「最適採餌捕食者は偏利共生的ベーツ型擬態を促進する」再考

Optimal-Foraging Predator Favors Commensalistic Batesian Mimicry
Atsushi Homma, Koh-ichi Takakura, Takayoshi Nishida, PLoS ONE, 2008 3(10): e3411



先日,本間淳先生の論文をご紹介し,ベーツ型擬態種がモデル種に害をなしていないという結論に一部納得できない旨の記事http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090602を載せたところ,著者ご本人から丁寧なコメントhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090602#c1244111070をいただいた.大変感謝いたしております.恐縮です.


さていただいたコメントをよく読み,いろいろ考えてみた.

  • まず著者の主張のうち,これまでのモデルでは代替餌の存在を考慮していないので,ベーツ型擬態種のモデルへの害を過大評価しているのではないかという主張には完全に納得した.これまでのモデルが示すよりは(特に短期的には)小さな影響しか与えないだろう.
  • また相対密度より絶対密度の方が重要だという結果についても同意できる.先のブログ上の私の表現はあまり適切ではなかっただろう.
  • さらに擬態種の餌価値Xmiが0.8の時に代替餌種の餌価値Tがどうなるかについて,私は0.5に向かって下がるように進化するように思っていたが,それはそうではないのかもしれないと思うようになった.
  • しかし擬態種の餌価値Xmiが0.8の時に,実際にT値はどのぐらいのことが多いのかについて,著者は0.8程度だろうと考えているようであるが,ここはまだ納得しきれない.

まず私がよく考えてみた内容を説明してみたい.そのあとで本間先生からいただいた個別の論点を考えてみよう.


論文のシミュレーション結果は,擬態種の絶対的頻度がモデル種にどういう影響を与えるかについて,学習効率は影響せず,T値が影響するというものだった.そして影響の結果はXmi値によってどうなるかをカテゴライズされて説明されている.では学習効率aが中間的で一定だとして,T値とXmi値の関係においてモデル種への影響を見てみるとどうなるのかを示すと以下の表のようになると思われる.







私はこの状況を見て,「ああこれならT値が0.8未満であれば,十分ベーツ型は寄生的だと言えるじゃないか」と思ってしまった.しかし著者のコメントをよく受け止めてみると,そもそもT>Xmiなら,捕食者は擬態・モデル種を攻撃しないことになることがわかる.であれば,もう少し細かくシミュレーションをするとこうなるのではないだろうか.





このT=Xmiの線の上側の部分ではモデル種に益をなし,下側ではモデル種に害をなすということになりそうである.(想像だが,スモモさんがこだわっていたのはこの0.5<T<0.8,0.5<Xmi<0.8の中の斜線の上側の部分ではないだろうか)


では次にこのような状況においてT<Xmiということがあり得ないのかどうかを考えてみよう.
スモモさんは「人為的に品種の改良でもしない限り、自然界にそんなうまい種が出現するとは思えない」という言い方でそのようなことは生じないだろうと議論されているように思われる.
しかしこの場合の餌価値は味のうまさ(毒性)だけでなく,遭遇確率や処理時間も考慮に入れた餌価値である.モデル種がいない状態で,味(毒性)は代替餌と同じ種が,よく目立つ色彩をし,ゆっくり飛んでいる(擬態種の特徴)とすれば,それはモデル種より簡単に見つけられて簡単に捕まえることができるので,魅力的になるだろう.*1
つまり下図でグリーンの部分がベーツ型擬態種の収まる位置ではないだろうか.






この場合に,実際にはモデル種が存在するために捕食者から見た餌価値EはXmiより小さくなる.そしてそれがT値と等しくなるあたりが均衡点になり,そのようなXmi値はT値より大きいという状態が普通であり,その場合モデル種には害をなしているということではないだろうか.



では長期的な進化時間スケールではどうなっているであろうか.
T値0.8のときにその一部である種が擬態に向かって進化するとしよう.この場合警告色,毒性の両方の進化が生じうる.当該生態系が警告色のみの進化が有利な条件であれば,ベーツ型擬態が生じるだろう.この場合擬態種は目立ち,ゆっくり飛ぶので,下図において右側に移動することになるだろう.また毒性,警告色を両方とも生じさせる方が有利であればミュラー型擬態になり,(捕食者にとって目立つかどうかより毒性の方が影響が大きいと思われるので)擬態種は左側に進化するだろう.
私の理解では,生態条件によってどちら側にもなり得るし,ベーツ型に進化した場合にはモデル種に害を生じさせるということになる.*2図示すれば下図のようになるだろう.





