書評 「利己的遺伝子の小革命」

利己的遺伝子の小革命:1970-90年代 日本生態学事情

利己的遺伝子の小革命:1970-90年代 日本生態学事情

  • 作者:岸 由二
  • 出版社/メーカー: 八坂書房
  • 発売日: 2019/11/09
  • メディア: 単行本

 
本書は生態学者で「利己的な遺伝子」の翻訳で知られる岸由二による一冊.岸はそれまでイデオロギーが幅を利かせ,(集団遺伝学を全く無視し)ルイセンコや今西進化論が跋扈していた日本の生態学界において社会生物学,行動生態学を最も初期に受容していた1人になる.そして岸は受容の時代に社会生物学や行動生態学について様々な解説を書き,受容に大きな役割を果たしたが,一方でイデオロギー的な攻撃を受け,90年代に生態学から撤退し都市自然環境再生の仕事に進んでいる.本書は書き下ろしの回顧録ではなく,当時発表された様々な解説や論文を集めたものになっている.
構成としては社会生物学や行動生態学の紹介解説,今西進化論について,受容後の学説史的総説,関連書籍の書評 岸自身が書いた行動生態学の論文という順序で収められている..
 

第1部 社会生物学上陸

第1部では,ハミルトン以降の行動生態学(本書では社会生物学あるいは進化生態学という用語の方が主に使われている)の基礎的な解説が基本になっている.またここでは社会生物学という用語の背景にあるややこしい問題,英米の社会生物学論争の解説,包括適応度概念の数理的解説,行動生態学理論フレームの位置づけと評価(集団遺伝学の厳密理論に対しては近似理論ということになるが取り回しの良さから進化条件の見通し,仮説発想,発見への刺激効果が得られ,生態学分野のフィールドで有用であること)などについても扱われている.これらは70年代後半から80年代初頭という時代背景を考えると日本語で書かれた非常に貴重な解説だったと思われる.
また今日的に興味深いのは,この英米で60年代後半から70年代にかけての動きが日本に入ってくるのになぜ10年以上かかったのかという分析部分だ.岸によると第二次大戦後の日本の生態学は(正統的な進化の現代的総合説に依拠している)集合遺伝学と没交渉であった.そして60年代後半までは強い左翼的イデオロギーの影響下にあり,ルイセンコ的な進化論が持ち上げられ,総合説的な進化学説は帝国主義的還元主義でありいずれ弁証法的進化論に取って変わられるはずだと声高に主張する人々が跳梁跋扈していた.さらにルイセンコが失墜した後の空白地帯に今西進化論が入り込んだ.そしてそれらの結果総合説の受容が大きく遅れたということになる.
 

第2部 今西進化論退場へ

第2部は今西進化論についての小文がいくつか収録されている.私もどのように進化が進むのかのメカニズム的説明が荒唐無稽で全く説得力に欠ける今西進化論がなぜ大きな影響力を持つことになったのかかねがね不思議に思っていたところ(そして現在も当時の関係者の口は重く,内部的な総括がされていない状況)なので興味深く読めた.岸の整理を少し詳しく紹介しよう.

  • 今西は社会のたとえで自然の構造を捉え,「種社会」をキーワードに「すみわけ論」と呼ばれる自然観を提示した.この自然観では種社会が主体的に生物個体の生活の場を統制することになる.
  • 今西進化論においても「すみわけの密度化」として分岐を繰り返して系統樹を形成する態様を認めており,この点ではダーウィン進化学説と同じと見ることができる.大きく異なるのは種の変化や分化のメカニズムの説明になる.今西は個体の遺伝的変異の方向が種社会や生物全体社会の統制下にある(種自体が変わるときにはすべての個体が一緒に同じ方向に変わる)と考えた.今西進化論のポイントはこの全体論(ホーリズム)にある.これはダーウィン進化論の還元主義に対する弁証法的説明と解釈された.
  • 今西自身も考えが変化している.初期には適応的な方向に変化するとしていたが,後には定向的な進化を強調するようになった.さらに1980年以降は種社会の統合・分離をもたらす「プロトアイデンティティ(原帰属性)」概念にこだわるようになり,思想的哲学的な主張に変容していった.
  • 今西進化論は正統派ダーウィン進化学への科学的対立理論にはなり得ていないとしか評価できない.つまり今西進化論の要点は思想的哲学的主張でありその人気は社会現象として理解すべきものになる.
  • 社会現象として今西進化論が人気を持った原因は(1)ルイセンコが失墜したあとの日本の生態学における「正統派」の不在(なお左派イデオロギーの影響が強い生態学界には西欧流の進化理論への心理的反発があった),(2)戦後の平和主義的心情が「競争原理」を忌避する方向に働いたこと,(3)同じく戦後のナショナリズム的心情が「日本独自」の理論への期待につながり,専門の生態学者が批判しにくい土壌があったこと,に求められる.

 
要するに生態学界内での今西進化論の影響力についての岸の説明は,左派的な生態学者はイデオロギー的に弁証法的全体論を支持し,そうでない生態学者もナショナリズム的な今西進化論応援の「空気」の中で表だって批判しにくい土壌があったからということになる.ここでは今西の直弟子筋の京大の霊長類研究者たちのことはほとんど触れられていない.彼等にとっては単にイデオロギー的好意というよりももっと深い心情があったようにも思える.実際にはどうだったのだろうか.
 

第3部 一つの総括

第3部は,日本の生態学の社会生物学,行動生態学の受容についての総説論文(1991年の講座進化2「進化思想と社会」東京大学出版会に収録されたもの)が収められている.当時の行動生態学の理解(90年代の血縁淘汰の理解ぶりなどはかなりなつかしい),ルイセンコと今西による鎖国状況(還元論,機械論,個人主義,競争原理 vs 弁証法,全体論,非西欧,集団主義の対立が協調されている),行動生態学のフレーム,その有用性とリスク,社会生物学論争,特定研究「生物の適応戦略と社会構造」の意義などが,「開国」後10年の視点から整理されている.
 

