書評 「カタニア先生は、キモい生きものに夢中!」

 
本書はホシバナモグラのような一風変わった動物の適応形質の謎を扱ったもので,その探索者である進化生物学者ケニス・カタニアの手になる一冊.このあまりにダサい書名に*1この本の存在を見過ごしていたが,読んでみると実にきちんとした科学啓蒙書であり,謎解きが物語仕立てになって読み物としても非常に面白い.また本書には数多くの動画ヘのリンク(QRコードで表示されている)があり,本書で語られる興味深い適応形質を示す動画に簡単にアクセスできるようになっている.原題は「Great Adaptations」という奇をてらわないもの(なお副題は「 Star-nosed Moles, Electric Eels, and Other Tales of Evolution’s Mysteries Solved」).
  

第1章 ホシバナモグラは謎だらけ

 
最初の登場動物はホシバナモグラ(このホシバナモグラは2章にわたって語られる.著者にとっても思い入れの深い探索物語なのだろう).このモグラの鼻先にあるクモヒトデの触手のような器官が実は超敏感な触覚の感覚器だという話はどこかで読んだことがあったが,それはおそらく著者カタニア自身が書いたScientific American(日経サイエンス)の解説記事だったのだろう.しかし具体的な探索物語,さらにどのような適応価があるかという考察はとても面白い.

  • ホシバナモグラは北アメリカの寒い地域の湿地に住む泳ぎが得意なモグラで,その鼻先にある「星*2」が何なのかは1800年代の発見・記載時から謎に包まれていた.私はメリーランド大学の学部生の時にワシントンDCの動物園の研究助手のアルバイトを行い,そこで飼育しているホシバナモグラの(野生からの捕獲による)補充作業を担当した(作業の詳細の記述は楽しい).当時の哺乳類部門のキュレーターであったグールド博士はそれは(獲物を感知するための)電気受容体ではないかと考えていた.
  • そこでモグラを水槽に入れ水槽の片側で電場を発生させ,もう片側で発生させないようにしてモグラの動きを調べたが,結果はランダムだった.謎は解決されず,様々な文献を読みあさることになり,それがきっかけで電気受容の専門家グレン博士とも知り合うことができた.
  • 1990年にカリフォルニアのUCSDの神経科学コースに進み,グレン博士の指導の元で両生類の電気受容について研究することになった.その一環で走査型電子顕微鏡を扱うようになり,ふとこれでホシバナモグラの「星」を調べたらどうなっているだろうかと思いついた.(ここでホシバナモグラ採取のためにメリーランドに戻る際にやらかした出来事が面白おかしく書かれている)

 

第2章 幸運は備えある者のもとを訪れる

 
第2章はホシバナモグラの謎探索物語の後半.

  • 走査型電子顕微鏡で「星」を見ると,その表面は蜂の巣のように小さなドーム構造で埋め尽くされていた.そしてその構造物はアイマー器官と呼ばれるもので,電気や化学物質センサーではないことはすぐに判明した.アイマー器官の細部をさらに詳しく調べたところそれはヒトの手の6倍の解像度を持つ触覚センサーの最高傑作であることが明らかになった.
  • 当時マウスの脳には1本1本のヒゲの触覚刺激に対応する領域を持つ皮質部位(バレル皮質)があり,触覚の脳地図が描けることがわかっていた.ホシバナモグラでも同じようなことができるのではと考え,脳の専門家とともに調べてホシバナモグラの星に対応する脳地図を描くことができた.
  • その地図では最も小さな触手(第11触手)に対応する領域が最も広かった.そこは彼らの触覚の中心窩だったのだ.彼らは興味深いものにその他の触手で触ったときには,星を動かし第11触手対で何度も触る.発生においては,第11触手は星の形成過程の最初に現れ,広い新皮質領域と結びつくこともわかった.(ここでは星の発生過程がとてもユニークであること,それが原始的な星の原型を持つ近縁種からの進化でうまく説明できることも詳しく説明されている)
  • ではこの星の適応的機能は何か.彼らは渓流や湿地に住み昆虫の幼虫のような小型の獲物を捕っている.彼らの採餌行動を動画にして調べると,彼らは星を使って触手に触れたものが獲物であるかどうかを瞬時に判断し,捕らえ,平らげ,次の獲物を探し始めるまでわずか230ミリ秒しか要しなかった.これは行動生態学の最適採餌理論における「処理時間」の短縮による収益性の向上のための適応なのだ.
  • また動画からは彼らが水中で何らかの物体と接触しているとき1秒間に10〜12回と言う頻度で鼻孔から絶え間なく気泡を出し入れしているのが確認できる.彼らは水中で獲物の匂いを感知しているのだ.(著者はのちにトガリネズミも同じトリックを使っていることを見つける)

