From Darwin to Derrida その159

 

第X章 差延よ,万歳 その2

 
第X章でついに登場したデリダ.なんとデリダは「グラマトロジー」において分子生物学に言及している.「知の欺瞞」で暴露されたような知ったかぶりの曲解的な言及かどうかが気になるところだが,ヘイグは割りと真正面からこの言及に向き合うようだ.
ヘイグはデリダの読解の前にまず前段として自然淘汰についての情報論的な記述を行う.
 

  • 遺伝子は進化するテキストだ.ここでそれをXと表記しよう.その最新のバージョンはX_{0}になる.X_{0}X_{1}+\Delta_{1}が選ばれ,X_{1}-\Delta_{1}が消去された自然の選択になる.(ここでX_{1} は一世代前の同じ(平均)であり,\pm\Delta_{1}は一世代前の違いになる.)
  • Xは反復的に分解できる.X_{1}自体が直前の選択(X_{2}+\Delta_{2}が選ばれ,X_{2}-\Delta_{2}が消去された)の結果であるから,X_{0}((X_{2}+\Delta_{2})+\Delta_{1})に分解でき,それはさらに(((X_{3}+\Delta_{3})+\Delta_{2})+\Delta{1})に分解でき,これを続けるとn次レベルで以下のように分解できるからだ.
  • https://latex.codecogs.com/svg.image?(((((((X_{n}+\Delta_{n})+\Delta_{n-1})+\Delta_{n-2})+\Delta_{n-3})+...+\Delta_{3})+\Delta_{2})+\Delta_{1})

 
普通のやり方と逆に時間が遡るにつれて添え字が多くなるのでちょっと戸惑うが,現在の状態は過去からの選択の累積であるということを示している.
 

  • このn次レベルの分解式においては,オリジナルテキストのX_{n}の重要性は,その後に積み上げられた差分に比べて小さなものになっており,それはさらに高次の分解において差分に分解されていく.テキストはハンマーと鉄床の間の空白になり,ハンマーと鉄床には過去の選択すべて(\Sigma\Delta)と消去すべて(-\Sigma\Delta)の刻印が打たれている.この違いの痕跡(\pm\Sigma\Delta)がコインの価値となる.

 
自然淘汰を累積的に積み重ねてきた結果の形質のほとんどは淘汰による効果成分で説明でき,遠い過去の祖先形質からは大きく隔たるということになる.そしてその形質には淘汰の痕跡が刻まれている.次の一文は校正の痕跡を明示的に表記した文ということになるが,あまりわかりやすい表現とはいえないかもしれない.
 

  • この数学的モデル文これは遺伝子の意味の統制のないメタファーだ.進化するテキストに終結はなく,毎回の執筆読解において異なる意味に解釈される.選択と消去は直線上にある価値ではない.テキストの時制,現在進行形のbeing writtenは,過去完了形has been rewrittenと未来形will be rewrittenの間に来るものだ.テキストのセンスは読まれていくにつれて(as being read)展開する.

 
そしてデリダの「グラマトロジーについて」からの引用がある.

  • Le champ de l’étant, avant d’être déterminé comme champ de présence, se structure selon les diverses possibilités―génétiques et structurales―de la trace. (Derrida 1967)
  • The field of the entity being, before being determined as the field of presence, is structured according to the diverse possibilities―genetic and structural―of the trace. (Spivak translation of Derrida 1976 2016)
  • 現在のフィールドとして決定される前の,実体存在のフィールドは痕跡の - 遺伝的で構造的な - 多様な可能性に従って構築されている.

 
この2段目にあるスピヴァクによる英訳には取り消し線で消された「痕跡」が残されている.これは訳語に迷ったということを示しているのだろうか.そして本当に英訳には原文にないはずのこの痕跡があるのだろうか.このあたりはよくわからなかった.いろいろ不思議な章だ.
 

(8/8追記)

上記の取り消し線の意味についてliber studiorumさんにお教えいただいた.それによるとこの取り消し線はSous Ratureと呼ばれる「戦略的哲学デヴァイス」で,取り消し線で消された文字列が「完全に適切ではないが必要」であることを示すものなのだそうだ.これはハイデッガーがはじめて用い,デリダが多用した表現形式らしい(脱構築の場合にはキーとなる概念が逆説的あるいは自己破壊的なものであることを示すために多用されたらしい).
ということで,ヘイグの表現はデリダなどの脱構築ポストモダニストたちの伝統芸を踏まえて,現在の文章が過去からの選択を積み重ねたものであることを示しているということになるようだ.スピヴァグの英訳の場合にはフランス語から英語に訳す際に「完全に適切ではないが必要な」語ということを(脱構築文学表現として)表しているということになるのだろう.いろいろ難しい.