第4部 ブックガイド

第4部は1992年,1988年に書かれた行動生態学関連のブックレビュー.私が行動生態学を勉強し始めた時期と重なり,利己的な遺伝子の初版とかクレブスとデイビスの教科書とかいろいろなつかしい本が紹介されている.
 

第5部 進化生態学の方法

第5部では,岸による1980年頃の論文が3本収められている.冒頭が行動生態学のフレームについて(集団遺伝学との関連,数理的解説),あとの2本が個別のトピックを扱ったもので,最適卵サイズについての数理的モデル,ハゼ類の性淘汰の多様性(性役割逆転)についてのもの.いずれも行動生態学受容初期の熱気が感じられる論文になっている.
 
 
本書は日本の生態学の行動生態学の受容に大きな役割を果たし,その後様々なイデオロギー的軋轢から学界を退出していった岸による当時の解説や論文を収めたもので,学説史的に大変興味深い本になっている.私自身にとっても行動生態学を学習し始める直前の状況が描かれており,いろいろと感慨深いところがある.なお当時の生態学界のイデオロギーが吹き荒れるなかでパワハラ,モラハラが跋扈するすさまじい様子については伊藤嘉昭伝「もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ」に収録された岸によるエッセイ「嘉昭さん,応答せよ」が詳しい.興味がある方はあわせて読むと良いだろう.
 

関連書籍

伊藤嘉昭を偲ぶ弟子たちの寄稿集.戦後の日本の生態学がいかにイデオロギーと個人的確執に満ちあふれたものだったかについての同時代的証言「嘉昭さん,応答せよ」が収められている.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20170509/1494292695

生態学者・伊藤嘉昭伝 もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ: 生態学者・伊藤嘉昭伝

生態学者・伊藤嘉昭伝 もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ: 生態学者・伊藤嘉昭伝

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 海游舎
  • 発売日: 2017/03/15
  • メディア: 単行本

Virtue Signaling その19


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: Cambrian Moon
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: Kindle版
 

第5エッセイ Googleメモ その3


このGoogleメモについてのQuilletteの記事では4人が寄稿しており,ミラーのほかは社会心理学者のリー・ジュシン,パーソナリティ心理学者のデイヴィッド・シュミット,セクシャル神経科学でPhDをとったサイエンスライターのデボラ・ソーになる.
 
quillette.com

 
ミラー以外の寄稿者のエッセイも面白い.

ジュシンのコメント
 

  • Googleメモの著者のダイバーシティに関するコメントは科学的に正しい.彼の主張は,「右派も左派も多様性をきちんと理解していない」「社会科学が示すこれに関するバイアスは多くの人が考えるより遙かに弱いものだ」「Googleにはこれらをオープンに議論することを抑圧する権威主義的雰囲気が横溢している」「その政策と抑圧的な雰囲気は生物学的認知的なリサーチの結果を無視している」というところにある
  • ここではこのメモをめぐってギズモードで生じた騒ぎについて論じよう.寄せられた多くの意見はまともな議論ではなく侮辱と中傷に過ぎない.60年代の中傷は相手のデモグラフィックなラベル(女性,アフリカ系など)を侮辱するものだった.今日の最もよくある中傷は.アファーマティブアクションや多様性などの問題について自分と何らかの意見を異にする相手を「性差別主義者」「人種差別主義者」「ホモ恐怖症」とラベル付けをするものだ.
  • ギズモードの炎上は最初のポストがメモをrant(わめきちらすこと)と決めつけたことから始まった.しかしメモはどう見てもわめき散らしているわけではなかった.多くのコメントに見られる傲岸さは,左派の自分の優秀性へのうぬぼれを体現しており,それこそまさに多くのまともな人々の怒りを買っているものだ.彼等はコメントする前にミルの「自由論」とジョナサン・ハイトの「社会はなぜ左と右にわかれるのか」を読むべきだ.

 
シュミットのコメント
 

  • メモの著者は私の性差リサーチも引用し,エビデンスに照らせばアファーマティブアクションは間違いだと論じている.そうかもしれないしそうでないかもしれない.説明しよう.
  • この問題についてオープンな態度で科学的に議論をすることは重要だ.パーソナリティ特性については平均的にあるレベルの性差があるという強いエビデンスがある.(詳細の説明がある)
  • しかしそれがGoogleのような仕事場でどう関係するかは私にはよくわからない.何らかの違いがあるにしてもパーソナリティ特徴の差のサイズは小さい.性別だけで議論するのは雑に過ぎる.
  • また配偶者選好や地位への志向についての性差もよく調べられている.そしてやはりほとんどの性差のサイズはそれほど大きくない.仕事における興味,個人的価値,いくつかの認知能力についての性差はこれらよりやや大きい.それでも全体の分散の中での性差のサイズは大きくない.これらもGoogleの仕事場で意味があるかどうかはわからない
  • 男女を明確に分けて区別するのではなく,科学的には性差は多元的に捉えるのが良いと考えている.

 

  • ここでアファーマティブアクションは男女を明確に分けて扱う政策だ.(本件に関しては専門家ではないが)私は以下のように考える.
  • これまでも女性に対してテクノロジーの仕事において多くの社会構造的な障壁があっただろうし,これからもあるだろう.障壁の中には文化的なジェンダーステレオタイプ,社会慣習のバイアス,(いくつかの文化では)明確な就職差別,ある程度の職場環境の男性志向などがあるだろう.これらの中でGoogleは有能な女性をテクノロジー職に就くように(アファーマティブアクションを含む政策を採って)勇気づけるべきだろうか.わたしはyesだと思う.
  • 同時に,我々は(仕事の成果に関連するかもしれない)真の心理学的な性差についてオープンに議論をしていくべきだろうか.私はこれについてもyesだと思う.

