「嫌悪の進化と社会の問題」 コンシリエンス学会第2回研究会

peatix.com
 
標記の第2回研究会がオンラインで開かれたので参加してきた.発表者は進化生態学者の深野祐也.テーマは「嫌悪の進化と社会の問題:虫嫌いから差別まで」となる.この虫嫌いの進化心理学リサーチはプレスリリースが一時話題になったもので,あらためて研究者から直々にきちんと聞けるのはうれしいところだ.
 
www.a.u-tokyo.ac.jp
 

嫌悪の進化と社会の問題 深野祐也

 
冒頭に自己紹介.福岡県出身で,東京農工大農学部から九州大の理学部の院に進み,現在東京大学大学院農学生命科学研究科生態調和農学機構に所属.専門は生態学,進化生態学で外来種の急速な進化や生態学を農業に応用するような研究を主としているとのこと.ヒトについては動物園や動物のアニメ*1が保全にどう役立ちうるかなどを調べた.その際にヒトにはさまざまな動植物への好みがあることがわかり,それがなぜなのかに興味を持ち,今回の虫嫌いの研究につながったとのこと.
 

はじめに
  • 本日は嫌悪の進化心理学,嫌悪と虫嫌い,嫌悪と偏見・虐殺の3つのテーマを話したい.
  • 後半の話は進化心理学の応用のような話になるが,事実から価値は導けないことははっきり言っておきたい.しかし外側で社会のコンセンサスがある目標があるなら,それに向かって何ができるかのアイデアを示すことができるということだ.ここに明確なルールがあるのかについては個人的にも知りたいところだ.ナッジとゲッペルスの違いは何なのかということは気になる.
  • 進化適応の話はある意味分かりやすすぎるので,一般向けに話すときには慎重になるべきだが,本日はこのような場なので,ストレートに話すこととしたい.

 

嫌悪の進化心理学

 

  • 私たちの基本的感情は.驚き,恐怖,嫌悪,怒り,喜び,悲しみに大きくわけられるとされている.そしてこれらを感じるときの表情が文化に依存しないユニバーサルなものであることがわかっている.これらは生得的なものであり,それぞれに機能があると考えられる.本日はこの中で不快な感情である嫌悪と恐怖を扱う.
  • 恐怖は捕食獣の接近など身体的なリスクへの対処という機能があるとされる.これを引き起こすキューは,大型獣,怒っている顔,暗闇,蛇などだ.恐怖を感じると生理的に逃走や闘争への準備の状態になる.
  • 嫌悪は日常語でいう「キモイ」という感情だ.そしてこれは感染症への対処という機能があるとされる.嫌悪は感染症リスクのある行動を避けることにつながる.これは行動免疫とも呼ばれる.これを引き起こすキューは死体,体液,腐敗した食物など病原体と関連するものだ.
  • そして嫌悪の感受性は感染リスクにより変わることが知られている.たとえば女性の場合,妊娠初期や排卵期には嫌悪を感じやすくなる.免疫抑制剤を使用中にも感じやすくなるという報告がある.また感受性はそのリスクある行動のメリットによっても変わる.非常におなかが空いているときには食物への嫌悪感は減る.
  • これらを測定したリサーチがある.エクアドルの3つのコミュニティの調査で免疫マーカーと嫌悪感を調べたところ,免疫の強さと嫌悪感の感受性には負の相関があった.
  • 何が嫌悪の対象になるかは,生得的な要素だけでなく,学習の要素もある.学習は個人の学習だけでなく周りの影響を受ける.また嫌悪対象に触れたものも嫌悪対象となる.これは伝染の法則として知られ,病原体が目に見えずに接触で移りうることを考えると機能的な説明と整合的だ.
  • また嫌悪の機能は感染症対処だけでなく,非適応的性行動(血縁者との性交など)の抑制,非道徳的な行動の抑制にもあると考えられている.

 

嫌悪と虫嫌い

 

