主張は社会ダーウィニズムとよく呼ばれるが,社会スペンサリズムと呼ばれるべきものである.社会スペンサリズムは人種差別,植民地支配,帝国主義,民族浄化に結びつけられて論じられてきた.しかし実際のスペンサーは,リバタリアンで徹底的なレッセ・フェール支持であるとともに,男女の法的社会的平等を主張し,帝国主義も批判している.欧米ではリバタリアニムズの興隆と共にスペンサー再評価の動きが進んでいる.
  • スペンサーは人間の進化は完璧な方向に進む定向的なものだと誤解し,めざすべき絶対的倫理と規範的道徳の存在を信じ,進化論的功利主義を唱えた.これは自然主義的誤謬である.(なおここで内田はCurry, Richardsなどの論文を引いて,進化心理学,進化倫理学研究者の中に自然主義的誤謬概念を放棄するものが現れていると警鐘を鳴らしている.これらの論文は未読で詳細は承知していないが,いずれにしても進化心理学研究者の中ではごく少数派,あるいは異端的な立場だと思われ,なぜ紙数も限られているなかあえてこれを採り上げているのかについてはよくわからないと評せざるを得ない)
  • シグモンド・フロイト:フロイトはダーウィンよりもラマルク的獲得形質の遺伝の方がヒトの心の進化をより説明できると考えた.これはフロイトが当時「ユダヤ人の生得的欠陥が語られる反ユダヤ社会」に生きていたからかもしれない.このほかフロイトは定向的進化,発生と進化の反復説,人種の多元論を支持していた.
  • カール・マルクス:ダーウィンの信奉者として知られ,資本論をダーウィンに送っており,ダーウィンの謝辞の手紙が残っている.「資本論の献辞を申し出たが,ダーウィンに断られた」という話もあるが,この話の元になった謝絶の手紙は別の人物の別の書物についてのもので事実ではないようだ.マルクスの個人的な書簡には表の政治的立場とは異なる人種差別的なののしり言葉が残されている.
  • アダム・スミス:国富論で見えざる手として市場を説明し,道徳感情論で共感の重要性を強調した.これがダーウィンの心の進化の考察につながったという指摘は多いが,近代の学者の後付けであるとの解釈もある.実際にダーウィンは「人間の由来」の中でスミスについて1カ所で触れているだけだ.
  • アルフレッド・ラッセル・ウォレス:ウォレスは人間についてはまさに「悩める人」だった.ダーウィンほど個体淘汰を徹底せず,種や変種レベルでのグループ淘汰的議論を行った.またヒトの心や行動については環境決定論を採り自然淘汰の枠外とし,超自然的な心霊主義にとらわれた.これはヒトの高尚な心的活動が自然淘汰で説明できないと感じたことによる.ウォレスの自然主義的人間理解からの撤退の影響は大きく,人類学は自然界での人間の位置の認識を革命的に変える機会を失った.そして人類学は20世紀にさらに普遍的な説明を排除する相対主義の優勢の時代を迎えることになる.

 

第3章 ダーウィンと人間科学

 
ここで内田は人類学の歴史を語る.章題こそ「ダーウィンと人間科学」となっているが,ダーウィンは記述の焦点から後退しており,進化を誤解したままダーウィニズムを批判する社会科学系人類学への恨み言が読みどころになっている.

  • ダーウィンが進化を説明したのち,人類学こそが自然科学と社会科学を駆使した人間理解の学問になるはずだった.しかし多くの人類学者は進化を曲解し,誤解をもとにダーウィニズムを批判してきた.そして近時,文理融合型の人類学は絶滅に瀕している.
  • 人類学,社会科学における進化の理解を単純化すると,ダーウィニズム,偽ダーウィニズム,反ダーウィニズムの立場に分かれる.ダーウィニズムを認める立場であっても,(それを身体的なものに限定したいという)心や行動の説明としての進化生物学的アプローチへの抵抗は強い.(それを物語る衝撃的なエピソードも紹介されている) ダーウィニズムが一般へ浸透しきれない原因の一つにはこの偽ダーウィニズム,反ダーウィニズムによる研究・教育の実践がある.

 

  • ヒトと近縁な動物は何か:オーウェンはヒトと類人猿の関係性を論じることさえ否定した.ハクスレーは最初にヒトと類人猿を解剖学的に比較し,ヒトを霊長類に含めたが,なお霊長類の中にヒトのみで単一の下目を認め,キツネザル目,サル目と合わせた3目を立てた.ダーウィンはヒトとアフリカ類人猿との近縁性を認め,確かに霊長類の中でヒトの独自性は大きいが,類縁関係の観点からはヒトは科または亜科に過ぎないだろうと考えた.今日ではDNAからヒトともっとも近縁なのはチンパンジーであることがわかっている.
  • ヒトの起源の古さ:ヒトと類人猿の知性や文化の違いを強調する学者はその分岐年代も古く見積もってきた.それは科学的推論よりもそうであって欲しいという願望のようなものだった.20世紀初頭,類人猿との分岐は3000万年前,人種の分岐が200万年前とする議論もあった.今日ではホモ・サピエンスは長くても30万年程度の歴史しかないことがわかっている.
  • 脳の増大と直立歩行:当初人類学者たちは進化にゴールがあるという誤解にとらわれ,まず脳が増大し,それから直立歩行が進化したと考えた.今日では化石の発掘により直立歩行が選好したことが明らかになっている.
  • 「進化」主義的人類学:スペンサー,ウォレス,ヘッケルたちは進化について進歩改良に向けた定向性があると考えた.この誤解は偽ダーウィニズム的人類学としての「進化主義的人類学」を生んだ.(そのような人類学者たちの考え方がいくつか紹介されている)

 

  • 1970年代以降,ハミルトンたちによる遺伝子的視点による進化理論が発展し,「種の保存」に向けた進化という説明が誤りであることが明らかになった.しかし「種の保存原則」は一般社会,そして社会科学領域では広く信じられたままになった.
  • EOウィルソンは「社会生物学」において一般向けにダーウィニズムとそれに基づくヒトを含めた動物の社会性の理解を包括的に提示し,さらに「人間の本性について」でヒトのより深い理解を提案した.その後少数の人類学者によってヒトの自然環境および社会環境への生物学的文化的適応の研究が進められ,1990年代には進化心理学も現れた.しかし人類学を含めた社会科学領域ではこれらの理論を積極的に取り入れる動きはなく,生物学的決定論に過ぎないと認識されて激しく批判されている.
  • 20世紀後半の社会科学系人類学における反ダーウィニズムの主流はポストモダニズムの影響を受けた極端な文化相対主義だ.彼等は特に偽ダーウィニズムである進化主義的人類学を批判したが,その過程で自然から完全に乖離した人間観へと振り切れてしまう.彼等はダーウィニズム的人類学についても,行動の過剰な単純化であること,さらにそこに自然主義的誤謬が含まれると(誤解に基づき)厳しく批判した.彼等の主張をよく見ると都合の良いウォレス的心身二元論からさほど変わっていないと評価せざるを得ない.実際に文化決定論および相対主義人類学では,例えば嬰児殺しを扱っても異なる文化に敬意を払ってその価値観や倫理観から解釈するだけで,その原因や普遍性の理由を問うことはない.文化人類学者のインゴルドは「ダーウィニズムは時代遅れだ」と主張し,すべてを個体の歴史と成長過程,そしてエピジェネティクスで説明すべきだとする.なぜそこまでダーウィニズムを批判しなければならないのだろう.もしかしたら社会科学系人類学は,ダーウィン,そして生物学の成果を適切に理解しないまま現在に至っており,誤解の風車に対してドン・キホーテのように戦っているのかもしれない.