 
ソーのコメント
 

  • アカデミアのSTEM分野にいる女性として,私はメモが攻撃的だとか性差別的だとは感じなかった.メモはよく考えられたもので,意見の多様性についてのより大きな寛容を訴え,人々を性で括らずに個人として扱うように求めるものだ.
  • 神経科学の分野では(パーソナリティや職業選好の)性差はあると理解されている.それには何千ものエビデンスが積み上がっている.これはもはや論争にもならない.社会的影響のみが重要だと主張しても一笑に付されるだけだ.
  • 性差のリサーチャーは性差があるということが性差別に不可避に結びつくとは考えていない.(性差別に結びつくのは)一部の人々がそう解釈し,科学を否定し,その結果これをパブリックレベルで議論せざるを得なくなるからだ.そのような誤解の一部はメソドロジー的に問題があるにもかかわらず神経科学ジャーナルに掲載されることすらある.それが社会的にプログレシブだと判断されるからだろう.その結果一般の人々にとっては何を信用していいのかわからないという事態になっている.
  • どんなに炎上があろうと,押し返しがあろうと,私は真実を発言することが重要だと信じている.もし科学的真実を議論できないなら,それは一体どんな道に続くことになるのだろうか.

 

ソーのコメントはSTEM分野の女性としての本音だろう.シュミットは問題をアファーマティブアクションの是非に絞っていてやや狭い.ジュシンのコメントは徳シグナリングにもっとも関連するものだろう.左派の仲間内での徳シグナリングは多くのまともな人々の反発を買うというのは21世紀の大きな流れということになるだろうか.

Virtue Signaling その18


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: Cambrian Moon
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: Kindle版

第5エッセイ Googleメモ その2

 
ここからがQuilletteに寄稿された記事になる.
  

The Google Memo: Four Scientists Respond  Quillette Aug. 7 (2017)

 
quillette.com

 

  • ある匿名の男性エンジニアが最近「Googleのイデオロジカルな残響室(Googles Ideological Echo Chamber)」というメモを公表した.数時間後には膨大な数の激しい批判のコメントが寄せられ炎上した.そのほとんどはメモにあるエビデンスベースの議論を無視していた.
  • 多くのコメンテイターがメモの主張は間違いだと断定していたが,その中の誰1人として性淘汰理論,動物行動,性差リサーチを理解している者はいなかった.
  • 進化心理学など全く知らなかった何千ものジャーナリストやブロガーたちは,メモが出回ったあと一夜にして生物学的性差の存在をめぐる科学的知識の全体を批判できるだけの専門的知識があると主張するようになった.それはまるで映画の「マトリックス」でトリニティがB-212ヘリコプターを操縦するためのパイロットプログラムをダウンロードするのを見るようだった.全く素速い学習者たちだ!(Googleの新しいダイバーシティヴァイスプレジデントのダニエレ・ブラウンもこのメモについて「これは間違ったジェンダーへの思い込みを助長するものだ」として批判した.彼女のミシガン大学の法学士とミシガンビジネススクールのMBAは科学的リサーチを判断する資格を与えるものらしい)
  • 誰も聞いてくれないかもしれないが,私の見るところGoogleメモの実証的な主張は科学的に正確だ.そして注意深く感情を抑えて記述されている.その性差をめぐる主張は通文化的な大規模な科学的リサーチで支持されている.
  • 私は性差について少しはものを知っている.進化とヒトのセクシャリティについて大学で28年間教え,4冊の本,100を越える学術的論文を書き,190を越える講演を行い,50以上の科学雑誌の査読を行い,11人のPhD学生のメンターとなってきた.
  • このメモの書き手がこのトピックについてかなり学んでいることは明らかだ.私の心理学コースの院生であれば A- は付けられるだろう.メモの内容は性差についての科学的知見と整合的だ.(これに対してブランクスレート派のフェミニズムは科学というより政治的運動だ)

 

  • ここで私はメモが引き起こした論争からは一歩下がり,アメリカの企業文化に巣くっている「平等と多様性」ドグマが持つパラドクスに焦点を当てることにしよう.メモはこの矛盾を直接扱ってはいないが,メモの著者のGoogleのダイバーシティプログラムへの批判にこれは黙示的に含まれている.
  • このドグマは2つの前提がある.
  • (1)ヒトは性別や人種にかかわらず全く同じ心を持っている.その同じ心は正確に同じ特徴,才能,興味,動機を持つ:であるから,採用,昇進におけるどのような差異もシステマティックな性差別と人種差別が原因である.
  • (2)ヒトは性別や人種によって,全く異なった心,バックグラウンド,物事の見方,洞察を持つ.であるから企業は競争的であるためにはデモグラフィックな多様性を保たなければならない:デモグラフィックな多様性の欠如はグループ志向を好む近視眼的なマネジメントが原因である.

 

  • 明白な問題はこの2つの前提は真逆だということだ.
  • 性別や人種にかかわらず皆が同じ心を持っているのなら,それらは互いに置換可能であり,多様性が企業の競争力に関係するはずがない.(グループ内の性比を例にとって具体的な説明がある)
  • つまり(皆が同じ心を持っていると信じているにもかかわらず)ダイバーシティを推進する理由はプラグマティックな効率性ではなく,政府の規制にかかるコンプライアンス,広報部門における徳シグナリング,規範的倫理であるはずだ.
  • もちろん法的,広報的,倫理的理由は企業が何かするための良い理由ではある.しかし株主に対して企業がダイバーシティプログラムを法律や広報や倫理で正当化することはない.常に競争力が理由にされるのだ. 
  • 一方,多様性が企業に競争力のアドバンテージを与えるのなら,それは相互作用する心に重要な性差や人種差があるからに違いない.例えば心理的な多様性がチームにより良い意思決定をもたらすのなら,そこにはある程度以上の性差や人種差があるはずなのだ.そしてもしそうなら,(アファーマティブアクションや人種クオータ制なしで)企業内のすべてのチームすべての階層でデモグラフィックな平等性が達成されるはずはない.
  • つまり心理的互換性は多様性を無意味にする.しかし心理的差異は等価な結果を不可能にする.平等性と多様性は両立しない.
  • しかし奇妙なことに企業のすべての側面で等価な結果を主張する人が同時に多様性を推進しようとする.彼等にはドグマの前提に矛盾があることに気づいていない.なぜ彼等はこの矛盾に気づかないのだろうか.なぜ気づくためには進化心理学文献を読み込んだ男性エンジニアが必要になるのだろう.