  • なぜ現代社会では虫嫌いが増えているのだろうか.
  • 虫嫌いは基本的に恐怖ではなく嫌悪だと考えられる.ネズミ,クモ,ゴキブリ,ウジ,カタツムリ,ナメクジ嫌いと昆虫嫌いは相関し,サメやライオンへの恐怖と昆虫嫌いは相関していない.また感染症抑制機能との整合性も,ハエ,ウジ,ゴキブリは病原体を運びうるし,ムカデやナメクジは暗くて多湿な環境でよく見られ,これも感染症と相関すると考えられる.また昆虫嫌いには伝染の法則も当てはまる.
  • しかし現代社会の虫嫌いはバッタやカマキリなどの感染症と関連しない昆虫も含まれている.これをどう考えるかがポイントになる.1つのヒントは都市化によって虫が減っているということだが,それは哺乳類や鳥でも同じだ.
  • ここで2つのルートで現代の虫嫌いが生じているという仮説を立てた.1つ目のルートは都市に適応した虫が家の中に侵入し,室内で虫を見ることが感染リスクキューとして作用するというもの,2つ目のルートは自然に触れることが少なくなり虫の知識が下がり,エラーマネジメントセオリーにいうリスク側への認知の偏りとあわせて,すべての虫を感染リスクキューに認知するようになったというものだ.
  • これを検証するために,都会で室内で虫に多く出会っているか,室内で出会った虫を嫌うか,都会で虫の知識が下がっているか*2,知識の低い人ほど虫嫌いかをオンラインアンケートで調べた.結果は4つとも仮説通りだった.このことからこの2つのルートで現代の虫嫌いが生じていると考えられる.

 

  • 次はこれを緩和するにはどうしたらいいかということになるが,ここでそもそも緩和すべきかということについて考えてみよう.事実から価値は導けないので,社会として虫嫌いを減らしたほうがいいかを考えておくべきことになる.私は生物多様性の維持にとって昆虫の多様性は重要で,現状は保全努力の小さい割合しか昆虫に割かれていないことから,この割合をあげるほうが望ましいと考えている.そのためには虫嫌いは緩和したほうがいいということになる.またもう1つ,虫嫌いは昆虫恐怖症に結びつき,これは当人にとってもデメリットであり,緩和が望ましいということがある.
  • 緩和のためにはいくつかのアイデアがある.1つは虫と嫌悪キューとの分離だ.室内,皮膚,食べ物の上の虫を減らすといいだろう.また屋外で虫と積極的に出会わせるという方法もいい.そして虫の知識を増やすことも重要だ.また嫌悪は社会的学習が効いているので,子供に親や周囲の人が虫への嫌悪感を出さないことも有効だろう.今後実験的に調べていきたいと思っている.

 

嫌悪と偏見・虐殺

 

偏見の進化心理学

 

  • 偏見とは何か.特定の集団への固定的な見方とされることが多い.ダキット(1992)では偏見を理解するための適切な一般理論や統合的フレームワークは存在しないと書かれている.しかしその後に出たパークの応用進化心理学の論文(2012)では,より根本的な疑問に答えるためには新しい足場が必要であり,進化心理学はそれを提供すると書かれている.進化心理学はこのような問題を体系的に理解し,検証可能な予測を立てることができるということだ.

 

 

  • 偏見を進化的な由来から分類してみると,身体的な暴力が引き起こす恐怖からの偏見と,感染症に関連する嫌悪が引き起こす偏見がある.メキシコ系についての偏見は前者で,ゲイについての偏見は後者だとするリサーチがある.

 

  • 恐怖からの偏見
  • 進化環境では外集団メンバーからの攻撃リスクが高かっただろう.外集団に対してはこの偏見が引き起こされやすい.人種をキーにして検証したリサーチ*3がある.
  • 身体的な安全についてのリスクがこの偏見の起こりやすさに影響する.暗闇について調べたリサーチがある.

 

  • 嫌悪からの偏見
  • 外集団だけでなく集団内のメンバーにも働く.感染リスクは内部メンバーからのものもあるからだと説明できる.
  • 関連キューを避ける反応があり,それはすべて避けようとする.これが異なる見た目の人への偏見を生む.写真を加工して不自然にした刺激,老人(見た目が感染症に近い,免疫が弱くて感染リスクが高いことから説明できる)*4,肥満(本来感染症とは関連ないが,普通と異なる見た目をすべて避ける効果と考えられる)について嫌悪が生じやすいことを調べたリサーチがある.

 

  • より深刻な問題:外集団への嫌悪からの偏見
  • 外集団への偏見に感染症嫌悪がかかわっている証拠は数多くある.たとえば感染症リスクの高い妊娠初期には内集団を好む外集団への偏見が高まる.感染症映像を見せられると知らない外国人への投資意欲が下がる.などの知見が報告されている.
  • なぜか.仮説1:外集団が感染症を持ち込むから.仮説2:外集団は感染症対策として不適当な文化規範を持ち込むから.
  • この2つのどちらかが効いているかを調べたリサーチがいくつかある.移民へ嫌悪は接触程度よりも文化的同化程度の方が相関するというもの,アンケート調査によると感染症ストレスと集団間障壁意識の相関はあまりなく,文化規範的伝統主義との相関の方が強いというものがある.これらは外集団嫌悪は文化規範の持ち込みが関連しているということを示唆している.