 

  • ダーウィンの期待に反して文化研究の学際的取り組みは遅れた.その主な阻害要因は文化の定義だ.社会科学領域では文化は言語が前提のものと捉えられており,動物の文化との比較が困難だったからだ.この問題は近年認知科学領域でより広い定義が用いられるようになり,解消されつつある.
  • 進化的視点で文化を捉える際には,遺伝的進化よりも収斂の頻度が高いであろうことに留意すべきだ.また近年では文化と遺伝の共進化もモデル化して研究されるようになっている.この分野では寄生的なミームという概念が興味深い.ダーウィン以降160年間も続く進化の誤解,人間中心主義に偏った認識はヒト対象の学問の負の遺産である.これもまた1種の寄生虫なのかもしれない.

 

第4章 言語の特性と進化

 
前章で文化を簡単に扱ったあと内田は言語について1章を当てている.ここは内田のリサーチエリアということもあり,力がはいっている.

  • ダーウィニズムの誤解が解けない背景には言語の特性,言語の進化もある.言語は「ばらつき」に関心を払わない.だから生物の客観的理解には不都合なのかもしれない.
  • ダーウィンにとって言語の多様性の説明は生物進化のアナロジーとして格好の例だった.また各種動物の発声を言語との連続性の観点から考察している.そして言語習得にも生物学的基盤があるはずで,それが進化産物であると確信していた.
  • ダーウィン以降も言語の起源と進化の研究は(言語学会の禁止会則もあり)停滞していたが,1990年代以降盛んに研究されるようになった.主な研究課題にはプラトン問題(言語の習得),ダーウィン問題(言語能力の進化),ウォレス問題(それは陶太産物か)がある.これまでいろいろな説が提示されているが,これらの問題をめぐって考え方が異なり,議論は平行線になっている.

 
<プラトン問題>

  • チョムスキーは刺激の貧困問題から言語能力の生得性を前提にした生成文法理論を組み上げた.近年それはミニマリストアプローチを採り,併合を重視する考え方になっているが,その生得能力がどこから来たかには無関心だ.また言語を考察する際に言語の構造が可能にする論理的思考に重点を置く.
  • トマセロに代表される認知言語学派は子どもの脳と社会環境の相互作用によって言語が習得されるとする.これは刺激の貧困問題はそもそも存在しないという立場だ.ただ近年の多くの認知言語学者は言語を可能にする認知機能(生得文法のような構造ではなく認知的ツールボックス)にある程度の生得性は認めている.
  • ディーコンは脳と言語の共進化によってプラトン問題の説明を試みる.文法構造は習得されやすいように進化し,ヒトの脳は習得能力を進化させるという説明だ.また各言語間の差異も文化的淘汰で説明する.

 
<言葉の意味するもの>

  • プラトンは名前は実在物に対応し,永遠の実在(イデア)であると考えた.アウグスティヌスは言葉=代用物としての音声記号とし,西洋ではこの代用説が長らく信じられてきた.
  • ソシュールは指す対象と指すための表現という二要素を持つ記号論モデルを提示した.これにより言語の音節化(デジタル化)が説明でき,イデアが実在する必要もなくなった.
  • パースはサインとそれがさし示す事柄・意味の物理的意味的関係性を分類した.これはディーコンによって言語コミュニケーションの特異性の説明に用いられ,アイコン,インデックス,シンボルの3項モデルを提示した.そして言語の特異性はそのシンボル性にあり,3項関係を扱う認知作業であるとした.シンボルには翻訳解釈を介することで二重の任意性が働き,社会的合意が前提になる.

 
<シンボルの定義>

  • シンボルについても定義の問題は根深い.(ダーウィンも「自意識」「個性」「抽象化」「一般概念」について定義の曖昧さに言及している)
  • 人類学ではシンボル概念を使うのはヒトだけだという考え方が大勢だ.しかしそれはなぜか,それを可能にする脳機能はなぜかという探索には結びついていない.それはシンボルの定義が曖昧だからだ.(各種定義の要素が並べられて検討されている)
  • 人類学者や考古学者はシンボルがいつ現れたかについて探求してきた.しかし定義の恣意性,曖昧性,(意図を問題にする場合には考古物からそれを推測することの困難性)などからはかばかしい進展はない.(マイズンの議論が紹介されている)

 
<ダーウィン問題>

  • ヒト以外の動物のコミュニケーションについてはその意図性,任意性,シンボル性が様々に議論されている.(道具製作,警戒音,ジェスチャーなどの議論が紹介されている)
  • ヒトの発達過程においていつ(インデックス段階を越えて)シンボルの理解・使用が始まるのかが問題になった.トマセロは指さしに注目している.ヒトの3項関係の理解は1歳前後に生じるようだ.ディーコンはインデックスからシンボルの使用への進展にはインデックス的接地を切り離すことが重要だと議論している.
  • 指さしと対象物のラベルの発音,模倣には他者の意図についての基礎的認知能力(メタ認知能力)が必要になる.これは志向意識水準で説明されることもある.このようなメタシンボルと言語の関係については様々に議論されているが,まだうまく説明できているという状況にはなっていない.今後の進展が期待される.

 
<ボールドウィン効果とウォレス問題>

  • ダーウィン以降,形質表現の可塑性と学習の効果という要素を組み込んだ考え方が複数提案されて議論されてきた.
  • 表現型の可塑性はヒトにおいて特に重要だったと考えられる.進化の方向性への学習行動の寄与の可能性はボールドウィン効果として議論されている.
  • 言語の起源,進化は認知的可塑性と大きく関係しているだろう.ディーコンは淘汰圧の緩和によって言語に関わる機能を持つ個体の頻度が高まったのではないかと議論している.岡ノ谷の研究は家畜化による淘汰圧の緩和によって鳥の歌が複雑になることを示している.またセキセイインコのリサーチでは新しい認知スキルが性淘汰上有利になる可能性を示されている.
  • ヒトはシンボル的言語を獲得し,虚構概念を扱う思考能力を手に入れた.その一方で別の機能が制限された可能性もある.