 

  • 私はこれは古くからある「共感志向の心」と「システム志向の心」のトレードオフの問題ではないかと思っている.(これについては別のQuilletteの記事にも書いたことがある)
  • 人事部門やダイバーシティ推進グループの高い共感能力者たちは,ヒトの本性や社会についての一貫したエビデンスベースのモデルを作ることよりも女性や弱者の助けになることを優先している.そしてこのメモの著者のような高いシステム思考能力者は逆の優先順位を持っているのだ.実際に彼は明瞭に「共感から脱し,ダイバーシティを脱モラル化しよう」と主張し,「感情から解き放たれることで我々はより事実についての合理性を得られる」と議論している.彼は正しい.
  • しかし彼の行った最も重要な示唆は「ヒトの本性についての科学に対してオープンになろう」というものだ.彼はこう書いている「差異がすべて社会的に構築されたものや差別によるものではないことを一旦認めるなら,本当に問題を解決するために必要であるヒトについての正確な理解に対して目を見開くことができる」.この点でも彼は正しい.
  • もしアメリカの企業がグローバルマーケットにおいて競争的であり続けたいなら,彼等はリサーチに対してオープンになり,ブランクスレート幻想や「ジェンダーの社会的構築」ではなく性差の遺伝的進化についての真実に沿った政策を採るべきなのだ.
  • アメリカの企業は,もう1つ,有用なデモグラフィックの多様性はすべての採用や昇進における平等性を導かないことに対しても目を向けなければならない.平等か多様性かどちらかを選ばなければならないのだ.

 

  • 私の意見では,性差についてのよく確立されたリサーチ,そしてそれぞれの性が精妙な互いの補完性をもつことを前提にすれば,多くのビジネスのチーム,プロジェクト,部門において今よりもっと平等的な性比にすることは,純粋のビジネス的観点からも意味があるだろう.性差の進化心理学リサーチは仕事場の性のダイバーシティを進めていくもっとも良い理由の一つを提供する.そして同じく,それでも特定の仕事や企業や産業においてある程度の性差が残ることについてのもっとも良い理由も提供するのだ.

 
内容的には性差リサーチに詳しい進化心理学者の見解としてごく穏当なところだろう.ポイントは組織内のダイバーシティ推進はより優れた意思決定の観点からみて多くの場合は合理的で望ましいが,合理性基準はすべての場合の結果の平等を保証するものではないということだ.そして論争が生じたこと自体の原因について性差を示唆しているところはちょっと面白い.ただ期待して読んだ割にはあまり徳ディスプレイに焦点が当てられたエッセイにはなっていない.深読みすると,企業の広報やダイバーシティ推進チームが「平等性と多様性についての矛盾する前提」について自己欺瞞に陥っている一つの要因が自分のあるいは企業の徳ディスプレイの有効性を高めるため(相手に欺瞞性を気づかせないため)ということになるのだろう.

Virtue Signaling その17


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: Cambrian Moon
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: Kindle版
 
長大な論文が終了し,ここからは最近のエッセイになる.
 

第5エッセイ Googleメモ その1

 
冒頭の解説では社会正義の見せびらかし屋たちによる大学におけるフリースピーチ(言論の自由)の圧迫状況が採り上げられている.

  • 2017年の夏,私は全くむかついていた.アメリカは言論の自由からどんどん離れていく.2014年から2016年まで私は自分の大学の委員会で言論の自由のために戦っていた.しかしそれは徒労に終わった.
  • 私は「教育における人権擁護」団体や「異説アカデミー」の人々と共闘していた.しかし多くの左派の同僚たちは「『言論の自由』という概念は忘却された過去の家父長制の遺物であり,『自由』自体が性差別,人種差別,ファシズム,植民地主義を隠すためのブルジョワ的幻想だ」という論陣を張ったのだ.
  • 私は2017年の1月に大学側がこそこそとマイロ・ヤノプルスを我々のキャンパスで講演することから排除しようと動いているのを見た.私は大学側の弁護士が「public law 92-318は合衆国憲法の修正第1条に優先する」と主張したのを聞いた.
  • 私は2016年初頭からツイッターでアクティブに活動するようになり,社会正義戦士たちの文化が議論を乗っ取るのをしばしば目撃するようになった.しかし私はこのような検閲的な徳ディスプレイは主流のメディアやアカデミアでは制限的だろうと楽観していた.それがアメリカの企業文化を覆うようになるとは想像もしていなかった.特に地球でもっとも賢い人々により運営される最強の企業においてそんなことが生じるなんて考えもしていなかった.
  • 2017年7月,Googleメモが流布された.読者はそのストーリーを,そしてその狂気を覚えているだろう.
  • Quilletteは,言論の自由を擁護する姿勢と,徳ディスプレイされる正義の指摘に懐疑的なことで有名な前途有望なオンラインメディアだ.編集者のクレア・リーマンは,このGoogleメモ論争が基本的にシグナリングに関するものだと見破った.彼女は科学的性差について詳しい学者に意見を募った.私はその4人に選ばれ,書いたのがこのエッセイになる.

 
Googleメモとは2017年の7月に(当時)Googleのエンジニアだったジェイムズ・ダモアが公開したメモ「Google's Ideological Echo Chamber」で性差別的だと大騒ぎになったものだ.

このメモの全文はここにある.
Googles Ideological Echo Chamber

 
このメモの基本的内容は,Google社内は1種のイデオロギー的な残響室になっていて「生得的な認知的心理的性差は存在せず,何らかのグループで女性が50%に達していないのは性差別のためだ.これに対する反論は許さない」という状況であることをまず示し,これに対して実証的な事実(生得的な認知傾向,心理傾向に性差があるリサーチがあることなど)を提示し,状況を改善するためのいくつかの提案(例えばダイバーシティについてモラル的に語ることや保守を敵視することをやめてはどうかなど)を行っているものだ.
 