 

  • また別のリサーチで経済的脅威は嫌悪からの偏見ではなく怒りからの偏見を生み出すことが示唆されている.

 

  • これらのリサーチは実験的な感染症キューで外集団嫌悪が高まることを示唆している.
  • 目下の新型コロナの流行は外集団嫌悪に波及するのかというのは気になるところになる.
  • これに関連して最近ちょっと驚いたのは,進化心理学者のグループが今回の新型コロナに対して提言を行っていて,そこには一般市民の感染予防対応を改善させるためには感染症キューを示すのが有効だ(それにより嫌悪感のシステムが活性化されガイドライン遵守しやすくなる)としていることだ.(もちろん彼らはこの方法の欠点として道徳的な感情に悪影響を与える可能性があることを指摘しているが)偏見をあおりかねない部分もあって大丈夫かなという気がしている.

www.pnas.org

  • おそらく現在のコロナ禍の状況で,人々は感染症リスクに敏感になっているはずだ.これに関連して感染脆弱意識と外集団(中国人)への嫌悪感の関連を比較したリサーチがある.コロナ禍初期のアメリカでのアンケート調査によると感染を心配する人ほど中国人への嫌悪感が強かった.コロナ禍前と比較しているわけではないのが残念だが,示唆的だ.

 

最も残酷な嫌悪の役割:虐殺の促進

 

  • 虐殺は嫌悪と関連していることが示されている.これに機能があると考える人もいる.ピンカーが報復を避けるために皆殺しが有効だったのではないかという示唆をしている.

 

  • しかし感染症を避けるための偏見とは異なるところもある.特に虐殺の場合には積極的な攻撃が見られるところが異なる.
  • 嫌悪キューは虐殺や戦争において重要な役割をになってきた.敵や虐殺対象をネズミや害虫に見立てるのは第二次世界大戦時だけ見てもナチスドイツ,アメリカ,日本ともに用いている(ポスターが示される).これらは「非人間化」と呼ばれる.
  • 嫌悪が非人間化を促進するのかについてもリサーチされている.潜在連合で「動物」と外集団の関連を調べる.嫌悪キューを見せられると動物と外集団の関連が強くなる. 
  • 私見では「非人間化が外集団への偏見を促進する」と考えるのではなく,非人間化は嫌悪を促進する1つの括りであり,嫌悪キューに使われたのが害虫だと見たほうがいいと思う.というのは非人間化では普通の動物は使われずに,衛生害虫や家畜やネズミのようなもののみ使われるかだ.
  • なぜ嫌悪感が虐殺に有効なのか.1つは伝染の法則があるから.接したもの,場所すべて浄化したくなる.だから子供も殺せる(恐怖や怒りでは難しい).
  • 多分感染症対策としての機能ではない.相手集団をすべて殺したから感染が減るとは思えない.むしろ(1)権力者に操作されている可能性,(2)まず虐殺しようという意思があり,その場合に嫌悪があったほうが有効だった可能性があるのではないか.後者であれば,嫌悪の第4の機能ということになる.

 

  • では応用として偏見や差別を減らすことができるかを考えてみよう.
  • そこで重要なのは偏見のキューは生得的かという問題.
  • 人種は生得的キューではないだろう.というのは進化環境での外集団は皆同じような見た目をしている人たちだったから.これを示す有名な実験もある.
  • さまざまな情報を学習して内集団外集団をダイナミックに区別していたはず.であれば介入によって偏見や差別を減らせるだろう.
  • 最後に面白いSFとして伊藤計劃の「虐殺器官」を紹介しておきたい.これは「虐殺の文法」を使って世界中に虐殺を誘引する物語.このSFにあるような虐殺の文法はないが,虐殺の単語はあるかもしれない.Twitterでトルコ系とクルド系で罵り合いがあった場面を分析したリサーチによると動物化,非人間化や女性差別関連用語が多かった.であればそのような嫌悪感連ワードを使って危険を定量的に評価し,対処できるかもしれない.

 

最後に

 

  • 進化的観点は異分野をつなぐ背骨になることができる.研究としても面白いし,社会への還元も期待できる.
  • ただし社会に応用するには(過去にいろいろあったこともあり)慎重に行う必要があるとも考えている.平たくいうとゲッペルスにはなりたくないということだ.