 
<まとめ>

  • 言語には共通の構造がある.言語獲得能力に生物学的基盤があり,言語そのものが習得容易な形式に進化したと想定することは可能だ.
  • 言語のシンボル性がヒトの思考を劇的に変えたのだろう.ダーウィン問題の探索は続けれるべきであり,ウォレス問題についても学習能力や脳の特殊化を考慮に入れた単純な自然淘汰を越えるメカニズムを想定すべきだ.
  • ヒトは特異な言語依存性の生物になり,自然界のばらつきをそのまま理解することが不得手になった.虚構を創り出し,「実体化」させ,社会学習によって浸透していく.文化蓄積は格段に効率化された.これにより「暴走」が生じるようになった.

 

第5章 人類の暴走と限界

 
さて冒頭で懸念された内田の「暴走」論はこうなっている.
まず最初に生物学的な「赤の女王」現象を解説し,それは軍拡競争として進化を駆動するが,一方がもう一方を完全に駆逐することはなく,1種の暴走制限装置であるとする.その例外としてランナウェイ型性淘汰があるが,ヒトの暴走は蓄積性の文化によるものでそれでも説明できないと続く.
続いて暴走の具体例が挙げられる.身体的暴走として,肥満,高血糖,高血圧などの生理状態,人口増加,性成熟の早期化,薬物やゲームへの依存,男性のテストステロンの急速な上昇などを,シンボル的暴走としては拡大親族と所有・支配関係,内集団操作,外集団への敵意を,技術的暴走として不満の解消にこだわった乗り物,高層建築,家畜などの極端なものの産出を挙げている.
そして生理的な暴走には限界があるが,技術的な暴走には限界がないとし,肥満を低カロリー食品で何とかしようとする試みの不毛さ,花粉症の人災性,技術開発が「社会的受容」により歪められていること*6,不妊治療と優生思想へのつながり,原子力発電の不都合性,ヴァーチャルなコミュニケーションの弊害*7,グローバル経済と途上国での搾取,ブレクジットと移民排斥,AIの限界,宗教と心霊主義による科学的真実の歪曲などが次々と嘆かれている.
 
私の評価ではこの章は残念というほかない.まずいかにもノスタルジア派インテリの好みそうな「自然の調和と不自然な人間」のイメージを提示する最初の赤の女王による暴走制限と文化の累積性の違いというテーマだが,そもそもこのアナロジー自体成立していないのではないかと思う.捕食者と被食者の軍拡競争は一見どちらも相手を出し抜けないように制御されているかのようだが,それはそういう関係の動物群が(過去絶滅しなかった結果として)現存しているだけであって,片方がアウトパフォームしてもう片方が絶滅することを防ぐ仕組みはどこにもないだろう.
そして様々な暴走を嘆く部分については,この技術がどれほど人類に福音をもたらしたかと合わせて考察しなければ単にノスタルジア派インテリのエビデンス無視の感傷的なぼやきに過ぎない.確かに肥満などの現代環境とのミスマッチ問題はあるが,それが技術的文化的に絶対解決できないわけではないだろう.花粉症もいずれ技術的に解決できるかもしれない.速い乗り物,高層建築のどこが問題だというのだろうか.不妊治療そして様々な生命技術の応用がなぜ暴走として否定されなければならないのだろう.グローバル化の進展に伴う途上国での搾取を問題にしているが,彼等にとって100年前より現在の方がはるかに状況は好転しているだろう.そして狩猟採集時代と比べるとなおさらだ.グローバル化が途上国の人々に巨大な恩恵をもたらしていることを無視すべきではない.原子力を否定するのは一つの立場だとしてもそれで温暖化問題にどう対処するのかの見通しは書かれていない.技術開発の歪みや移民排斥など様々な問題が現代社会にあるのは事実だが,それは解決すべき(そして解決可能な)問題があるというに過ぎず,「暴走」として嘆く種類の問題ではないだろう.そして解決すべき問題としては,(SNSやAIなどではなく)温暖化,核戦争の可能性などの問題がとりわけ大きく扱われるべきではないだろうか.この章は累積的文化蓄積がいかに人類に幸福をもたらしているかを見て,しかしなお残る問題もあるという建て付けにすべきだったと思う.
 

終章 ダーウィンのメッセージ再び

 
言語と暴走で随分「種の起源」と離れてしまったので内田は終章で再びダーウィンに戻る.

  • 「種の起源」の目的は超自然的存在を想定せずに科学的原則で生物界の説明が可能なことを示すことだった.これは現代生物科学においても大きな意義を持っているが,一方でダーウィンのメッセージを誤解した人達は反ダーウィニズム,偽ダーウィニズム支持者となり自分の思想の主張に利用してきた.
  • ダーウィンの言葉からは科学に対しての期待と楽観性がうかがえる.そしてわからないことはわからないとするダーウィンの姿勢は現代の科学でこそ重要だ.
  • 進化的視点からの人間理解については,機械論的・決定論的であるという根強い誤解が払拭されなければならない.そしてそこではダーウィンがこだわった「ばらつきとなぜ?」の探索が必須だ.
  • そのような探索が行われている学問領域としては.文化進化研究(言語進化のほか写本系統樹研究,制度変容シミュレーション,実験などが紹介されている)がある.
  • 近年文化進化,社会心理学,経済学の一部の分野でダーウィニズムを基盤とする研究が多く見られる.(文化と遺伝子の共進化,山岸たちの実験社会心理学的取り組み,進化経済学,行動経済学などが紹介されている)
  • ダーウィニズム的視点は医学にも取り入れられ始めている.(ダーウィニアン医学の取り組みがいくつか紹介されている)
  • 生物科学領域では環境科学や生態学の特に人間と環境の関係性を探る部門でダーウィニズムの取り入れが遅れた.政治的経済的思惑とつながりやすかったためだろう.そしてこの分野は倫理や道徳的意思決定とも関連している.しかし環境を守るためにも進化的視点の取り入れは不可避だ.建設的な議論が望まれる.
  • 誤った進化のイメージの弊害は大きい.ばらつきとそれを差異と感じる心のなぜの理解,それを通じたヒトの理解が様々な問題解決にとって重要だろう.

 
本書は「種の起源」を読み直すという企画に乗って「種の起源」と「人間の由来」を読んでいったが,書いているうちにどんどん内田の書きたいことが膨らみ,かまわずそれをどんどん書いていったという印象の本に仕上がっている.
ダーウィンの読み込みについて特に新しい指摘はないが,かっちりと押さえている.累積的文化蓄積の恩恵を無視して「暴走」のみを嘆く部分は残念だが,それ以外のところはいろいろな話題が散りばめられていて面白い.そして変異(ばらつき)についての深い問題意識,様々な定義が曖昧なことについての嘆き,言語とシンボルについてのこだわりあたりが読みどころだろう.内容が多岐にわたっているので少し読みにくいがいろいろと深い本だと思う.
 