これはちょうどラリー・サマーズがハーバードの総長の辞任を迫られたこととよく似た事案になる.単に生得的性差の実在の問題ではなく,この問題を徳シグナリングの視点から考察するというのがこのエッセイの趣旨ということになる.
 
 
ポリコレとアイデンティティポリティクスによる大学における言論の自由の圧迫に関連する書籍としてはこの本が詳しい.

私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2019/04/04/172150

また性差とそれに関する論争についてはこの本がある.

私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20140313/1394710018

書評 「文化がヒトを進化させた」

文化がヒトを進化させた

文化がヒトを進化させた

本書は文化進化リサーチの第一人者の1人ジョセフ・ヘンリックによる一般向けの文化進化解説本だ.ヘンリックは元々航空宇宙工学のエンジニアだったが,人類進化に関する興味からロバート・ボイドのもとで文化進化のリサーチャーに転身したという経歴を持つ.本書は社会科学と生物科学の知見を総合して人類進化と文化進化を調べてきたヘンリックによる20年間の知見をまとめた本ということになる.原題は「The Secret of Our Success: How Culture Is Driving Human Evolution, Domesticating Our Species, and Making Us Smarter」
 

第1章 不可解な霊長類

 
まず生物としてのヒトの特徴が語られる.ヘンリックが特に強調するのは,ヒトが狩猟採集時代に生き抜いていくために非常に大きく文化に依存していることだ.このため文化取得に優れた個人が有利になり,文化と遺伝子の共進化過程が重要だと説く.そしてヒトの特徴として,脳容積,特徴的な生活史,優れた投擲能力,長距離を走る能力に加え,所属する共同体から学んだことを信じること,プレスティージに基づく社会的地位,社会規範を挙げ,これらは自己家畜化過程と文化依存の集団知性として説明できるとする.
 

第2章 それはヒトの知能にあらず

 
次になぜヒトは地上で優占種になりここまで繁栄しているのかが取り扱われる.それは道具,武器,住居,火などを利用できたこと,集団で協力できるような社会組織をもてたことによる.ではなぜそれらを獲得できたのか.
通常よくいわれるのは,因果推論や大きなワーキングメモリーなどによる一般的知性,領域特殊モジュール,そして向社会性だ.ヘンリックはしかしこれだけでは説明として不十分だという.文化として受け継がれてきた大量の情報こそが鍵なのだ.そしてそのためには社会的学習能力が重要になる.
ここでヘンリックは大型類人猿間での認知機能テストの結果を示している.ヒト(幼児),チンパンジー,オランウータン間で比較すると,空間認知,量概念,因果関係テストでは大差がない.しかし社会的学習だけはヒトの幼児が圧勝するのだ.またマッチングペニーゲーム(自分の手を読まれないことが勝利の鍵になる種類のゲーム)をやらせるとチンパンジーはナッシュ均衡的な選択(つまり選択のランダム化)をするが,ヒトはミスマッチャー(相手と異なる手を選ぶと勝てる立場)をプレーするのが苦手であることが浮かび上がる.これは強い模倣傾向が合理的振る舞いを阻害しているためだと考えられる.
 

第3章 遭難したヨーロッパ探検家たち

 
第3章ではヒトが文化に依存していることをよく示す例が逸話として上げられている.北極圏,オーストラリアの砂漠,フロリダからテキサスまでの海岸沿いで遭難したヨーロッパ人探検家たちがそこで生き抜くことができなかった例,現地住民と触れてその知恵と文化に触れて何とか凌いだ例が並べられている.
 

第4章 文化的な動物はいかにして作られたのか

 
第4章は文化が形成されていくプロセスを扱った理論章になる.文化は遺伝的進化産物である文化学習能力と共進化するというのがヘンリックの主張だ.その考え方の嚆矢となったボイドとリチャーソンの考え方を簡単に紹介し,これまでにリサーチされてきた文化学習能力領域の一覧が示されている.この文化学習能力の共進化仮説でポイントになるのは手本を探す模倣本能になる.では何がその手がかりになっているだろうか.著者たちはそれは成功実績(それを直接示す実験に加え発達心理学の社会的参照の知見も紹介している),信望バイアス,自分との類似性(ジェンダー,エスニシティ)バイアス,年齢バイアス,同調バイアスがあることを指摘し,それぞれそれを示すリサーチを紹介している.またここでは連鎖的自殺がこの模倣本能から説明できることを説明し,最後に心の理論の究極因はマキアベリ仮説的な他人を出し抜くことだけではなく,手本とする人間の目的等を推し量って学習能力を増大させることだったのではないか(文化的知性仮説)と主張している.

 

第5章 大きな脳は何のために

 
第5章では累積的文化進化について扱う.単純なモデルで概念を解説し,おそらく200万年頃前から文化が累積的に進化し始め,遺伝的進化の最大のドライブフォースになったのだと主張している.そしてそのようにして説明できる特徴を一覧表にして並べている.文化学習能力の向上(それによる脳の拡大,特異的発達過程)に加え,消化器(調理により負荷が減る*1),本質主義(カテゴリー化による帰納推論が文化学習に有利),生活史(知識を蓄える思春期,青年期の出現),規範心理などが提示されている.道具の使用に関する遺伝的進化については特に詳しく解説されており,精密把握能力,機能への関心,さらに狩猟に関して投擲能力,持続走行能力(さらに水容器の文化との共進化が示唆されている)が扱われている.
 
ヘンリックは第4章,第5章を通じて文化と遺伝子の共進化を強調するが,ここで扱われているのはヒューマンユニバーサルとしての文化獲得利用能力になる.特に文化内容との共進化ではなく,(もちろん累積的に文化が蓄積高度化し,獲得利用能力も高度化したということはあるが)単に文化を利用するための適応形質という説明でも十分ではないかというのが私の感想だ.
  