 

Q&A

この後質疑応答となった

  • Q:虫による違いは感染症でどこまで説明できるか
  • A:感染症リスクより室内で見るか,文化であおられているかが大きいと思う.(大きさは?と更問)虫の形質は分析していない.しかし小さなアリも室内では嫌悪感は強い.確かに大きいとびっくりするのはある.今後の面白いテーマかもしれない.慣れの問題もある.カブトムシは室内でも変わらない.イヌやネコに嫌悪しないのもそういう問題かもしれない.昆虫食のある地域でも,実際に食べているかどうかでよく似た虫でも全然扱いが異なる.ハムスターとドブネズミの違いに似ている.
  • Q:文化規範はどの程度まで感染リスクとからむのか.
  • A:「ほんとか?」と思っている.進化環境では隣の文化も同じような環境で,しきたりも少し違うだけではないかと思っている.この手の話は検証が難しい.

 

  • Q:内集団外集団の区別なく虐殺を行った例はあるのか 
  • A:集団カテゴリーは可変的相対的なものなので,何らかの区別はあったのだろうと思う.

このほか自然主義的誤謬と自然科学から導く倫理的基盤がありうるのかという問題,虐殺の適応価,なぜゴキブリはここまで嫌われるのか,フランスにおけるジプシー,中東系(イスラム系)差別の実態などが議論されていた.
 
 

なかなか興味深い内容だった.虫嫌いのリサーチは面白い.室内の虫と虫の知識不足が鍵になっているのはなるほどという気がする.嫌悪と偏見の部分は総説論文的で大変参考になった.特に外集団嫌悪が感染リスクそのものではなく,文化規範の部分にあるというのは興味深い.だとすると感染ではなく道徳の問題と考えたほうがよくはないかというのが素朴な感想だ.

また虐殺についてピンカーが皆殺しによる報復リスク抑制適応を説いているという話だったが,「暴力の人類史」における記述はそう単純な議論ではなかったような気がする.まずカテゴリー化の心理があり,そこに皆殺しのリソース獲得に置ける有利性,他グループに対する威嚇として機能,(相手グループの)そのような恐怖に対する先制攻撃としての有利性,報復されるリスクの抑制が加わり,最後にモラルと結びつくというような議論であり,報復の部分は適応の1つの可能性というような主張だったと思う.
 
進化心理学者の提言について確かに問題含みだが,結局感染症蔓延リスクの大きさとのトレードオフであり,これが書かれたときの欧米の状況はそれほど深刻だったということではないかと思う.

 

*1:けものフレンズなどが扱われているらしい

*2:虫の知識クイズが使われていて,なかなか難しい問題もあって面白かった

*3:電気ショックと人種の写真を組み合わせて恐怖を条件づけてそれがどのぐらい消去されやすいかを調べたもの

*4:ただしこのリサーチではアジア系では効果がなくヨーロッパ系のみで効果があり,やや怪しいとのこと

Animal Behavior 11th edition Chapter 14 その4

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第14章 ヒトの行動 その4

 
言語の適応価は何か.まず言語がどんな役に立つのだけではなく,そのコスト(脳の代謝コスト,だましや操作に使われる可能性)を考えなければならないという前置きに続いて,2つの仮説が解説されている.これはさまざまな言語の適応価の考え方のごく一部に過ぎない.おそらく情報伝達自体の有用性という説明以外で著者がある程度信憑性があると考えているものを選んでいるの妥当と思われる.
 

社会的グループの形成
  • 鳥のさえずりの方言と同じようにヒトの言語にも地域性(別言語や方言)がある.これを生むメカニズムも共通だろう.言語やさえずりパターン獲得には学習プロセスが必要であり,それはたまたま生じた変異を別個体に獲得させ,それが地域ごとに蓄積していくのだ.
  • このようにして別言語になる前段階でも,方言は発話者のアイデンティティ(特定グループの所属)を示すバッチとして機能し,協力促進効果があったかもしれない.このような考えに基づく「所属機能仮説」は,言語は社会グループの形成に決定的だったと主張する.
  • なんらかの集団に属したいという動機は非常に強いので,人々は無意識のうちに周りの人の話し方を(同じ方言を話しているかどうかにかかわらず)真似るようになる.実際に私たちは唯一の手がかりが唇の動きだけだったとしても方言を真似ることができる.(実験結果が紹介されている)

 
最初に取り上げられているのは言語の適応価そのものについての仮説ではなく,言語の分岐しやすさ,方言についての適応的な仮説ということになる.この集団所属のバッチとしての方言や仲間内の隠語やジャーゴンの機能はしばしば触れられているところだ.ただ前置きでコストを考えなければならないとしながら,この仮説についてのコスト面のコメントがないのはやや整合性がないような気もするところだ.
 