 
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名著誕生2 ダーウィンの『種の起源』

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このほか雑誌による特集には以下のようなものがある

 
生物の科学「遺伝」2008/9 特集 「ダーウィンと現代」.
shorebird.hatenablog.com

 
日経サイエンス 09年4月号 特集「進化する進化論」.
shorebird.hatenablog.com
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2009-05-05
現代思想 総特集「ダーウィン:『種の起源』の系統樹」 2009年4月臨時増刊号
shorebird.hatenablog.com

*1:内田は本書の中で訳本としてOriginについては最新の渡辺訳を用いずいかにも古い八杉訳を用い,しかし書名は八杉訳の「種の起原」とせずにと渡辺訳の題「種の起源」を用いている.またDescentについては最新の長谷川訳を用いながら書名はあたらしく文庫化に際して改題された「人間の由来」ではなく文一総合出版から刊行された当時の「人間の進化と性淘汰」としているが,何となく一貫性がないように思う.最新の渡辺訳,長谷川訳を用い,「種の起源」「人間の由来」としておけばすっきりしただろう.当書評ではこの最新バージョンの邦題を用いることにする

*2:ここで内田は最近の日本遺伝学会による訳語改定(mutation:突然変異→変異,variation:変異→多様性)について苦言を呈しているが,大いに同感だ.mutationの「突然変異」から『突然』を外したいという気持ちはわかるが,だからといって(「変異」が使えなくなった)variationに「多様性」を当てるのは,まず純粋の日本語の語感としても違和感がある上に,生態学などの多くの生物学分野ではdiversityの訳語として「多様性」が定着しているので,そこに与える影響も考えると,唯我独尊的な無茶な改定だと感じざるを得ない.

*3:本書ではselectionの訳語として「選択」を当てているが,本書評では私の好みに従って「陶太」を用いる

*4:ここで内田はダーウィンが「イングランドでは.大きな鳥は小さい鳥より荒々しい・・・・.大きな鳥は人間から迫害を受けてきたためである」(八杉訳)と書いてあるところに触れて「興味深い」と評している.少し意味が通らないので調べてみると,「荒々しい」のところは原文ではwildnessを用いており,渡辺訳では「大形の鳥の方がはるかに人を恐れる」と訳している.おそらくここでのwildnessは「人に慣れにくい」というほどの意味であり,渡辺訳の方がいいと思う.

*5:リンカーンの祖父と叔父がインディアンに殺害されていることが影響している可能性が指摘されているそうだ

*6:ヴァイアグラがすぐに認可されたのにHIV治療薬の認可が遅れたことなどを挙げている

*7:人種差別の拡散の事例が採り上げられている

Virtue Signaling その25


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: Cambrian Moon
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: Kindle版
 

第6エッセイ 言論の自由に関するニューロダイバーシティの擁護 その6

 
ミラーはここで,アスピーたち自閉症スペクトラムの人々の苦境をより詳しく解説する.自閉症スペクトラムはシステム志向と共感志向のトレードオフの現れであり,共感志向者によって定められた規範はシステム志向者にとっては理解不能なものになるのだ.
 

システム志向 vs 共感志向

 

  • キャンパスの検閲とニューロ多様性問題の中心にあるのは自閉症スペクトラムだ.それはシステム志向と共感志向の間にはトレードオフがあるからだ.
  • システム志向とはルールと証拠とプロセスについての抽象的システムを構築分析しようとするものだ:それは男性,自閉症スペクトラム,STEM分野において優越する.
  • 共感志向とは他人の思考と感情を理解し,適切な感情や言葉で対応しようとするものだ:それは女性,統合失調スペクトラム,芸術と人文科学の分野で優越する.
  • 保守派の皮肉屋はしばしば社会正義戦士たちのことを「自閉症的な金切り声」とあざけって形容する.しかし左派の学生抗議団体は,(自然科学や工学分野のシステム志向者であるより)芸術,人文科学,社会科学分野の高い共感志向者であることが多い.
  • バロン=コーエンが提唱したEQ(共感指数)に照らしてみると,高いEQを持つ人々ほど大学のスピーチコードの理解が容易になることがわかる.そしてアスペルガーなどの自閉症スペクトラムの人々のEQは低く,何が他人を怒らせるのかの予測が不得意でコード逸脱しやすい.
  • 男性は平均的に女性よりEQが低い.ということはスピーチコードの強制は男性差別の面も持つことになる.

 
 
ミラーはさらに共感志向者による規範は,共感志向者のみが理解可能な形で歪んでおり,ダブルスタンダードを含み,そして確立された科学的知見を無視していると糾弾する.ここはアスピーの魂の叫びという感じだ.
 

  • スピーチコードによるシステム志向者への差別は,コードが曖昧で非システマティックな体系になっており,しばしばダブルスタンダードを含み論理的に一貫していないことによりさらに悪化している.このようなコードはシステム志向者にとっては我慢ならないものだ.
  • 例えば,多くのコードは性や人種や宗教や政治的態度に基づいた侮辱を禁じている.しかしアスピーたちはこの基準が極めて選択的に適用されているのに気づく.毒のある男性性や家父長制度を侮辱するのはOKだが,男女賃金格差問題を侮辱するのは許されない.白人の特権やオルトライトを侮辱するのはOKだが,アファーマティブアクションを侮辱するのは許されない.中絶反対のカトリックを侮辱するのはOKだが聖典原理主義のイスラムを侮辱するのは許されない.
  • また「歓迎されない(unwellcoming)」という概念はアスピーたちにとってはタイムトラベルパラドクスのようなものだ.事後のフィードバックを知る前にどうやってある言辞が歓迎されないものかどうかを判断できるというのだろうか.

 

  • さらに悪いことには,ほとんどの大学のスピーチコードはジェンダーフェミニズム,クリティカル人種理論,社会構築主義などの社会正義理論と関連づけられている.そしてこれらの理論は,性差,人種差,行動遺伝学などについてのよく確立された科学的知見を棄却しているのだ.アスピーたちに明白な誤謬理論に基づくスピーチコードを尊重させようとするのは,彼等のシステム志向性から来る論理性,合理性,リアリズムについての高い価値観に違背するものだ.

 
リベラルのダブルスタンダードは論理的には「規則の例外として強者やマジョリティは侮辱してもいい」ということだから,この論理的構造自体がアスピーに理解不能というわけではないだろう.しかしそのような例外をあえて規則の上で明示せずに,「明示しない理由は自明だし,明示してなくても当然わかるしょ」という態度がアスピーには理解不能だし,アスピーが白人男性である場合にはどう考えても納得しがたいだろう.そしてついそのダブルスタンダードを馬鹿にしたい気持ちになってしまうということだろう.
 
 
関連書籍
 
システム志向と共感志向はサイモン・バロンコーエンが提唱している概念だ.

共感する女脳、システム化する男脳

共感する女脳、システム化する男脳

Virtue Signaling その24


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: Cambrian Moon
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: Kindle版

ミラーはさらに畳みかけ,ニューロダイバージェントな人々にとってスピーチコードがどのように不可解なのかを具体的に説明する.
 