 


書評 「カニの歌を聴け」

 
本書は京都大学学術出版会の新・動物記シリーズの一冊.著者は行動生態学者の竹下文雄で,ハクセンシオマネキの性淘汰の研究物語が語られている.シオマネキといえば,オスが干潟で大きく白いハサミを振る典型的な性的二型の大きなカニであり,いかにもそのハサミの大きさと振る動き(ウェービング)がメスの選り好みに効くハンディキャップシグナルに見え,おそらくそうなのだろうと単純に思っていたが,やはり詳細は複雑で,とても面白い.
 

第1章 干潟への招待

 
第1章は導入章ということで,ハクセンシオマネキ*1とはどういう生物かがまず扱われ,分類学的詳細*2,生活史(ゾエア,メガロパという幼生段階を経て着底し,成長して性的二型が現れる),生息場所(干潟の潮間帯に棲む),求愛交尾の2つの形(巣穴内交尾と地表交尾)などが解説されている.
この求愛交尾の二型は興味深い.巣穴内交尾は,巣穴を持つオスのもとを(ウェービングなどを評価して)巣穴を持たないメスが訪れ,巣穴内で交尾,その後この巣穴はメスのものになり,そこで産卵し,ゾエア幼生を放出する.地表交尾はオスメスともに巣穴を持ち,オスがアプローチ,メスが応じて巣穴の外で交尾する.本書では基本的に巣穴内交尾についてリサーチされているが,なぜこの二型があるのか,どのような適応的な状況なのかが気になるところだ.
また研究物語としてはシオマネキリサーチのきっかけが語られる.宮崎で生まれ,熊本大学理学部に進んだ著者は永浦干潟での実習でハクセンシオマネキに出会う.4年生次の研究室ではワレカラを扱ったが,コミカルなシオマネキの姿を是非行動生態学的に配偶者選択のリサーチとして取り扱いと思うようになる.しかし当時からウィービングについての研究はすでにかなりあるので躊躇していたが,オスが巣穴で「鳴く」という話を聞きつけ,(シオマネキの音による配偶者選択についてはあまり研究例がないことを確かめ)これを題材に研究することを志すようになる.
 

第2章 カニの歌を聴け

 
第2章で著者の永浦干潟でのハクセンシオマネキ研究がスタートする.まず巣穴となわばり,生活様式,オス間闘争,求愛行動(ウェービング)などの彼等の生態が解説され,ここからカニのオスのたてる音の採集になる.オスはメスが巣穴に近づいた後でないと音を出さない.広大な干潟でこれを採集することは難しそうだが,著者はメスのダミーを操作することによりオスに音を出させ,コンクリートマイクでこの音を採集することに成功する.この音は480ヘルツ近辺のパルス音だった.著者はこの音は(性淘汰形質である)大きなハサミを使って摩擦音を立てているのだろうと思って調べるが,ハサミ除去オスもこの音を立てられることがわかり,仮説は否定される(結局発音メカニズムはまだ確かめられていない).
 

第3章 メスの本音

 
第3章ではこのオスの求愛音がメスの配偶者選択にどのような影響を与えるのかが探られる.これを実験により調べるには「配偶者を探索しているメス」の確保,さらにメスは高頻度でオスを拒否するので,それを見込んだ上でのサンプル数の確保が必要になる.このあたりの苦労話もなかなか楽しい.2年がかりでサンプル数をそろえ,周波数,発音時間,発音間隔,単位時間あたりの発音回数を記録した実験の結果は,「巣穴に入るかどうかを決める」入り口ステージでは発音回数とメスの巣穴ヘの移動に相関がみられたが,「巣穴に入った後もとどまり続けてペアを形成するか」という内部ステージではどのような形質もペア形成と相関がみられないというものだった.著者は,後者の結果について上記の測定では音に含まれる巣穴の内部構造情報を捉えきれていない可能性,ペア形成を決める基準(オスの退出を基準としていた)がうまくペア形成を捉えられなかった可能性を考察している.いずれにせよ求愛ダンスに誘引されて巣穴に接近したメスは巣穴からの音を聴き,短い間隔で求愛音が聞こえてくると内部に移動することがわかった.著者はこの結果を論文にまとめる(第2章の結果をまとめた論文は受理されなかったが,今回それもあわせてまとめた論文は査読者から好意的なコメントがもらえ,かなりさっくりと受理されたという経緯が書かれている). 
 