言葉によるコートシップ(求愛)
  • ジェフリー・ミラーはまた別の言語の適応的機能があることを主張している.彼は言語の進化やその他多くのヒトの行動についての性淘汰の役割を強調していることで知られている.ミラーは言語スキルは「言葉によるコートシップ」において重要だと指摘する.
  • ミラーによる「性淘汰仮説」によると,男性は女性に対して自分がいかに言語的スキルに優れているかを(他の男性と競争して)ディスプレイする.これは女性に自分の配偶価値(のある部分)を示しているもので,それはいかに言語を,創造的に,楽しく,女性が喜ぶように使えるかにより示される.つまり言語は(ちょうどゴクラクチョウの鮮やかな羽と同じように),女性がより高度の言語的スキルを持つ男性を選ぶことにより,高度化複雑化したと主張する.
  • もちろん(性淘汰仮説が正しいなら単純に予測されるように)男性が女性と異なる言語的能力を持っているという証拠はない.あるいは女性が男性の言語スキルを評価できる能力にかかった淘汰圧が男性にかかった淘汰圧と同じように作用したのかもしれない.男性も女性も平均語彙数は6万語に達する.これはその他の類人猿がせいぜい数十の発声パターンのレパートリーしか持たないのと対照的だ.重要なことは,ほとんどの人は,(情報伝達のために)必要な語彙をはるかに超えた語彙を持っているということだ.もし自然淘汰が情報伝達のためだけに言語を作ったなら,このような過剰性は持たなかっただろう.
  • 語彙数に性差がないことが性淘汰仮説を否定できる証拠になるわけではない.結局多くの鳴鳥類においてもオスメスそれぞれ数多くの発声レパートリーを持っているのだ.(実際のリサーチが示されている)
  • おそらくより良い性淘汰仮説への検証は,女性が本当に言葉によるコートシップの際に言語スキルの高い男性を選ぶのかを調べることだ.(女性が本当にそういう男性を性的に魅力的だと評価したという結果が出たリサーチが紹介されている)だから女性は言語能力を認知能力のプロキシーとして配偶者選択に使い,それにより男性の言語スキルと女性の言語スキル評価能力(このためにはやはり語彙が多い方が有利になる)に淘汰がかかったということはありそうだ.それに加えて,言語スキルの高い女性は男性から選ばれるということもありそうだ.
  • もう1つ性淘汰仮説を支持するリサーチ結果がある.男性も女性も相手にユーモアのセンスがあることを好むのだが,その際に男性は自分たちのジョークに女性がどう反応するかを重視し,女性は男性が自分たちを楽しませてくれるかどうかを重視するのだ(ブレスラーほか2006).つまり男性は女子自身が面白いかどうかではなく,自分のジョークに笑ってくれる女性を求めており,女性は実際に面白い男性を好んでいるということになる.もし本当にそうだとするとユーモアリストである男性は比較的高い繁殖成功を得られることになる.そして実際に面白いと思われている男性の方がセックスパートナーが多いというリサーチがあるのだ(グリーングロスとミラー2011).

 
そしてミラーの性淘汰仮説がかなり詳しく取り上げられている.私はこの性淘汰仮説はかなり有力な考え方だと思っているが,あまり真正面から取り上げられることは少なく,ここできちんと取り上げているのは大変うれしく思う.性淘汰仮説ではなぜうそを簡単につけるような信号システムが進化したのかをある程度説明できる.性淘汰的な言語機能にとっては魅力的にしゃべることが重要で,語っていることが真実かどうかはあまり重要ではないことになる.そして(うそをつくのと異なり)魅力的に言語をしゃべるのはそれほど簡単ではない(だから能力についてのハンディキャップシグナルになっていて正直なシステムとして進化可能になる).これは(ここでは触れられていないが)性淘汰仮説の大きなメリットだと思う.

Animal Behavior 11th edition Chapter 14 その3

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第14章 ヒトの行動 その3

 
ヒトの行動についての第14章.コミュニケーションの問題としてまず言語の進化史の問題が議論された.続いて言語を可能にする神経的なメカニズムが議論される.
  

言語の神経生理学

 
ここでは言語に関連する脳部位(ブローカ野やウェルニッケ野など)とその相互作用,言語学習の臨界期と脳発達の関連,様々な関連遺伝子の発現について,現在わかっていることが解説されている.また前節からの流れでFOXP2遺伝子の脳における発現,それ以外の神経メカニズムの話題にも触れている.
 