第6エッセイ 言論の自由に関するニューロダイバーシティの擁護 その5

 

ニューロダイバーシティはどのようにスピーチコードの理解を低下させるか

 

  • スピーチコードはニューロティピカルによってニューロティピカルのために書かれているので,ニューロダイバージェントにとってそれはしばしば文字通り理解不能なものになっている.そして意味のわからないルールに従うことは不可能だ.
  • 例をあげてみよう.コードには典型的に「リスペクトフルなキャンパス」「セクシャルなミスコンダクト」「反ハラスメント」ポリシーがうたわれている.
  • それらは以下のことを禁止する:歓迎されない言語的行動,保護されるべき特徴についての歓迎されない冗談,我々のコミュニティーのセンスを逸脱するヘイトあるいはバイアスのある行動,性差別主義者的コメント,下劣な画像,不愉快な物体のディスプレイ,保護されるべき特徴についてのネガティブなポスター
  • これは実際に私の大学のコードにある文言だが,コードとしては典型的なものだ.そして私はこれらの文言が具体的に何を禁止して何を禁止していないのか良く理解できない.実際に私は言論の自由に関する大学の上級委員会やセクシャルミスコンダクト委員会のメンバーであったこともあったが,ずっと理解できないままだった.
  • 性能の高い「心の理論」を持たないアスペルガー症候群の人が,一体どうやればある言辞が自分の知らない人にとって「歓迎されない」ものであるか,そしてどのような言辞が「性差別的」であるかを判断できるというのだろうか.そして一体どうすれば社会規範の正確な理解を欠いたまま,何が「我々のコミュニティーのセンスを逸脱するヘイト行動」に相当するかを判断できるというのだろうか.
  • キャンパスのスピーチコードの言語は正確な定義の幻想を与えるようにデザインされている.しかしそれはまったく曖昧で,誰かが「オフェンシブ」であると訴えた場合,大学側が全く恣意的にどうにでも決定できるようになっているのだ.だから学生や教師は本当は何が禁止されているかについてスピーチコードの行間を読むことを強いられる.
  • しかし人々は言語の理解能力においてそれぞれ異なっている.そしてそれを用いて大学運営ポリシーの複雑さ,ポリコレ文化の激しく移り変わっていく婉曲表現,左翼アイデンティティポリティクスのダブルスタンダードの解釈を行っていかなければならない.スピーチコードの解読には高い言語的社会的感情的知性を使って曖昧な婉曲表現や社会正義標語の裏にある真の意味をはっきりさせることが必要になる.そしてニューロダイバージェントはそれに必要な脳を持っていないかもしれないのだ.
  • そしてスピーチコードは意図的に曖昧に書かれている.それは主観的に攻撃されたと感じた人が誰でもどんなことでも訴えられるようにするためだ.ほとんどの大学のスピーチコードにおいては何がオフェンシブであるかについて「一般通常人基準(reasonable person standard)」が適用されない.ということはつまり,アスピーが大変な苦労の上に「どのような言辞がどのように受け止められるか」についての平均的人間のメンタルモデルを作り上げたとしても,それに頼ることはできないことを意味する.(コードを完全に遵守するには)キャンパスにいるもっとも感受性の高い人に対しても攻撃的と感じさせないようにしなければならないのだ.
  • 結果は「甘やかし文化(”coddling” culture)」になり,大学側はスピーカーのコミュニケーションの権利よりリスナーの脆弱さを優先させるようになる.
  • 大学側は脆弱性を持つのは常にリスナーであると考え,スピーカーがそうであるかもしれない可能性を無視する.PSTD患者がマイクロアグレションを受けるのも防ごうとする反面,トリガーを受けたPSTD患者が不適切なことを口走ってしまいがちになることを全く理解しようとしないのだ.

 
第5エッセイのところでも紹介したが「”coddling” culture」についてはルキアノフとハイトのこの本が詳しい.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2019/04/04/172150

書評 「人が自分を騙す理由」

人が自分をだます理由:自己欺瞞の進化心理学

人が自分をだます理由:自己欺瞞の進化心理学

 
本書は「ヒトは行動の動機について意識的に気づいていないことがある」ことをテーマにした本になる.著者はこのテーマについて深く興味を抱いた2人で,1人はコンピュータ科学と科学哲学を学んだ後にベンチャー企業でエンジニアをしていたケヴィン・シムラー,もう1人は社会科学者かつ経済学者(修士は物理学と科学哲学)であるロビン・ハンソンであり,いかにも知的好奇心と才能にあふれた2人組だ.邦題の副題は「自己欺瞞の進化心理学」となっているが,著者たちが本職の進化心理学者であるわけではない.しかし関連文献をしっかり読み込んだ上で書かれていて内容は深い.
原題は「The Elephant in the Brain: Hidden Motives in Everyday Life」.「部屋の中のゾウ」というのは,そこに明らかに存在するのに皆それが存在しないかのように扱うことを指す英語の慣用句で,原題は脳の中に意識的に気づいていない動機があることをうまく表現したものになっている.
 
本書の構成は序章のあとで総論の第1部,各論の第2部という形になっている.
 

序章

序章では著者の2人がそれぞれ隠された動機に気づいたときのことが書かれている.ハンソンにとってはそれは医療政策に取り組んだときに,医療を受ける行為については「自分がケアされていることを見せびらかしたい」という動機もあるとしなければ説明できない様々な現象を目のあたりにしたことであり,シムラーにとってはベンチャー企業内の人間関係が単に業績を上げる以外の様々な動機に基づいていることを発見したときだったそうだ.そして2人にとって最大の謎は,なぜ人々はよく考えると明らかなその隠された動機に意識的には気づいていないのかということだった.そして彼等は進化心理学,ミクロ社会学,認知社会心理学,霊長類学,経済学の知見を漁り,それを統合して様々な社会の矛盾について解説する本書を書き上げたということになる.
 

第1部 なぜ動機を隠すのか

 
冒頭では動物の行動においても行動の見かけから推測される目的とその進化的動機が食い違っている例が挙げられている.霊長類のグルーミングは皮膚の衛生が目的のようだが,実際には社会的絆の強化の機能も持つ.そして(ザハヴィの観察した)アラビアヤブチメドリの歩哨行動は群れのための警戒行動であると共にオスの順位ディスプレイでもあるのだ.このあたりは動物行動の究極因を理解するのは意外と難しいということで,自己欺瞞に直接結びつく話ではないが,一見それらしい「目的」「動機」が真の進化的要因とは限らないという意味でのウォーミングアップというべきものだろう. 

ここからヒトの行動における様々な適応課題を挙げ,その中で意識的にはあまり認めたくない課題(性的嫉妬,仲間内の地位争い,夫婦間の権力争い,不正行為の誘惑など)があること,そのような場合には自分がよく見える説明を好むことを見る.著者たちは明確に断っていないが,ここで扱われているのは単に「適応的に行動するために究極因を意識的に理解している必要はない」ということより深く,「うまく行動するには真の「動機」に沿った行動調整が必要になるが(そしてそれは良く考えれば明白であるが),意識的にはそこは隠されている」という問題になる.
著者たちは進化的な適応問題は同種個体間での相対的な優劣にかかるものであることが多いことを指摘し,トリヴァースの自己欺瞞仮説なども参照しながら解説を進める.ポイントはこれらの問題(配偶,社会的地位,政治)の解決には相手からパートナーとして選んでもらうことが重要であること,そのために自己の評判を保つことが重要であること,そのためのシグナルとハンディキャップ原理になる.
 