 

第3章 スティング

 
第3章の登場動物は鼻先に奇妙なヒゲを持つヒゲミズヘビ,章題のスティングは「刺す」と言う意味ではなく,映画「スティング」由来の「騙す」という意味で用いられている.ヒゲミズヘビのことは全く知らなかったのでこの章の話はとても面白かった.

  • ヒゲミズヘビは東南アジアに分布する生涯を水中で過ごすヘビで,魚だけを食べる.彼らはJ字型の姿勢を取って辛抱強く魚が近くによってくるのを待ち,絶好の位置に入ると電光石火で魚を捕らえる.しかしその際に魚はヘビの口に向かって泳ぐのだ(これを示す動画はとても興味深い).ヘビがどのように魚を操作しているのかが謎になる.
  • 動物園でヒゲミズヘビに出会い,そのヒゲの機能に興味を持ち文献をあさったが,それが解明されていないことを知り,大学で飼育し始めた.行動観察から擬似餌説が成り立たないことはすぐにわかった.ヒゲを解剖して調べるとヒゲには大量の神経繊維が集まっていたが,表面のウロコに覆われた部分には達していなかった.これはホシバナモグラのように獲物を触覚で感知するセンサーではなく,このヒゲのわずかな角度変化を敏感に感知する水流センサーだったのだ.このヘビは視覚情報とこの水流情報を視蓋で統合していた(これを解明する詳細は面白い).これにより正確に魚の位置を認識できる.
  • このヘビが魚を捕らえる攻撃はとても素早く,1/30秒以内に捕獲する.スローモーションカメラで撮影してみると魚がヘビの口に向けてまっすぐ泳いでいた.ヘビはどのように魚の脳をハックしているのだろうか.
  • 魚は動物界屈指の高速逃走システム「Cスタート逃走反応」を持つ.捕食者のたてる音波を感知すると6〜7ミリ秒でその逆側に向けて泳ぎ始めるのだ(メカニズムが詳しく解説されている).
  • ヒゲミズヘビはこの逃走反応につけ込む方法を見いだした唯一の捕食者だ.彼らは身体をJ字型にしてそのくぼみに魚が入るのを待つ.そしてそこにはいったら,攻撃の1〜2ミリ秒前に頭と逆側の身体部分を痙攣させ音波のフェイントをかけ,逃走反応で頭側に泳いでくるように仕向けるのだ.そして角度がずれている場合にはフェイントののち魚が逃走反応で泳ぐはずの位置に攻撃を仕掛ける.
  • この魚の角度に対応する攻撃の位置調整が生得的か学習かを赤ちゃんヘビを用いて調べて見たところ,生得的であることがわかった.
  • なぜ魚はこのチート攻撃に対抗する手段を進化させられないのか.それはドーキンスのいう「レアな天敵効果」で説明できるだろう.

 

第4章 ダーウィンのミミズとワームグランティングの秘密


第4章の登場動物はミミズとトウブモグラ.アメリカの南東部にはワークグランティング(worm grunting)という仕事があり,ワームグランターたちは森の中で(釣り餌用の)ミミズを捕るのだそうだ.彼らは地面に木の杭を打ち込み,その上を鉄の棒でこすって音を出す.すると地面からミミズがうじゃうじゃと這い出てくるのだ.ミミズはなぜ出てくるのかが本章の謎になる.