  • ヒトの言語能力の発達過程には強い淘汰圧がかかり続けているだろう.実際にFOXP2遺伝子に(有害な)変異の持つヒトは稀だ.そしてそのような稀な変異を持つヒトの脳のfMRIの結果は,それにはブローカ野だけでなく発話に関連する様々な神経回路部位に正常と異なる活性があることを示している.動物実験の結果からもFOXP2遺伝子が脳の様々な部位で発現すること,ヒトの有害変異を同じ変異をFOXP2遺伝子に持つマウスは発話障害に対応する症状を示すことがわかっている.
  • FOXP2遺伝子などの遺伝子発現以外の脳の要素が言語スキルに影響することがわかっている.例えば視覚刺激は(発話相手の口の形の情報を通して)声の分析認知に影響を与える.私たちの脳は言語に関しては聴覚と視覚を統合して運用しているようだ.実際に赤ちゃんは(バブバブなどの喃語をはじめる時期である)6ヶ月になると発話相手の目から唇に注意を移すようになる.そして単語を発話する時期にはまた相手の目を見るようになる.この唇を読むときに活性を示す脳部位は手やボディの動きを見るときに活性する部位と異なっている.

 
至近的なメカニズムの後で言語の究極因が議論される.このあたりにも統合的なアプローチを目指す本書の特徴が出ている.
 

言語の適応価

 

  • 複雑な発話や言語の理解を可能にする脳を作り上げた淘汰圧は何だったのだろうか.
  • 祖先環境で言語を持つ方が有利だったことを想像するのは難しくない.例えば既に見たように言語は道具製作を容易にし,狩猟効率を上げただろう.しかし同時に言語を可能にする神経基盤は(脳の代謝コストという意味で)非常にコストがかかることに注意が必要だ.言語の適応価はこのコスト以上のものでなければならない.
  • 発話能力による潜在的利益には様々なものが考えられる.食糧の獲得や分配,配偶者獲得,子育て,その他諸々とある.それに加えて自分たちの文化や環境の有用な情報を子孫や血縁者や互恵的関係にある相手に伝えることも大きな利益につながっただろう.
  • また脳の代謝以外の発話のコストも考える必要がある.例えば私たちは他人の噂話を好むが,このようにして得られる情報がすべて正しい,あるいは有用であるとは限らない.言語は騙しや操作にも使われうるのだ.
  • ここでいくつかの潜在的な適応的機能について考えてみよう.

 
言語の適応価を議論するに当たって,まず行動生態学的な注意事項があらためて述べられている.言語があると有利そうな場面は多いが,コストも考えなければならないというのは行動生態学的には当然のことになる.また言語で伝えられる情報は正しいとは限らないことにも触れられている.
ただこの序論部分では言語の究極因をめぐる真に興味深い問題には触れていない.それは情報が正しいとは限らないこととの関連で,そもそも簡単にうそをつける信号システムがなぜ進化できたのか(発信者が相手を操作しようとするなら,相手は基本的に信号を無視すべきことになるのにそうなっていないのはなぜか)という問題だ.情報交換が有用だったとする論者はしばしばこの問題を見逃している.この序論部分でこれを提示してから個別の仮説に進むほうが良かったような気がするところだ.

Animal Behavior 11th edition Chapter 14 その2

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第14章 ヒトの行動 その2

 
序論とリサーチの倫理問題と法的問題の後で,最初のトピックであるヒトのコミュニケーションが議論されている.当然ながらフォーカスされるのは「言語」の問題だ.
 

コミュニケーション

  • ヒトは非常に社会的な生物だ.社会的生物は情報をやりとりしたり,グループや配偶相手や血縁個体を認識するために複雑なコミュニケーションシステムを必要とする.ヒトはそのために非常に複雑な言語を用いる.私たちは,意味のある文を作り,それを理解するためのルール(文法)を若い時期に無意識的に獲得する.
  • ではこの言語能力はどこから来たのか? この問題に答えるにはまずそれがいつ起こったのかが問題になる.これは論争のある問題で,主張されている年代には2百万年前から5万年前までの幅がある.そしてこれに迫るには,発達と系統,神経メカニズム,適応価などいくつかのアプローチがある.

 
通常の行動生態学的なアプローチだとまず言語の適応価を考えたくなるが,本書では統合的アプローチを標榜していることもあり,進化史へのフォーカスから議論されることになる.
 

ヒトの言語の発達と進化史

 

  • 祖先的な言語がホモ属の絶滅種にあっただろうか.これを探索する1つの方法はチンパンジーに言語のなんらかの要素が見られるのかを調べることだ.(チンパンジーにヒト語を教えようとした初期の試みとその失敗,チンパンジーの声道の構造は多彩な声を出すことが不可能であることがわかったこと,声を使わない試み(図形やサイン言語)はある程度の成果があったことが解説されている)

 
チンパンジーやボノボに言語を習得させようとしたリサーチは20世紀の後半にかなり蓄積されている.本書では学説史的に振り返っている.
 