第4章 オスの本音

 
次のテーマはなぜメスは単位時間あたりの発音回数の多いオスを選ぶのかになる.著者は優良遺伝子仮説を念頭にこの発音回数がオスの質を表すシグナルになっているかどうかを調べる.これまでのシオマネキのウェービングのシグナル性を調べた先行事例では,区画ごとに栄養状態を変えて栄養状態がシグナルに影響を与えるかを調べられていたが,これでは区画内の複数個体のデータに独立性がなくなる.そこで著者は,個体ごとにケージで囲い,ランダムに影響状態を変えてサンプル数を稼ぐことにする.ここも苦労話*3が楽しいところだ.そしてセミドーム(シオマネキが巣穴の近くに構築する砂のドーム),ウェービング(メスが遠くにいるときの誘引ウェービングと近づいた後の求愛ウェービングを区別して測定),求愛音を測定し,栄養条件との関係を見ると,違いが見られたのはウェービングの中の誘引ウェービングの頻度のみという結果になった.
まずセミドームの結果については先行研究と結果が異なっているので,いろいろと考察されている.著者は先行研究のデータの独立性の問題,気温の要素を考慮していない可能性を指摘しつつ,ドーム形成にはコストがほとんどかからないので感覚便乗説のみで説明できると主張している.次にウェービングと求愛音については,これらのコストとベネフィットから見てエネルギーの最適配分戦略があるはずであり,おそらく栄養条件が良くなったときに誘引ウェービングにエネルギー配分するのが最も効率的になっているのだろうと考察している.これらの結果をまとめた論文はメジャーリビジョンを繰り返しながら受理されることになる.またここでは学振PDの任期が切れ,かなり追い込まれた後でようやく(やはり任期つきの)特任助教に採用されたという経緯もかかれている.
 
本章の内容はハクセンシオマネキの性淘汰がどのようなかかり方をしているのかを調べたものということになる.ただ結局栄養条件を操作しただけで厳密には優良遺伝子仮説を確かめたものにはなっていないのではないかという気もする.またドーム形成については形成頻度のみが調べられていて,その大きさや形態についてメスが選り好むかどうかという興味深いところは調べられていないようだ.そしてドーム形成にコストがかからないと単純に決めつけられない気もする.なお確かめるべき問題が多く残されているということなのだろう.
 

第5章 カニの三角関係

 
第5章のテーマはライバルオスの干渉になる.著者はここまでの観察で,メスがオスの巣穴を訪問し中に入っていくときに近隣オスがしばしば近寄ってくること,その場合にペア形成に失敗しやすいことに気づき,これを調べてみることにする.ここで近隣オスの接近が本当に妨害になっているのかをどうやって調べるのか(接近がなくとも失敗した可能性をどう排除するか)のところが面白い.著者はメスの行動を記録し,最終的にあるオスとペアになったメスが,それ以前にそのオスとのペア形成を近隣オスとの接近によってあきらめていたかどうかを調べることにする.こう書くとたいしたことがなさそうだが,これは灼熱の夏の干潟で特定のメスを何時間も連続して追跡し動画に収め,最終的にペアになったケースを(動画再生し)遡って調べるという艱難辛苦のリサーチになる(この部分の苦労話*4も面白い).7月初旬から8月半ばまで干潟に張り付いて92個体の動画データを集め,解析した結果,近隣オスはメスが巣穴に入った段階で接近を開始し*5,多くの場合接近だけでメスは巣穴から出てくるが,出てこない場合には巣穴の入り口をタッピングし,さらに巣穴に入っていくこと,全体として接近回数が増えるとペア形成までに時間がかかること,メスが大きいほど妨害を受けやすいことがわかった.なぜ接近だけでメスがあきらめるのかについて著者は近隣オスが立てるノイズにより求愛音の評価が難しくなるノイズ説と最終的に巣穴に入ってこられて相手を取り違えるリスクを避ける横恋慕回仮説を立てている.
また妨害オスに適応価があるかどうかも検討されている.動画データを解析すると直前に訪問したオスのもとで生じた妨害の約半数が最終的にメスに選ばれたオスによるものだった.これはオスの妨害に十分な利益があることを示している.著者はハクセンシオマネキの配偶行動はメスによる選択とオス間競争の2つの要素が同時に影響しているとまとめている.
またここではウェービングに使われるハサミの形の解説*6,葦などが生えて見通しが悪い場合にどのような配偶行動になるかについての考察などもなされている.
 