  • ワームグランティングの歴史は長いが,なぜ杭をこするとミミズが地面に出てくるのかを説明できた人はいなかった.そして最初の手がかりを残していたのはチャールズ・ダーウィンだった.ダーウィンはミミズがモグラから逃げるために振動があると巣穴を離れるのではないかと考え,ミミズに音楽を聞かせる実験を行った.彼の最終的な結論は「ミミズは地面が振動したとき,必ず巣穴を離れるわけではない」という慎重なものにとどまっていた.
  • ダーウィンのフォローアップをするためにフロリダのプロのグランターに協力してもらうことにし,彼らに同行した(その時の様子が臨場感豊かに描写されている).その地域に数多く分布しているモグラはトウブモグラだということがわかった.その鼻はホシバナモグラとは対照的にアイマー器官を持たず,熱い皮膚で覆われていた.
  • 観察により,ミミズは地表では(モグラに捕食されることはないが)アリやトカゲや肉食昆虫に捕食されるリスクがあること,しかしグランターの動作に全力ダッシュで応答し地表に出てくる(しばらくトップスピートで這い回り数メートルのところでまた地中に潜る)ことがわかった.
  • さらに定量的にリスクを評価し,ミミズが地表で捕食される確率は1%程度であること,1匹のモグラは1日平均23匹のミミズを食べることがわかった.
  • 有力仮説である雨仮説(杭の音を雨音と誤認して雨による溺死リスクを避けようと地表に出てくる)に対しては,ミミズは雨を意に介さないことを確認した(雨の日に地表に出てくるわけではない).
  • モグラの穴掘り音を録音してミミズに聞かせるとミミズは一斉に地表にあふれ出た.ダーウィンは正しかったのだ.
  • ではトウブモグラはどうやってミミズを見つけているのか.彼らは実験室では最短コースで餌に到達するが,触覚も視覚も使っていない.そして当初はあり得ないと考えていたステレオ嗅覚の可能性を追求した.彼らの片方の鼻孔を塞ぐと餌に向かう方向がずれた.彼らは高速連続吸入で敏感な嗅覚を得て,さらに左右の鼻孔間で強さを比較するステレオ嗅覚を使い,匂いの発生源を特定していたのだ.

 
グランティングの話も初耳で非常に楽しかった.興味深く思って動画検索すると様々な動画が出てきて楽しい.またステレオ嗅覚というのにも驚かされる.
 

第5章 トガリネズミは小さなTレックス

 
第5章の登場動物はトガリネズミ.私も本書を読むまできちんと認識していなかったが,トガリネズミはネズミとは系統的にかなり離れた動物で,ネズミよりもモグラやハリネズミに近縁な動物だ*3.そして著者によると彼らは獰猛な肉食動物で,いわばミニチュアのトラなのだそうだ.

  • トガリネズミは晩春から初夏に生まれ,急速に成体サイズに成長する.一部の種は冬が近づくと身体と骨を縮小させ,春になると再成長させる.
  • 彼らは身体が小さく代謝が高い.多くの種は自分の体重を上回る量の食糧を毎日確保しなければならない.主な餌は昆虫やミミズだがが,機会さえあれば倒せる相手は何でも捕食する.唾液に毒を持つ種や歯の先端に鉄を蓄積させて強度を上げている種もある.
  • 種により捕食戦略が異なるが,ミズベトガリネズミは小型でほっそりしており,ミニチュアの泳げるチータのような捕食者だ.彼らは毛皮の微細構造により水中でも防水断熱状態を維持でき,足と指を取り囲む数千本の特殊な毛を数千本のミニチュアのオールとして用いて遊泳する.
  • 彼らはどのように獲物を見つけ捕らえるのか.浅い水槽に入れて小魚を与えると,彼らは2秒以内に小魚を発見し追跡し捕獲する.発見は視覚ではなく鼻先にあるヒゲにより水流を感知しているのだろうと考え,水槽にパルス水流を流すと彼らは果たして「幻の魚」に向かって激しく攻撃を仕掛けた.また彼らは魚が動かなくても触覚や水中嗅覚により発見できるようだ.
  • パルス水流のスタートから彼らの攻撃開始まで20ミリ秒しかかからない.これには小さくてコンパクトな新皮質により可能になっているようだ.

  

第6章 500ボルトの衝撃

 
第6章の登場動物はデンキウナギ.話はフンボルトの南米大紀行から始まり,最後にそこに戻っていく.