ここで著者たちはヒトの社会の規範の問題に進む.ボームによる狩猟採集民の平等主義規範を紹介した後,その強制性の謎(罰の連合執行とそれを可能にする武器の登場,評判形成)を解説し,そこから「意図」の重要性,自慢や見せびらかしあるいやごますりをあまりあからさまに行うことの問題点,身勝手な動機を隠すことの有利性を説く.つまり社会規範は適応課題についての利己的な競争関係を制限するものであり,それをかいくぐれると有利になるが周囲にばれると罰を受ける.このためヒトは他人の視線の敏感になり,「恥」の感情を持つ.
さらに著者たちはここで「共有知識」という視点から一段深く議論する.不正はそれが共有知識になると告発が容易になる.だからヒトは自分の不正が仮にばれても少なくとも共有知識にならないような様々なテクニックを用いる.ここはいわゆる「間接話法の有用性」の問題だが,なかなか面白い.
そこから著者たちは「自己欺瞞」の問題に進む.まず旧来の自己欺瞞についての見解であるフロイト的「防衛」が成り立たないことを説明し,トリヴァースの自己欺瞞の議論をもう一度採り上げ,対戦型ゲームにおける(相手方に自分の選択を信じ込ませる)戦略として理解すべきであるとする.まずこちらの手を読もうとする相手を操作するためには,自分の手が制限されていることを相手に信じさせることが有用な戦略になる.そしてそのような操作戦略を無意識に押し込めて意識の上では自己欺瞞に陥っている方が相手に見破られにくいことから自己欺瞞の有利性が説明される.著者たちはそこから自己欺瞞をタイプ別(狂人,忠臣,チアリーダー,詐欺師)に分類し,それぞれの具体的実例を示している.また自己欺瞞により誤った決定を行うリスクについては,モジュール性からそれが最小化されている(つまり意識は自己欺瞞に陥っていても無意識下のモジュールでは真実を把握している)と説明する.
さらに著者たちはクルツバンの意識=報道官説を紹介して,この自己欺瞞により我々は(対人関係が問題にあるような文脈において)一般的に自分の行動の真の動機について無知であることを指摘する(これが脳の中の最大のゾウということになる).ここではこの知見がどのような実験的続きで明らかになったのかも解説され,最後に著者たちの経験した実社会での実例も紹介されている.
 
著者たちの基本的なストーリーはボームの平等主義と規範,規範にかかる罰と共有知識,そして対人関係の戦略における自己欺瞞という形でつながっている.規範についてはもっと広い議論があるし,共有知識をそこまで強調しなくとも単にばれたらうまくいかない戦略があるというだけでもいいような気もするが,基本的には自己欺瞞の話に持っていくための前段ということなのだろう.自己欺瞞の部分については関連文献をしっかり読み込んだ上で噛み砕くように丁寧に説明がなされており,一般の読者にとってはわかりやすい解説になっているだろう.
 

第2部 日常生活の中の隠れた動機

 
第2部は第1部で解説された自己欺瞞つまり隠された動機についての各論になる.著者たちの独自の考察もいろいろと含みつつ様々な問題について説得的に仮説を提示している.
 

  • ボディ・ランゲージ:我々は自分のボディランゲージにほぼ無自覚で,他人のそれにもあまり気づいていない.この表現形式は(言語の語彙と異なり)ユニバーサルで,不随意であり正直なシグナルになりやすい(自覚的に行おうとすると不自然でぎこちなくなる).なぜ自覚的ではないのか.脳の処理能力が足りないという問題もあるが,基本的にはボディランゲージはしばしば醜い動機を表しているからだろう.(ここで配偶,政治,地位争いにかかる具体例の解説がある) ボディランゲージは曖昧なので,報道官が知らなければ自信を持って醜い動機を否定できる.これは重要だったのだろう.実際にこれらのボディランゲージが何を意味しているかの公的な場所での指摘はしばしばタブーになっている.

 

  • 笑い:笑いの一部は社会的規範の境界線を探るために用いられており,重要な社会的合図への反応であり,不随意な社会的行動と捉えることができる.ハーレー,アダムズ,デネットはユーモアが存在する理由を考察したが,本書の視点とは少し異なっている.笑いを社会的機能という視点から考えると,それは「危険なことをしたりしゃべったりするけど本気じゃないよ」というシグナルになる.そしてこれを通じて曖昧で文脈依存的な規範の境界線や笑いの対象者の社会的地位を探ることができる.そして多くの人はその機能に気づいていない.この無知はこれらの社会的関係を探るための戦略と考えることができる.(ボディランゲージと同じく)笑いが比較的正直であり,また曖昧なために否定可能であることはこれらの機能と関連しているだろう.

 

  • 会話:会話を行うのはなぜか.よくいわれる「情報の共有」は,我々が返報なしにしゃべりたがること,互いの発話内容に関連性があることが求められることを説明できない.ミラーは会話における発話は自分が配偶相手,友人,同盟相手として望ましい素質を持っていることをディスプレイしているのだと指摘した.内容の関連性要求は(制限をクリアできるような)より多彩な能力のディスプレイに向いているからだと説明できる.人々がニュースに夢中だがその正確性には無頓着なのも,ディスプレイのための「お題」だとすれば理解できる.そして学術研究の発表においても名声が影響を与えるなど様々なディスプレイ要素を見ることができる.

 

  • 消費:消費の多くの部分は競争のシグナリングと解釈できる.これはヴェブレンが顕示的消費と呼び,ミラーが説得的に議論しているものだ.例えば我々が「エコ」商品を(環境への真の影響にはあまり頓着せずに)買うのは環境を助けているように見られたいからだ.これは向社会的資質のディスプレイだと考えることができる.このほかにディスプレイされているのは,特定のサブカルチャーへの忠誠,流行への感受性,知性などがある.そして我々はこのディスプレイの動機(配偶者,友人,同盟者として相手から選ばれたい)については無知だ.「ライフスタイル」広告はこのディスプレイのための共有知識の観点から理解できる.

 

  • 芸術:ミラーは芸術について選り好み型性淘汰の適応度ディスプレイとして説明した.(動物の選り好み型性淘汰の特徴,ヒトの場合双方向陶太であることの説明がある) さらに芸術は友人,同盟相手として選ばれるためのディスプレイにもなっているだろう.そして芸術家はやはりこの動機を意識する必要はない.オリジナルと同じように美しい複製が評価されないこと,写真の登場により写実的絵画の価値が大きく下がったこと,多くの芸術が非実用的であることはディスプレイ説により理解できる.また鑑識眼は芸術家の適応度を評価する上で重要であるだけでなく,(それを手に入れるのが難しいことから)それ自体が適応度ディスプレイとなっているだろう.