第6章 オスの事情

 
第6章はオスの体色の変化がテーマになる.ハクセンシオマネキのオスは繁殖期に背甲が白くなる.またこの背甲は何らかの刺激によって短期的にも色を変えることができる.また著者は第4章の実験の際には栄養条件が良い方が背甲が白かった印象を得ていた.そこでオスのハサミと背甲の色をきちんと計測して*7調べることにした.調査の結果,オスの背甲は繁殖期に確かに白くなること,そして変化幅は大型個体の方が大きいこと,ストレスをかけると10分ほどで黒くなること,ハサミは常に白く季節的にも短期的にもあまり変化しないことがわかった.メカニズム的には背甲は薄く半透明で,下の組織にある色素細胞により変色できることがわかった(ハサミの殻は厚く変色しにくい).著者は背甲の色の季節変化は繁殖的機能,温度調節機能から説明できそうだと考察している.
 

第7章 研究者の事情

 
第7章は中休みの章で,著者のシオマネキ以外の研究が語られている.具体的にはナメクジウオに環境変化が与える影響,ゴマフダマ(二枚貝を捕食する肉食性のタマガイの一種)の捕食戦略を調べた話が扱われている.研究者の自伝的物語として加えておきたいところだったということだろう.
 

第8章 メスの事情

 
第8章はハクセンシオマネキに戻ってメス側の配偶戦略がテーマとなる.メスが干潟の中でオスを探索することにはかなりのコストがかかっている.配偶者選択にメリットがあるとして,具体的探索戦略には様々なトレードオフがありそうであり,それに応じて探索行動が変化する可能性がある.そしてやはり真夏の干潟で探索メスを追跡して,産卵までの余裕時間*8で行動が変化するかどうかを調べることになる.データ解析の結果,訪問オス数は気温と相関するが,40度近辺の閾値温度を超えると減少すること,この閾値温度はメスが大きいほど高温になること,産卵までの日数が短くなるほど単位時間あたりの訪問オス数が増加することがわかった.これはメスは高温環境下ではコストに応じて探索行動を減らすが,大型メスはよりコスト耐性が高いこと,産卵までの期間が短いとよりコストをかけても探索をすると解釈できる.
そして本書は著者がこの研究と前後して北九州市自然史・歴史博物館でパーマネントの研究職に就けたことを記して終わっている.
 
以上が本書の内容になる.ハクセンシオマネキの性淘汰についての知見と,著者の研究物語が適度にブレンドされていていろいろと味のある本に仕上がっている.特に真夏の干潟での特定メスの追跡調査(想像するだけで過酷だ)の苦労話は読みどころだ.性的二型が大きく,オスが大きくて白いハサミを持ち,それを必死でウェービングするハクセンシオマネキには典型的なメス選り好み型のハンディキャップシグナルによる性淘汰がかかっていると考えていいのだろうが,本書を読むとその性淘汰にはハサミ以外にもセミドームや求愛音さらに背甲の色もシグナルとして機能している可能性があり,またオス同士の闘争や近隣オスの妨害が絡むということがわかる.いろいろな謎が残っているようでもあり今後の研究の進展を祈念したい.

*1:ハクセンとは白線ではなく白扇なのだそうだ.オスの白く大きなハサミを振るしぐさを扇で舞う様子にたとえているということらしい.なかなか優雅な和名だ.

*2:本書によるといわゆるシオマネキと呼ばれるカニはかつては大きくシオマネキ属(Uca属)とされていたが,近年の分子系統樹解析によりいくつかの属(Uca属,Austruca属,Leptuca属)に分割されたのだそうだ.日本のシオマネキについていえば,(九州以北の)日本にはシオマネキとハクセンシオマネキの2種が生息していて,シオマネキはUca属に残り,ハクセンシオマネキはAustruca属とされているそうだ.