代替種はどう進化するだろうか.つまりT値はどういう淘汰圧を受けるのか.
代替種が圧倒的に多ければ,特に擬態に絡んで大きな淘汰圧はないだろう.相対的にそれほど多くなければ捕食圧をよりモデル種・擬態種に向けることができれば有利になるので影響があるだろう.ほとんどの場合には一般的にT値を低くする方向に淘汰圧がかかり,その他のトレードオフとの関係で均衡点にあるだろう.しかしT=Eの線のすぐ上側では急激に捕食者によるスイッチが生じるためにT値の改善と捕食率の関係が非線形になるだろう.だからこの部分だけは下向きの淘汰圧が高いのではないだろうか.
E値とXmi値は通常異なっているが,T=Eの時のXmiの線はベーツ型擬態種がまさにある部分に近いだろう.だから代替種が相対的にそれほど多くない状況ではXmi値がT値に近づくことは長期的なスケールではより難しくなるだろう.図示すればこのようになるだろう.






というわけで私の現在の理解は以下のようなものだ.

モデル種と代替餌種がある状態で擬態種が進化する場合に,生態的な条件によってベーツ型になったり,ミュラー型になったりする.ベーツ型の場合にはモデル種に害を与えるのが通常だ.しかし,それは代替餌種を想定しないようなモデルや実験によって示されたものよりかなり小さくなるだろう.

ここから個別の論点に戻ってみよう.
本間先生からのコメントでなお同意できないところについて私の今の感覚は以下のようなものだ.
(本間先生からのコメントには本当に感謝しております.以下,せっかくコメントをいただいたことに対するお礼の意味を込めてできるだけ丁寧にコメントしたいと思います.一部反論のようなことを書きますが,本ブログの平文は「である」体を基本としておりますので,大変失礼な調子になるかもしれません.お気を悪くされませんようにお願い申し上げます.)


まず本間先生からのコメントでは(Xmiが0.8の時に)Tが0.8でも擬態が進化することができるし,その擬態は長期的な進化時間の中でも維持できるだろうと丁寧に説明してくれている.

しかしまず私の元々の疑問は「そもそもXmiが0.8の時というのはT値はそれより低い状態で始まるのではないのか,また仮にT値も0.8だったとしてもT値自体が低くなる方向に進化するのではないのか」というもので少し異なる問題意識だ.細かく見ていこう.

  • 擬態種が進化する初期状態の議論

上述のT=0.8になる条件は、それほど不自然な仮定ではなく、むしろ普通に見られる状況ではないかと、僕は考えています。
なぜなら、モデルとなる警告色の被食者が進化・維持されるためには、捕食者には他の選択肢(=代替餌)が十分に与えられていなければならないからです。つまり、警告色はシグナルを使って、捕食者を他へ誘導するものだからです。さらに、警告シグナルにコストがかかるならなおさらです。


捕食者に誘導されるかどうかはE値とT値の比較によるのではないだろうか.Xmi値が高くても,うまくモデル種になりすましてE値が低くなるのであれば,T値は0.8より十分低くても誘導できるのではないだろうか.また上でも述べたが,毒性ないままに,目立ち,ゆっくり飛べば,XmiはTより大きいのが普通ではないだろうか.

  • 長期的進化時間の議論

まず、捕食者がミミックを食べれば、もちろん攻撃確率は上がります。しかし、代替餌が十分にあれば、最適採餌捕食者は、わざわざリスクを冒してまで、警告色の餌がどのくらいの確率でうまいのかを学習する必要がありません(学習のコスト)。結果として、ミミックが増えて、捕食者との遭遇頻度が上がっても、捕食者がミミックのおいしさを学習する機会は増えません。

理由の2つめは、警告色であるモデルを襲う捕食者は一部の例外を除いて(注4)ジェネラリストであるということです。ミミックが増えれば捕食圧は上がるのではないか、ということですが、これはいわゆる「数の反応」や「機能の反応」に対応しています。しかし、ジェネラリストの捕食者が、その餌メニューのうちの一部(しかもほとんど食べないもの)の増減に反応してふるまいを変える可能性はかなり低いと考えられます。

これは擬態種が有利になって増えたときに,捕食者がスイッチするのではないかということについての議論だ.本間先生のおっしゃるようにT値が(Xmi値に比べて)同じ程度のままではスイッチしないだろう.しかしどんどん擬態種が増えて,その辺中をひらひら飛んでいるようになれば,T値が不変でも(少なくとも潜在的には)Xmi値は上がってくるのではないだろうか.
また後者については進化時間の中では餌メニューのごく一部に対してでも有利になるのであれば,捕食者側にそのような進化が生じると考えるのが普通ではないだろうか.もちろんそうすることについてコストがかかるなら話は別だ.しかし進化時間の中では,(上記のように潜在的なXmi値が上昇したあとでは)何らかのあまりコストのかからない方法で(たとえば忘却率が上がるようなことで)スイッチするような捕食者が有利になるのではないだろうか.