  • 一部の研究者はチンパンジーに初歩的な言語能力があると主張しているが,この主張には問題が多い.またチンパンジーがなんらかの文法ルールを獲得できるかについても論争となっている.
  • いずれにせよヒトとチンパンジーの間には大きなギャップがあるのは間違いない.600万年前に分岐して以降ヒト系統はコミュニケーションについてチンパンジー系統と全く異なる淘汰圧の元にあったのは明らかだ.

 
類人猿のプロト言語能力については定義も含めて論争中で,なお明確な答えはないが,ヒトの言語の進化史を考える上では,そこに大きなギャップがあることが確認できれば「ヒト属において独自の淘汰圧から言語が進化した」ということができるということになる.ではチンパンジーとの分岐後いつごろどのように言語が進化したのかというのが次の問題になる. 
 

  • 初期人類は少なくとも250万年前にはハンドアックスを作ることができた.一部の学者は言語が効率的な道具作りに役立ったと考えている(技術仮説).(道具作りのためには模倣やジェスチャーによる教示より言語による教示の方が有効だということを示した実験,道具作りをしているときと言語を発話しているときの脳活性部位が似ているという観察報告が紹介されている)
  • 上記の結果は技術仮説と整合的ではあるが,言語は発話なくとも可能だということには注意が必要だ.実際に比較ゲノム解析によるとヒトの発話言語は(道具作りより)はるかに新しく進化したことを示している.

 
ここで,言語の究極因仮説のうち道具作りに有利だからという技術仮説のみが取り上げられている.対立仮説も含め究極因については別途まとめて議論されているので,ここでこの話だけ取り出されているのはやや奇異に感じる.ハンドアックスが考古学資料としてあるので,年代推定がある程度できるからということだろう.
そして議論は言語の遺伝的基盤に移り,一時一世を風靡したFOXP2遺伝子が取り上げられている.
 

  • 言語の遺伝基盤の研究はFOXP2の発見と共に始まった.FOXP2が何かしら言語能力と関わりがあることが明らかだが,この遺伝子はチンパンジーやゴリラにも,さらにはカエルや魚やネズミにも,そしてさえずり学習する鳴鳥類にもある.だからこの遺伝子の起源は極めて古い.あるいはこの遺伝子は鳴鳥とヒトでさえずり学習や言語のためにそれぞれ独立に修正をうけているのかもしれない.

 
ここでこのFOXP2遺伝子についてのいくつかの知見がまとめて解説されている.ネアンデルターレンシスのFOXP2とサピエンスのFOXP2が(チンパンジーと比べて)同じような変異を持っているので,ヒトの発話言語の起源は3~40万年前にさかのぼるだろうこと,さらにこの両種のFOXP2遺伝子には違いがあり,それは分岐以降両種に異なる淘汰圧がかかったためだろうこと,これは古い遺伝子を新しい適応に利用するという生物によく見られる現象であることなどが説明されている.
ということで著者はここでFOXP2遺伝子の解析から言語の起源は数百万年前よりもはるかに新しいと結論づけている.言語のある側面に影響を与えているに過ぎない1つの遺伝子だけで議論するのもやや乱暴だし,そもそもチンパンジーとの分岐時にあったプロト言語からどこまで変化すれば言語といっていいのかの定義も明確ではなく,(進化史を再構成するのは非常に難しいという事情があるとはいえ)やや粗雑な印象だ.
 

  • 最後に,言語は(その他の行動傾向と同じく)遺伝だけで決まるわけではないことに注意が必要だ.言語能力にかかる脳部位は遺伝と環境の相互作用の中で発達する.子どもは自分の周りで話されている特定言語を母語として習得するのだ.

 
進化史的には新しいとして,次に発達の問題が扱われることになる.
   

Animal Behavior 11th edition Chapter 14 その1

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オルコックとルーベンスタインによる行動生態学の教科書「Animal Behavior」の邦訳について書評を書いたが,そこで触れたように,この日本語版は底本にInternational版が使われており,ヒトを扱った第14章が訳されていない.私としては最も興味のあるところなので,原書も手に入れて読んでみた.なお,この版元(Oxford University Press)のUS以外はInternational版のみしか流通させたくないという意向はアマゾンの取り扱いにも反映されていて,amazon.co.jpを検索してもInternational版しかでてこない*1.しかしamazon.comからの直接取り寄せは可能であり,何とか入手できた.以下レビューしてみたい.
 

第14章 ヒトの行動

 
扉の部分の写真には北方民族の集団移動(おそらくトナカイの遊牧に伴うもの)の様子が描かれている.ヒトを生態的に見た場合の大きな特徴の1つは多様な気候条件に順応して全世界に広く分布しているということになり,そこを強調しているのかと思われる.
 