*3:栄養付加の餌として熱帯魚用のテトラミンを使用していたが,途中で足りなくなり,近所のホームセンターを回って買い占めた話などが語られている

*4:どのように探索メスを見つけるか,暑さとの戦い,カニを驚かせないための太極拳の動き,話しかけてくる人たちなどいろいろ大変だったようだ

*5:鍵になる刺激はメスの視覚的消失だろうと推測し,メスのダミーを上空に素早く動かすと近隣オスの接近を誘発できることも確かめている.

*6:ウェービングで目立つ大きさと,闘争時に有利な強く挟む力を出すための筋肉量と突起形状,何らかの理由でハサミを消失して再生する場合はウェービング機能が優先されることなどが解説されている

*7:本当はハクセンシオマネキの色覚に合わせた計測をしたかったが,機器類が高価で断念し,ヒトの色覚に合わせた計測になったことを残念がっている.もっとも実際には白いかどうかの明度のところが問題になっているのであまり影響はなかっただろう

*8:これを調べるためには最終的に産卵するまで追跡して,そこから遡ってデータを解析することになる.未産卵のままのメス巣穴かペア形成後のメス巣穴かを区別するためのマーカーには味噌漉しを使ったそうだ

From Darwin to Derrida その158

 

第X章 Vive la différance その1

 
第12章の次は短い不思議な第X章になる.
章題の「Vive la différance」はもちろん「Vive la France(フランス万歳)」からきていると思われる.最初は「違いよ,万歳」ということかと思ったが,ここでヘイグはdifférenceではなくdifféranceと綴っていることに気づいた.これは手元のフランス語辞書には載っていない語になる(フランス語の「違い」は「différence」と綴る).調べてみるとこれはジャック・デリダの造語で日本語では「差延」という訳語が定着しているようだ.だから章題は「差延よ,万歳」ということになろうか.本書の題は「ダーウィンからデリダへ」だが,これまでデリダについてはほとんど登場していなかった(一ヶ所微妙な言及があったのみ).ここでついにデリダ登場ということになる.
なおWikipediaによると「差延」とは「語でも概念でもない」もので,「およそ何者かとして同定されうるものや,自己同一性が成り立つためには,必ずそれ自身との完全な一致からのズレや違い・逸脱などの,常に既にそれに先立っている他者との関係が必要である.このことを示すために、差延という方法が導入された.」ということらしい.さらにこの記事の続きを読んでもなんのことかさっぱりわからないが,とりあえず一旦おいて先に進もう.
 

第X章 差延よ,万歳 その1

 
冒頭はジャック・デリダの「Of Grammatology(原題:De la grammatologie 邦訳:グラマトロジーについて)」から引用されている.グラマトロジーとは文字や表記体系の科学的な研究をさす言葉らしい.

  • 今日の生物学者が細胞内の情報プロセッシングとの関連において文書やプログラムについて言及するのは,この意味においてである.

ジャック・デリダ

 


From Darwin to Derrida その157

 

第12章 意味をなすこと(Making Sense) その22

 
ヘイグの第12章も大詰めに来た.直前には生物は再帰的な目的追求アトラクターであり,様々な揺らぎに抵抗する仕組みを持って違いを作る違いに集中するという議論を行った.そしてこれを有性生殖生物について展開する.

 

生命の意味

 

  • 生命とは永続的な再帰だ.かつて生じたことはまた生じる.しかし精子と卵子が融合すると,生まれ出ずる解釈者は何かしら新しいものになる.私たちの遺伝子は,すばやく移り変わる世界の中での選択に(現在の出来事の情報とあわせて)役立てるために,深い過去からの情報を伝える.接合子は片方の配偶子から(それがもつ2組ではなく)1組の情報のみを受けとる.それはチャンスだと考えることができる.母親と父親のゲノムからサンプルされる無数の組み合わせの中から1つだけを選択するというランダムな出来事が連鎖される.トランプのカード全体は古いものだが,そこから選び出されたそれぞれの手は新しい.配られる手は予測できないが,配られたその手でベストを尽くすことはできる.そうやってゲームが行われ,その後カードはシャッフルされる.

 
この減数分裂と組み替えによる遺伝子のシャッフルはドーキンスの利己的な遺伝子でも強調されているところだ.