  • フンボルトはデンキウナギに関する有名な逸話を残している.多数のデンキウナギが潜む濁った淵にウマの群れを突入させると,泥からデンキウナギが姿を現し,四方八方からウマに襲いかかり繰り返し電撃を加えた,2頭のウマが水面下に沈んだところでデンキウナギは電気を使い果たし,安全に採集できたというのだ.
  • 私は大学で動物の感覚システムと行動の講義を行っているが,そこでデンキウナギの動画を流したら楽しいだろうと考えて,デンキウナギを入手して水槽に金魚を放しその捕食の様子を撮影してみた.
  • デンキウナギはまず高圧パルスを連射し,口を開け,金魚に突進した.金魚は電撃が始まると3ミリ秒で身体の動きを止められる(電撃がやむとすぐに泳ぎ始める).私はそのメカニズムに興味を持ち,研究を始めることにした.
  • デンキウナギの高圧パルス発生機構はもともと南米にいる弱い電気魚(周囲に弱い電場を発生させて,そこに侵入する物体を電気センサーで感知する)の感覚システムから進化したものだが,一方で本来の感覚システムとしての低圧電流発生能力も維持している.そしてその出力設定は2段階しかない.彼らは普段低圧パルスを毎秒5〜10回程度発しており,これで周囲の様子を探り,獲物に気づくと強出力モードに切り替えて高圧パルスを毎秒400回のペースで連射する.
  • この高圧パルスがテザーガンと同じ作用をもたらすと考えて,魚の死体にデンキウナギの高圧パルスを与えてその筋肉の変化を測定した.すると電撃発生の3ミリ秒後に強烈な全身性筋収縮が観察された.さらに調べて高圧パルスが筋肉に接続する神経を活性化させてこの硬直を起こすことを確かめた.これは相手の神経系への遠隔操作と考えることができる.
  • またデンキウナギは2ミリ秒間隔の2回の高圧パルスで獲物を探ることもある.この二拍子パルスは獲物に強い痙攣を起こさせ,それを感知すると高圧パルスの連射をおこなう(これを確かめるための実験が詳しく解説されている).これは遠隔操作で隠れている獲物を動かして居場所を「吐かせている」と考えることができる.
  • 実験を繰り返すうちに,デンキウナギは獲物がプラスチックの袋に入っていると,パルス放出,獲物に向かっての突進までは行うが,最後の吸入を行わないことに気づいた.おそらく獲物が伝導性かどうかを感知しているのだろうと考えて炭素棒を使った実験を行うと果たして彼らは炭素棒を食べようとした.彼らは高圧パルスを使って電気受容も行っていたのだ.
  • 冒頭のフンボルトの逸話ではデンキウナギはウマに対して単に自衛の電撃を行っているだけではなく,積極的にウマに近づき攻勢に出ている*4.なぜ隠れずに,食べられるわけでもない大きな動物を攻撃するのか.フンボルト以降似たような観察例はなく,この話は眉唾だと思っていた.
  • しかしある日,デンキウナギを移動させようと金属製の柄のある網を近づけるとデンキウナギが自ら水面から飛び出し下顎を金属製の柄に押し付けて高圧パルスを放電した.ゴム手袋をしていたので感電はしなかったが,これは強力な防御効果を持つだろう.調べて見るとデンキウナギは金属の棒やアルミテープが張られたプラスチック製のワニやハロウィーン用のゾンビの腕模型に同じ反応を見せた(これを示す動画は迫力がある).これはおそらく乾期に小さな水たまりや三日月湖に取り残された場合にワニなどの捕食者に対して電撃で攻撃するための適応なのだろう(水から飛び出して相手の身体に自分の頭部を押し付けて放電することにより効果を最大にできる).フンボルトの逸話には根拠があったのだ.

 

第7章 ゾンビの作り方

 
第7章の登場動物は宿主操作で有名なエメラルドゴキブリバチと操作されるワモンゴキブリ.