T値とXmi値の進化について進化時間の中の議論としてはこのように考えることもできる.
Xmi=T=0.8という状況は,擬態種が目立ってゆっくり飛ぶという条件下では,擬態種が少し毒生産を行うなどして本質的な餌としての価値を代替餌種に対して下げている状態だと理解できる.もしそのような餌価値を下げる努力にコストがかかるなら(そして捕食圧がある世界ではそれはかかるだろう)そのコストを省略してT=Eに近づくまでXmiを上げる変異体は有利になるだろう.だからXmi>Tという方向に進化するのではないか.

  • ただ乗りは正直信号者に害をなすという「直感」について

いわゆるただ乗りの問題が、擬態の場合にも当てはまるという指摘だと思いますが、この部分の僕の見解はshorebirdさんとは異なります。僕は、信号の機能が送信者−受信者間のインターラクションの増加である場合と、減少である場合では、フリーライダーの影響は全く違うのではないか、ということです。
Shorebirdさんが想定されているのは、「増加」の場合で、信号発信者はインターラクションの減少という形で被害を受けます。
一方、「減少」の場合は、フリーライダーが侵入してきても、信号受信者がコストをかけてインターラクションを増加する必要はないため、信号発信者が被害を受けることはあまりないと考えられます。

ここは大変申し訳ないが良く理解できない.
警告色の正直信号の機能は,「私には毒があるから襲うな」という信号で,捕食者に襲撃を思いとどまらせることだ.これがインタラクションの「増加」なのか「減少」なのかということの意味が,私の理解力不足のためだろうが,よくわからない.

いずれにせよ警告色の正直信号発信者の被害は,その信号を無視して襲われるという形で現れる.
本間先生が想定されているのは,少々信号の正直度が下がっても実質的に襲撃率に差がないので被害がないという状況ではないだろうか.
確かに信号の正直度に対して,受信者の反応が離散的に生じ,閾値までは発信者に無影響という状況はあり得るだろう.そしてT≧Xmiであればそのとおりだろう.そして私の議論は,毒性のない擬態種の場合,状況は閾値に近いところで生じる可能性が高いのではないだろうかというものだ.

あまりよい例ではないですが、「やくざ風」の人物に対する一般的な人の反応はこれに近いのではないでしょうか。「やくざ風」の人の中には、見かけだけの人(フリーライダー)が結構いると思われます。しかし、よっぽどの理由がない限り、見かけ倒しかどうかをわざわざ確かめようという人はいないということです。

確かに,実は怖くない「怖いお兄さん風」の人に声をかけても,普通の人に声をかけても,得られる利益が同じ(つまりT=Xmiであれば)誰も「怖いお兄さん風」の人には声をかけないだろう.しかしここで問題になっているのは,ノルマのかけられたキャッチセールスのセールスマンの立場で,実は怖くない「怖いお兄さん風」の人は逃げたり隠れたりしないので,単位時間あたり多くのセールスをすることが可能なのに対して,普通の人は足早に逃げてしまってなかなか捕まえられないという状況に近いのではないだろうか.


本間先生,長文のコメント本当にありがとうございました.重ねて御礼申し上げます.2日ほど考えてようやくお返事できました.失礼になっていないことを切に願っております.

*1:なお,ここでこのシミュレーションモデルの動態がよくわからないところがある.このモデルでは(味が同じ場合)単位面積あたり代替種が4匹,モデル・擬態種が1匹いるときに遭遇確率が4:1になって代替種の方が魅力的ということになるのであろうか.実際に捕食者が同じ探索モードで双方を発見でき,同じ処理時間で処理できるとするなら,(味が同じ場合)餌価値は同じでなければならないように思われる.それは仮に代替種に類似種が4種あってそれぞれ単位面積あたり1匹である状況と比較すればよくわかるだろう.(餌がすべてチョウであって,飛んでいるところ(あるいは朝早く休んでいるところ)を攻撃するのであれば,基本的に探索モードは共通に使用できるだろう.)とりあえず,ここは探索モード共通の場合に餌価値がうまく調整されるという前提で議論を進めよう.

*2:そしてこの生態条件には大変興味がある.まさに信号がハンディキャップ型なのか,種内擬態で警告色が崩壊しないのはなぜかなどの疑問はこれに関連しているだろう