 

  • 生命の意味は生きる生命そのものだ.あなたの身体はあなたの生命の解釈だ.デカルト流の心身二元論は,本来分離不可分な身体を,いったん選択がなされた後使われる道具(身体:res extensa)と選択に使われるテキスト(心:res cogitans)に分割するものだ.生命体が行動するとき,どの情報にどのように反応するかはその生命体の進化的発生的歴史に依存して決まる.生命体は彼自身の劇の中で,望まない要因をキャンセルし,競合するナラティブの中から望みのものを選び,主人公として意図を通そうとする.しかしこの自律的活動にもかかわらず,多くのアクターは,彼のコントロールできない要因,特に他のアクターたちの活動に影響され,無情な運命に翻弄される.

 
この前半部分はちょっと面白い.デカルトの心身二元論はもちろん物理的に誤りだが,意味論的には心と身体を違いを作る違いの選択主体とその道具として区分できるということになる.ここまでヘイグが自由意思についてデネットの引用などをして考察してきたのはこのあたりが絡むからだということになる.
 

  • 自己内省的生命体はより効果的な選択ができるように入力と出力を再配線するという内部的な変化で世界に対応する.そこではどの入力に反応してどの入力を無視すべきかの学習,過去の選択からのフィードバック,良い記憶が重要になる.非常に洗練されたそのような生命体は,他のアクターがどうなったかを観察し,両親などからの教示から学び,自己のゴール達成のための原則を選ぶ.これらの内部変化は,自身の人生の経験(人生の意味)の記憶を構成する.この繊細で深いプライベートなテキストは,自己解釈され,感覚からの入力とともに,過去からの遺伝的文化的テキストと融合する.それは敏感に反応し,原因となる(It is responsive and responsible).それは物質的な魂であり身体と同時に死ぬ.
  • 最初にはメカニズムがあった.物事はただ生じる.意味の起源は意図的な違いの作成の起源にある.選択は,観察の自由さ,意図的行動の広がりと深みとともにより自由になる.自由選択(a free choice)を理解するためには,解釈者の魂を理解する必要があるのだ.


そして違いを作る違いを選択する生命体を理解するには,その選択の性質を理解する必要があり,それは(生得的な選好メカニズムだけでなく)学習によるフィードバックを受けるものであり,それが進化産物である自由意思(解釈者の魂)だということになるのだろう.
 

  • In fine est principium.

 
この最後の一文の出典はよくわからなかった.ラテン語で「終わりは始まりである」というほどの意味であるようだ.ただ英語的にはprincipiumは「原理」という意味になり,finalは「終わり」とともに「目的」という意味もあるので,より深い意味を暗示する表現だろうと推測される.

書評 「人類とイノベーション」

 
本書はサイエンスライターマット・リドレーによるイノベーションを扱った一冊.リドレーは「赤の女王」,「徳の起源」,「やわらかな遺伝子」のような進化生物学についての啓蒙書で著名になり,最近ではスコープを広げて「繁栄」,「進化は万能である」のような人類史を進化的な視点から考察するような本を書いている.本書もその流れにつながる1冊で,基本的には「進化は万能である」の第7章「技術の進化」の内容を一冊に広げたもので,人類を繁栄に導くのに役立ったイノベーションがテーマになっている.原題は「How Innovation Works」.
 
ここでリドレーが採り上げる「イノベーション」とは単なる発明・発見ではなく,それを安価で信頼性のあるものにし,採算が取れるようにして世の中に普及させ人々の生活水準を大きく向上させるもののことを指している.そしてそれは何からの「ありえなさ」(エントロピー減少,エネルギー生成)を実現させるものであり,偶然では生じえず,潜在的には無限の可能性を持つ.リドレーによればイノベーションがどうして起こるかについては体系的な概念が確立されていない.そして,本書では様々なイノベーションがどのように生じたのかを丁寧に追い,どのようなパターンがあるのかを探っていくことになる.

具体的にとり挙げられるイノベーションは次のような各種様々なものだ.