  • エメラルドゴキブリバチはワモンゴキブリだけを狩るスペシャリストで,メスはゴキブリをゾンビ化して幼虫に餌として与える.南北アメリカには生息しないが,アフリカから世界中に広がったワモンゴキブリ駆除のための天敵利用としてハワイ諸島に導入された経緯がある(導入の物語が詳しく語られている).
  • 私はハワイからエメラルドゴキブリバチを入手し,(厳重な封じ込め対策を施した上で)飼育観察し,その優美さとゾンビを作り出す技に魅了された.
  • ゴキブリは二本の触角による空気圧力波の感知により敵を察知し1/100秒以内で高速で逃走するシステムを持つ(捕食者が脚や身体に触れた場合にはさらに高速な逃走反応を起こす).さらに硬い外骨格や棘という防御手段も持っている.ハチはこれらの防御手段をゾンビ化により無力化するのだ.
  • 小さなハチは最初の風圧センサーにかからない.慎重な忍び寄りと機敏さで第二の接触反応をかいくぐり,ハチは最初ゴキブリの胸の盾の縁に食いつき,暴れるゴキブリとロデオを繰り広げて胸の第1神経節に毒針を注射し,抑制性神経伝達物質を注入する.これはゴキブリの前肢を麻痺させる.その後前肢の防御を欠いた頭部を毒針で刺し,報酬系の神経伝達物質であるドーパミンを主成分とするゾンビ化の秘薬を脳に注入する.ハチはその後ゴキブリの触角を噛みきり,そこから血を吸い,触角を使ってゴキブリを操り巣に誘導する.ゴキブリはそこで卵を産み付けられ*5入り口を塞がれ,生きたまま幼虫の餌となる.なぜこの秘薬の効果が長持ちするのか(1週間ほど持つ)はわかっていない.(著者がこのハチとゴキブリのホラー物語をドールハウスを使って映像化した逸話が語られ,その動画へのリンクが張られている.なかなか楽しい)
  • ゴキブリの防衛は最初の毒物注入をいかにして避けるかがポイントになる.ハチと大型のゴキブリを使って試したところ,かなりの数のゴキブリが防衛に成功した.彼らは時に最初のハチの接近に気づき上体を持ち上げ脚の棘を相手に向ける防御体制をとる.これによりハチの攻撃は触角や棘に阻まれやすくなる.またハチが脚や触角に触れたらやはり棘だらけの後肢を振り回しハチに当てることもある.盾にしがみつかれても身体をひねったり脚を振り回してハチを引きはがせることもある.最初に防衛体制をとれたときの防御確率は約50%,とれなかったときのそれは14%だった.
  • 産卵されてしまえばハチの勝ちとなるとは決まっていない.脚の動きによって卵が落ちたり,産卵位置(中脚の基節上部)が少しずれて幼虫がやわらかい肩関節に潜り込めないこともある.いったん幼虫が関節に潜り込めればもう勝負は動かない.幼虫は抗菌物質を作り出して微生物の繁殖を抑え,ゴキブリを食べ成長する.

 
以上が本書の内容になる.私的にはホシバナモグラとデンキウナギとエメラルドゴキブリバチの話はある程度知っていたが,やはりその至近メカニズムを含む詳細はとても面白い.そしてヒゲミズヘビやワームグランティングやトガリネズミの話はほとんど初耳でとても興味深かった.所々に究極因の話も出てくるし,行動生態学に興味がある人にとってもとても楽しい読み物になるだろう.私は多いに楽しむことができた.
 
関連書籍
 
原書

*1:特に「キモい生きもの」という言い回しや「夢中!」のビックリマークはダサいと思う

*2:ホシバナモグラの「ホシ」を指す.英名「star-nosed mole」そのままの和名になっている

*3:有胎盤哺乳類は大きく異節類,アフリカ獣類,北方真獣類に分かれる.このうち北方真獣類はローラシア獣類と真主齧類に大きく分かれる.そしてトガリネズミはローラシア獣類の中の真無盲腸目(モグラ,ハリネズミなど)に属し,ネズミは真主齧類の中の齧歯目に属するようだ.

*4:泥から這い出し水面に来て攻撃,暴れるウマに身体を押し付けるなどの記述がある

*5:訳注によるとここで産卵しやすいように後肢を開かせるために第3の毒物注射があることが原書刊行後に報告されているそうだ

From Darwin to Derrida その185

 
ヘイグは第14章において自由について語る.遺伝や経験が私たちを外部からコントロールしているのか(拘束しているのか)という問題を扱い,遥か過去の環境要因が私たちの遺伝的テキストに影響を与えており,それは(発生発達を通じて)私たちを形作る形相因であり,ヒトの本性についての目的因でもあることになる.そしてその形相因は短期的環境の解釈者を造り出す形相因となっており,なぜ解釈者を造り出すのは目的因から説明可能だと説いた.ここからユニバーサルではなく個体差が議論される.
  

第14章 自由の過去と将来について その7

 

  • 私たちの個人的本質にかかる発達における違いを作るものというのはなんだろうか.その一部はヒトの本性にかかるタイムスケールより新しく生じた遺伝的差異であり,また別の一部はその遺伝的差異のタイムスケールよりさらに新しく生じた環境的差異だ.