第6章 青い瞳の人がいるのはなぜか

 
第6章では前章で扱われた文化と共進化した遺伝的形質のうち特定文化との関連で遺伝子頻度が集団ごとに異なっているものが具体的に説明されている.北欧系の青い瞳(イヌイットのような魚と海洋動物中心の食事と異なり穀物食中心だったのでビタミンDが不足がちになりメラニンを減らす方向に淘汰がかかり,その際に選択された遺伝子HERC2が虹彩のメラニン色素も減らすタイプだった),稲作文化と飲み過ぎを防ぐアルコール分解酵素,酪農文化と乳糖耐性が例として上げられている,またここでは文化的婚後居住規定が遺伝子に与える影響(部族内のY染色体の多様度の影響),人種概念よりも文化的特徴の方がはるかに大きな遺伝的な差をもたらすことなども扱われている.
 
第6章で扱われているのは特定の文化内容と遺伝子の共進化で,これはここまでの2章の話とは異なっていて共進化が特に興味深くなりうる事象ということができるだろう.しかし例えば乳糖耐性の問題について考えると,文化側では一旦酪農が成立したあと乳糖耐性遺伝子頻度が増えたとしても,単に生の牛乳をよりよく飲むようになる以上の文化進化があったようには思えず,それほど興味深い共進化というわけでもないのではないかという気もするところだ.また婚後居住規範がY染色体上の遺伝子を通じて文化に応じた興味深い進化動態への影響を与えることは可能性としてあり得るだろうが実際のところどこまでそのような現象が観察できるのかとなると疑問だ.
 

第7章 信じて従う心の起源

 
ここでは文化と共進化したとされる(ヒューマンユニバーサルとしての)心はどのような特徴を持つのかが扱われている.それは文化の教えに忠実な心だ.淘汰を受け,累積的に進化した文化のコンテンツは個人の体験や思考の限界を超えて有用なことが多いからなぜそうするのかわからなくてもまず従うことが有利になる.その例としてキャッサバの毒抜き法,妊娠期の食のタブーの深い合理性,一見不可思議なトウモロコシの調理法が挙げられている.(自分の行動にははっきりとした理由がなければならないというのは西洋の社会規範に過ぎないとコメントされている)
ヘンリックはここでヒトの不合理なバイアスを文化が是正できるかという問題を扱っていて面白い.ヘンリックによると占いで狩り場の方向を選ぶのはランダム化戦略として有益だということになる.また持って生まれた本能的傾向を逸脱することが有利なら文化によりそれを乗り越えることがあるとして熱帯地方でのトウガラシへの嗜好の例を採り上げている.
理由がわからなくてもとにかく従うことが有利になるとするとヒトの「過剰模倣」傾向が説明できると主張し,実際に因果関係が不明な場合には年齢と共に過剰模倣傾向が上がると指摘している(社会的には逸脱者と見られないことが有利になることも背景にあるともコメントされている).
そしてヘンリックはイヌイットの北極圏への適応振りを説明し,ヒトの局所環境への適応には文化進化の影響が大きいと強調する.「文化進化は私たちより賢い(だから盲目的に従う方が良いことが多い)」というのが本章のポイントになる.
 

第8章 プレスティージとドミナンス

 
第4章で少し触れられた模倣の手本となるべき資質が本章のテーマになる.プレスティージは狩猟採集社会にも見られるが,これはヒトは優れた技能,知識,成功実績の持ち主に(模倣の手本として)惹かれ,(教えてもらうために)その手本に敬意を表することが自然淘汰として磨かれていった結果生まれたものであり,霊長類に古くからあるドミナンスとは異なるというのがヘンリックの強調点だ.ここからヘンリックは両者の違いを丁寧に解説していく.面白いのは,プレスティージを持つヒトは(ドミナンスと違って)あまりディスプレイしないこと,低位者の態度も全く異なること,気前の良さはプレスティージと深く関連していることだ.
ここでゾウやシャチのような知能が高く長寿の動物には文化,模倣,そしてプレスティージのようなものがあること,現代の制度もこの両者が組み合わさっていることが多いことも解説されている.
 

第9章 姻戚,近親相姦のタブー,儀式

 
第9章から第11章に渡って,「ヒトの協力行動は血縁淘汰と互恵性だけでは説明不足であり,社会規範と自己家畜化の説明が重要だ」という主張が展開される.
 
まず最初に文化進化ゲーム理論から社会規範の出現が導かれること,罰を通じたその社会規範の威力,一旦成立した規範の頑健性が説明される.この際に特定のグループにのみ有利な規範が成立するのを妨げるには,当事者以外の第3者を引き込むことと状況や人間関係に関するモデルを提示することが重要だとコメントされている.
ここから社会規範の実例として親族関係に関するルールが解説される.つがい形成本能を律し強化する社会規範として共同体を巻き込んだ結婚制度が生じ,そこから姻戚関係,親族関係ネットワーク規範が生まれる.この規範群により,(子どもと父方親族との絆を強化することで)父親は面倒見が良くなるように強いられ,共同体全体で妻のセックスや恋愛を監視するようになる.(これらの効果についての文化差も説明されている)さらに親族関係規範は近親相姦忌避心理とあいまって文化ごとの婚姻禁止規範を生む.さらに具体例として狩猟採集民の結婚規範と親族規範,そこから生まれる肉の分配ルール,心理効果の高い儀式のあり方が,干魃や戦争などの際の有効性という視点から解説されている.
ヘンリックはヒトの共同体を作っているのは文化進化によって生まれた社会規範であり,ヒトの協力傾向の大きな部分はこれで説明できると主張している.
 

第10章 文化進化を方向付けた集団間競争

  
ヘンリックは本章で集団間競争を通じた文化進化を強調する.ここで集団間競争がないと,個々人が制度の抜け穴を探すような行動が押さえられないが,異なる規範を持つ集団間での戦争などの競争があるなら向社会的な規範を持つ部族が有利になるという形で協力的な文化への文化進化が生じると主張する.そしてまず狩猟採集社会で集団間の戦争の頻度が高かったことを指摘し,また戦争以外の要因として成功した集団文化がプレスティージを持ち模倣されやすくなることを挙げている.
ここではニューギニア,オーストラリア,イヌイットなどの狩猟採集民の(集団間競争がある中での)特定部族文化が周辺に拡大していったいくつか具体例があげられており,その詳細はいろいろ興味深い.
 