  • エネルギー関連イノベーション:蒸気機関,電球,蒸気タービン,シェールガスの生産
  • 公衆衛生イノベーション:予防接種,水道殺菌,抗生物質,薬剤処理蚊帳,電子タバコ*1
  • 移動・輸送のイノベーション:蒸気機関車,スクリュープロペラ,内燃機関自動車,ディーゼルエンジン,飛行機,ジェットエンジン,商用航空の安全性向上
  • 食料生産のイノベーション:ジャガイモの安定栽培,窒素固定(化学肥料),矮性小麦(農林10号と緑の革命),害虫耐性作物などの遺伝子組み換え作物,遺伝子編集技術
  • ちょっとした考え方の転換がきっかけとなったイノベーション:アラビア数字(0の発見と位取り法),トイレのS字パイプとU字継ぎ手,波形鉄板(トタン板),コンテナ船,キャスター付きスーツケース,食のイノベーション(材料,レシピ,フランチャイズ方式)
  • 通信のイノベーション:電信,電話,無線通信,放送,コンピュータ,検索エンジン,ソーシャルメディア,AI
  • 先史時代のイノベーション:農業の導入*2,イヌの家畜化*3,高度な道具の発明*4,分業と交易.火と加熱調理
  • その他(イノベーションの特徴を良く示す例として示されたもの):経口補水療法,テフロン,ケブラー,ポストイット,DNA型鑑定

 
この次から次へとイノベーションの詳細を語る部分は本書の中心のなすもので,読み物として非常に面白く良く書けている.そしてこれらの物語からリドレーが描き出すイノベーションの特徴には以下のようなものがある.

  • 進み方は劇的ではなく緩やか.しばしば地味に進む.試行錯誤を経由した隣接可能性への移行の積み重ねであり,アイデアの組み合わせも重要.基本的に進化的プロセスだ.
  • しばしば起源は曖昧で,誰の貢献が一番重要だったかはっきりしない.
  • 指導や計画や管理はなく,しばしば突破口は偶然に見つかる.
  • 技術の発明より,需要を調査しそのニーズを満たす方法を見いだすことがしばしば突破口につながっている.
  • ほかのテクノロジーの進歩を前提にして現れるべきときに現れる.しばしば同時発明という現象が見られる(前提となる技術や発見の後,多くの起業家たちが激烈な競争を繰り広げる結果として生じる)
  • どのように進むのかを事前に予測することは困難.新しい技術は短期的に過大評価され,長期的には過小評価される 真価が理解されるには15年ぐらいかかることが多い.
  • 「科学的発見からイノベーションが生じる」としばしば考えられているが,発明から科学が生まれる事例も多い(試行錯誤の末にとにかくうまくいくものが見つかり,その科学的原理は後になって説明される).
  • イノベーションは収穫逓減ではなく収穫逓増をもたらす.

 

  • イノベーションが進むには試行錯誤が不可欠.とにかく試すことが重要.誤りに寛容で,リスクテイクが奨励されているような状況が望ましい.
  • 個人やグループの協力,共有が重要であり,チームスポーツ的な面がある.
  • 国家に負うことはほとんどない 国家の資金提供が取りざたされる事例もほとんどはスピルオーバー事例だ.
  • 帝国はイノベーションが苦手.分権的な方がイノベーションが進む(アメリカの連邦制はこの良い例).特に都市で生じる.大企業もイノベーションを生むのは苦手,大企業がイノベーションを進めるには競争が不可欠.

 

  • 背後には激しい競争があり,イノベーションはしばしば詐欺の材料とされることがある*5

 
そしてリドレーはイノベーションに対する阻害要因も詳しく語る.