 
個体差が生じるタイムスケールはユニバーサルのそれより短期的なものになる.それは個体差が遺伝的に生じる場合もそうだし,環境的な場合はさらに超短期になる.
 

  • 私たちはしばしば自分の子ども時代を,まだ十分に発達していなかったという理由で,それは「過去に起こったこと」で「自分のコントロールできなかったこと」と考えてしまう.
  • 発達における遺伝子の因果役割についての大半の論争は,当事者たちが因果の概念やタイムスケールについて食い違っていることに起因している.あるものは因果をメカニズムとして考え,他のものは違いを作るものと考えている.あるものはヒトの本性に関心があり,ユニバーサルを作る発達の原因を考えているが,別のものは個人差に興味があり,発達的差異が生じる原因を考えている.

 
この部分はいわゆる氏か育ちか論争についてのコメントということになるだろう.長期的なタイムスケールでヒトのユニバーサルを考えているなら遺伝子の役割が大きく感じられ,個人差を作るものを考えるなら環境要因が強く感じられるということになる.しかし論争の大半がこのタイムスケールによって生じているというのは言い過ぎだろう.それ以外のイデオロギーをふくめた数多くの要因が背景にあるのではないだろうか.

From Darwin to Derrida その184

 
ヘイグは第14章において自由について語る.査問を受けたルターの話を引いた後,自由についての議論の本筋が始まる.そしてまず遺伝と個人的経験が私たちの形相因(私たちが何からできているか)であり,私たちの意思と行動の作用因でもあると整理した.そこから遺伝や経験が私たちを外部からコントロールしているのか(拘束しているのか)という議論に進み,それを考察するにはタイムスケールが重要だと指摘した.
 

第14章 自由の過去と将来について その6

 

  • その間に生じた遺伝的変化が私たちの種に共有されているような,生命の起源にまで迫る長期間を考えて見よう.これは環境からの情報が私たちの遺伝子に組み込まれたタイムスケールということになる.生命の起源に近いところで生じた変化はほとんどの生物に共有されている.私たちはより新しい変化をナメクジと共有し,さらに新しい変化をチンパンジーと共有している.私たちヒトの間にある違いを生むような変化がない状況を得るためにそれほど遡る必要はない.なぜなら私たちは同じ環境を経験した共通祖先を共有しているからだ.その祖先から不変なままであるものは,私たちがヒトであるための基盤であり,私たちのコントロールの枠外にある.それはヒトであることの形相因であり,私たちが同じであることの原因だ.ヒトの本性の淘汰的保持に効いている環境要因は私たちがヒトであることの目的因だ.

 
ヘイグによると進化的に経験してきた遥か過去からの環境要因は私たちを今あるように形作っている形相因であり,同時に私たちがヒトであること(ヒトとしての本性を持つこと)の目的因だということになる.
 

  • 私たちの(情報遺伝子にかかる)遺伝的形相因は過去の自然淘汰の保存されたテキストであり,個人的発達過程における(物質的遺伝子にかかる)遺伝要因として具現化したものだ.これら物質的遺伝子はリアルタイム解釈者,つまり(不確実な世界の中で生き残るために争っている)私たち自身の構築に特化している.

 

  • 私たちの物質的遺伝子は私たちの自己構築の作用因の一部だが,それは環境要因という私たちの発達にかかる補助的な作用因とともに働く.出会う環境要因を詳細に予測することはできないので,各解釈者は意思決定における柔軟性を必要とする.それは何がうまくいって何がうまくいかなかったかという最近の経験によって修正できるようなものでなければならない.私たちはヒトという解釈者なので,私たちは他者から学び,私たちの構造や行動を,文化的に得られた情報(その大半は言語により伝えられる)により変化させるように作られているのだ.

 

そしてより具体的には物質遺伝子は,短期的環境の解釈者を造り出す形相因ということになる.なぜそうなっているのかは過去の環境において意思決定の柔軟性を持つ方が有利だったからという目的因から説明できる.言い回しは難しいが,内容は分かりやすい.