 

第11章 自己家畜化

 
ヘンリックは前章で見た集団間競争が,社会規範,慣行,世評,懲罰などのあり方を介してヒトの遺伝的進化を方向付けてきたと主張し,これを「自己家畜化」と呼んでいる.
最初に幼児がその場の規範を推測し,それに従おうとする強い傾向を持っていること(規範の内面化,規範心理)を示し,これは「部族規範に従う」ように報酬と懲罰により家畜化された結果だと説明する.
ここでヘンリックは最後通牒ゲームや独裁者ゲームに見られる参加者の半額程度の提示傾向を文化進化により生まれた平等分配規範から説明している.またここでは様々な文化の差による提示額の違い,回答までの時間制限の影響,経済的意思決定と規範心理の関係なども考察されていてなかなか面白い*2
  
ヘンリックはここから規範の内面化が進化した理由(動機付けが内面化されている方が危険な落とし穴にはまることや目先の誘惑に負けることを避けられ,思考力や注意力を節約できるから)を説明し,規範違反を容易に見つけられるようになったこと,羞恥心,個人を評価する基本的な心理,危害のリスク,公正さや地位の判断のデフォルト設定が文化と遺伝子の共進化過程で生じたと主張している.
続いてヘンリックは適切な社会規範を学ぶために言語などの民族マーカーを利用して自集団成員を見分けようとする傾向(人々をステレオタイプ化した型として捉えようとする民族社会的能力)が生じ,これが規範心理と深く絡み合った結果,特定のタイプの内集団ひいきを生みだし*3,宗教や国家は擬似民族を作ることによりこれを利用するようになったのだと指摘している.
  
最後にヘンリックは向社会性の進化について集団間競争の中での戦争の重要性を強調している.ロシア侵攻を受けたジョージア,長期にわたる内戦があったシエラレオネでのアンケート調査から戦争の体験が向社会性の発達に最も大きな影響を及ぼすのは7歳から20歳ぐらいであることがわかったとし,これを文化進化に結びつけている.しかしこれは条件付き戦略セットの中で社会条件のインプット臨界期がその時期にあるというユニバーサルだという解釈も十分成り立つように思われる.
 
 
ヘンリックは9章から11章の議論でヒトの向社会性,利他性の進化においては遺伝子と文化の共進化,特に社会規範の成立とそれに従う心が重要だと議論している.これは8章までの議論の応用編という位置づけに見える.ではこの議論は説得的だろうか.私にはかなり強引な主張に思われる.

  • まずヘンリックの議論の基本線は「集団間の競争,特に戦争により社会規範は向社会的なものに進化しやすい.そしてヒトは(罰の内面化を含む)規範に従おうとする心を進化させているのでこれにより(血縁淘汰や互恵性だけでは説明できない)向社会性が説明できる.実際に狩猟採集社会ではドミナントな個人による支配を避けるような違反者に対して罰のある平等主義的な社会規範が見られる」というところにあるだろう.(親族関係に関する規範についても詳しく述べられているが,向社会性との関係は今ひとつはっきりしないと思う)
  • これは基本的にはヒューマンユニバーサルなモジュール的な部分の議論だとみてよいように思う.文化差も採り上げられているが,様々な文化があり得る環境の中での条件付きの戦略セットとしてのヒューマンユニバーサルと解釈可能だろう.(様々なゲームの選択の文化差はそう解釈可能であり,7〜20歳時の戦争体験が向社会性の発達に最も大きな影響を及ぼすという知見も条件付き戦略セットの中で社会条件のインプット臨界期がそのあたりにあると解釈可能であると思う)
  • しかし狩猟採集に見られる平等主義文化が本当に戦争に勝つために有効だったかどうかの吟味はない.あるいはドミナントな支配者による訓練された規律ある軍隊の方が有効ではないかということについて考察されていない.
  • またヘンリック自体(集団間競争が必要だと説明するところで)「個々人は制度の抜け穴を探す」と社会規範や制度,そして自己家畜化の限界を認めている.であれば議論は(規範の頑健性が進化動態に影響するにしても)結局集団内淘汰を覆すだけの集団間淘汰の条件が必要ということになってしまうだろうが,それを考察している様子はない.
  • ヘンリックは「匿名教示があるから評判による間接互恵ではあり得ない」と簡単に間接互恵性の代替説明を棄却しているが,単純な匿名教示を信じることがEEAでどのような不利益をもたらすかを考えるとそんな単純な話ではあり得ないと思われ,ナイーブな解釈だといわざるを得ない.また間接互恵性だけではなく性淘汰や同盟相手の選択を通じた社会淘汰(プレスティージを考察するならこれは重要ではないだろうか)についてもあまり真剣に検討している様子はない.
  • 私の感想は規範とそれをどう扱うかという心理傾向は確かに利他性の進化動態に影響を与えるだろうが,究極因としての説明は全く別に必要ではないかというものだ.

 
 

第12章 ヒトの集団脳

 
第12章では「自己家畜化」と並ぶヘンリックの主張のの基本コンセプト「集団知性」が解説される.
規範を持つ社会でヒトの脳は進化し,社会性を持ち他者から学ぶことにより高度な技術や適応的な知恵が蓄積される.ヘンリックはその結果得られたのが集団的知性だという.そしてその狩猟採集社会での具体例を第3章と同じように示したのち,この蓄積に必要なのは集団の規模とメンバーの社会的つながりだと説明する.
ここではどのようなネットワークが累積的な文化進化に有利であるのかが実験結果と共に説明されている.また集団規模については太平洋の島々の人口規模と文化の複雑さの相関を示し,蓄積のための閾値があると主張し,タスマニアの文化退行事例を詳しく解説し,さらに様々な実験の結果が提示されている.またネアンデルタールに比べたサピエンスの有利さは集団知性のところにあったのではないかとも主張されている.ここはヘンリックがかなり力を入れてリサーチしているトピックでもあり,なかなか充実している.
 