導入部分でヒトも他の動物と同じように研究できることが改めて述べられ,ここでは特にコミュニケーションと配偶戦略の2点に絞って取り扱うことが予告されている.
 

  • 本書で議論されてきたのと同じ進化プロセスがヒトの進化においても当てはまる.つまりヒトも他の動物と同じなのだ.もちろんヒトには独特で素晴らしい特徴があるが,それはショウジョウバエでもサイでも同じだ.この最終章ではヒトを扱う.
  • ヒトは進化史を持つ生物であり,他の動物と同じように祖先種から至近的メカニズムを引き継ぎ,適応的に行動できるように変容させている.
  • もちろんヒトのリサーチには論争がつきものだ.ここでは行動生態学者と進化心理学者がヒトを至近因と究極因の観点からどう調べてきたのかを取り扱う.このテーマでは簡単に一冊の本が書けるだろう.だからここではコミュニケーションと繁殖にフォーカスをあてる.最後に本書で扱った行動進化理論が人々の人生を向上させるためにどう役立つかを議論したい.

 
ここで研究の倫理的な問題を扱うボックスコラムがおかれている.
 

BOX 14.1 ヒトや動物についての倫理的研究

 

  • 本書を通してヒトを含む多様な動物の研究を見てきた.あなたはその背景の倫理的な問題が気になったかもしれない.たとえば渡り鳥のルートを知りたいからといって彼らにGPS装置を付けるのはどうなのか,マウスの飢餓実験の食餌量を決めるのは誰か,大学のキャンパスで学生の性的好みについてアンケートをとるのを許可したのは誰かなどだ.
  • ここ数十年の間に動物実験を取り巻く状況は劇的に厳しくなった.今日アメリカ(そしてほとんどの先進国)の脊椎動物リサーチは事前に倫理的ガイドラインが守られているかどうかについて学内の倫理委員会のレビューを受ける必要がある.おそらく今の時代の研究者が(ケロッグが1930年代にやったような)若いチンパンジーを自分の子供と一緒に育てる実験を許されることはないだろう.そもそも倫理委員会の承認がなければ政府関係の研究予算を獲得することもできない.
  • ヒトの研究の場合この委員会はInstitutional Review Boardであり,(ヒト以外の)脊椎動物の研究の場合はInstitutional Animal Care and Use Committeeだ.委員会は経験ある科学者で構成されるが,少なくとも1人は法律家などの外部の人間である必要がある.
  • 委員会はリサーチのプロトコルをレビューし,潜在的な危険や害がないか評価し,リスク利益分析を行い.リサーチがプラン通り行われるべきかどうか決定する.委員会はヒトや脊椎動物の権利の守り手になる.このようにして今日行われるリサーチは事前に倫理基準に合格したものだけになっている.
  • 関連する問題にリサーチの適法性がある.結局のところ科学者は(よその国で)きままに生物種やその環境を破壊して,自国に帰って名を上げるようなことはできない.リサーチの適法性についての基準や規制(収集してもよい標本とか行ってよいアンケートとか)は国によってさまざまだ.これらについてはいくつかのサイトで知ることができる.研究者はこれらについて個別に調べて個別に必要な許可をとることになる.倫理問題ほど厳しく扱われていないし正式の委員会もないが,結局のところ学術誌は研究者が必要な許可をとっていなければ論文を掲載しない.
  • 最終的にはリサーチの倫理問題と法的問題をクリアするのは研究者の責任ということになる.そして多くの研究者はこれにまじめに取り組んでいる.

ここ数十年で取り巻く状況が非常に厳しくなったというのは著者たちの実感なのだろう.これは道徳基準が時代とともに変容していった結果ということになるだろう.
ここでヒトとその他の脊椎動物について委員会が別れているのは興味深い.どちらも倫理的な判断なのだが,後者はどのような動物にどこまでの保護を考えるかという部分が難しく,前者はヒトについてどのように判断するかについて宗教やイデオロギーや政治の問題がからむからということなのだろうか.

やや深い問題についてはここでは簡単に流されていて,脊椎動物以外ではどうなっているのか,イデオロギー的で目的達成のためには暴力も辞さないような動物愛護運動とのかかわり方などには触れられていない.とりあえず未来の研究者に対して最小限の注意を与えておくというスタンスで書かれているようだ.

*1:カバー絵もInternational版になっている.ただここでトリッキーなのは商品の詳細説明にUS版をそのまま使っているようで目次を見ると第14章があるように見えるところだ.しかし実際に入手できるのは第14章のないInternational版ということになる.なお後でわかったことだが,直接ISBNからいくとamazon.co.jpからもUS版のページに行けるようだ.