訳書情報 「親切の人類史」

 
以前私が書評した「The Kindness of Strangers」が「親切の人類史」という邦題で12月に邦訳出版されるようだ.本書は実験心理学者であるマイケル・マカローによるヒトの見知らぬ他人に対する利他性がどのように説明されるのかをものだ.前半は進化的な視点から包括適応度理論(血縁淘汰),マルチレベル淘汰,直接互恵,(社会淘汰を含む)間接互恵からどこまで説明できるのかを扱い,後半では共感のサークルの拡大が理性の役割とともに歴史的に語られている.
前半部分は非常に簡潔かつ明晰な良いまとめになっている.特に現在筋悪のマルチレベル淘汰論者が偏狭な利他主義仮説をもてはやしていることに対して,そもそもマルチレベル淘汰と包括適応度理論(血縁淘汰)は数理的に等価であり,マルチレベル淘汰でなければ説明できない現象はあり得ないこと,偏狭な利他主義仮説は戦争においてどのように利他性がメリットを与えたかについて具体的な考察が欠けていていわば空理空論であることを的確に指摘している.
そして本書の読みどころは国家による福祉の拡大を大きなテーマとして理性がからむモラルサークルの歴史を語る後半部分ということになるだろう.古代の王は弱者救済が王権の強化に働く可能性に気づき,さらに近代にはそれが社会の健全性や貿易を通じた国家の繁栄に役立つという認識につながる.そしてさらに利他と福祉は自分と他者の立場の交換性ヘの気づきと自己の誠実性という意味のモラルの問題になっていく.その歴史が「理性こそが寛容と利他主義の価値を見つけてきた」という物語として語られている.
ヒトの利他性の考え方の整理にとても役立ち,さらに歴史的な視点を与えてくれる得難い一冊だと思う.
 
原書

 
原書に対する私の書評
shorebird.hatenablog.com

From Darwin to Derrida その183

 
ヘイグは第14章において自由について語る.ヴォルムス帝国議会で査問を受けたルターは「Hier stehe ich, ich kann nicht anders. (ここにわたしは立つ,別のやり方はとれない)」と発言した.彼の屈服しないという選択は自由意思からなされたものか,神の意思を感じて拘束されていたかが議論された.そして神の意思に拘束されていたという解釈と彼自身の内部の自由意思で外部の教会に反抗したという解釈が示された.
 

第14章 自由の過去と将来について その5

 

  • 私たちの形相因,つまり遺伝と個人的ナラティブのテキスト記録は,現在の行動と将来の意図の過去の源だ.私たちが現在の刺激に反応して行動するとき,何を選ぶかは私たちが何者であるかを示している.そして私たちが何者であるかについての作用因は今そこにいる他者に操作されていることはない.なぜならそれらの原因は過去,別の場所にあるからだ.

 
形相因とは乱暴にいうと「それが何からできているか」ということで,ここでヘイグは私たちは突き詰めれば遺伝的情報と個人的経験からできていると示唆していることになる.そしてそれは行動と意図の作用因(それを与えるものは何か)となる.すると私たちの選択は私たちが何者であるかを示しているということになる.するとそれが操作されているとしてもそれは太古からの自然淘汰を受けてきた遺伝子や過去の経験を通じてでしかあり得ないということになる.
 

  • 遺伝的テキストに刻まれた私たちの形相因と目的因は,私たちが何者であるかの一部だ.しかしそれは私たちの私たちを形作る経験にも当てはまる.50年前に生じた出来事と10億年前に生じた出来事は私の現在の選択に情報を与える.

 
ここで目的因が登場する.遺伝テキストは私たちの身体を作る設計情報(形相因)であり,同時に過去の自然淘汰を受けて適応的な意味を持っている(目的因)ということになる.経験については「私たちを形作る経験」だけが私たちが何者であるかの一部だとされている.ヘイグはここでは経験が目的因とはならないと主張しているのだろうか,それともそれについてはここでは議論しないので言及しないということだろうか.ちょっと興味が持たれるが,いずれにせよここでヘイグが強調しているのは遺伝も経験も私たちが何者であるか(形相因)であるということだ.
 

  • 遥か過去に生じた出来事はあなたのコントロールの外にある.しかしそれは私のコントロールの外でもある.私は至近因に基づく外部コントロールを究極因に基づく外部コントロールに代替しただけなのだろうか.この問題を考察するには説明のタイムスケールに注意を払わなければならない.

 
これはタイムスケールをきちんと考慮すれば,より明快に議論できるということを示唆しているのだろう.ここからヘイグのより緻密な議論が始まる.