 

  • チャリティ:社会で見られるチャリティの様相は効果的利他主義と相容れず,偽善そのものだ.寄付を行うものは問題の規模や寄付の効果に無関心で,多数のプロジェクトに分散して少額寄付することを好む.自分の慈善行為が目に見えることを好むこと,仲間の圧力に敏感なこと,(慈善の決定にあたって)距離的な近さを重視すること,具体的に共感できる相手を(慈善対象として)優先すること,異性が見ている前でより慈善行為を行う傾向があることを考え合わせると,慈善行為は自分の向社会性の(配偶者,友人,同盟相手として選ばれるための)ディスプレイであると考えられる.距離的な近さが重要視されるのはリーダーとしての資質として内集団重視が好まれるため,具体的共感が重要視されるのは,計算尽くで功利的に慈善行為とするのではなく,目の前の困っている人を思わず助けるような人間であることが配偶者や友人の資質として好まれるためだろう.

 

  • 教育:現在ほとんどの学問はオンラインなどにより非常に小さなコストで学ぶことができる.だから多くの人々が多額のコストを払って有名校をめざすのは情報や技術の習得という目的では説明できない.また多くの卒業生は学んだ知識を長期間保持しないし,学校はより良い教育方法が知られているにもかかわらず採用しない(宿題,相対評価,教科をまとめて教えることの問題点は早くから指摘されているそうだ).これらは学位が雇用者への自分が優秀だというディスプレイであると考えて初めて理解できる.また有名校は巨大な人脈作り機関,(子息を有名校に行かせるという)顕示的消費としても機能しているだろう.政府が公立学校をより効率的な学習機関に変革しようとしないのは,学校の国民の洗脳機関(従順に指示に従って労働するように飼い慣らす)としての有用性があるからかもしれない.雇用者が学位をシグナルとして認める背景にはこの有用性があるのだろう.

 

  • 医療:アメリカ人は医療に大金を支払っている.尋ねられると医者にかかるのは健康になるためだとほとんどの人が答えるだろう.しかしこれは「自分が支援を受けケアされている」「自分はケアすべき相手をケアしている」というディスプレイ(顕示的医療)である側面が大きいのだ.実際に医療の歴史は効果のない治療法であふれており,人々は医療行為の効果には無頓着で,助けるべき相手に医療を受けさせない場合の非難は激しい.この結果医療は過剰になっている(それを示すエビデンスがいくつもあげられている).また医療の多くが顕示的医療であると考えると,医療費について知り合いに負けまいと見栄を張ること,より犠牲が大きい医療が好まれること,病院や医者の名声が重要視されること,医療効果を率直に問うことがためらわれること,予防医療よりドラマティックな治療が注目を集めることなどがうまく説明できる.

 

  • 宗教:宗教ほど脳の中のゾウを見事に体現しているものはないだろう.非常に大きなコストのかかる行動(イスラムの巡礼,戒律遵守など)を行い,根拠のない不思議な信念を持つ.多くの人類学者と社会学者はまず信念があって行動が生じると考えている.しかしすべての宗教が信念を問題にするわけではなく,問題にする宗教も「信念を公に受け入れているかどうか」は問題にしても個人的に信じているかどうかを厳密に追求することは稀だ.そして宗教的行動と極めて似ている行動はスポーツファンなどにも見られるが,そこでは信念が原因になっているわけではない.つまり信念は二次的でコミュニティこそが重要なのだ.ハイトが議論しているように,宗教は通常の社会規範に加えて,儀式的犠牲によるコミュニティ内での地位獲得,それをめぐる聖人間の軍拡競争を通じて大きな規模で協力的なコミュニティを作ることができる.宗教に向社会的規範が多いこと,同調性の儀式があること,明瞭なメンバーバッジがある場合が多いことはこれで説明できる.このコミュニティの中で不思議な信念を受け入れることは(そのコストの大きさから)忠誠のシグナルとして機能する.

 

  • 政治:現代民主主義国家における国民の投票行為は,実際に与える政治的影響が極小であるために経済行為としては成り立たず,なぜそういう行動をとるかが問題になる.しばしばある説明はそれがより良い政府を得るための正義の行いだからだというものだが,投票者は票の決定力,政策の実用的詳細に無関心であること,彼等の意見は凝り固まっていて強い感情を伴うことは説明できない.投票にコストがかかること,投票バッジに魅力があることを含め,投票行為は特定グループへの忠誠シグナリングと考えると最もうまく説明できる.

著者たちのボディランゲージ,医療についての議論はオリジナリティがあり,なかなか面白い.会話,消費,芸術,チャリティについての議論は,ミラーの議論に沿ったものになっている.ただしミラーが特に強調するパーソナリティのシグナルである部分について触れていないのはちょっと残念だ.教育はブライアン・カプランの議論に沿っているもののようだ.学位が雇用者へのシグナルだというのはかなりあからさまで意識の上にもあるのではないだろうかという気はする.宗教はハイト説に沿っているが,ミーム複合体や宗教指導者の操作の観点がなく,かなりナイーブな議論に止まっているという印象だ.政治についての忠誠バッジの指摘はピンカーも「21世紀の啓蒙」において啓蒙運動をはばむ大きな要因として挙げていたところだろう.
 
各論のあと著者たちは最後にゾウの存在を認めることで,状況認識を正しく行えるようになること,そして隠された動機と対峙してより善い行いをすることも可能になること,より良い制度設計も可能になることをコメントしている.そして動機が醜悪でも行動は美しいかもしれず,それも良しとする大局観を持つことを勧めている.
 
 
本書は知的好奇心あふれる著者たちが進化心理学を勉強し,ヒトの行動における隠された動機についての一貫性ある仮説を組み上げて一般向けに提示するというなかなか面白い企画がかなりうまく成功している.それは著者たちの文献の読み込みがきちんとして深いことによっているのだろう.本書の考え方の基礎として最も大きいのはクルツバンの「だれもが偽善者になる本当の理由」とミラーの「恋人たちの心」「消費資本主義!」,そしてトリヴァースの「The Folly of Fools」ということになるが,トリヴァース本がなお邦訳されていない日本ではその意味でも貴重な本ということができるだろう.