第13章 ルールを伴うコミュニケーションツール

 
累積的文化進化による集団知性は認知ツールも作り出せる.その最たるものが言語ということになる.ヘンリックは言語だけ見るのではなくそれを中心において道具,習慣,規範などが相乗作用を起こしていることを見るべきだと主張している.
ここから文化進化としてみた言語が詳しく解説される.基本的には言語は習得しやすくなるように進化し,進化動態には集団の規模やネットワークが影響する.トピックとしては身振り言語などのプロト言語,音響環境や社会規範が言語進化に与える影響,語彙サイズ,音素数,文法の複雑さの進化,言語と道具,習慣,制度との共進化,それらを習得するための脳の進化などが扱われている.
また最後に言語だけで協力の問題は解決できないとコメントされ,嘘による操作,嘘を見破るための手がかりにかかる進化などを考察している.少し面白いところだ.
 

第14章 脳の文化的適応と名誉ホルモン

 
第14章は(遺伝的進化ではなく)発達的な文化への適応が扱われる.
まずヘンリックはどのような異性を魅力的に感じるか,ワインや音楽の好みは文化的な影響が大きいと主張する.そしてロンドンタクシーの運転手の海馬の発達,アメリカ南部の名誉の文化とホルモン,プラセボ効果などが解説されている.
 
詳細はいろいろ楽しい.確かに文化はいろいろ個人に発達的影響を与えるだろう.ただ配偶選好についてはユニバーサルな傾向があって,文化的環境はそのディスプレイ方法の違いに関係していると考える方がいいのではないかと思う.
 

第15章 人類がルビコン川を渡ったのはいつか

 
第15章ではここまで語られた進化が生じたのはいつかが扱われる.
まずチンパンジーとの分岐以降の累積的文化進化の考古学的な証拠が整理される.ヘンリックは様々な証拠(強大な顎と歯を持つ頑丈型の登場,オルドワン石器の長期的停滞など)からアウストラロピテクスは累積的文化進化の境界線上を行きつ戻りつしていたのだろうと推測する.エレクトゥス以降投擲能力の向上,長距離追跡型狩猟がみられるようになり,考古学的にも石器が少しずつ改善されており,ところどころで累積型文化進化が見られるようになる.ハイデルベルジェンシスに入ってさらにこの傾向は増すが,結局永続的な累積が見られるようになるのはサピエンス以降だとしている.
 

第16章 なぜ私たち人類なのか?

 
ではなぜヒトにおいてだけ累積的文化進化が生じたのか.ヘンリックは最初に文化が蓄積し始める「始動時」の障壁が高いと指摘し,ヒトでのみそこを乗り越えた理由を考察する.ヘンリックは実に多様な要因を組み合わせて考察しており,その全体像は複雑だが,基本的には捕食圧による群れサイズの増大,気候変動の増大,つがい形成と血縁関係の輪の拡大,アロマザリングなどの社会的育児がキーになっていると考えているようだ.つがい形成や血縁認識の淘汰圧の詳細にはやや違和感がある記述もないではないが,なかなか大きな構図になっている.ヘンリックはこれまでのよくある解説「脳の進化があるとき臨界を突破して文化を持つようになった」という考え方を批判し,制度,技術,言語,心理バイアス,認知能力すべてが絡み合いながら進化していったことが重要だと強調している.
 

第17章 新しいタイプの動物

最終章では本書の議論が持つインプリケーションが語られる.
ヘンリックはこのような文化進化が現在も進行中であることをまず指摘する.そして本書の全体の議論の概要を繰り返した後,制度や慣行を理解するにはその文化進化過程が重要であること,知識や技術の複雑性が一定の閾値を超えると専門分化化が進むこと,さらなる向社会的な規範を含む有益な文化進化のためには大きなネットワーク,自由な意見表明と議論,協力関係と試行錯誤が重要であること,心理学や歴史学も文化進化の視点を加えて書き換えられていくべきであることなどについてコメントしている.
 
 
本書は文化進化リサーチの第一人者ヘンリックによる一般向けの総説書であり,特に累積的文化進化の態様や条件について非常に詳しく描かれている.私的には遺伝子との共進化を強調しすぎなところ(特に遺伝的進化のユニバーサルと文化依存的な部分をきちんと区別していないところ),利他性の進化について文化との共進化を強調する割には考察が甘いこと,ミームというフレームについて全く言及がないところがやや不満だが,それでも累積的文化進化の詳細については得られるところの大変多い本だった.全体として文化進化について興味があるならまず読むべき本の一つであり,大変充実した一冊だと評価できるだろう.
 
 
関連書籍
 
 
原書

The Secret of Our Success: How Culture Is Driving Human Evolution, Domesticating Our Species, and Making Us Smarter (English Edition)

The Secret of Our Success: How Culture Is Driving Human Evolution, Domesticating Our Species, and Making Us Smarter (English Edition)

  • 作者:Joseph Henrich
  • 出版社/メーカー: Princeton University Press
  • 発売日: 2015/10/27
  • メディア: Kindle版
 

文化進化リサーチについての総説書.文化進化の動態の理論的分析フレーム(伝達様式の数理化と系統学の応用)について詳しい.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20160614/1465901048

文化進化論:ダーウィン進化論は文化を説明できるか

文化進化論:ダーウィン進化論は文化を説明できるか

 
 
デネットによる意識についての一冊.ミーム論の一時の退潮に対して復活を訴える内容が含まれている.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2018/11/06/104020
心の進化を解明する――バクテリアからバッハへ

心の進化を解明する――バクテリアからバッハへ

 
 
ヒトの利他性の進化を遺伝子と文化の共進化と集団間競争(戦争)から説明しようとする本で最も重要な一冊.私の評価はその説明には成功していないというものになる.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20180314/1520983936

 

*1:調理に関しては火起こしの方法探索への心理的メカニズムにまで言及されている

*2:赤信号で長く待つ人ほど独裁者ゲームでは半額を提示し,公共財ゲームではより多くを寄付し,最後通牒ゲームでは低い提示額を拒否するそうだ

*3:内集団ひいきがどの程度強く生じるのかについてはそれが(擬似)民族的な集団かどうかが大きく影響するとコメントしている