  • イノベーションは巨大な恩恵をもたらすにもかかわらず大衆から嫌われがちだ.しばしば「仕事を消滅させる」という不安から嫌悪の対象となる.しかしこれまでのところそうならなかったことがはっきりしている.基本的にイノベーションがあると労働者の賃金は増え,余剰労働力はすぐにもっと可処分所得の多い人向けの仕事に吸収される.基本的にイノベーションは本当に大切だと思うことができるように人々を解放するように働くのだ.
  • 特にイノベーションの障害となるのは既得権持ちからの妨害(レントシーキング)だ.例としてマーガリンへの酪農業界からの中傷,遺伝子組み換え(GM)作物・化学殺虫剤に対するヨーロッパの政治運動(グリーンピースやFOEにとってGMなどに対する騒ぎ立ては大きな金づるであることが説明されている)などがある.そしてこれらに対応して「予防原則」を政策としてとるとイノベーションを大きく妨げることになる.現在進行中の妨害にはドローンに対する規制,EUのデータ保護規制がある.
  • 原子力技術が進展しないのはその強い予防政策的な規制にがんじがらめになり,試行錯誤ができないことが大きく効いている.第二次世界大戦後,原子力の未来は明るいと考えられていた.液体金属原子炉や液体塩原子炉などのメルトダウンを原理的に無くして安全で効率的な原子炉を開発できる展望があったのだ.しかし予防原則的な厳しい規制の結果(これには安全面からのもっともな理由もあるが),試行錯誤は封じられ,人類は加圧水型原子炉という効率が悪く安全性にも劣るテクノロジーに閉じこめられ,原子力は斜陽産業となってしまった.
  • そして知的財産権はインベーションを促進するために導入されているものだが,(初期コストが極めて大きな製薬などの一部の例外を除き)特許権はネットではイノベーションを妨害する効果を持っていることが実証リサーチから示されている.(また前半で語られたイノベーターの多くはその人生の大きな部分を不毛な特許権論争に費やしていることも指摘されている)
  • EUは強い規制により最もイノベーションが起きにくい土地となってしまっており,アメリカや日本でも創造的破壊の強風が止みレントシーキングの微風が吹いているようだ*6
  • そしてこれは(その政治的専制にもかかわらず商業活動には割りと大きな自由が黙認されている)中国で(特にハイテク関連の)イノベーションが大きく進展していること*7を説明する.しかし最終的には政治的専制による抑制が生じる可能性が高く,このような状況の未来は決して明るくないだろう

 
最後にリドレーは,イノベーションは自由から生まれるものであり,多元的で企業家精神にあふれる競争のたまものであることを強調して本書を終えている.
 
本書はリドレーによる「世界は(広い意味の)進化にあふれている」という主張の具体例の1つであるイノベーションについて深堀した本ということになる.何はともあれ,様々なイノベーションの具体的歴史的記述は大変面白い.蒸気機関,電球,ハーバー=ボッシュ法,種痘などのイノベーションが巷間伝わるような単純な発明物語とは異なり,非常に複雑で紆余曲折の経緯をたどり,激烈な競争が背後にあることがよくわかる.個人的には子どものころ楽しんだ「発明発見物語」を補完してもらってような気分で大変楽しめた.
そして行き過ぎた予防原則が人類の大きな可能性を摘む馬鹿げた政策であり,既得権持ちのレントシーキングが人類の進歩を阻害していることも強調されている.楽しく発明競争物語を楽しんだ後,現代のEUのイデオロギー的政策の問題点や日本の既得権重視の風潮を憂える気分にもさせてくれる一冊だ.

 
関連書籍
 
原書

 
リドレーの「世界は(広い意味の)進化にあふれている」ことを主張する本.第7章で技術の進化が採り上げられている.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20160502/1462186705

 


同邦訳.邦題は本の趣旨と異なっていて感心しない.私の訳書情報はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20160916/1474014632

 
 
合理的楽観主義「世界はよくなってきたし,これを続けることは可能だ」についての本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20100925/1285386899

同邦訳.

*1:既存の喫煙手法よりは遥かにましという意味でのイノベーションと捉えられている

*2:リドレーは気候変動が引き金になって世界的にほぼ同時にいくつかの場所で農業が始まったという見解をとっている

*3:ベリャーエフのキツネ実験やヒトの自己家畜化の議論も紹介されている

*4:ここではかつて文化のビッグバンと呼ばれたヨーロッパにおける4〜5万年前の文化興隆を,15万年前からアフリカでゆっくり生じたイノベーションの「追い上げ成長」に過ぎなかったという見解をとっている

*5:ここは一章丸々使って論じられていて面白い.エンロン事件,クアトロバウムの偽爆弾探知機事件,セラノス事件などが詳細に解説されている.ここではシリコンヴァレーにあるヴァイパーウェアの慣行やイーロン・マスクのハイループ構想の怪しさなども採り上げられている

*6:企業の投資意欲が減退していること,コンプライアンス担当役員数が急速かつ継続的に増加していることが指摘されている

*7:デジタルマネーが急速に普及し,多くのレストランにはメニューがなく(スマホアプリが利用される)店にキャッシュレジスターがないことも多い.遺伝子編集,AI,原子力技術の進展スピードも西欧では考えられないほど速いと指摘されている.