 
関連書籍
 
原書

The Elephant in the Brain: Hidden Motives in Everyday Life (English Edition)

The Elephant in the Brain: Hidden Motives in Everyday Life (English Edition)

  • 作者:Kevin Simler,Robin Hanson
  • 出版社/メーカー: Oxford University Press
  • 発売日: 2017/12/01
  • メディア: Kindle版

 
トリヴァースは70年代にドーキンスから「利己的な遺伝子」の序文を依頼され,そこで自己欺瞞にかかる進化的説明を行ったが,しばらくそのテーマを論文や本にしてこなかった.しかしついに2011年,自己欺瞞についての本を出した.濃密で大変面白い本だが,邦訳はされていない.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20120523/1337774801

The Folly of Fools: The Logic of Deceit and Self-Deception in Human Life (English Edition)

The Folly of Fools: The Logic of Deceit and Self-Deception in Human Life (English Edition)

  • 作者:Robert Trivers
  • 出版社/メーカー: Basic Books
  • 発売日: 2011/10/25
  • メディア: Kindle版

 
ヒトの心のモジュール性,意識の報道官説など大変に深いクルツバンの進化心理学本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entries/2011/10/01

Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind

Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind

  • 作者:Robert Kurzban
  • 出版社/メーカー: Princeton Univ Pr
  • 発売日: 2011/01/03
  • メディア: ハードカバー
 
同邦訳 私の訳書情報はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20141001/1412160200
だれもが偽善者になる本当の理由

だれもが偽善者になる本当の理由

 
 
ヒトの心における性淘汰についてのジョフリー・ミラーの素晴らしい本(初版は2000年)
THE MATING MIND (English Edition)

THE MATING MIND (English Edition)

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: ANCHOR BOOKS
  • 発売日: 2018/09/20
  • メディア: Kindle版



同邦訳

恋人選びの心―性淘汰と人間性の進化 (1)

恋人選びの心―性淘汰と人間性の進化 (1)

恋人選びの心―性淘汰と人間性の進化 (2)

恋人選びの心―性淘汰と人間性の進化 (2)

 
その考えを進めて消費行動を扱った本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entries/2010/10/09

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: Viking Adult
  • 発売日: 2009/05/14
  • メディア: ハードカバー
 
同邦訳
私の訳書情報はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20171226/1514240384
消費資本主義!: 見せびらかしの進化心理学

消費資本主義!: 見せびらかしの進化心理学

 
 
ボームによる狩猟採集社会の平等主義についての本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20141228/1419728069
モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか

モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか

 
 
ハーレー,アダムズ,デネットによるユーモアの進化的起源についての本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20120104/1325684884
Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)

 
 
同邦訳.私の訳書情報はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20150227/1425038673
ヒトはなぜ笑うのか

ヒトはなぜ笑うのか

 
 
カプランによる教育についての本.面白そう.未読 
大学なんか行っても意味はない?――教育反対の経済学

大学なんか行っても意味はない?――教育反対の経済学

Virtue Signaling その23


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: Cambrian Moon
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: Kindle版
 
ミラーは,前節でまず人類の進歩に貢献したアスペルガー/自閉症スペクトラム該当者たちの苦境を説明した.
ではアスピー以外のニューロダイバージェントな人々にとってはどうなのか.ミラーはそこを詳しく解説する.
 

第6エッセイ 言論の自由に関するニューロダイバーシティの擁護 その4

 

ニューロダイバーシティの様々な態様

 

  • 抑制的なスピーチ規範は自閉症スペクトラムにいる人々にとって重い負担になる.そういう人々は全人口の1%程度を占め,アカデミアでは,そしてとくにSTEM部門(自然科学,テクノロジー,工学,数学部門)のアカデミアではさらに多くの割合を占めている
  • 自閉症スペクトラム以外にもスピーチコードの理解と実践に困難を感じるニューロロジカルな障害やパーソナリティ障害を持つ人々がいて,やはりアカデミアにおいて(全人口比より)多くの割合を占めている.いくつか例をあげてみよう.
  • ADHD(3%):衝動性が高く不適切な言辞を口走る傾向がある
  • トゥーレット症候群(1%):猥褻な言辞,侮蔑的な言辞についての抑制不可能な衝動が沸き起こることがある.
  • 社会コミュニケーション障害(新しい診断で頻度は不明):文脈や相手に合わせて言語を適切に使用する能力に欠け,微妙で曖昧な言語の行間を読むことができない.
  • PTSD(8%):過去のトラウマがトリガーになると反射的な怒りや攻撃的な言辞の抑制が困難になる.
  • 双極性障害(4%):躁期にはエキセントリックになり,抑制が弱まる.
  • 統合失調スペクトラム障害(5%):しばしば異常なコミュニケーションスタイル,奇矯な社会的態度,エキセントリックな考えを持ち,それはしばしばオバートンウィンドウを逸脱するものになる.
  • クラスターAパーソナリティ障害(パラノイド,スキゾイド,スキゾティピカル)(4%):奇矯な社会的態度,スピーチパターンを持ち,それはしばしば感受性に欠けたものやオフェンシブなものになる.
  • クラスターBパーソナリティ障害(ヒストリオニック,ナルシシスティック,境界性,反社会性)(2%):衝動性が高く,注意力散漫で,感情的に不安定.共感に欠けることもあり言動がしばしば社会規範を逸脱する.

 

  • ここで挙げた人口比には不正確なものもある.そして1つより多くの障害を抱えている人もいる.しかしすべて合わせるとおそらく大学内の人口の20%程度はこれらの問題を抱えているだろう.これは学生人口比ではヒスパニック(17%),ブラック(14%),LGBTQ+(7%),非合法移民(7%)より頻度が高いのだ.
  • そしてこれらの症状のピークは典型的には学生である頃になる.大学は彼等が最も規範遵守能力に欠けているときに規範遵守を求めていることになる.

 

  • そしてこのような障害以外にもビッグ5の分布の端っこにいる人も多い.それもスピーチコードの遵守には問題を引き起こす.低い誠実性は衝動性の高さ,不注意,短視眼的なスピーチを予測する.低い協調性は怒りっぽく,オフェンシブで気むずかしいことを予測する.高い開放性は異常な信念を持ちやすく,エキセントリックな行動を行うことを予測する.つまりこれらはスピーチコードの逸脱を予測するのだ.また高い外向性はハイパー社会的,ハイパーセクシャル,ハイパーバーバルなことを予測し,特に性的なスピーチコードを逸脱しやすい.
  • ビッグ5はすべて相応の遺伝率を持つ,つまりこれらのスコアが極端なためにスピーチコードの遵守が困難な人々を弾圧するのは遺伝的な傾向を罰しているのと同じことになる.

 

  • パーソナリティ障害や,極端なパーソナリティのほかにも,大学キャンパスには低血糖,ストレス,薬の副作用,カフェインやリタリンなどのスマートドラッグの作用などで一時的にニューロダイバージェントになる人々がいる.また20%程度の人々は睡眠障害であり,睡眠障害は抑制機能を低下させることが知られている.これらの一時的な状態も社会的感受性や心の理論,言語抑制に問題を生じさせ,スピーチコードをうまく扱う能力を低下させる.
  • 大学がキャンパス内で疲労,飢え,薬,コーヒーを違法化しない限り,すべての人のスピーチが100%スピーチコードに従っているという状態を保つのは難しいだろう.

 
コーヒーは極端だが,いいたいことはわかる.スピーチコード戦士たちは,いろいろな事情でその遵守が困難な人々の苦境を無視しているということだ.